環境危機で変る子どもの生活
babycom ARCHIVE

環境危機で変わる子どもの生活4

感染症から子どもを守るために

取材協力/倉根 一郎(国立感染症研究所 ウィルス第一部 部長)

2007年12月掲載(専門家のプロフィールは掲載当時)


デング熱、日本脳炎、ウエストナイル熱……。私たちの暮らしにあまり馴染みがないと思われていた感染症が、地球温暖化によって増加するリスクがあるとの報告があります。いずれも、蚊を媒介として伝染する感染症です。
どちらかと言えば暑い国の病気とイメージされるこれらの感染症が、公衆衛生の行き届いた日本で増加するとはおよそ考えにくいことです。しかし、平均気温の上昇や、冬でも暖かく蚊が越冬しやすい環境が整いつつあり、今までは関東以北では見られなかった害虫の姿も確認されるようになりました。
子どもを怖い感染症から守るには、どうしたらいいのでしょうか? 地球温暖化と感染症の関係、その対策法について、国立感染症研究所の倉根一郎先生にお聞きしました。



PART 1 地球温暖化でどんな健康被害が起こる?

 2007年のインフルエンザは、過去20年間、調査開始以降もっとも早いスピードで流行している——。12月4日の厚労省の発表によると、例年よりも1カ月以上早い流行で、今年は例年と異なりAソ連型が猛威を振るっているとのこと。「ワクチンを打たなきゃ」「外に出る時はマスク、家に帰ったら手洗い、うがいを徹底しよう」。そう思った方も多いのではないでしょうか。
 感染症とは、微生物が体内に侵入し、感染することによって起こる病気の総称です。感染症を引き起こす病原体は主に5種類。ウィルス、細菌、カビ(真菌)、原虫、寄生虫で、インフルエンザや風邪はウィルスによる感染症です。

「地球温暖化と人間の健康の因果関係については、正直に言って、まだあまり分かっていないのです。何らかの影響があるだろうとは言えますが、具体的なデータがまだ非常に限られています。ただし、リスクがあるからには、分かっている範囲で正確な情報を伝え、何らかの対策を呼びかけることが重要です」

 こう話すのは、国立感染症研究所の倉根一郎先生。倉根先生は現在、デング熱や日本脳炎など蚊が媒介となる感染症を始め、狂犬病、クラミジア、リケッチアなどについての研究をとりまとめています。特に蚊を媒介とする感染症は、今後、日本でも増加する可能性があるとして、予防法や治療法の研究に力を入れています。

「インフルエンザなどの冬型の感染症に地球温暖化がどのように影響するかについては、直接的な因果関係はまだわかっていません。感染症にもいろいろありますが、今、日本で問題視されているのは蚊を媒介とする感染症といえます。温暖化によって関東以北の寒冷地でも平均気温が上がり、蚊の生息域が北上しているからです」


 倉根先生が座長を務めた「地球温暖化の感染症に係る影響に関する座談会」では、パンフレット『地球温暖化と感染症 いま、何がわかっているのか?』をまとめ、今年3月より環境省のホームページで発表しています。それによると、感染症にかかりやすい条件は以下の4つがポイントとなります。

1. 人の体に侵入する病原菌の数や、侵入の機会が多い
2. 病原体の自然宿主(しゅくしゅ)や媒介する生物(媒介動物)が多い(媒介動物なしに感染する感染症もある)
3. 病原体が侵入しやすい居住空間や生活様式である(ウィルスや媒介動物などと接触しやすい)
4. 公衆衛生の状態がよくない(栄養、衛生状態が悪い)

 このうち、先進国である日本では、よほどのことがない限りは栄養失調が起こることは考えにくく、また、公衆衛生のインフラや居住環境も整っていると言えます。逆に、途上国などでは栄養失調や下痢、マラリアなどの感染症の死亡リスクが高い国がまだ多くあります。

図 東北地方におけるヒトスジシマカの分布域の拡大(1998〜2005) 出典:国立感染症研究所昆虫医科学部長 小林睦生氏

「デング熱の媒介者であるヒトスジシマカは、年平均気温が11℃以上の地域に生息し、この分布域が毎年少しずつ北上していることが、国立感染症研究所の小林睦生部長らの研究で明らかになっています」と、倉根先生は説明します。冬が少しずつ暖かくなっているため、越冬が可能となり、また、蚊の世代数が増えて生息密度が高まっているのです。
 これはつまり、蚊によって感染する病原体と接触するリスクが増えるということ。蚊が媒介する感染症で、日本国内で感染が起こるのは日本脳炎のみですが、海外ではマラリア、デング熱、ウエストナイル熱、リフトバレー熱など多数あります。


