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Maternity moon
『マタニティ・ムーン』第三回
マタニティ・コーディネーター  きくちさかえ


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マタニティ・ヨーガ安産BOOK

安産を準備するためのマタニティ・ヨーガの数々のポーズ、産後のヨーガ、ベビーマッサージ、お産の便利帳など。(現代書館)
マタニティ・ヨーガ その1 概論編


●ヨーガだい好き

この春から河口湖にあるアトリエで過ごすことが多くなった。田舎家での私の日課は朝のヨーガから始まる。
起きるとまず、縁側のガラス戸を開け放つ。雪が消えたころから、庭には野鳥がめだって増えた。先日は野性の猿が庭の大きな桜の木を、おたけびを上げながらユッサユッサと揺さぶっていった。
そんな庭を眺めながら、座布団の上で40分ほどヨーガをする。とても幸せな時間だ。メニューは開脚、ねじり、逆さか立ち、鋤のポーズ、太陽礼拝、呼吸法に瞑想。ついでに腹筋と腕立て伏せを少し。好きなポーズを集めた私のためのメニューだ。ほんとうは「苦手なものをやりなさい」とインド人の師匠に言われているのだけれど、やはり好きなポーズばかりやってしまっている。だから長年やっているわりに、いっこうに上達しないのだろう。でも、ヨーガというのはやればやるほど新しい発見がある。呼吸法や瞑想が形だけでなく、自分のものになってきた(まだ途上だけれど)と実感したのは、つい最近のことだ。
自慢じゃあないけれど、私のヨーガ歴は22年。マタニティ・コーディネーター、ライター、写真家歴よりずっと長い。始めたきっかけは、多くの人がそうであるようにからだをこわしたからだった。結婚のストレスか、はたまた無謀なダイエットがたたったせいか、私は若干20才で胃炎になってしまった。病院に行ってバリウムを飲み、検査をしても病気の診断はつかない。かといって食べると胃はシクシク痛む。そんな状態が半年以上続いていた。その当時私は「精神世界」と言われていた分野の本をよく読んでいて、そこには東洋の運動がいくつも紹介されていた。ヨーガはもちろん気功法や太極拳、日本の武道などなど。「東洋に伝統的に伝わる運動は、からだを鍛え健康にし、さらに精神性をも高めることができます」とかなんとか言うコピーに引かれ、私はその中からヨーガを選んだ。なぜヨーガだったのかといえば、中国や日本より、インドの混沌としたカオスにあこがれを感じて、という不純な動機からだったように思う。それなのにこんなに長く続いてしまった。縁というものは不可思議なものだ。
そうこうしているうちにひとり目を妊娠した。当時は「女性は生理中、妊娠中はヨーガをするべからず」などと、誠しやかにどの本にも書いてあったような時代だった。なんだかおかしい。からだにいいことをするはずのヨーガなのに、なんで生理中、妊娠中はやってはいけないんだ? その理由は「生理中、妊娠中は過度な運動はしないほうがよい」というものだった。しかしちまたには妊婦水泳、マタニティ・エアロビクスがすでに登場していた。
「妊婦にヨーガが悪いわけがない」という直感が、私にはあった。そんな妊娠中、ハワイに行ったおり、古本屋で妊婦のためのヨーガの本を見つけたのだ。アメリカ人女性が書いた本だった。「やっぱり」という思いでその本をいそいそと買い、写真を見ながらひとりでマタニティ・ヨーガを始めてしまった。手探りではあったけれど、私のからだはヨーガを始めるととても順調になっていった。初めての妊娠中にありがちな漠然とした不安から、精神的にも少しづつ開放されていくような気がした。私は助産院で出産したので、当時のラマーズ法の呼吸法をさんざんやったのだけれど、ヨーガをやっていたおかげでラマーズ法の呼吸法もみごとにクリアすることができた。「呼吸法を勉強していたけれど、実際には役にたたなかった」という人がよくいるけれど、むしろ私にはそうした発言が理解できないほどだった。
お産は軽く、呼吸法もうまくこなせて、辛抱強かったので助産婦にもほめられた。この勝利の陰にはやはりヨーガがあると、私は単純に気をよくした。今考えれば、23才という若さゆえの安産だったのだろうと思う。
こうしたマタニティ・ヨーガの体験を、ほかの妊婦さんにも伝えたいという思いがフツフツと沸き上がり、マタニティ・クラスは始まった。ヨーガはわがクラスの誕生にひと役かった立役者なのだ。


●ヨーガとは?

