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Shifting Perspectives Project (UK)

Photo:Images borrowed from Shifting Perspectives Project (UK) 2005-2012.から
特別寄稿
出生前検査について今あらためて考えるPert2

渡部 麻衣子 (日本学術振興会 特別研究員PD)

1.はじめに
2.出生前検査技術のはじまり:染色体の「異数性」の発見
3.分類のはじまり


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4.「新型出生前検査」へ至る流れ
5.障がい者をめぐる社会の変化
6.今何が問われているのか


出生前検査について今あらためて考えるPart1
1.はじめに
2.「新型出生前検査」とは
3.「新型出生前検査」の特徴
4.提供をめぐって
5.今、何について論じるべきなのか
渡部 麻衣子 さんプロフィール

日本学術振興会 特別研究員PD、東京大学大学院情報学環
2002年から2005年まで、イギリスのウォリック大学大学院社会学部博士課程に在籍。
科学技術社会論を専攻し、母体血を用いた出生前検査の開発と普及の経緯を研究対象とする。帰国後、2006年までNPO法人市民科学研究室に在籍、以後、2006年から2008年まで北里大学大学院で遺伝子検査の市場かに関する研究プロジェクト(代表:高田史男教授・産科医)、2008年から2011年まで東京大学医科学研究所にてオーダーメイド医療実現化プロジェクトなどに参加。2011年より現職。

出生前検査について今あらためて考える
1.はじめに

 前回は、母体血中に浮遊する胎児由来のDNA断片を用いた出生前検査について解説した。この、いわゆる「新型出生前検査」は、日本産科婦人科学会の策定した指針に基づき、今年4月から全国21の医療機関で試験的に提供されている。5月10日に開催された日本産科婦人科学会では、提供開始から1ヶ月の間に30歳から47歳までの妊婦441人が受けたと報告された。(i) 妊婦からの問い合わせが多く、対応に苦慮する現場の声も漏れ聞こえる。ただし、統計によれば、日本には年間約110万人を超える妊婦が存在し、このうち今回検査を受けたとされる30歳以上の妊婦はおよそ65万人弱である。(ii) 検査の対象となるのは、妊娠12週から18週までの約1ヶ月なので(iii1)、単純に計算すれば母集団は54000人である。1ヶ月の間にたとえ30歳以上の妊婦1000人が「殺到」したとしても、母集団に照ら せば全体の2%にも満たない数である。つまり病院が対応に苦慮しているということが、即「多くの妊 婦が希望している」ということにはならない。
 しかし、胎児の染色体の数を確認するための新たな技術は、「胎児の染色体の数を確認する」という行為をさらに社会に浸透させる有力な動力ではあるだろう。今回は、「新型出生前検査」の対象の中でも最も発症頻度の高い染色体21番のトリソミーを事例に、「胎児の染色体の数を確認する」という行為の起源に光を当てたい。その上で、知的障がいを持つ人の生活が大きく変化してきた現代の社会において、新しい出生前検査の技術を前にした私たちに求められていることは何であるのかを考えてみたい。

1 NIPTコンソーシアムによれば、検査は10週から22週までの間に行なうが、事前の遺伝カウンセリングは12週から18週までの間に予約する必要がある。この期限外の妊婦も問い合わせる可能性を考慮すれば母集団はさらに大きくなる。


2.出生前検査技術のはじまり:染色体の「異数性」の発見

 染色体21番のトリソミーは、21番目の染色体が3本ある、染色体の「異数性」と呼ばれる状態のひとつである。このトリソミーは、1957年にレヴァン等の報告によってヒトの染色体の数が確定した後(iv)、最も早くに発見された「異数性」である。発見したのはパリ病院のジェロム・ルジュン率いる研 究チーム。1959年のことであった。(v)

 ルジュン等の報告は、既に存在した「蒙古症」という医学的な分類を、遺伝医学的に再定義するものだった。そしてこの再定義は、分類の基盤を、症状から染色体の状態へとシフトさせた。言うなれば、それは、遺伝子の状態に基づいて診断を行なう遺伝医学のはじまりであった。そして、症状ではなく、染色体の状態に基づく診断が可能となったことで、直接症状を診ることのできない「胎児」の診断も可 能となった。これを基に、1960年代には、産科において羊水検査の技術が用いられるようになった。