 日本脳炎を媒介するのは、コガタアカイエカ。感染した蚊に刺されても発症しない場合がほとんどですが、発病すれば高熱、頭痛、嘔吐、けいれんなどを発症し、意識障害や神経系障害など脳に重篤な後遺症を生じます。致死率は20〜40%と高く、特に乳幼児の場合は死亡リスクが高まります。

コガタアカイエカ
 コガタアカイエカは全国に分布し、主に水田地帯で発生します。人から人へ感染することはなく、ウィルスがブタなどの体内でいったん増えてから蚊を媒介して人に移ると言われています。夏の気温が高い年ほどウィルスが活発に活動するため、今後、温暖化によって平均気温が上昇することでますます発生エリアが拡大し、感染リスクが高まることが予想されます。日本脳炎対策としては、ワクチン接種が主たるものといえます。

都市部で発生が懸念されているのが、デング熱。デング熱は第二次世界大戦中に長崎や大阪などで流行しました。発症すると高熱を発し、数日後、全身に発疹が広がりますが、通常は後遺症なく治ります(ただし、時に重症化して死亡することもあります)。媒介蚊はネッタイシマカかヒトスジシマカで、温帯に属する日本はヒトスジシマカの発生が見られます。

ヒトスジシマカ
 ヒトスジシマカは年平均気温が11℃以上の地域に生息し、温暖化や都市部のヒートアイランドなどでそのエリアが広がっています。特に都市部では冬季に雨水升が凍らず、卵や幼虫が越冬します。そのため世代をまたいで蚊が発生し、密度が高まるため、今後、日本では都市部でデング熱が流行する可能性も指摘されています。

 マラリアは熱帯などの暑い地域で発生する、激しい高熱を引き起こす感染症です。アフリカなどの途上国では死亡リスクの高い病気の一つです。日本でも明治時代から昭和の初めにかけてマラリア患者が存在し、戦後は復員した兵士を中心に発症例が見られました。現在では国内で感染することはありませんが、海外で感染して帰国後に発症する例が少数ながらあります。

シナハマダラカ
 マラリアの媒介蚊は、ハマダラカ。夜間に活動して吸血する性質があります。夜間に大量のハマダラカに刺されない限りはマラリアに感染することは考えにくく、現在の日本の住宅環境を考えると、マラリアが流行することはほとんどないと言っていいでしょう。ただし、夏季に自然災害などで居住環境が壊滅的な被害を受けた場合はこの限りではありません。(写真提供3点とも国立感染症研究所)
 

 また、現在日本での発症例はないものの、北米やアフリカ、ヨーロッパに分布しているウエストナイルウイルスにも注意が必要です。自然界では鳥と蚊の間でウイルスが保持されていますが、人に感染して高熱や脳炎などを引き起こします。シベリアなどの寒冷地でも発生しています。鳥の飛来でウイルスの生息エリアが広がる可能性があるため、最新情報は注意深くチェックする必要がありそうです。
 (取材協力/倉根 一郎)

国立感染症研究所 感染症情報センター

現在流行している感染症の最新情報やデータをリアルタイムに紹介。また、感染症の症状や予防法、発症した際の注意点などについても詳しく説明している。感染症についてのデータベースも。

環境省 地球温暖化の科学的知見

倉根先生が座長を務めた「地球温暖化の感染症に係る影響に関する懇談会」がまとめたパンフレット『地球温暖化と感染症 いま、何がわかっているのか?』をダウンロードできる。ほかにも、温暖化に関する資料や情報を得られる



CONTENTS 関連情報

実践!エコライフ
babycom的エコライフの提案4

白熱灯を止めよう!


環境と健康に関する科学報告書を読み解く

第4回:「大気の質に関する市民陪審報告書(英国)」を読む
〜環境政策づくりに生かされる市民からの評価


環境危機で変る子どもの生活

環境危機で変わる子どもの生活
インデックス

1.地球温暖化はどこまで進む?
  生活はどう変わる?

2.光化学スモッグから子どもを守ろう!

3.温暖化時代の地球にやさしい食育

4.感染症から子どもを守るために

5.温暖化時代を生きる子どもたちのために



babycom おすすめ記事
babycom PC Site
子育てと環境問題子どもの発達と脳の不思議

子どもの発達の基礎知識とともに、最新の脳科学や発達科学の研究成果なども紹介し、環境や発達の視点から、健やかな脳に育てるために親が知っておきたいこと、親ができることを考える。




TOP▲