妊娠・出産・育児

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子宮外妊娠でした どらみー  -- 2006/04/28 ..
 以前に流産したことを書かせてもらいました。5週で胎嚢が見えず,不全流産と診断され,手術をしました。しばらく泣いていましたが,流産後は妊娠しやすいと聞き,前向きになっていた矢先,病院でまだ妊娠反応が消えていないと言われ,子宮外妊娠の可能性があるからと,他の大きな病院を紹介されました。腹痛と言うほどのものはありませんでしたが,右足の付け根に違和感があり,出血も増えてきた感じでした。二度目の診察でホルモン値が上がっているので早めに手術をした方がいいと言われました。やっぱり・・・と思いながらもなかなか手術には踏み切れませんでした。片方の卵管が機能しなくなるかもしれないのですから。卵管が破裂したら最悪の場合,命にもかかわるかもしれないと言われ,手術に踏み切りました。
 手術の麻酔から覚めた時は,痛さのあまり,痛み止め(これも筋肉注射で痛かった)を打ってもらい,また寝てしまいました。その後5日間の入院の末,今は退院し,自宅で安静にしています。腹腔鏡下手術でお腹に3カ所の穴を開けました。手術の結果,卵管が両方とも癒着を起こしていて,妊卵は右側にあったそうです。右の卵管は切除したのでもう機能はしません。8週目でした。
 今は,左の卵管に頼るしかありません。でも不安でたまりません。左の卵管は手術できれいにしたということでしたが,看護師さんの話では,再び癒着することもあるとのことです。子宮外妊娠の再発率は初めての人より高くなると言う話も聞きます。また,再発したらどうしよう,そしたら,もう,私の卵管はだめになる,自分の力では妊娠できないということなんだと思うと,怖くて次に進めません。
 私は初めて妊娠し,このような結果になりました。子どもを産むにはいくつもの壁を乗り越えていかなきゃならないんだなぁとつくづく感じています。6回近く,超音波検査をして,一度も胎嚢が見えなかった,あの悲しみと絶望とお願い映って!と画面に祈る自分を再び繰り返したくありません。
 こんな私です。どなたか,どんなことでも構いませんので,言葉をください。


私もです   ぽわん
私も‥   むつみき
外妊経験しましたが   雪だるま
胚盤胞にAHA   kagome
ありがとうございました   どらみー
私のようなケースもあります   らら
大変でしたね。   おさる
同じく   匿名で




 

   >>> 私もです ぽわん   -- 2006/04/28..
 
お辛い気持ちわかります。私も最初の妊娠、二度目の妊娠ともに左、右それぞれの卵管でした。もともと両側卵管水腫のため形成手術を受けた後でのことです。2度目の外妊の時切除を決め、と同時に自然妊娠は望めなくなるという絶望感はありましたが、繰り返し手術は嫌だと決心しました。その後、3回目の体外受精で女の子を授かりました。ここに至るまでに8年を要し、その過程では何故どうして自分は・・・と悩む毎日でした。でも、今はあの時があるから
夫にも両親にもそして娘に感謝の気持ちでいます。どうか、どらみーさんもあきらめないでほしいです。どらみーさんとご主人のところに元気な赤ちゃんが来てくれることを心から祈っています。
 





   >>> 私も‥ むつみき   -- 2006/04/28..
 
どらみーさん、はじめまして。現在、子宮安静期間中のむつみきです。
私は42歳で持病があり、主人は44歳で男性不妊という超ハンデ夫婦なのでIVFしか望みがありません。諦めきれずにダメもとで昨年8月~不妊治療を始め、2月に人生初妊娠、3月に子宮外妊娠と判明し、開腹手術をしました。
入院中は産科病棟だったので、なぜ私だけが‥と泣き、退院後は天使になってしまった私たちの初めての赤ちゃんを思い、産んであげられなくてごめんね‥
と泣く日々でした。
不妊治療前から診ていただいていた担当医と手を取り合って喜んだ判定日や、主人と万歳三唱をしてから食べたお赤飯や、神社へお参りに行き、安産のお守りを肌身離さず持ち歩いた幸せの日々が今では遠い昔のことのようです。
今は不妊治療が生活の中心だった日々から離れ、ガーデニングをしたり、夫婦で絵画展に行ったり、ドライブで遠出をしたり、ゆとりが出来、以前より夫婦仲が良くなりました。不妊治療中は喧嘩をよくしていたなぁ‥と反省しました。
これはきっと天使になってしまった赤ちゃんが精神的にいっぱいいっぱいだった私たちにくれたギフトなんだと思います。
どらみーさん、今は辛くても必ず立ち直れます。時が心の傷を癒してくれます。卵管が無くてもIVFで妊娠はできます。胚盤胞なら子宮外妊娠を繰り返す心配がないそうです。
諦めずに今度こそ我が子を抱きましょう!
 





   >>> 外妊経験しましたが 雪だるま   -- 2006/04/27..
 
