環境危機で変る子どもの生活
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環境危機で変わる子どもの生活3

温暖化時代の地球にやさしい食育

取材協力/林 陽生(筑波大学生命環境科学研究科教授)

2007年11月掲載(専門家のプロフィールは掲載当時)



PART 1 産地で始まっている温暖化の影響

 今夏の猛暑で、熱中症や夏バテ、夜になっても気温が下がらない熱帯夜で体調を崩した人も多いのではないでしょうか。都会暮らしの人ですら、自然の猛威をこれほどまでに感じるようになっています。気候の影響をダイレクトに受ける動植物ならなおさらです。お米や野菜、果物、肉となる牛、豚、鶏、そして海で生きる魚や海草などにも、地球温暖化は強烈なインパクトを与えています。

 この100年で世界全体では0.74℃、日本では1.07℃気温が上昇しています。1℃程度だとさほど大きい数字ではないように感じられますが、生態系に与える影響は計り知れません。品種改良や栽培技術の向上で幾らカバーしても、それに追いつかないほどのスピードで温暖化は進行しているのです。

「歴史をひもといてみると、過去にも気候変動で気温が2℃程度上がったことがあるのです。たとえば縄文時代の貝塚から、今は陸地であるところがかつては海だったことがわかります。ただし、そこに至るまでに4000年ほどの長い時間がかかっています。今の地球温暖化で問題なのは、早すぎるスピードなのです」。そう話すのは、筑波大学生命環境科学研究科教授の林陽生先生。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書の第1作業部会による予測では、21世紀末までの100年で最大6.4℃まで気温が上がる可能性が指摘されています。気温上昇の限度は+2℃までであるという話は、特集「環境危機で変わる子どもの生活」第1回目で詳しく述べています。

 気温の上昇だけでなく、豪雨や洪水の増加、積雪の減少、水面の上昇、干ばつが増える一方で水不足になるなど、温暖化との関連が疑われる異常気象が、日本のみならず世界中のあちこちで起こっています。これらの現象は、農作物や漁業、畜産の生産現場にどのような影響を与えているのでしょうか。日本の産地で起こっている変化を具体的にみていきましょう。


 わたしたちの主食・お米には誰もがこだわりがあるはず。「コシヒカリのモッチリとした粘りとツヤは魚沼産でないと」「わたしは秋田産のあきたこまちが好き」「自分の故郷・佐賀産のお米がなじみ深い」など、それぞれ産地への強い思い入れがあるのではないでしょうか。
 このお米の産地に今、大きな異変が起こっています。以前はおいしくないと敬遠され安い値段で取引されていた北海道米が、今や「北海道のお米はおいしい」と大評判。一大ブランド産地にのし上がろうとしています。気温の上昇によって北海道や北東北がお米の生育適地になったのです。一方で早場米の産地である九州では、イネの穂が出て成熟する登熟期に猛暑が重なり、高温障害によって品質の低下が著しい状況。九州での一等米の比率は1992年〜2001年平均で64%(全国平均76%)でしたが、2005年産は30%にまで落ちています(全国平均は75%)。猛暑で玄米のヌカ層が厚くなる、粘りがなくなるなどの影響があると言われています。

図:水稲の収量の変化

 さらに、気温が上がると高温で発生しやすい病気が増え、特にイネの生育の天敵とも言える「いもち病」の危険地帯が北上する、雑草が生えやすくなる、田んぼの水が蒸発して水不足に陥るなどのリスクが指摘されています。

 林先生は「今から50年後の2060年には、イネの栽培に適した期間が変化します。関東地方や西日本では田植えを遅くする、北海道や北東北では早くする、栽培方法を替えるといった対策を行っても、全国平均で約10%の減収となることが予想されます」と話し、今後は温暖化に適した品種の改良などが必要不可欠であると強調します。


