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環境と健康に関する科学報告書を読み解く

環境と健康に関する科学報告書を読み解く

近年、IPCCにみるように、科学の専門家らを組織して作られた委員会が出す報告書が、健康や環境に関する取り組みに大きな影響力を与える、という事例が増えています。ただ、そうした報告書はえてして大部で高度に専門的な部分を含んでいることもあり、読み通すことは大変です。
そこでこのコラムでは、子どもの環境と健康にもかかわりの深い重要な科学報告書をいくつかを取り上げて、それらを読み解く手がかりをさぐってみたいと思います。

上田昌文(NPO法人 市民科学研究室 代表)2007.8〜2008.2


(掲載:2007年8月)

第1回:送電線などの電磁波対策に新勧告
WHO『環境保健基準』第238巻「超低周波電磁界」を読み解く


Extremely Low Frequency Fields Environmental Health Criteria Monograph No.238

 今回取り上げるのは世界保健機構(WHO)が組織した一つの専門委員会「電磁波プロジェクト」がこの6月18日に公表した『環境保健基準』第238巻「超低周波電磁界」です。

 電磁波の健康影響が世界的に問題になってきたのは80年代からですが、WHOはその流れを受けて、1996年に世界各国の専門家を組織してこのプロジェクトチームを立ち上げました。毎年数回の研究会や一般の参加も可とするワークショップ(筆者も2度それに参加しました)を開きながら、最新の研究結果を収集して検討を重ね、低周波と高周波のそれぞれについて『環境健康基準』という最終報告をまとめることを目標にしてきました。
 第238巻「超低周波電磁界」が扱うのは、周波数が0ヘルツから100キロヘルツまでの超低周波(高圧線や家電製品から出る商用周波数(50ヘルツや60ヘルツ)が主たる対象)の電界と磁界の健康影響です。

 報告書自体は400ページもあるのですが、その大半を1000件を超える専門論文の評価(アセスメント)にあてています。精査した疾患の領域は、神経行動障害(脳の活動、認知、睡眠、精神的気分的)、電磁波過敏症、神経内分泌障害(メラトニンの減少による影響など)、神経障害疾患(ALS※、パーキンソン病、アルツハイマーなど)、心臓疾患、免疫疾患、生殖・発生発達系の障害、がんと多岐にわたっています。そうした疾患について、電磁波の影響とみなせる証拠がたった一つだったり、解決しない疑問がたくさん残されている場合は「限定的」、定性的もしくは定量的にその研究に見逃せない限界があって影響があるともないとも決めかねたり、そもそもデータがなかったりする場合は「不十分」という判定を下しています。特に発がんに関してはIARC(国際がん研究機関)が「低周波電磁界は発がんをもたらす可能性あり」という2Bのランク付けを行ったモノグラフ(2002)以降の研究で、その結論を変更する必要があるかを慎重に検討しています。また、動物実験や細胞実験はあくまで、疫学やボランティア被験者を使ったヒトでの実験でのデータを補強するものとして位置づけるべきだとの立場をとっていて、動物実験のみで「影響あり」のデータが出ても、それだけでは「不十分」とみなすという原則を貫いています。
※筋萎縮性側索硬化症 運動ニューロンが変成する病気のひとつ


 このようにかなり厳しい判定を下す中で、唯一、「小児白血病と電磁波の因果関係があると断定できるほど科学的証拠が固まったわけではないが、何らかの対策を必要とするほどには十分な証拠とみなせる」という微妙な言い方で「影響あり」との見方を打ち出したのが、小児白血病と超低周波磁界の関係です。すなわち、「平均0.4マイクロテスラ(4ミリガウス)以上の低周波磁界の環境では、小児自血病の発症が2倍ほど増える」という疫学研究の結論が重視されたのです。取り上げられた疫学研究データの中には、昨年お亡くなりになった兜真徳先生を首班とする国立環境研究所の研究も取り上げられ、1ページを割いて内容が検討されています。小児白血病以外の疾患に関しては、証拠が「不十分」「限定的」としていますが、健康や社会への影響度を考えた上で、今後推進されるべき研究について、ランク付けをしてかなり明確に指示しています。

