ダウン症-家族のまなざし展ダウン症-家族のまなざし展(2013年3月大阪)

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特別寄稿

出生前検査について今あらためて考える


英国のダウン症のある子を持つ写真家たちがはじめ、これまでにロンドン、アムステルダム、ケープタウン、上海など、各国で紹介されてきた写真プロジェクト「Shifting Perspectives」が日本ではじめて紹介された。

出生前検査について今あらためて考えるPart1-2

渡部 麻衣子 (日本学術振興会 特別研究員PD)

掲載 2013年2月〜5月(専門家のプロフィールは掲載当時)

1.はじめに
2.「新型出生前検査」とは
3.「新型出生前検査」の特徴

4.提供をめぐって

5.今、何について論じるべきなのか

出生前検査について今あらためて考えるPart2

1.はじめに
2.出生前検査技術のはじまり:染色体の「異数性」の発見
3.分類のはじまり
4.「新型出生前検査」へ至る流れ
5.障がい者をめぐる社会の変化
6.今何が問われているのか

渡部 麻衣子 さんプロフィール

日本学術振興会 特別研究員PD、東京大学大学院情報学環
2002年から2005年まで、イギリスのウォリック大学大学院社会学部博士課程に在籍。
科学技術社会論を専攻し、母体血を用いた出生前検査の開発と普及の経緯を研究対象とする。帰国後、2006年までNPO法人市民科学研究室に在籍、以後、2006年から2008年まで北里大学大学院で遺伝子検査の市場かに関する研究プロジェクト(代表:高田史男教授・産科医)、2008年から2011年まで東京大学医科学研究所にてオーダーメイド医療実現化プロジェクトなどに参加。2011年より現職。




出生前検査について今あらためて考えるPart1-2


2011年10月に「新型出生前検査」の提供を開始すると発表した企業は、実は2009年にも一度提供の開始を発表していた。その後、臨床試験のデータに問題が見つかり提供は延期されたが、この発表を受けて、英国では二つの団体が「新型出生前検査」の課題を検討している。その結果、NHS胎児異常スクリーニングプログラムは、2009年から5年間はこの検査の提供を行なわないとする方針を示した。 また、英国PHG財団も、提供するには時期尚早とし、国に、公的技術評価と提供体制の整備を求める報告書をまとめている。

2011年10月に提供が開始されると、国際出生前診断委員会は、「ローリスク群」への有効性が示されなければならず、双子や人工授精の場合での有効性が示されなければならず、必ず羊水検査や絨毛検査と併用されなければならないとする声明を発表した。 また、2012年11月には米国産科婦人科学会が、「ハイリスク」の場合に推奨されること、事前の遺伝カウンセリングが必須なこと、羊水検査や絨毛検査の正確さには及ばないとする見解を発表した。 日本では、現在「新型出生前検査」を提供するための臨床研究が計画されており、これに先立って日本産科婦人科学会(日産婦)が提供指針を策定している。

日産婦の指針案は、英国や米国の各機関が発表した声明とは異なり、提供体制を微細に定めている。特に、対象となる染色体の数の異常について、妊婦とその家族に対し、医学的解説に留まらず社会的な側面についても説明することを求め、これを行なうことが可能な専門職を配備することを提供施設の要件としていることは日本独自の取り組みと言えるだろう。





こうして見てみると、「新型出生前検査」は、それ自体としては予測的検査の域を出ず、引き続き精度を確認していくこと、そして確定診断法と併用することが必要という結論に達する。しかし、今後、精度が既存の予測的検査よりも高いことが全ての年齢層で実証され、価格も同程度以下に抑えられれば、主流の予測的検査としての地位を獲得することになるだろう。また技術の精緻化によって偽陽性率が下がれば、より診断検査に近い検査として利用されることも予想される。そうなれば、技術的には非侵襲性の低い検査であるため、より多くの妊婦が、確定診断として検査を利用することも考えられる。また、血液を採取して解析機関に送付することで検査が終了するため、医療者が一人介在すれば、妊娠初期に個人的に確定診断を行なうことができるようになるとも言われる。この状況において、まず何を論じるべきなのだろうか。

懸念されることの一つは、この検査が検査対象である染色体の数の異常を持つ胎児を、「(産んでもよいが)産まれてこなくてもよい胎児」としてあらためて定義付ける結果となること、そしてその定義をより多くの妊婦が共有することになるということではないだろうか。このことは、「産まれてこなくてもよい」と定義される染色体の数の異常を持って生きる人とその家族を、今、実際に傷付けている。

しかし、だからこの検査の提供を差し止めるべきだ、と主張するには、妊娠出産のプロセスの中に、出生前検査というもの自体があまりにも浸透している。出生前検査法のひとつである超音波画像診断法は、産科での通常の妊婦検診では毎回用いられる技術である。「新型出生前検査」の対象は、こうした既存の一般的な出生前検査の対象に既に含まれている。言い換えれば、「新型出生前検査」は、それが対象とする「異常」のある胎児が、「(産んでもよいが)産まれてこなくてもよい胎児」として既に技術的に定義されている社会基盤の上に登場したにすぎない技術である。そうした社会基盤は、世界各地で技術を伴って共有されており、新しい技術が日本で提供されなくても、他の国に渡航して利用することは常に可能である。

それでも、新しい技術が、対象となる染色体異常を持って生きる人とその家族を再び傷付けている現状について、批判的な視座を持ち続けることは重要ではないだろうか。なぜなら、染色体の異常はある確率でどのような妊娠にも生じ得ることであり、私たちは誰しも様々な理由で障がいを持ったり、障がいのある家族を持ったりする可能性があるからだ。私たちが当たり前に使っている、あるいは使おうとしている技術が、私たち自身や、胎児を含めた私たちの大切に思う存在を「産まれてこない方がよい存在」として定義付けることを、私たちは無批判に受容することができるだろうか。

次回は、批判的視座の出発点として、出生前検査が常にその対象としてきた染色体21番のトリソミーという医学的分類の成り立ちと変遷を紹介したい。

[参考文献]
Lo, YYMD. et al. 1997. Presence of fetal DNA in maternal plasma and serum. The Lancet. 350 (9076) : 485-487.
Palomaki, GE. et al. 2011. DNA sequencing of maternal plasma to detect Down syndrome: an international clinical validation study. Genet Med. 13 (11) : 913-20.
National Health Service. 2009. Information for woman on Non Invasive Prenatal Diagnosis (NIPD) and cell-free fetal DNA (cffDNA).
PHG Foundation. 2009. Cell-free fetal nucleic acids for non-invasive prenatal diagnosis.
International Society for Prenatal Diagnosis. 2011. Rapid Response Statement.
The American College of Obstetricians and Gynecologists Committee on Genetics The Society for Maternal-Fetal Medicine Publications Committee 2012. Noninvasive Prenatal Testing for Fetal Aneuploidy. Committee Opinion. Number 545.
日本産科婦人科学会 『「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針(案)に関するご意見の募集』[http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20121217.html] (最終閲覧日:2013年2月13日)
日本ダウン症協会 『ダウン症のある人たちへのメッセージ』[http://www.jdss.or.jp/project/05_03.html](最終閲覧日:2013年2月13日)



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安産と楽しいマタニティライフに役立つ101用語を解説しました。
監修/医学博士・産婦人科医師(故)進 純郎先生(監修当時)葛飾赤十字産院院長




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