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羊水検査で悩んでます。 ももちゃん  -- 2004/03/10 ..
私は、39歳妊娠12週です。
30歳の時一人目を出産しその後不妊治療で体外受精4回めで、
やっと、妊娠しました。天にも昇るぐらい大喜びでした。
ところが、日がたつにつれ高齢出産と体外受精なので、染色体異常がとっても気になりだし、私の友達の子供がダウン症の子供をかかえ
とっても大変なのを聞き、羊水検査をしようと、先日病院の先生に相談をしました。あまりよくない顔をしながら、感染や流産の事
を聞き、まだ日があるので、よく考えてと・・・言われとっても悩んでいます。もし異常がある場合私は育てていけるのだろうか、もし何も異常の無い子なのに、流産してしまうのではとか、でもやっとの思いで、授かった子なので、羊水検査は受けずに、運命にまかせるか、でも・・・って頭の中は後2週間後の検診の日まで自分の意思が、決められず悩んでいます。羊水検査で感染や流産を経験された方や同じように悩んでる方お話を聞かせて下さい。


羊水検査まで10日・・・。   ももちゃん
運命に任せました   あー子の母
誰かが悪いわけではありません。   たんぽぽ
私流の考え方   ハニー
どちらが不可抗力か   宿根草
私の場合。。。   あらら
結果待ちの身   ぴかちゅ
らんさん、たんぽぽさんに同意します。   ヤムヤム
問われるのは羊水検査の理由   宿根草
個人の判断で   たつえ
決断の日まで、あと一週間・・・・・。   ももちゃん
羊水検査の是非以前の話だと。   らん
皆さんのご意見を聞いて、私はやめます。   さぬきうどん
誰も間違って無いと思います。   バンビ
ももちゃんへ   sachi
私は未久さんの気持ちわかります。   sachi
未久さんの考え、理解できます   めるも
人間の幸せとは?   たんぽぽ
たんぽぽさん、バンビさん、皆さんに釈明です   未久
ぐさりときました   宿根草
羊水検査の前にクアトロテストを受けては、、?   りん
mさん。   バンビ
子供のためではない   たんぽぽ
らんさんへ   未久
mさんへ   未久
よくわかりません。下の意見を読んで。   m
遅ればせながら...。   バンビ
意味のない命?   らん
羊水検査について   未来
昨日うけてきました。   のあ
受けませんでした   らん
みなさん、ありがとうございます・・。   ももちゃん
私も悩んでいます・・・   みけ
検査は検査、罪悪感は不要では   未久
私も悩んでいます。   さぬきうどん
私の子は染色体異常   子は宝
ご主人と相談を・・・   まるまる
同じ悩みで書き込みしました。   ぶり




 

   >>> 羊水検査まで10日・・・。 ももちゃん   -- 2004/03/09..
 
今日病院に行ってきました。
先生に羊水検査をする事を告げました。
3月19日検査をします。今は複雑な気持ちで一杯です。
超音波で見る赤ちゃんはとっても元気に手足を動かし、
ママここにいるよっと言っているかのようでした。
・・・・・・・・・・・・・・。
 





   >>> 運命に任せました あー子の母   -- 2004/03/08..
 
 私は羊水検査を受けませんでした。皆さんの意見を読みつつ、何故自分は受けない判断をしたのかを考え、書いては消し、消しては書き・・・。最終的には、論理的な考えではなく自分の命を他人に選択されなくないのと同じで、自分以外の命の選択をするのが嫌だという、感情的な理由から受けなかったんだな、という結論になりました。

 羊水検査と直接関係がないのですが、「全日本手をつなぐ育成会」がインターネットテレビで障害者の家族を紹介する番組があります。短い言葉では上手く表現できませんし、人それぞれ感じ方も違うと思います。でも、お時間があれば、一度のぞいてみてください。私は、とてもいい番組だなぁと思って見ています。
 





   >>> 誰かが悪いわけではありません。 たんぽぽ   -- 2004/03/06..
 
 先日、未久さんの発言を批判しましたが、未久さんの人格に対する批判ではないということをご理解ください。

 こういうネットの世界ではありますが、未久さんのお人柄に就いては、もしかしたら数年付き合った友達以上に知っている面もあるように思います。未久さんの生き方も考え方も立派だと思いますし、そのことを批判しているわけではありません。
 
 しかし、言葉は独り歩きします。誰がどういう気持ちで言ったかということと関係なく、文字通りに受け取られると覚悟するしかありません。

 未久さんの発言で、傷つく人がいるだろうと思いました。私たちは、というか、私でしょうが、特にとりえも無く、つまらない人間ですが、それでも「生きていていいかどうか」などということで、人にとやかく言われたことはありません。健常者で働ける限り、そういうことを問題にされることはありません。
 しかし、障害のある人は、生きていることそのもの、生まれてくることそのものを問題にされるのです。このことの辛さは想像を絶するものです。

 ときどき侮辱されたと感じるときは、あります。それは誰にでもあることでしょう。たいしたことではなくても、何時までも忘れません。本当にささいなことだと分っていても。

 障害のある方は、単に障害があって不便というだけではなく、そういう思いを日常的にしながら生きておられます。だからこそ、私は未久さんの発言を見過ごすことが出来ませんでした。

 私たちの誰にも、病気になる可能性も、障害者になる可能性もあります。そして、全員が死にます。生きるということは、ただ生を享楽することではありません。すべての生は、苦をひきうける必然性を、はらんでいると思います。

 様々なハンディキャップを背負いながら、それぞれの人がそれを乗り越え幸せになろうとすることは、それ自体人間にとって必要な「仕事」であると考えます。経済効率だけで、すべてを捉えることは出来ません。

 偉そうなことを言って済みませんが、私なりの考えを述べさせていただきました。
 





   >>> 私流の考え方 ハニー   -- 2004/03/05..
 
