妊娠・出産・育児

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視点… ぷぅーにゃん  -- 2005/03/11 ..
子宮筋腫やら双角子宮(ついでに後屈気味らしい)やら抱えつつ仕事におわれながらの、40歳コウノトリ待ち続け中のぷぅーにゃんです、こんにちは。

ここで交わされる様々な意見交換のなかで、
(このサイトだからこそ当然ながら)少子、高齢妊娠&出産及び社会の無理解について等激論が交わされることもしばしばですね。

私個人としては、確かに自分達世代の妊娠&出産に対する社会の理解がもっと深まったら“嬉しいな〜”と考えています。

でも、ふと思いを巡らせてみた時、果たして私達自身はどうなのか?自分達の妊娠への熱い希望や子育て環境への感心&要求ばかりが先走り、そのことでやや頭がいっぱいになり、結果世の中にちゃんと目が向けられているのか?狭〜い視野の中でのみ生きてはいないかとの懸念を抱いたりもするんです。

立場や世代、性別の違う人間に対しての正しい理解や関心を持つことができているのか甚だ自信がありません。

社会全体のなかで“少数派”でいるうちは周囲の関心や理解が薄いのはまぁ、当たり前と言うか仕方ないんじゃないかとも思うんですね、それは決して後ろ向きに捉えているのではなく。
これから高齢妊娠&出産そのあとの育児をもっと理解してもらいたいとか少子化をただ憂うより、私達世代のこの高齢妊娠〜子育てが周囲から幸せそうに見えたなら後に続く人たちもおのずと増加していくんじゃないかな〜なんて思います。そして私達が“解禁すればできるもの”と安易に考え(もちろんちゃんと勉強して知っていた方々も多々おられることと思います)後回しにしてしまった感が否めない高齢妊娠は“生物学的にキビシイ”ということを次世代がもっときちんと知ることが出来れば、やっぱり無理してももう少し若いうちに子供をもうけたいと考える人たちが増えるかも知れないし自分達の身体についてももっと感心を持ち、ひいては生きる事についてもっと深く向き合う事をするかもしれない。

実際のところ、私自身は漠然と“仕事との両立が大変そうだな、仕事がまず一人前じゃないし髪振り乱してキーキーと子育てしたんじゃ子供も可哀想かな、んじゃ、もう少し仕事に自信もついて何かと余裕が出てからっていうことで…”という感もあって忙しさにかまけてずっと先延ばしにしちゃったところもありますから。(それと何より、以前の結婚で残念ながらど〜しても彼の子供が欲しいという思いが湧かなかったですが…)

そしてもう一つ、私達が祖母や母の生き方を見てきてあれこれ思い選択してきた来た結果の『少子、高齢化』なんじゃないかとも思うのです。

●子供を産んで育てるている人たちが幸せそうに見える・
●この人の子供がどうしても産みたいというオトコの増加!?
これらの条件下で環境が整っていればさらにラッキーと言う感じ。女って基本的に強く出来ているはずなんだから、どんな状況でも欲しければ頑張ると思うんですけど…。

声高に発信する言葉も大切だけど、幸せを抱き締め、噛み締め、感謝し、行動にする事も大切!(時々高齢出産を恥ずかしく思う方がいらしたりもしますよね?それも少数派だからと自身で恥ずかしい事と決めつけてしまっているのでは?欲しいんだもん!生まれてきてくれて嬉しくて幸せなんだもん!って堂々と幸せしちゃって欲しいです。きっと私だってベビーがやって来てくれたらきっと照れくささはあるだろうとは想像します、彼と仲良ししてま〜す・ってコトで…テヘヘという感じにおいて。)

話がそれましたが、何だかんだ言っても私達って恵まれていると思います。家事や育児の手抜きを助けるモノやサービスは巷に溢れているし、医療も進んでる、情報だって必要以上に溢れてる。
極端だけど戦争も餓えも知らずに欲しいものを追いかけて生きてるなんて立派に贅沢出来てるって思いませんか?

だから私は今現在アレコレ多少の苦や焦りはあっても幸せを感じつつ、ベビーが来てくれたらもっと幸せ・欲張りなんだも〜ん。くらいのスタンスで過ごせています。(凄く欲しいんですよホントに)でも楽天的です☆ゴメンナサイ。







目指すのは聡明でしなやかな生き方   ぷぅーにゃん
同感です。   sachi




 

   >>> 目指すのは聡明でしなやかな生き方 ぷぅーにゃん   -- 2005/03/11..
 
sachiさんこんにちは。
漠然とした問いかけのようなスレッドに早速のレスをありがとうございました。
>シンプルに生きることの大切さも思い出していきたい。
この言葉、私も大変に同感です!

生きている事は決して“仕事が全て”でもなく“結婚が全て”でもなく“子育てが全て”でもなく、その他のどんな事柄だってそのコトだけで人生の全てを占めるわけではないんですよね、今向き合っている願望や問題、そして苦悩に全身全霊で取り組む事も決して間違ってはいないと思うのですがそのことで狭い世界に閉じこもり、冷静さを失ったり判断力を欠いたり他者にやさしくできなくなる事も恐いんです。幸せを追求するあまりに笑顔を失うのも本末転倒になりかねないし。

物事に対して努力もするし多少の我慢もしてみたり。時には上手くかわしてみたり、それでも限り無く逆らう事はしない。大袈裟に言えば天命に任せて時がきたら受け入れる強さや素直さを持ちたいと。

私のもとにベビーがやってくるのもやってこないのも時が経てばば分かる事だから、気持や身体の環境だけは整えて今は待つだけですもん。人間には命を受け入れる事はできても創造することは出来ないのだから。(…っていっても他にやる事はいっぱいあるから退屈してしてられないしっ!)

できれば人生を満喫した〜い☆自身の誕生→幼女→少女→女性→妻→母→熟女→老女(歯ぁガタガタ言わせながら笑えるばあさんになりたい!?)コレ全部。で適当に逝きたい。(できれば天国といわれるところへ)

高齢出産というテーマより『人生について語る』になってしまいました。失礼致しました。
 





   >>> 同感です。 sachi   -- 2005/03/09..
 
ぶうーにゃんさんのご意見に同感です。私も自分のしたいことを追及してきたらあっというまに高齢といわれる世代になっていました。母や祖母のような生き方をしたくない、女性だって男性のように仕事も恋も遊びもしなくっちゃっとおもってきました。産みたいときが産み時となればいいわけですが女性の体はそうはいかないわけです。 私たち世代はやりたいことをあきらめないわがままな世代だとおもいます。 自己犠牲の精神で家庭の縁の下の力持ちだった昔の女性は愚かなのではなく聡明だったのではないでしょうか。物質や私欲とひきかえにその聡明さを日本人女性は失っていきつつあるとおもうんです。少なくともこれからは女性が自分の体の仕組みも知り、自分の人生で何が大事か見極め、自分を成長できる生き方をみつけていかなければならないのではないでしょうか。
それにしてもいい男も減ってますよねえ。それも問題だと思います。昔に戻れるわけではないし昔のような女性の生き方をしたいとも思いませんがシンプルに生きることの大切さも思い出していきたい。私の住むアメリカは問題も多い国ではありますが日本より子供を産み育てることの大切さをわかっているような気がします。
昔私が小さいときにひとつしかないアンパンを母が私と姉に分けてたべさせてくれたような子育ては私には必要ないしできないことです。子供ながらに母は食べていないのに、という愛情を感じて育ちました。私はどんな子育てができるのでしょう。子供のためというよりも私の人生の学びの場なんでしょうね。ぶーにゃんさんにもそのような機会がはやく訪れますように。