たまごのカーラ
風木一人/文 あべ弘士/絵 小峰書店 ¥1,404-
ビーズクッションの上にまあるくなった息子は、うっとりした表情のまま。
いつになってもそのままなので、
「何をしてるんでしょうかね?」と聞くと、スッと起き上がり、
「あのね、たまごをあっためているんだよ」
息子のおなかには、テニスボールがガムテープでむちゃくちゃに止めてあった。
この小さな男の子が、ひとり立ちする日のことを、私は時々考える。
ひとりで回覧板を持って行ったり、
ひとりで近所の友達の忘れ物を届けに行ったり、
少しずつ、息子はひとり立ちの練習をしているのだけど。
いつかは自分の進む道を見つけ、本当にこの家を巣立っていくんだろう。
たまごのカラは長いこと、たまごの中身を守っていた。
なのに生まれたあと、出かけたまま帰ってこないとかげの子。
ぷんぷん怒ったたまごのカラは、
「これからは じぶんじしんのために生きよう」
そう思ったら、たまごのカラはカーラになり、
足がはえて手がはえて、立ち上がったら歌が出た。
♪からだがかるいと こころもかるいね
あのこを かかえていたころは
みうごきひとっつ かなわなかった
カーラはどんどん進んで行く。
いじわるを言うやつも、こわい夜も、高い山ものりこえて、
カーラは美しいものもたくさん見るんだ。
♪どこまでいっても あたしはあたし
カラとカーラのあいだには
みえないなにかがあるんだよ
だいじなにかが あるんだよ
親と子が全く別々の道を歩くようになったとしても、
転んで泣く子をだっこしてなだめたり、
風邪をひいた子の背中をさすったり、
そんな思い出はたからもの。
だっこは、子どもの心をあったかくする。
息子はまた幸せ顔でビーズクッションの上にまあるくなる・・・。
こんな静かな時間、おなかはかゆくなるかもしれないが、
大切なものをあたためる人の心にも、何かがゆっくり育っているのだ。
(文;森 ひろえ)