 しかし、「蒙古症」がルジュン等の研究対象であったのも、研究の成果が胎児の診断に結びついたのも、それが既に医学的な「異常」のひとつとして分類されていたからである。そこで、時代をもう少し遡って、この分類の起源を見てみる。


3.分類のはじまり
he Adoration of the Christ Child
図 1. The Adoration of the Christ Child (1515)


 「蒙古症」、現在では「ダウン症」と呼ばれる症状を持つ人々は、有史以来どの地域にも存在していたと考えられている。その証拠を見つけることは難しいが、一つの例として、写実的な西洋絵画に「ダウン症」の特徴を持つ人が存在することが報告されている。(図 1)(vi) そうした絵画は、「ダウン症」の症状を持つ人々が、この分類が存在する以前から、(絵画のモデルをつとめたりしながら)社会の中で生活していたことを示唆している。

 しかしヨーロッパでは、15世紀頃から、次第に、精神的・知的障がいを持つ人々の施設への隔離が行なわれるようになっていた。中でも、「蒙古症(当時)」という分類の登場した英国では、1777年には収容施設の要件を定めた Madhouse法が、1845年には治療を目的とする収容施設を全地域に設置することを定めたLunacy法が制定され、隔離施設の管理が国によって行なわれていた。この障がい者の隔離を背景として、「ダウン症」へとつながる分類は発見された。


図 2. ジョン・ラングドン・ダウン
 現在「ダウン症」と呼ばれる分類は、Lunacy法制定後、知的障害者に特化した収容施設としてロンドン郊外に建設された王立アールスウッド知的障害者収容施設で「発見」された。発見したのは、医師として施設を運営していたジョン・ラングドン・ダウン。(図 2)(vii)発見は1866年に発表された論文の中で報告された。

 ダウンは、「知的障がい者の人種分類の観察 (Observations on an Ethnic Classification of Idiots)」と題した論文の中で、施設で彼が観察した知的障がい者を、当時一般的だったブルーメンバッハの提唱した人種の5分類に基づいて、コーカソイド型、エチオピア型、マレー型、アメリカ型、そして蒙古型の5つに分類した。(viii)そして、「特に蒙古型に注目したい」(Down, 1866)とし、蒙古型の知的障がい者について考察した。これが、今では「ダウン症」と呼ばれる分類のはじまりだった。
ダウンが、彼の患者を観察するのに人種概念を用いた背景には、当時、人種をめぐる重要な論争が存在していたことがある。それは、「人種とはそれぞれに異なる生物種なのか、それとも人類というひとつの生物種の多様な形態なのか」という問いである。(ix)ダウンは、論文の最後に、コーカソイドの家族から、様々な人種の型を持つ知的障がい者が産まれるということが人類の連続性を示す証拠のひとつとなると主張した。(2)


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4.「新型出生前検査」へ至る流れ
5.障がい者をめぐる社会の変化


[参考文献]
2 “These examples of the result of degeneracy among mankind, appear to me to furnish some arguments in favour of the unity of the human species” (Down, 1866)

i 「新型出生前診断、1か月で441人...陽性は9人」2013年5月10日読売新聞。 [http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130510-OYT1T01201.htm](最終閲覧日:2013年5月20日)
ii 厚生労働省『人口動態統計』2011.
iii NIPT コンソーシアム『検査を希望されている妊婦さんへ』 [http://www.fetusjapan.jp/nipt/rinsyo_04.html](最終閲覧日:2013年5月 20 日)
iv Tjio, JH. and Levan, A. (1956) ‘The Chromosome Number of Man’ Hereditas 42(1-2): 1-6.
v Lejeune, J, Gautier, M. and Turpin, R. (1959) ‘Le mongolisme, premier example d’aberration autosomique humaine’. Annals of Human Genetics. 1: 41-49.
vi Levitas, AS and Reid, CS. (2003) ‘An angel with Down syndrome in sixteenth century Flemish Nativity painting’. Journal of Medical Genetics Part A 116A (4): 399-405.
vii [http://en.wikipedia.org/wiki/John_Langdon_Down]
viii Down, JL. (1866) ‘Observations on an Ethnic Classification of Idiots’. London Hospital Reports 3: 259-262.
ix 浦野茂「類型から集団へ」酒井泰斗, 浦野茂, 前田泰樹,中村和生編『概念分析の社会学―社会的経験と人間 の科学』ナカニシヤ出版,2009.

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