 トマトやピーマン、ナスなど、真夏を乗り切るための栄養が豊富な夏野菜。猛暑によって生育障害や病気が起こるなど、さまざまな悪影響が予想されます。
 トマトは実が軟化し腐りやすくなる、糖度が下がる。ピーマンは実がつきにくい、腐る、日焼けなど。ナスは日焼けが増えるといった影響が予測されています。
 また、高原の涼しい気候を好むキャベツ、レタス、ホウレンソウ、ダイコンなどの葉根菜類は、栽培適地がさらに北や高地に移ります。現在の栽培地でこのまま気温が上がると、キャベツは結球しにくくなる、ダイコン類はすが入るなど、見た目や食味が悪くなります。
 また、お茶は秋冬の気温が上がることで一番茶の生育に影響を及ぼし、収穫量が減る、品質が悪化する可能性が。一番茶の季節(五月)に気温が高いと葉が早く硬くなり、味が落ちます。
 「温室やハウスでの栽培に頼る野菜や果物類は、特に夏の暑さによるダメージが大きい」と林先生。逆に寒いところでは、霜や寒さの対策に使うシートなどの資材が不要になる地域もあり、北ほど温暖化のメリットを享受できるそうです。


 リンゴと言えば青森、ミカンと言えば九州や四国といったように、果樹の産地は南北ではっきりとした特徴があります。ところがこれもまた、その境界線が曖昧になりつつあります。
 温州みかんは年平均気温が15〜18℃の温暖な地域で栽培されます。主産地は西日本の太平洋沿岸ですが、2060年代には中国地方や日本海沿岸、南東北にも広がります。さらに、平均気温が18℃を超える地域(主に南部)では栽培が難しくなることも。現に、急激な気温の上昇と強烈な日差しによって味がぼけ、皮と果肉が分離するなどの症状が出ているとか。

 リンゴの栽培に適しているのは7〜13℃の冷涼な地域。真っ赤に色づくためには、昼夜の気温差が大きいことが条件です。しかし今年は夜に気温が下がらない現象が続いたため、着色不良が目立ち、日焼けも多いと嘆く産地も多いとか。リンゴは気温が高いとショ糖の割合が減りあまみが淡泊になり味がぼやける、なかには蜜が入らない品種も出てきます。また、今後主産地は北海道に移行することが予想されます。
 ほかにも、ブドウが成熟期の高温によって赤や紫色の成分(アントシアニン)が発色せず色づきが悪くなる、イチゴは果実が小さくなり糖度が減って酸っぱくなる。甘柿は着色不良ややわらかくなりすぎて品質が低下することが予想されています。

 「果物に限らず野菜、お米など農作物全般に言えることですが、温暖化によって害虫や病気が増えることが指摘されています」と、林先生。ハウス栽培が盛んになったことや都市部のヒートアイランド現象が重なり、越冬可能な害虫が出てきたことや、今までは西日本にしかいなかった害虫が関東地方で見られるようになるなど、温暖化によって生態系が変化しつつあることがうかがえます。


 この夏の暑さは人間にとってもつらいものでしたが、お肉(牛、豚、鶏)、卵(鶏)、牛乳(乳牛)の生産現場もたいへん過酷な状況でした。ある酪農家によると、夏バテで牛の食欲が落ちお乳の量が減ってしまった、あるいは病気になったり亡くなった牛も各地で出ているそうです。
 肉になる牛や豚、鶏の体力低下も例外ではありません。林先生によると、2060年代にはもっとも暑い8月に肉の産出量が最大で15%落ちる地域が出てくるとのこと。沿岸部や西日本で特にその傾向が顕著といえます。

 ここ数年、巨大なエチゼンクラゲが日本近海で大量発生し、漁業に深刻な影響を与えるというニュースが頻繁に報道されます。CO2濃度が上がって海水が酸性化し、魚介類に悪影響を与える植物プランクトンが増えるなど、海の生態系は確実に変化しています。
 温暖化の影響で海水温が上昇しているため、マグロやサンマなどの漁場が移動する、漁獲の時期がずれるという現象も起こっています。マグロは産卵に適した水温を求めて深くもぐる性質があることから、浅い海には群れが来ず、産卵場がなくなることも。
 また、海面の上昇によって海岸や藻場、干潟が消滅する可能性を帯び、存続の危機に直面している産地も出ています。

■参考資料
 環境省「地球温暖化の影響 資料集」2007年3月
 水産庁「漁業における省エネルギー対策と地球温暖化への適応策」2007年6月
 農林水産省「地球温暖化対策総合戦略」2007年7月

 (取材協力/林 陽生)

農林水産省 食料自給率の部屋

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インデックス

1.地球温暖化はどこまで進む?
  生活はどう変わる?

2.光化学スモッグから子どもを守ろう!

3.温暖化時代の地球にやさしい食育

4.感染症から子どもを守るために

5.温暖化時代を生きる子どもたちのために



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