■ICNIRPの低周波磁界ガイドライン
では、対策についてはどうでしょうか。WHOはそもそも規制値を作る機関ではなく、健康リスクに関わる科学的知見を収集して評価し、対策を講じるための指針を打ち出すのが役回りです。実際にその指針を受けて規制値(ガイドライン)を設けるのは国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)であり、現行の低周波磁界のガイドライン(たとえば50ヘルツでは100マクロテスラ、IH調理器で問題になるたとえば20数キロヘルツでは6.25マイクロテスラ)が、今回のWHOの発表を受けて変わるのでしょうか。

 確かに、この小児白血病への影響のことを考慮して、各国のガイドラインを設け、防護計画を立てるように勧告しています。その際、電磁波を発生する設備や機器類について、電磁波の計測を組み入れるべきであるとも述べています。また、家電からの電磁波の影響についても、電気機器や装置から漏洩する超低周波電磁界を低減するための技術的な工夫はコストをこらしなさいとも述べています。しかし、これらの予防的措置について、推奨しつつも、「低減するためのコストがごくわずかなら、健康リスクと社会経済的利益の両方を見合わせて予防的措置を講じることは合理的である」という言い方を繰り返しています。これは、予防的措置対応をとらないための口実にも使えそうな表現とも言えるし、リスク・コスト・ベネフィットの計量を改めてしっかりやりなさいという忠告ともとれます。たとえば肝心の小児白血病についても、「因果関係があると明確にみなせない以上、予防原則の名の下で、たとえば基準値を厳しくするなどの処置をとっても、それが効果があるとは思えないし、合理的でもない」「小児白血病の発症の0.2%〜4.9%の寄与率であり、発症数の増加は100人から2400人にとどまるので、社会へのインパクトは限られている」と、ずいぶん後ろ向きともとれる言い方をしているのです。


 具体的な対策は各国に委ねた、とも言えるのですが、すでに予防的措置に向けて動いている国々がいくつもあります。たとえば英国では、2004年に政府が組織した諮問委員会(省庁、電力事業者、不動産業者、小児白血病患者会代表、電磁波問題のNPOの代表などが入っている)が3年かけて答申をまとめ、これを受けて下院の委員会がこの7月に「高圧送電線の60メートル以内での新規住宅および学校の建設の禁止」と「既存の住宅の周りでの新たな高圧送電線の建設の禁止」を打ち出しました。日本では高圧送電線が民家の上を縦横に走ることはめずらしくないわけですが、WHOの考え方からすると、これをそのまま放置してよいということにはならないと思います。

 もう一つ注目されるのは、300ヘルツ〜100キロヘルツの「中間周波数」の研究が不足していることを明確に指摘している点です。これはIH調理器の周波数に相当する周波数です。IH調理器は、比較的新しい機器であり、使用している国が限られているということもあり、データ不足なのが現状です。特に日本はオール電化住宅の普及に伴う家庭用IHの増加、レストランや給食センターなどへの大型の業務用IHの導入の増加が顕著ですから、この指摘を謙虚に受け止めて、慎重な対応が求められるはずです。

 WHOも強調しているようにリスクコミュニケーションをしながら対策を講じていかなくてはならないのですが、そういう意味では、日本は何もしてこなかったといえます。WHOの報告書公表の動きに合わせて、経済産業省が電磁界の規制や対策を検討するワーキンググループを発足させましたが(6月1日)、どんな結論を出してくるのか、委員の発言にも注目をしていくことが大切です。

(文/上田昌文)

■「勧告」の全文:WHO電磁波プロジェクト『環境保健基準 超低周波電磁界』第12章から

環境と健康に関する科学報告書を読み解く

第1回:送電線などの電磁波対策に新勧告
WHO『環境保健基準』「超低周波電磁界」を読み解く

第2回:子どもの化学物質暴露のリスク
WHO『環境健康基準』第237巻「化学物質への暴露に関連した子どもの健康リスク評価の原則」を読み解く

第3回:ヨーロッパ全体で40%の節水が可能
「節水に関する欧州委員会報告書」を読み解く

第4回:環境政策づくりに生かされる市民からの評価
「大気の質に関する市民陪審報告書(英国)」を読み解く

第5回:子どもの脆弱性をふまえての取り組みの行方
「子どもの環境保健研究の10年:環境保護庁科学プログラムの成果の要点(米国)」を読み解く



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