  私は、人間の身体(命)も魂も、人を助け人に助けられ 成長していくモノだと信じています。

例えば、中絶されて亡くなっていくベイビーはどんな思いなのでしょう?
(どうして、生かせてくれないの〜?)と怒ってるんでしょうか?
(ママ、あなたに命の尊さを教えに来たの、すこしでも学んでくれたなら、幸せよ!)と、自分の命を犠牲にしてまでも、ある事を教えに わざわざ その女性を選んで来た、というのでしょうか?
ごめんなさい、私にはわかりません。
 9歳の時に大好きだった父が亡くなりました。悲しい事でありましたが、思えば その時から 好き勝手な人生を歩いてきたように思います。
海外に自分のキャリアの向上に出れたのも、父がいなかったからかもしれません。
もし、全ての事に理由があって、もし、ベイビーが親となる人達を選んで来るというのなら、私は、今ある自分の為に、私の両親を選んで来たというのでしょうか?
 では、なぜ、何らかの理由で中絶を選んでしまう女性のところを選んで来るベイビーもいるのでしょう?反対に、何かの障害があっても それを受け入れて愛してくれる人達のベイビーとして 生まれて来るベイビーにも、きっときっと、何かの理由があるのかもしれませんね。(あくまでも”私流”に言わせていただくと、、、)
親と子供がお互いに、助け助けられている関係なのかな〜
 全ての命が この世を去るまでの間に、何かを学んで、魂として、ひとつ大人に成長できるのかな、、、と、私は考えます。

 人の事が羨ましく思える時が 時々あります。
こういう命の事を考えさせてくださるチャンスがあると、
何してんの〜私〜!と、感謝を忘れている私に喝をいれてます。
人は人!私は私!人を羨ましがってる暇ないでしょっ!、、と。

 人それぞれ 自分なりのゴールに向かって 一生懸命に人生を歩んで行くのだと思っています。

 ももちゃんさん、私は一人目の時にはテストをしませんでした。
”命”に拘ったものの、それからの25週間というものは、怖くて仕方ありませんでした。二人目は11週目の時に絨毛検査をしました。
あと3週間で予定日です。無事生まれてきてくれる事を、願ってやみません。
と同時に、今の私の存在をくれた両親、家族、夫、子供、お腹の中のベイビー、友達、そして、一瞬でも関わりを持たせてくれた全ての方に感謝します。
 そして、ももちゃんさんを初め、いろんな意見を述べられた皆さんにも、考えることを与えていただけた事、感謝してます。
 
 





   >>> どちらが不可抗力か 宿根草   -- 2004/03/04..
 
 未久さんの言う「不可抗力で産まれた場合」というのは、染色体異常とわからずに産んだ、難産、医療事故などで障害を負ったということでしょうか。
 不可抗力と言いつつ、それらはいろいろな原因が考えられます。
 そしてその原因は人為的なことが多く、防げたかもしれない・・と考えられることがあります。
 母体をもっと大事にしていれば、医師や看護婦のミスが防げたら・・など。
 
 私は診断ミスが原因で障害を負いました。
 幼い頃は母親を責めたりしました。「お母さんがこんな体に産んだ」と。
 でも本当は医者のせいなんです。
 TVの「白い巨塔」を見て、最近思うんです。
 診断ミスをした医者は、そのとき真剣に診断したか、名誉欲や慢心にとらわれていなかったか。
 自分のせいで障害を負った子供のことについて、1度でも思いを馳せることがあったか。申し訳ないと思ったか。

 私が産まれた時代は医療裁判が一般的ではありませんでした。
 両親は無知、素直な人間で医師や病院を責めることなく(悪口は言いました)運命を受け入れました。
 私の夫が言うには「貧乏人ほど運命に充実なんだよ」です。
 今、裁判できるなら私はしたいです。
 でも産まれた病院はもう廃止されずいぶん経ちます。
 その医者は70歳を越えるでしょう。
 せめてミスをした医者に会い、謝罪を請いたいです。

 染色体異常は自然のなせる業です。誰のせいでもない、こちらが真に不可抗力なのです。
 いっそ自分の障害が先天性であればよかったのに。それならば誰も恨まないで済む。
 





   >>> 私の場合。。。 あらら   -- 2004/03/03..
 
