あたたかいお産と子育て
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進先生のあたたかいお産と子育て
お産は子育ての出発点。産む人と生まれてくる人が尊重される「あたたかいお産」の環境ついて考える、進先生の連載コラムです。 掲載:2001〜2003
(故)進 純郎(Shin Sumio)先生 産婦人科医師 医学博士 (掲載当時)葛飾赤十字産院院長 人間的な出産について考える「出産のヒューマニゼーション研究会」代表。

麻酔分娩(前編)

 

 今回は麻酔分娩についてお話しましょう。麻酔分娩というのは、お産の痛みをとる目的で麻酔を使って行なう出産のことで、一般に無痛分娩とも呼ばれています。
 出産は、女性にとって生理的なものです。人間以外の動物も同じように出産していますが、唯一人間だけが薬を使う、無痛分娩の技術を生み出しました。動物は無痛分娩をしないといっても、からだの中からエンドルフィンというホルモンを出して、それによって自然に痛みをやわらげる作用はもっています。人間も同じホルモンを出しているのでしょうが、二本足で立つようになって骨盤の形態が変わり、分娩がほかの動物より困難になり、痛みがより強く感じられるようになったのかもしれません。
 西洋諸国でフェミニズムが台頭し女性の権利が言われるようになったころから、「痛みを感じないお産をしたい」という声が強くなり、無痛分娩が追求されてきたという経緯もあります。科学の技術を応用して、痛みをとる方法が研究されてきたわけです。
 麻酔分娩のはじまりは、19世紀にイギリスの女王がお産をするときに、クロロホルムを使って無痛分娩をしたことからはじまったと言われています。 


 欧米、とくにアメリカ、フランスなどでは麻酔を使った出産が広く行なわれています。フランスでは出産全体の6〜7割が、麻酔分娩だと言われています。それに比べ、日本は麻酔分娩があまり普及していない、先進国の中ではめずらしい国と言うことができるでしょう。葛飾日赤産院でも分娩に麻酔を使うこともありますが、その割合は過去3年間で全体の1%以下です。日本の医療技術は、先進国の中でもひじょうに優れていますから、麻酔分娩の技術はもちろん十分兼ね備えています。それにもかかわらず、麻酔分娩が欧米のように普及していない理由のひとつには、日本人は一般的に痛みに強い国民であるということが言えるかもしれません。

 私どもの病院でも、いろいろな国々の方々が出産されますが、ほかの国の方々の中には、日本人に比べ、お産のときに痛みを強く訴える方が数多くいます。これは、声や態度に出して自分を表現するという文化をもちあわせているということなのかもしれませんが、その姿を見ていると、ほんとうに強く痛みを感じているのだと思えます。日本人では、かつて痛みにたえることが美徳であった時代があります。今はもちろんそんなことはないでしょうけれども、それでもほかの国の方に比べると全体的に痛みにはよく耐えるように思います。そういったこともあって、これまでは「麻酔を使って痛みをとってしまいたい」と望む女性たちの声が、諸外国に比べて少なかったのかもしれません。
 また、アメリカでは麻酔分娩の際、麻酔をかけるのは麻酔科医の仕事になっていますが、日本では麻酔をかけるのも、出産を管理するのも産科医の仕事になっているという点で違いがあります。日本の場合は産科医がすべてを行なうので、ひじょうに手間がかかり、出産を管理する人手も十分確保しなければなりません。欧米では大型病院に出産が集中している傾向があり、そこには必ず麻酔医が常駐していますから、いつでも麻酔医を呼ぶことができますが、日本の場合は開業のクリニックでの出産が多く、そうしたクリニックでの人員の確保の問題なども、麻酔が積極的に行なわれていない理由のひとつになっているのでしょう。
 けれど、こうした現状の違いはあっても、女性からの強いニーズがあれば医師たちは積極的に麻酔を使う方法を模索してきたと思いますが、基本的に日本人には(女性たちも、医師たちも)、「お産は自然なもの」という東洋的な自然観があるのかもしれません。

 現在、日本では数は少ないですが、北里大学などの大学病院を中心に、各地の開業の先生方が麻酔分娩にとり組んでいます。料金的には、麻酔分娩が自然分娩に比べてやや割高になっています。
 

