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4.キッチンのメリーゴーランド 電子レンジ

電子レンジは、とても便利。でも気になるのが、ときどき耳にする電子レンジにまつわる怖い話。

 ・電子レンジのマイクロ波
 ・電子レンジで調理した食品は安全?
 ・案外知られていない電子レンジの事故とは
 ・じょうずに利用して時間を有効活用がドイツ流

2007年2月 文/永瀬ライマー桂


キッチンのメリーゴーランド 電子レンジ

  いまや日本では、持っていない家のほうが珍しい電子レンジ、日常不可欠な家電の一つになりました。私が子どものころ、まだ珍しかった電子レンジがキッチンにやってきた日を今でも覚えています。食べ物を乗せてくるくると回るメリーゴーランドのような電子レンジを、じっと眺めていたものでした。
 この電子レンジ、残り物を温めなおしたり、冷凍食品を解凍したり、とても便利ですよね。でも気になるのが、ときどき耳にする電子レンジにまつわる怖い話。

アメリカで実際にあったという「ぬれた猫を乾かそうと電子レンジに入れたら死んでしまった」なんて事故はおこさないとしても、「電子レンジのマイクロ波で白内障になる」「電子レンジで調理したものを食べるとがんになる」なんていう話、本当なのでしょうか。


 電子レンジは従来の加熱と違って、マイクロ波が食品中の分子を振動・回転させ、そこで生じる熱で食品が温かくなるしくみになっています。電子レンジの庫内で出ているマイクロ波は強く、これを直接浴びると白内障などの健康障害を起こします。そんなことになってはたいへんなので、電子レンジから外にマイクロ波が漏れないように、漏洩防止装置が施されています。
「電子レンジから5センチ離れた距離でマイクロ波が5mW/平方センチメートルを超えないように」と定められた国際規格があり、これにならって日本やヨーロッパをはじめとする各国でも規制値が決められています。なぜ5センチかというと、扉に顔をぴったりと近づけて稼働中の電子レンジの中を覗き込んだときの、電子レンジから目までの距離が5センチくらいだからです。工場からの出荷時には、扉を閉めた稼働中の電子レンジから1mW/平方センチメートル以上のマイクロ波が漏洩しないようにと決められていますが、私が見学した日本のメーカーの漏洩検査の測定値はこれよりずっと低く、基準の半分である0.5mW/平方センチメートルを超えるものは生産ラインから除かれていました。

電子レンジのマイクロ波

電子レンジから距離をおけばおくほど、最悪の場合でもマイクロ波曝露が避けられることを示す図 出典:1975年 にアメリカの「Journal of Microwave Power」10(4), p.338

 このように電子レンジからの漏洩マイクロ波をきちんとコントロールしているのは、実はわけがあります。1970年、家庭用電子レンジが市場に出て間もないころ、アメリカで電子レンジからの漏洩マイクロ波が問題になりました。日本でも稼働中の電子レンジを開くと瞬間的にマイクロ波が漏洩することが問題になり、売上は急落、メーカーによっては生産を一時ストップする事態となりました。その数ヵ月後、アメリカでは当時検討中だった電磁波一般を規制する法律の枠内で、電子レンジからの漏洩マイクロ波の規制値が決められました。日本でも同年、マイクロ波漏洩の規制値が電気用品取締法施行規則の枠内で定められました。これが日本で最初の、電磁波に関する法的規制です。
 この規制値はしかし、マイクロ波によって生じる熱が健康に悪影響を与えないように防ぐためのもので、微弱なマイクロ波が引き起こす可能性のある頭痛や不眠などを防ぐためのものではありません。この微弱なマイクロ波が身体へ及ぼす影響については、研究者たちの意見はわかれています。微弱なマイクロ波は、避けるにこしたことはありません。でも電子レンジで「チン」する時間は短いですし、微弱なマイクロ波が電子レンジから出ていても、マイクロ波は電子レンジから離れるほどどんどん弱くなるので、自分で避けようと思えば避けることはできます。ただ、気がつかないうちにドアの電波漏洩防止装置の一部が壊れていたりすることを考えると、用心のため、子どもたちが電子レンジにひっついてじっと中をのぞくのは、やめさせたほうがよいでしょう。


 身体が直接受けるマイクロ波の影響はさておき、電子レンジで調理した食品は安全でしょうか。これについては、各国の消費者団体やメーカー、行政機関、大学が、数百にもおよぶ研究報告書を出しています。これらの報告書をもとに、ドイツの放射線防護局は、「電子レンジでマニュアル通りに調理した食品は、従来の煮る・焼くなどの方法で調理された食品とほとんど変わらない」という結果を出しています。違いといえば、野菜をゆでるとき、電子レンジで調理したほうが野菜にちょっとだけ多くのビタミンCが残る、という程度です。