はじめて投稿します。私は現在3人目の妊娠中8ヶ月、高齢の域に入ってます。羊水検査のことは気になってました。実は二番目が先天性の心疾患をもって生まれ、手術をして現在は元気になりましたが、一時は危険な状態までいきました。なので今回の妊娠で、少なからず私も考えておりましたから。検査することはいいと思います。
ただ、障害のある子もとっても可愛いんですよ。たとえダウン症だったとしても、けなげに頑張っている姿に、何かを教えられます。人間として、今どうあるべきかを教えられます・・・・。当たり前のことが本当に嬉しいことを教えられました。出産したら当たり前に幸せになる…と信じ込んでいた私でしたから、かなり時間はかかりました。でも、今ここにいること!これに尽きるわけです。
 今回は検査をどうするか、考えましたが、ここまで来てしまい、私の場合は受け止めて行くことにしました。多分、そんな簡単なことではないと思いますが、検査をしておけば…と思うより、後ろめたさの方が先に立ってしまうので(性格上)この決断には、揺るぎ無いものと思っております。
 どうか、元気な赤ちゃんが生まれますように…と思っています。

私はこの子のお陰で、『母』として頑張らせて頂いてます。
 





   >>> 結果待ちの身 ぴかちゅ   -- 2004/03/03..
 
私も、ももちゃんさん同様、悩みましたが、さぬきうどんさんがおっしゃるような「自分が一時的であれ障害児を否定した事実」にはならないと思い、つい1週間ほど前に羊水検査を受けました。

世の中、強い人ばかりじゃないです。
経済的に余裕のある人ばかりじゃないです。
知らなきゃ知らないで産んでしまって、結果がそうなら諦めもつくかもしれないけれど、選択の余地があったにもかかわらず、それをしなかったことで後悔するのは嫌だと私は思いました。
子育てって障害を持っていても、いなくても何十年と親として責任を持つことなんですよね。
その長い間に、「あの時、検査して選択する権利があったのに、それをしなかったばかりに…産まなきゃよかった」なんて思うのは、ゴメンだと思います。

今、結果待ちですが、最悪の結果が出た場合の決意はできています。
はっきり言って、障害児を抱えて生活していくのは、我が家では
かなり厳しいです。事前に分かるものなら回避したい。
自己中と言われるかもしれないけど、これは本音です。
そういう意味で、未久さんの意見に同意できる部分が多いです。

さぬきうどんさんのカウンセラーの言葉だそうですが、羊水検査は受けるべきではないという押し付けな意見にしか取れません。
確かに、そういう罪悪感に捕らわれる人もいるかもしれませんが、
それは、周囲がとやかく言うからじゃないですか?
ただでさえナーバスになっているところへ、否定的なことを言われたら、誰だって罪悪感にさいなまれますよ。
当然の権利(検査が存在するのですから)を駆使し、それで医学的な検査を受けた。単にそれだけのことじゃないですか。

羊水検査については医師によっても意見がはっきり分かれます。
事実、私の通っている医師は検査反対の立場で、こちらが羊水検査について質問するまで、一言も教えてくれませんでした。病院内にも検査が存在することを教える張り紙やパンフレットなんかひとつも置いてありません。
自分でネットで調べ、週数が迫っていたことと夫とよく話し合った末に出した結論だと言って、やっと検査のできる病院を紹介してくれたくらいです。
そうかと思えば、私の友人が通う病院では「高齢出産になるから」と、検査があることを医師から教えてもらえたそうです。

幸い、今回は友人から検査の存在を知ることが出来ましたが、産んでから検査の存在を知ったらどうだったろうと思うと複雑な気分です。
「なんで検査の存在を教えてくれなかったの?」と医師を恨まなかっただろうか?結果によっては恨んだと思います。

こんな具合に医療現場からして、検査の是非が真っ二つに分かれているのです。こんな現状では、妊婦が混乱しない訳がないのです。

検査を受けた、その結果をどう選択するかは、個々の家庭の事情で違ってきます。
その選択を、あれこれ言う権利は誰もありませんし、言うべきではないことだと思います。
当事者でないと、好き勝手言ってくれる人も多いです。
私が「検査を受ける」と知ったら、職場のある人に露骨に不快感を表され、しばらく口も利いてもらえなかった。という経験もしました。人生の先輩として信頼していた人だけにショックでした。
自分がとてつもない非常識な決断をしてしまったのか。と落ち込みました。
でも、今は「自分の選択に自信持って」と言ってくれた友人の言葉で、検査を受けてよかったと思ってます。
 





   >>> らんさん、たんぽぽさんに同意します。 ヤムヤム   -- 2004/03/03..
 
私は独身の頃、「万一妊娠したら必ず検査を受け、結果が思わしくなかったら諦める」と固く決心していました。
それは「子供が不憫だから」とか「自分が亡くなった後の子供が心配だから」などという理由ではありません。
「そういう子供を持ったら、このワタシがカワイソウだから」という身勝手な理由からでした。

結果として私は検査を受けず、「どんな子でもど〜んと来い!」みたいな気持ちで出産しました。
だからといって、「羊水検査は命の選択だからしてはいけない」と他人に強制することは出来ません。