昨年2月に、不妊治療の途中で子宮外妊娠になり、右卵管切除をしました。
私の不妊原因は、右からしか排卵してないのに、右卵管が閉塞しているからでした。左卵管はきれいに開通していますが、治療は3年間しましたが、排卵誘発剤を注射しても左から排卵したことはありませんでしたし、右から排卵した卵子を左がキャッチする様子もありませんでした。
ですので、私の場合、両卵管が機能してないのと同じ状態です。

そんな状況ですから、右卵管切除した後、私は、茫然自失となりました。
医師からは自然妊娠は厳しいと言われ、私自身もそう思いました。
でも、治療を続けるよりも、早く妊娠してストレスから開放されたいと思い、意を決して一気に体外受精を行い、幸い1回目で妊娠し、間もなく臨月に入ります。

「また,再発したらどうしよう,そしたら,もう,私の卵管はだめになる,自分の力では妊娠できない」なんて思わないでください。
自然妊娠以外の方法での妊娠はご希望ではありませんか?
左の卵管しか頼れない、これも使えなくなってしまったら、自然妊娠はできない、と言うだけですよ。妊娠する手段はあります。
卵管なんて、仮に両方無くても、今は体外受精という素晴らしい手段があります。
医療技術で受精させてお腹に戻せば、後は普通に妊娠出産できますよ。
 





   >>> 胚盤胞にAHA kagome   -- 2006/04/27..
 
 どらみさん、今回のこと本当に残念でしたね。
胎児だけでなく卵管を片方失われてしまったとのことで心の痛みも深いと存じます。

 私も流産と子宮外妊娠(頚管)の両方を経験しました。
どちらも辛い出来事でしたが、外妊には割り切れないものを今でも感じています。

 流産したことはその子に原因があり育つことができなかった
誰にも命を引き止めることはできなかった・・・・・

 私の外妊は判定日のβHCG値がこれまでの最高で
先生にも『 今回は大丈夫、安心していいよ 』そう言われていました。
これまで、流産してきた子達に比べて期待の持てる元気のよさを感じていました
 ですが、子宮に胎嚢を確認できず、頚管に・・・・・エコーの画面を忘れることはできません。 
 この子は殺すためにいくらエタノールをかけてもダメージを克服してしまう強さがありました。。。。。やりきれないです。

 産みたかった、産みたかった、産みたかった
この子を産んであげたかった

 でも、どうしようもなかった
あなたの着床した場所が悪かったの
その場所では、いずれにしろあなたには窮屈すぎで死んでしまうしかなかったの!生まれてくることはできなかったの!
・・・・・ごめんなさい。許してね。

 もう、半年前の出来事になりますが気持ちが晴れることはありません。



 どらみさん、わたしは胚盤胞にAHAする体外受精を進められています。
というか、通院先では再度頚管妊娠した際の危険(処置が遅いと子宮ごと頚管摘出、頚管動脈破裂で死亡)を考えるとこの方法しかできないそうです。

 いったん受精した卵は卵管に戻り成長して胚盤胞になり子宮に着床します。
ですから、卵管がなくても胚盤胞を移植すれば妊娠できるのです。
 胚盤胞にAHAすることで胚盤胞が他の場所に転がることを防ぐことができ外妊の可能性がよりなくなるそうです。

 どらみさん、まだ我が子を抱ける可能性は残されています。
左に外妊するかもしれないことを割り切ってしまえば胚盤胞移植までされなくとも大丈夫です。
 実際に卵管がひとつしかなくても妊娠出産された方は少なくないと思います。掲示板でも見かけることがあります。
私は、両方の卵管を失いましたが、出産まで数日だと言う妊婦さんも知っています。


 どらみさん、私たちは酷い不幸に見舞われましたが、可能性を残してもらえました。
 希望は、残されています。
 





   >>> ありがとうございました どらみー   -- 2006/04/26..
 
 お返事,ありがとうございました。
 読みながら,涙が後から後から溢れてきました。
 子どもがお腹で苦しんでいるのに,自分は無傷なんて・・・。
 はっとしました。私はまさに,そういう考え方をしてました。自分のことだけ,考えていました。
 自分の辛さとか,痛みばかり感じて,泣いてばかりいましたが,お腹にいた赤ちゃんはもっと辛かったんですよね。暗くて狭いところに閉じこめられて。この傷や苦しみが大きな意味を持つことに,気付きました。
 情けない,母親です。
 私も早く,超音波に映る我が子を見たいです。
 まだまだ怖いけど,がんばってみたいともちょっぴり思い始めました。
 ゆっくりと・・・ですね。
 仕事にも復帰しなくてはいけないし,きっとくよくよしたりする暇もなくなるのかなと思います。また,それはそれで悩みなのですが。

 いつも夫に言われます。一人じゃないよって。
 今度は,夫とまだ見ぬ我が子と3人でがんばる気持ちでいこうかなと思います。
 元気な赤ちゃんを産んでくださいね!
 