 それでもときどき、電子レンジで調理した食品が有害だという報告が出てきます。例えば、1992年にはスイスの生物学者二人が、「ある期間、電子レンジで加熱した食べ物だけを摂取した人に、血液の細胞成分の性状に変化が見られた」という報告を出しました。これに対して厚生省にあたるスイスの機関は、二人の生物学者が観測した変化は生理学的にみて問題のない程度のもので、病気の原因にはならないとコメントしました。また最近では、電子レンジで加熱した食品はがんを引き起こすフリーラディカルを多く含むとか、電子レンジで加熱した野菜は有害成分をおさえる効果が低いとか言われています。このような効果があるとしても、これが実際に身体にどう影響するかはまた別の問題で、それを100%断定するのは難しいことです。こういう報告を読むと不安になりますが、今の世の中、リスクはあらゆるところに存在し、全てのリスクを知ることはできません。リスクを最小限に抑えるためには、産地の異なる様々な食べ物を、違った方法で調理して食べることではないかと思います。


 電子レンジが原因の事故は、実は上に述べたのとは違ったところでおきています。それは火傷です。加熱した食品や飲み物を取り出そうとして、それが飛び散り顔や手に火傷を負うという事故は少なくありません。特に、赤ちゃんや小さい子どもに起きやすい事故は、気づかずに熱いものを食べさせてしまうことです。電子レンジに入れた食品や飲み物は、なかなか均等に加熱されません。ある部分は熱くでも、他の部分はまだ冷たかったりします。離乳食の容器を外から触ってあまり熱くなくても、容器の中心部は高温になっていることがあります。電子レンジで加熱したものを赤ちゃんや子どもにあげるときには、よくかき混ぜてから全体の温度をきちんと確かめることが必要です。ドイツで販売されている哺乳瓶のパッケージには、「ミルクを哺乳瓶に入れたまま、電子レンジで加熱しないでください」と書かれているものがあります。これは、哺乳瓶から予期せず吹き出したミルクが赤ちゃんにかかったり、熱いミルクを飲んだ赤ちゃんが火傷したりするのを防ぐためです。

 電子レンジ関係で、もう一つヨーロッパで問題になったのは食中毒です。イギリスの農林水産省は15年ほど前、電子レンジで肉を調理するとき不均等な加熱のため生焼けの部分が残り、食中毒を起こす可能性があると警告しました。生ものを電子レンジで調理する場合に限らず、残り物を電子レンジで再加熱する場合も、十分高い温度に達しないところが残って食中毒が起きる危険性があるのだそうです。しかしこれは、電子レンジの問題というより、食品衛生の問題ですね。
 それから電子レンジで調理するにあたって、もう一つ、加熱のときに使うプラスチック容器から、有害な化学物質が食品に溶け出さないかどうか気をつけなければなりません。ヨーロッパではプラスチック容器には番号がついており、その番号でどんな種類のプラスチックかわかるので私はそれを目安にしています。


ドイツの離乳食ドイツの離乳食
 主婦は「ファミリー・マネージャー」、家事や子どもの送迎など、いくつものことを同時に並行して段取りよくやらなければなりません。そんな毎日を、フレキシブルに時間を使えるように応援してくれるのが電子レンジです。気をつけるべき点には気をつけ、じょうずに利用できたらいいですね。ただ、子どもが一人で電子レンジを使うときには、「スイッチポンでOK」ではなく、何に気をつけるべきかきちんと教えてあげましょう。

 さて、日本ではほぼ100%普及している電子レンジ、実はドイツではそれほど普及していないのです。ドイツの家庭の普及率は、60%くらいでしかありません。この違いは、おそらく食生活の違いからくるものでしょう。
一日三食温かいものを食べたい日本人と違って、ドイツの習慣では温かい食事をとるのは昼食だけです。夕食はドイツ語でAbendbrot(直訳すると「夕方のパン」)と言うように、大半の家庭ではワインかビールを飲みながら、パンにチーズやハム、それに生野菜を食べます。だから、日本ほど「チン」して料理を温める機会がありません。
私はドイツに来て10年以上経ちますが、この冷たい夕食だけはどうも苦手です。ドイツ人のママ友達からは「たいへんだから、やめればいいのに。パンなら楽よー」と言われながらも、毎日晩御飯をつくっています。

第4回 キッチンのメリーゴーランド 電子レンジ 2007年2月 文/永瀬ライマー桂子



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