悩みぬいたあげく、検査を受け、結果次第で諦める・・・というのは、悲しいけれど仕方のないことです。

しかしながら、(デフォルメしたとはいえ)「障害児は不幸」「家族はただの自己満足」というご意見を目にした時、背中が冷やっとしました。

それは「母親が高齢なら、父親がいないのなら、子供を持つべきではない。親は自己満足かもしれないけど、子供が不幸になるから」と世間から言われるのと一緒です。

「結局は施設に入れてる」というご意見も、私はちょっと違うかな・・・と。
「家族の面倒は家族でみるのが当然」という考え方は、世話をする方を追い詰めてしまいます。
老いた親が障害を持つ子供の将来を悲観して、または、痴呆のすすんだ高齢の親の介護に疲れて無理心中、などという新聞記事は、嫌というほど目にするじゃありませんか。
例の岸和田の事件にしても、早い時点で実父の元から施設に移していれば、あんなに悲惨な結果にはならなかったと思います。

とかく私達くらいの年齢になると、「この点は譲れない」のような確固たるものが出来上がってしまうようです。
けれども、自分の価値観に照らし合わせて、他人の幸・不幸を決めることに意味があるのでしょうか。
ご自身の幸・不幸を論じるのはかまいませんが、他人のことは、その人本人でなければ、本当のところはわからないように思いますが・・・。
 





   >>> 問われるのは羊水検査の理由 宿根草   -- 2004/03/02..
 
 不可抗力で障害児が産まれたら、あるいは成長の過程で病気、事故などで障害を負ってしまったら、この子を全力で守る。
 しかし前もって障害があるのがわかるなら、子どもが不幸だから諦めるというのであれば、先天的障害児と後天的障害児、あるいは中途障害児とどう違うのでしょう。
 後者の方が上なのでしょうか。障害を負うことには変わりありません。後者のほうが障害が重い場合もあります。
 そしてどちらも人間の子にちがいありません。

 先天的障害児が受け容れられる社会であってこそ、後天的あるいは中途障害児が厚い手当を受けられるのです。

 障害があるのは不幸だから産まないという考えは良い者だけを残せばよいという優生思想、社会的政策的障害者排除思想につながっていく危険があるので、そのような考えは改めてほしいのです。

 東京都の来年度福祉予算の中で、子育て、高齢者福祉予算は増えていますが、障害者福祉予算は23億円削減、福祉のまちづくり(バリアフリー化)予算は19億円削減なのです。
 障害児者は邪魔と言わんばかりの予算編成なのです。

 少し前に新聞で「国際経済競争力ランキング」というのが目に止まりました。1位はアメリカですが、その後を占めたのはフィンランド、スウェーデンなど先進福祉北欧国家でした。
 日本はそれより下位でした。
 障害があっても人権や能力を大事にされる、人間にとって自由な社会こそが競争力も高いのでしょう。

 「ニュースステーション」にスウェーデンの先天性四肢欠損症の歌姫レーナ・マリアさんが何度か出演されましたが、「生まれ変わるならまた障害者に生まれたい」と語ったときは「負けたな」と思わず舌を打ちました。
 私自身、そして障害者同士で話すときも、「障害を持って生まれてきてよかったと思うが、生まれ変わるなら今度は障害はごめんだ」という思いなのです。

 羊水検査をうけるかどうか真剣に悩むこと、検査を受けること、
その結果の選択が個人の判断であることは批判も否定もしません。
 問題にするのはその理由なのです。
 





   >>> 個人の判断で たつえ   -- 2004/03/02..
 
難しい問題ですが、自分のことについては
自分が決断したことが一番、なのでは
ないでしょうか。
人によって環境や条件、いろいろ違うだろうし、
その人でないとわからないこともあるのだから。

羊水検査にせよ、マーカーにせよ、検査が
あり、受けるまたは受けることについて悩む
人がいるということは、やはり障害児や
ダウン症の子にとっていまの社会が
生きにくいことを認める人が多いから
ではないかと思います。

私はもうすぐ40歳、妊娠中ですが、
検査を受けるつもりはありません。
でも、友達の子供さん(3歳)がダウン症では
ありませんが、自閉症です。
彼女も40歳で、2人目不妊で悩んでいます。
このまま兄弟ができなかったら、この子は…、
と自分達夫婦がこの世を去ったあとを
心配しています。

そういう不安を持たざるをえない
日本の社会にいるかぎり、羊水検査と
それに伴う堕胎はなくならない気がします。
それを責めることもできないのでは
ないかな…。
どの人も、悩みぬいて自分で答えを出すしかないので、
その答えについて当事者以外がどうこう言うものでは
ないと思います。
 





   >>> 決断の日まで、あと一週間・・・・・。 ももちゃん   -- 2004/03/02..
 
みなさん、いろいろな意見ありがとうございます。
未久さんの意見も、たんぽぽさんの意見も、他のみなさんの意見も
今の私には、とっても貴重な意見で、この問題について、どんな意見だろうと、みんな真剣に立ち向かっている事を実感しました。

そして、私は羊水検査を受けようと思っています。
私はずるい人間かもしれません、自分かってかもしれませんが、
ずっと子供が出来ず考えた結果体外受精という、人に力を借りて子供をつくりました。そして今また人の力で子供の生命を決めようとしています。今思うのは、昔のように自然にまかせ、子供が出来るか出来ないか、そして障害のある子供が出来てもそれもまた、運命だと受け入れられる事ができたらと・・・・。
私の主人は一言・羊水検査があるっと言う事を知らなかったら良かったねって言いました。私は皆さんの意見を読みながら主人の言葉を思い出しながら、なぜかわからないけど、涙がいっぱいあふれてきました。
どんな結果が出ても、悔いの無いように考えていきたいと思います
また、ご意見お待ちしています・・・・^^。
 





   >>> 羊水検査の是非以前の話だと。 らん   -- 2004/02/29..
 