 昔の麻酔分娩では、いろいろな薬や麻薬、睡眠剤などを組み合わせたバランス麻酔などが行なわれていましたが、現在では、世界各国共通に硬膜外麻酔が主流になっています。硬膜外麻酔というのは、背骨の硬膜外というところに針を刺し、その針の中に通された細いチューブから麻酔薬を流し入れるものです。針は抜いてしまいますが、チューブは継続的に入れておいて、少しずつ様子を見ながら、麻酔薬を足していくわけです。
 針を刺すときには、分娩台やベッドの上で横向きに寝る姿勢をしますが、チューブを差し込んでしまえば、座ったり、寝返りを打ったりなど、姿勢を変えることもできます。

 麻酔分娩には、いくつかのやり方があります。まず、痛みをまったくとってしまうという目的で使う場合には、お産がはじまった時点から麻酔を使う必要があります。この場合には、お産がはじまる前に処方しなければならないので、あらかじめ出産の予定をたて、計画的に出産をすることになります。計画的な麻酔分娩です。
 出産予定日の2〜3週間前に、胎児が十分成長しているかをあらかじめ検査して、成長している場合には、出産日を決め、入院して、陣痛を誘発させて、進行状況をみながら麻酔を行ないます。こうすれば、陣痛の痛みを感じる前に麻酔でブロックすることができます。

 もうひとつには、自然に陣痛がはじまってから、途中から麻酔を使うというやり方です。これは「転向分娩」と呼ばれていますが、この場合には出産日を設定することはなく、自然に陣痛がはじまってから、どうしても痛みに耐えられないような場合に麻酔を使用します。葛飾日赤産院の麻酔分娩のケースはひじょうに少ないですが、すべて途中から麻酔を使う「転向分娩」です。この場合も、硬膜外麻酔を使用します。

 

 麻酔分娩をするにあたっては、どの病院でも妊娠中から説明を十分に行なっています。麻酔を使うということで、どのような効果があり、また副作用などの可能性についても事前に知っておく必要があるからです。
 麻酔を使うメリットは、当然痛みをとることですが、一方で、出産に特殊な薬を使うわけですから、薬物によるリスクも考えておかなければなりません。まず、お産という自然な営みにひとつ人工的な操作が行なわれると、そこから起こりうることに対処するために、次々と新たな産科的管理と処置が必要となってくる可能性があります。
 また、おなかの全体に麻酔が行き渡るので、子宮の収縮がどうしても弱くなってしまいます。そのため陣痛時間が長くなる、遷延分娩になることも多くなります。さらにそれによって、帝王切開になる可能性も考えられます。
 収縮が弱くなると、オキシントシンの点滴をして、陣痛を促進することになります。オキシトシンというのは、いわゆる陣痛促進剤で、陣痛を誘発させる場合にも使われます。陣痛促進剤は、使い方によってその副作用が問題視されたこともある薬ですが、麻酔分娩の多くにオキシトシンなどの薬剤が使用されます。促進剤を入れることによって、継続した赤ちゃんのモニタリングが必要となります。また、麻酔が効いているために、いきむ方向性が自分でつかみにくく、いきみ出す力がないので、最後はおなかえを押したり、吸引分娩か鉗子分娩になる可能性も出てきます。硬膜外麻酔をすることによって、こうしたほかの医学的処置が増えることになるのです。

 麻酔をしたときに合併症が起こることも、まったくないわけではありません。硬膜外に薬を入れると、急に血圧が下がる場合があります。また麻酔の針を刺すときの技術的なことですが、ひじょうにまれに硬膜外のとなりの脊髄まで達してしまったり、太い麻酔の針が硬膜外を突き破ったために、そこから髄液がしみ出してくるということもあります。この場合には、産後1週間ほどひどい頭痛に襲われることがあります。
 麻酔の量が多いと、胃の上のほうまでかかってしまうこともあり、その状態でもし吐いた場合には、メンデルソン症候群といって、胃の中のものが肺にはいってしまうことも考えられます。その他には、薬物ショックやアレルギーショックもあります。もちろんこうしたことは、ひじょうにまれなことなのですが、起こりうることではあります。
 しかし、硬膜外麻酔そのものによる、赤ちゃんへの影響はないと考えていいでしょう。産後も母親の意識ははっきりしていますし、抱くこともできる。授乳にさしつかえることもありませんが、子宮の収縮がスムーズでないために産後、弛緩出血の可能性があり、子宮収縮をうながすために子宮収縮剤が使用されます。
全体を通して、自然なお産に比べ、薬物投与、産科的処置が多く行なわれることになります。

妊娠・出産、母乳ワード101妊娠・出産・産後ワード101
安産と楽しいマタニティライフに役立つ101用語を解説しました。
監修/医学博士・産婦人科医師(故)進 純郎先生(監修当時)葛飾赤十字産院院長



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