最近は日本でもマタニティ・ヨーガが定着してきた。海外のソフロロジー、アクイティブ・バースなどの自然な出産法のベースにもヨーガがある。そうした流れと並行するように「日本マタニティ・ヨーガ協会」が発足し、マタニティ・ヨーガ指導員を養成する講習会が各地で開かれ、マタニティ・ヨーガは年々広まってきている。
私自身も、数年間に渡って自己流でマタニティ・ヨーガをクラスで教えていたが、日本マタニティ・ヨーガ協会の講習会に参加させていただき、その基本を学び直した。
水泳、エアロビクス、アクア・ヨーガなど数あるマタニティ・エクササイズの中でも、昨今ヨーガが注目されているのは、それが東洋思想に基づいた柔らかい動きの運動だからだろう。さらにお産に重要な呼吸法、リラックス法はヨーガには欠かせない要素だ。
ヨーガは、ゆっくりとした動作と静止したポーズから成り立っている。ポーズをとりながら筋肉をていねいに伸ばすことによって筋肉を柔軟にし、骨盤や骨格を整える。さらに呼吸法、リラックス法、瞑想などを行い、からだばかりでなく心も整えていく。
一般にスポーツは、からだを鍛えエネルギーを消耗するということに重きがおかれている。人と競う、あるいはいかにうまくやるかという要素が強く、一定の目標に達することを目的としている。これはたぶんに西洋的で合理的。男性的な発想からきている。一方ヨーガは人と競うものではなく、早い上達が望まれるものでもない。あえて最終目標を上げるとすればそれは「悟り」とでも言えるだろうか。なんともだいそれたことと思われるかもしれないけれど、要は心の平安ということだ。自分の内面を見つめるこの東洋思想は、不合理で女性的である。
ヨーガというのは、一般に体操と捕えられていることが多いのだけれど、実際は心を平安にして「悟り」に向かうための自己鍛練の方法、精神修行のことなのだ。そこにはいくつもの方法があり、体操と呼吸法を行うヨーガはその中のハタ・ヨーガと呼ばれているひとつのジャンルに過ぎない。ほかにも瞑想を中心にしたラージャ・ヨーガ、祈りをするバクティ・ヨーガ、マントラ(お経のような言葉)を唱えるマントラ・ヨーガ、奉仕するカルマ・ヨーガなどいろいろとある。だから、とくにハタ・ヨーガをしなくても、祈りや瞑想をして、奉仕的精神をもって日々の生活を送っていればたぶんにヨーガ的生き方をしているということになる。