 ここでしつこくもう一度念を押しておきます。

 私を含め、未久さんの意見に違和感を感じて投稿された方々は、羊水検査の是非について、今更何かを述べようとしているのではないと思います。個々の決断に委ねるべきといっているのです。
 検査を受け悩んだ結果、中絶を選ぶのも勿論自由です。それぞれの考え抜き苦悩された末の決断であり、他人が口出しすることではないでしょう。
 
 でもでも、私がどうしようもない違和感を憶え、投稿せずにいられなかったのは、
「障害がある子は人としての当たり前の幸せを享受できそうもない」、障害者の家族が「この子と出会えてよかった」と語るのは自己満足に過ぎないのではと決め付けておられた投稿についてなのです。
 
 さらに投稿で、「障害者として生まれ、施設に預けられ不幸な一生を送った人のいる」という話も書かれていましたが、施設がそんなに不幸でしょうか? 親が健康を害しあるいは経済的な事情などで、やむを得ず施設で暮らす障害者もいますが、親だけ家族だけで抱え込まなくてはという発想こそ、障害者やその家族を苦しめると思います。社会の手助けを受けながら、障害者を見守るスタイルがあっても構わないと思います。
 介護が必要なお年寄りも然り、ですよね(全て嫁が妻が看取らなければならないというのは、昔の話)。

  それに、健常児だって親と離れ、施設で暮らす子は大勢います。
 私は児童養護施設(昔でいうところの、孤児院)でボランティアをしていたことがありますが、孤児を預かっていたという昔の事情と異なり、今は親が生きている子供ばかりが施設にいるのです。
 虐待を受けた子供、親が刑務所に入っている子供、経済的事情で親と離れて暮らさざるを得ない子供達が大勢います(いまや全国でもこういった施設は入所者があふれ、スタッフの人員不足は深刻です)。
 それでも彼らは、職員の先生たちからの愛情を目いっぱい受けて明るく毎日を過ごしています。
 人はそれぞれに事情を抱えているもの。健康に五体満足で生まれても、この国では毎年30万人以上の人が自らの命を絶っています。 人としての幸せって、何だろうか。本当に一概に語れない、他人からは見えないものだからこそ、断定的に他人の幸不幸を決め付ける意見には限りない違和感を憶えてしまうのです。 
 





   >>> 皆さんのご意見を聞いて、私はやめます。 さぬきうどん   -- 2004/02/29..
 
 ももちゃんと同じように羊水検査を悩んでいた、さぬきうどんです。わたしは止めることにしました。
 羊水検査から障害者についてや、幸福論など多少飛躍した感がありますが、皆さんのはっきりしたご意見、ただただ感動です。こうしたご自分の確固たるお考えの方には、羊水検査は福音なのでしょう。
 今回、私もダウン症のこと色々と考えました。ある遺伝部門のカウンセルングの先生のお話ですが、羊水検査をしなかった人はたとえ障害児が生まれたとしても(時間はかかるが障害児を自分の子として容認していく)検査をしなかったことを後悔する人はいないが、羊水検査をした人の中には結果が陽性であろうが陰性であろうが、検査をしたことを後悔する人がいるということでした。無事に健康な子供を産んだとしても、自分が一時的であれ障害児を否定した事実はきえないからだと、、。
 





   >>> 誰も間違って無いと思います。 バンビ   -- 2004/02/29..
 
ももちゃんさんの、発言から皆が熱くなり過ぎてしまいましたが、多分ももちゃんさんはこの私達のやり取りで、非常に含蓄ある解答を掴んで下さったのではないでしょうか?

私はめるもさんと同じです。今さら羊水検査の是非を問うのは、私達のレベルではないでしょう。でもいろんな選択肢があって、色んな考えの方が居られて、それについて、あなたは違うとかこうだとか、押し付けることは出来ないと感じました。未久さんのお気持ちも察することはできますし、また逆の考えの方の言葉にも耳を傾けなければいけないことと感じます。ただ産まれて来ようとする命の声は誰も聴けない...それを親が決める事が日本ではできるし、障害に対してとてもデリケートでナーバスになってられる方も沢山いらっしゃいます。色んな道があるということですよね。

私は、こういう質問を見るといつも思うのですが、やはり自分でしっかりと考え、ある程度の知識を得た上で個々が納得して、するか否かを決めるのが一番賢明なのでは?と思いました。人に勧められて受ける物でもないでしょうし。
ただこの検査が日本で認められていると言う事は、堕胎の道を選んでも間違いではないと言う事です。私は悲しいと思いますが、仕方のない法律です。なのでももちゃんさんも色んな声を聴かれたと思います。どうかこの掲示板でのやり取りを御覧になって、
自分の納得のいく答えを御自分で出されて、出した答えには責任を持って、前に進んで行って下さい。このような決断はやはりお母さんの知恵もいると思います。
 





   >>> ももちゃんへ sachi   -- 2004/02/28..
 
