幼児期は五感と身体を育てる時代
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子どもの発達と脳の不思議1

幼児期は五感と身体を育てる時代

談・広木克行(神戸大学発達科学部教授)

「子どもの発達と脳の不思議」の第1回は、子どもの発達について長年、研究している神戸大学の広木克行教授にお話をうかがいました。広木教授は、20年以上にわたって不登校の子どもと親の教育相談などに携わるとともに、保育や学校現場にも足繁く通い、子どもと教育の現実に向き合いながら、研究を続けている方です。
著書『手をつなぐ子育て』の中で、広木教授はこう記しています。
「『親の不安から出発する子育て』とは違う『子どもの必要から考える子育て』の重要性に気づいてほしい」、と。
子どもの発達を考えるうえで、もっとも大切なことは何か──。子育てや子どもの育ちをめぐる今の状況にも触れつつ、論じていただきました。

協力/NPO法人市民科学研究室 写真/Kikuchi Sakae
2006年10月掲載(専門家の肩書きは取材当時)



乳幼児期は五感とからだを育てるpart1 幼児期は五感と身体を育てる時代

Part.1

 幼いころから文字の読み書きや英語などを学ぶ「早期教育」が最近、盛んになっています。「国際化時代なんだから、小さいうちから英語教育が必要だ」「こうすれば、子どもが賢くなる」などと言われれば、「子どもの将来のために教室に通わせよう」と親が思うのも、当然かもしれません。しかし、そういう育て方をすると、子どもの発達に支障をきたす恐れがあると考えられます。

 保育士さんたちの勉強会で聞いた話ですが、1歳半ごろから保育園に入ってきた子どもの中に、意志の疎通がかなり難しくて、多動な傾向の見られる子がひとりいたそうです。その子は言葉がなかなか出ずに、行動にも落ち着きがありませんでした。しばらく保育をつづけるうちにわかったのは、その子が英語教室に通っていたことでした。日本語を覚える1歳前の、「むにゃむにゃ」「まんま」と言う時期から、犬を見たら「ドッグ」、猫は「キャット」と言えるように、英語の歌などを使って教え込まれていたのです。おそらく過剰な刺激を受けて、子どもは頭が混乱し、状況に応じた生きた言葉が出なくなったものと考えられます。

 早期教育を受けている子どもたちの絵の中には、人を描いても、腕がなかったり、下半身がついていないものも、しばしば見受けられます。顔には鼻や耳がついていなかったりします。子どもの感情と意識が統一的に動いていないのです。


 フランスの心理学者のガストン・ヴィオーは、人間の知能の構造を二等辺三角形を使って説明しています(図参照)。下半分の土台(台形)の部分が「実用的知能」と呼ばれるもので、からだの育ち、人間関係の育ち、感性の育ちを意味します。人間が生きていく上で最も大事なものといっていいでしょう。そして、上半分の小さな三角形が、文字や記号などを使って抽象的な思考ができる「論理的知能」を指します。
ガストン・ヴィオーの図

 早期教育というのは、この小さな三角形=「論理的知能」の一部である、記憶力や記号操作力を、子どもに身につけさせようとするものにすぎません。下半分の台形=「実用的知能」をないがしろにして、上半分の三角形だけを大きくすれば、非常に不安定な発達になってしまう恐れがあります。乳幼児期で大切なのは、まずは土台の部分=実用的知能をしっかりと育てることなのです。

 人間は他の動物に比べて、はるかに未熟な状態で生まれてくるといわれます。生まれたばかりの人間の子どもは、人間以外の動物に育てられると、人間以外の生き物に似せて成長することができるほどに未完成で、柔軟な存在です。つまり、動物であるヒトの子どもが人間の子どもになるうえで、乳幼児期はとても重要で、独自な時期なのです。

 私はこれを植物の成長のイメージを借りて、説明しています。植物というのは、根から育ちが始まり、根が自分の力で水分や養分を吸い上げられるようになるまでは発芽しません。しかし、われわれの目には見えない土の中で、根は着実に成長しているのです。そして、しばらくすると芽を出し、葉をつけ、やがて花や実を実らせていきます。
 つまり、人間をはじめ、「命あるすべてのものには育つ順番がある」ということなのです。乳幼児期とは、ちょうどこの目に見えない「根」を地中に伸ばす時期なのです。

 (談/広木克行(神戸大学教授)構成・文/川口和正)



子どもの発達と脳の不思議ビジュアル

子どもの発達と脳の不思議INDEX

1.幼児期は五感と身体を育てる時代

2.眠りが育てる子どもの脳と体と心

3.赤ちゃんの心のめばえと発達

4.0歳から育てる「社会力」


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