●マタニティ・ヨーガの効果

マタニティ・ヨーガは、ハタ・ヨーガの中から妊娠中でも無理なく行えるものや、出産にむけてのからだづくりに適しているものを集めてメニューがつくられている。一般のヨーガよりさらにゆっくりした動きで、動作にあわせて呼吸をする。からだの動きや感覚(痛み)に意識を向けながら行うことも特徴だ。「感じる」ということを、私はクラスで強調している。ごちゃごちゃ頭で考えずに、とりあえず感じてみる。そうすることによって自分のからだや、おなかの中の赤ちゃんのことをわかる(実感する)ことができるようになる。この身体感覚なくしてヨーガは語れない。言われるままに手足をふり回して、形だけをなぞるラジオ体操とはまったく違うものなのだ。
お産は、からだでするもの。たとえどんなに知識があっても、妊娠中のホルモンのバランスの変化に対応できないこともあるし、陣痛が始まってからは頭で考えてもうまくことは運ばない。からだにお任せするしかない。その、任せられるからだと心をつくる。これがマタニティ・ヨーガの目的なのだと思う。
マタニティ・ヨーガは筋肉を柔軟にして、からだのバランスを整える働きがある。とくに骨盤を開きやすくするポーズや、会陰を伸びやすくする運動、弛緩法など、お産に直接結びつくものが多いので、それによって分娩時間が短くなって安産を導く。また、便秘や腰痛、むくみなど妊娠中の不快な症状を軽減または予防する効果がある。
もうひとつ見逃せないのは、痛みに対する耐性を強化したり、心を落ち着けリラックスを高めるという効果だ。始めてヨーガをやる人は、なかなか筋肉が伸びないので痛みを感じる。中には「痛いからもういや」という女性たちもいる。痛みを「好き」という人はいないけれど、陣痛は痛いのだ。お産の痛みから完全に逃れるためには麻酔分娩以外方法はない。でも痛みというものは、たぶんに不安や緊張によって増幅されるものだ。痛みに対して「いやだ」という拒否反応を示すことによって、もともと1であるに過ぎない痛みが2倍にも3倍にもなって感じられる。しかし、その痛みを冷静に「見る」ことができるようになると、「なあんだ、痛いけれどけっこうのり越えられる痛みじゃない」と、感じることができるようになる。
これは心のもちようなのだ。でも、これがやっかいなところで、頭で「痛くないと思えば痛くない」と考えていたのでは、やはり痛みは軽くなっていかない。からだを動かしながら、筋肉が伸びる痛みに気を向けていくうちに、今日のいや〜な痛みが明日には味わうことができるようになり、あさってにはもう少し軽減していく。「痛みを見る」「味わう」ということは、自分のそうしたからだの変化に気づいていくことでもある。
ヨーガは自分自身に気づくためのものだと、私は思っている。始めてやる人は「からだが硬いということがわかった」とよく感想を述べる。そういう自分に気がついたのだ。次には「自分のからだのことなのに、あまりよくわかっていなかった自分」に気がつくだろう。今日の調子はどうなのか。妊娠中の不快な症状は、いったいどこからくるのか。医師に相談すべきような急を要する症状なのか。自分でいたわり、安静にして様子をみることで、症状は改善するのか。そうした判断が、ヨーガをやり自分のからだに向きあうことでわかるようになっていく。こうしたことは、その後、子どものからだをみて判断していかなければならない母親にとって、とてもいい訓練になる。
さらに妊娠中のリラックス法、瞑想は胎児へいい影響を及ぼすにちがいない。母親の心が平安であれば、おなかの赤ちゃんもとても気持ちいいはずだし、そうした意味では胎教にとても効果がある。呼吸法、リラックス法、瞑想については、次回にゆっくりお話します。


●マタニティ・ヨーガを教える

もし出産準備クラスなどで、マタニティ・ヨーガをとり入れたいとお望みなら、指導する人は自分自身が定期的にヨーガのクラスに通うことをおすすめしたい。教える人は、クラスでのデモンストレーションのためにもからだを柔軟に保っておかなければならない。 すべてに通じることだけれど、物事を人に伝えるためには常にそれに対する探究心がなければならないと私は思う。いっしょうけんめいやっている人が、ほんとうのことを伝えることができるのだ。マタニティ・ヨーガは期間限定のクラスなので、通ってくる人たちとはせいぜい半年くらいのおつきあいでしかない。だから「瞑想」や「悟り」などとだいそれたことは伝わるべくもないし、必要であるとも思わない。でも、教える人はヨーガのなんたるかをわからないまでも、わかろうと努力することが必要だ。
ヨーガはやればやるほど奥が深いと、つくづく感じる。これは生き方、「道」なのだ。探究してもしても、死ぬまで終わりに近づくことはできないだろう。ヨーガというものはまるで雲の上に顔を出した怪獣のように巨大で、伝説の龍のごとく神秘的なのだ。


参考文献/『妊婦のためのヨーガ』森田俊一著 メディカ出版 1991年。『医者からみたヨーガ』森田俊一著 東宣出版 1989年。『チベットの生と死の書』ソギャル・リンポチェ著 大迫正弘、三浦順子訳 講談社 1995年。

*この原稿は、メディカ出版「ペリネイタルケア」4月号(1999)に掲載されたものです。


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