検査をするかしないかはあなたしかきめられません。
したほうがいいともしないほうがいいともいえません。
私はしました。リスクが少なくてもある検査です。
少ない確立とはいえ、私自身の命のリスクのある検査なら受けただろうか・・・とおなかの赤ちゃんの命を軽んじたような気持ちがしました。(私個人の意見です)
受けない勇気をもてたら、と思う反面不安な気持ちをずっと背負っていくよりいいと思う自分がいました。
障害の重さもいろいろ、私には受け止められる障害と受け止められないと思う命にかかわる障害、私が育てていけるかということだけではなくパートナーの夫にとってどちらがいいのだろうかということも考えました。
あなたの決断はあなたと御主人にしかきめられません。

 





   >>> 私は未久さんの気持ちわかります。 sachi   -- 2004/02/28..
 
いろんな意見のある難しい問題です。
障害があっても幸せに強くいきていけるかもしれない。
そんな世の中であってほしいしそんな親になりたい。
だけどいろんな見かたがあるし未久さんのおっしゃったように個人の悩んだ末のよかれとおもった決断に他人がとやかくいうのはおかしいと思います。
未久さんはそのポイントをいいたかっただけなのにまるで中絶が当然といったかのように非難されるのはなんだかあげあしとりのような気がしました。
未久さんのような意見を攻撃するのではなく障害があってもうけいれるという御意見は御意見でのべればそれでいいんじゃあないでしょうか。障害のある子供を育ててらっしゃる方や障害のあるかたに不愉快かもしれませんが悩んで中絶を選ばれた方にまるで殺人をしたというような捕らえ方をされたら辛すぎます。どちらをとっても辛いこと、御自分が選んだ道を肯定的に考えて前をすすむしかないと思います。どんないいかたをしてもどうどうめぐりになってしまうのかもしれませんね。
でも私は未久さんの御意見勇気ある発言だと思いました。
 





   >>> 未久さんの考え、理解できます めるも   -- 2004/02/28..
 
いつもこの話題になると白熱しちゃいますね・・・

私は、未久さんのお考えに少し共鳴できます。
そして、たんぽぽさんのお考えにも共鳴できます。
>子供のためというのなら、私たちのような年齢のものが、
>子どもを産むこと自体、考え直すべきではないかとさえ
>考えます。
という件では大きく頷きながら読みました。

ただ、私にはどちらの方も、そう極端なことを言っているようには聞こえなません。主観論、客観論の違いだと思うんです。羊水検査を受ける受けないは個人の自由ですよね。今さら是非を問うことではないですよね。

そして、いざ、お腹の中にいる子どもに障害が発覚したら・・・

客観的に考えれば、子どもの命は子どものもの、人生も子どものもの。何に幸せだと感じるのかは個人的なことです。人の考えの及ぶことではありません。

主観的に考えれば・・・もし、自分の子どもだったら・・・産めばもちろん精一杯育てます。ただ、自分の子どもならばこそ、不憫で仕方ないと思ってしまう。幸せなのか?生まれてきて幸せなのか?といつも子どもに尋ねたくなると思う。

代わってあげたくとも代わってあげられない分、親は子どもの痛みを強く共有してしまう。けれど目の前に愛情を注ぐ対象がいれば違います。だから、障害児をおもちのお母さまたちからは想像ではない、現実のこととして、ご自身の言葉で「産んでよかった」と言われるのだと思うのです。可愛らしさも幸せな笑顔も見て知っているから。

まだ生まれてこない子どもだからこそ、体験もなく想像するだけで発する言葉だから、デフォルメしてしまうんです。主観客観が入り乱れて思い悩み、自分の考えをかためようすれば、裏づけとして理由を欲するのです。

私は誰をも非難できません。
 





   >>> 人間の幸せとは? たんぽぽ   -- 2004/02/28..
 
 ももちゃんさん、こんにちは、何だかももちゃんさんへのレスになっていないようで済みません。これまで羊水検査に関しては色んな議論がありました。ちょっと、聞いてください。

 未久さん、私は未久さんのことは大好きです。尊敬もしています。しかし、このことに関しては、考えていただきたいのです。未久さんの、あの言葉は、単に人を不快にさせる言葉ではないのです。以前もそういうお母さんがいらっしゃいましたが、必死で頑張って生きている人を奈落の底に突き落とすような言葉なのです。

 たしかに、羊水検査のことでは、色々な議論があります。羊水検査の結果がよかった、嬉しいと言うだけで、非難されます。しかし、それは、ここが特別な場だからです。社会全体として考えた場合、障害者の生きる意味、その生命の価値を否定するような傾向にあることは否めないのです。

 ここで非難されることなど、たいしたことではありません。また、単に不快かどうか、そんなこともどうでもいいことです。

 どんな人間でも、自分が生きるに値する人間かどうか、悩んでいるのです。そんなことを悩む必要は無いのですが、自分の存在意義を認めたくて、自己受容したくて必死になって居るのが普通の人間ではないでしょうか。