   >>> 私のようなケースもあります らら   -- 2006/04/26..
 
どらみーさん、はじめまして。
子宮外妊娠、お辛かったですね。
100人に一人くらいの確率だといいますが、
まさか自分がなるとは誰も思いませんよね。

私は27才でで結婚した年に子宮外妊娠をして左卵管を失いました。
その後主人が子作りに協力してくれず、8年くらい避妊をしていました。
失ったものは大きく、早く子供が欲しいと思っていたのに、
その時主人は全く聞く耳を持ちませんでした。
本当に辛かったです。

ところが8年後に突然状況が変わって子供を作ろうということになったのです。
その後化学流産を2回、そして3年前に再び右卵管での子宮外妊娠をしてしまいました。
またあの辛い手術を受けなければいけないのと、
これで卵管が全くなくなってしまうという絶望感がありましたが、
「体外受精に切り替えたらいかがでしょうか、
子宮外妊娠をする人は体外受精で妊娠しやすいですから」と医師から指導されました。
そこで手術前夜に思い切って主人に相談したところ協力してくれることになりました。

そして手術から3ヵ月後に不妊専門クリニックを訪ね、
半年足らずで妊娠することができ、去年娘を出産しました。
まさか体外受精をするとは思わなかったのですが、
医師にそのことを言われた時は目の前がパッと明るくなったような思いでした。

こんな私ですが現在は二人目に挑戦しています。
先日残念ながら流産をしてしまいましたが、
3年前の絶望感からは考えられないほど状況が変わりました。
体外受精に挑戦して本当によかったです。
確かに自分の力では妊娠できませんが、それでも可能性はゼロではありません。
子宮外妊娠ですが、私のように2度続けてなるのは珍しく、1000人に一人くらいだそうです。
それを知った時は「私は選ばれちゃったんだ」と思いました。
どらみーさんはもう一つの卵管で無事に妊娠されるとよいですね。
2度の荒波にもめげなかった私からもエールを送らせていただきます。


 





   >>> 大変でしたね。 おさる   -- 2006/04/26..
 
 おつらかったですね。どらみーさんの痛さ・辛さはなかなか他の方に理解してもらえず、それが余計、苦しい気持ちにつながっているのでしょうね。わたしも34歳の時、7週で卵管切除となりました。閉塞気味ながらも一応、通っていた方の卵管でした。大して痛みも出血もないのに、切除以外の方針を示してもらえず、医療不信にもなりました。残った卵管は卵管水腫をおこしていて、もともと、まったく機能していないと言われていました。その後、5回の体外受精も失敗、いろいろ調べて、卵管鏡で高名な先生にお願いしたところ、卵管形成をしてもらいました。その後、まったくの自然妊娠。子供は今、3歳です。どらみーさん、一度は妊娠できたことを信じて、前向きになってみて下さい。もしも卵管が不安なら卵管鏡という手段もあります。体外受精という手段もあります。今はホルモンバランスが崩れていて、悲観的になってしまいがちですが、わたしが応援しています。
 





   >>> 同じく 匿名で   -- 2006/04/26..
 
はじめました。同じく初めての妊娠で子宮外妊娠だった者です。
私の場合は生理予定日にはちゃんと生理とおぼしき出血があり(これ完全に不正出血でした)、その後、激痛と言うのはこうゆうもんかと実感できた腹痛に不正出血で初めて産婦人科に行きました。すでに出血でお腹が張り気味というきわめて恐ろしい状態で・・・。
妊娠してると露とも思わず、病院で検査後、子宮外妊娠と告げられ、2時間後には開腹手術でした。
右の卵管切除と癒着がひどすぎて、右の卵巣は一部切除となりました。
子供に気づけなかった自分を呪いました。でも、気づいても何も出来ないんですけどね。
その子の出産予定を自分で調べ、その日を過ぎてから、再チャレンジしました。
怖くないと言ったら嘘ですよね。
もう一つなくしたら自力妊娠はできないです。おまけに、一つの卵管のみで本当に妊娠できるのか?と思いました。
でも、チャレンジしなきゃ、天国に戻った子が私のお腹に戻れることはないとも思いました。
もし、またなったらそれは、仕方ない。我が子が苦しんでお腹にいるのに自分が無傷の方が許せんからなあと思いました。
まあ、偉そうに言ってますが、出産予定日まで悩みまくった結果です。
ですがら、あわてて、気持ちの整理はつけたら恐怖は強く残りますよ。自分で気持ちを冷静にみれるまで少しずつ行きましょう。

朗報は、その後長男を無事産み、今また妊娠している事かな?
長男が超音波の画面で姿をみせた時の感動は・・・!!!

こればっかりは、あなたも大丈夫と言えなくて申し訳ないけど、恐怖・不安を勇気にかえれた時、空らか天使がもどってきますように。