 障害があるだけのことで、どれほど辛い思いをしているか方がいらっしゃるか。障害そのものによる辛さだけではないのです。自分の生命の価値を、生きる意味を否定するような言葉を投げかけられること、口に出さなくてもそのように考えられてしまうこと、生を否定されること、そのことの辛さは、想像を絶するものです。健常者である私には、到底分らないことです。

 人としての当たり前の幸福から、疎外されがちであるからこそ、本当の幸福は何かと必死で探して生きていらっしゃる方々がいらっしゃるのです。私たちは、それを応援しなければいけないと思います。それが、たまたま現在健常でいられる私たちの務めであると考えます。

 羊水検査の問題で、あまりにも検査を受ける人や、結果がよかったことを喜ぶ人、望んだ結果ではなくて堕胎を望む人に非難が集中すると言うことは、ここではあります。行き過ぎといえることもあると思います。しかし、社会全体の流れはそうではありませせん。

 未久さんがおっしゃるように、健康な子供でも自分に必要が無ければ平気で堕胎する人もいるでしょう。だからこそ、ちょっとでも障害があると知ったら、何の罪悪感もなしに堕胎してしまう人もいるのです。

 堕胎に何の罪悪感も感じなくて良いとは思いません。そうするしかないこともあり、他人が非難すべきではないとしても、一つの命を巡る問題です。どういう決断をするにも、悩みも苦しみもあって当然ではないでしょうか。

 未久さん自身は、真剣に考えられた上で、自分の決意を一つの例として提示されただけだと思います。しかし、世の中には、何の罪悪感も苦しみも無く、障害を持つくらいなら生まれてこないほうが良いといった、そういうことをストレートに信じている人が大勢いるのです。

 それが、どれほど障害をお持ちの方を苦しめることでしょう。また、障害のあるお子さんを持った方を苦しめることでしょう。

 人間の本当の幸せって何ですか?
 





   >>> たんぽぽさん、バンビさん、皆さんに釈明です 未久   -- 2004/02/27..
 
この議題が大変デリケートである事を深く考慮せず
文を選ばなかった事に対しお詫び致します。

改めてお伝え致します。私は障害児を育てていらして
幸せにお暮らしの皆様を、心から尊敬して
いますし、それが出来るならそれが最良の選択と
考えています。
これだけは誤解しないで下さい。

ただ何度も言う様ですが、このサイトは特に不妊/高齢
と言う、何としても子供を授かりたい、と思われる方々が
集まっているサイトですので、どうしても障害が判明した
際の「諦める決断」に対し厳しく否定する傾向があります。
よって私の意見をよりデフォルメしてに書いてしまったのです。

障害児を授かり幸せになっている方々もいらっしゃる反面
苦しみを背負いきれずに長年辛い思いをされている方も
残念ながらいらっしゃるのです。
ですから私はどちらの決断も
「決して批判されるべきでは無い」
と、これは主張させて頂きたいです。

子供を設けると言う事は、それ事態が大きな責任を
伴う事ですから。その大切な人生を背負う親自身が
自信を持って幸せになるために苦悩してする
決断はどれも貴いものと思っています。

再度正しい言葉を選べずに、皆さんに不快な思いを
させてしまった事は深くお詫び致します。




 





   >>> ぐさりときました 宿根草   -- 2004/02/27..
 
 未久さんの意見に胸をぐさりと刺されました。
 障害児を育てている親は子供から恩恵を受けたと自己満足であるが、当の障害児は人として産まれた当たり前の幸せの多くがが不可能=辛い生ですって?
 つらい選択は避けるべきですか。
  
 私は障害者です。
 おっしゃるとおり、当たり前の多くの幸せが不可能でした。
 未久さんのようにキャリアウーマンになり恋愛もたくさんするという夢は実現しませんでした。
 未久さんと近い歳になっても未だにつらいことがあり、涙することがあります。

 年々障害は重くなっていきます。70を迎える実母に「私はお母さんより長生きできないかもしれない」と弱音を吐くと母は「私はお前の障害がわかったときにお前より長生きしなくていけないと決心したんだ。今でもそのつもりだよ」と返事が返ってきました。

 未久さんのように自由奔放に恋することはできなかったけれど
私はたった一つの恋を実らせ、一人の子どもを授かりました。
 たくさん子どもを産みたかった。一人産んで、自分のほしかったものはお金やキャリアや数々のロマンスではなく、かわいい子ども達だったとわかりました。

 母親になっても障害のためにつらいことがあります。
 子どもは保育園に預けていますが、外でベビーカーや抱っこで子どもを連れている女性を見ると、私もそうできたらと思ってしまいます。
 夫がとても子煩悩で私以上に子の面倒を見てかわいがるのは恵まれていると思います。
(子どもほしいほしいと言う人だったから結婚したのです)

 でも辛いことが多い。そう夫や実父母に本音を言ったら、私以上に辛い思いをするでしょう。
 胸に常にこらえていることを未久さんのように頑健な人に言われたくありません。
 
 mさんの意見に全く同感です。よく意見を書いてくださったと思います。
 





   >>> 羊水検査の前にクアトロテストを受けては、、? りん   -- 2004/02/27..
 
 ももちゃんさん、はじめまして。私は35歳で現在妊娠19週です。この子の上には4歳の健常児と、今日3歳になった先天性の障害をもつ子、の二人がいます
 私は二人目が障害をもって生まれてきたので、3人目が欲しいと思ったときには夫婦でよく話し合い、どんな障害を持っていても受け止める、という覚悟を固めた上で妊娠を計画しました。
 二人目を生んだときは、全く障害をもって生まれてくることを知らなかったので、生まれてから医療スタッフが慌てて処置していたり、私たち夫婦も慌ててパソコンを購入して情報収集したり、とドタバタだったので、今回の妊娠ではクアトロテストを受けようと決めていました。
 それは私たち夫婦にとっては命の選択をする為ではなく、障害をもって生まれてくる可能性がある場合、事前の準備、例えば心の整理、医療スタッフの受け入れ態勢を整えてもらう、疾病についての情報収集などが出来る、という観点から行うと決めたのです。
 その検査は母親の血液採取だけでできますが、あくまでも確定診断ではありません。詳しくはクアトロテストで検索してHPを参照してみてはいかがでしょうか。
 ちなみに私の場合は10分の1の高い確率でダウン症という結果でしたので羊水検査はせずにこのまま自然におまかせして出産します。
 沢山の意見が交わされている、これが現状ですから障害をもって生まれてくる子供、そして親の負担が心配でしょう。でもまだ12週ならいろんなことをもう一度夫婦で思い切り討論してみて、、。せっかくの命、妊娠、だから。
 
 





   >>> mさん。 バンビ   -- 2004/02/26..
 
とても憤りというか自分の腹立たしいお気持ちをぶつけられてるようですが...。構わないのです、色んな方の思いがここで語られるのは。mさんがおっしゃろうとする事、分かります。
勿論親が、障害を持った子供の事をはなから、不幸せだと決めつけるのもよくないと思います。

ただ色んな考えを持った方がいらっしゃるのです...よね。自分の考えと全く違う人も。そして現在の日本の法律では色んな条件を加味して、その結果堕胎という道を選べるのです(これは私も正直賛成できませんが...)多分価値観の違いでしょう。
子供が幸せで無いであろうと感じて堕胎される方もいれば、悲しいかな自分が幸せでないと感じてそうする人も居ます。

私は神の領域だと思うので、仮に異常がある子供と分かってもそれはその子も辛いでしょうが、その人生を全うすべく夫婦で育てるべきだと思うのですが....。辛い事、不幸な事、不便な事 =避けること、と決めつけるのは私には少々無理があると思ってししまいます。しかし障害が分かった時点でその道を選べるという意見に賛同される方も間違いではないと思います。やはり価値観の違いだと、最終的に思われます。どちらが正しいではなく、自分はどのように考えてるか...で良いと思います。

それより余談ですが、私はあなたが何げに「カタワ」と使われた言葉の方がぐさりと来たのですが。
 





   >>> 子供のためではない たんぽぽ   -- 2004/02/26..
 
 胎児に障害があれば、堕胎してあげるのが、その子の為という意見がありますが、命は一つです。一つの命を生きるか、抹殺されるか、選択肢はこの二つでしかない。
 
 子供の幸せを保証できて、初めて子供を生めるのなら、一体どれだけの人に、その権利があるのでしょう。また、誰がその子の幸せを決めるのでしょう。

 未久さんの、この意見については、以前も実際に障害児をお持ちの方から、そして命の母Aさんから、批判がありました。それは批判というには、あまりにも切実で、痛々しいものでした。未久さんは、それを受け止められなかったのでしょうか。

 未久さんのご意見では、不可抗力で生まれたのは仕方ないが、子供のためを思うのなら、羊水検査をして、障害があれば堕胎してあげたほうがいいということになります。そして、それをしなかったお母さんは、子供のことを思わなかったからだという事になります。実際に、そいういうお母さんから、苦しい胸中を告白されたことがあるではありませんか。

 たしかに、生まれても生きられる可能性が低い場合なら、子供に手術、手術の日々を送らせ、その結果、死なせてしまうことがわかっている場合なら、子供のために堕胎するということも、理解できます。今の自分でも、そういう生を生きるのは辛いと思うからです。

 しかし、今、障害を負ったくらいで、死にたいとは思いません。一番辛いのは、そんな障害を負って生きているほうが辛いでしょう、かわいそうにと言われることです。死んだほうがましでしょうと、言われることです。

 障害者自身が、最も恐れるのは、そういう視線を送られることです。周囲の理解があれば克服できる障害も沢山あるのです。

 実際、子供のためというのなら、私たちのような年齢のものが、子どもを産むこと自体、考え直すべきではないかとさえ考えます。 子供が成人するまで元気でいられるかどうか、きちんと独立し生活を確立する以前の子供に、迷惑をかけないでいられるかどうか、その確率は、やはり若い人に比べて低いのです。

 私は、子どもを幸せにしてあげる自信など、ありません。それでも子供が欲しいのは、自分のエゴだと思っています。それに、生まれてくる命は、一つの別の命であり、それにはそれなりの生きる運命のようなものがあると、思うからです。

 障害があるお子さんを、育てられる環境にない場合、仕方がないとは思います。どうしても親や周囲が、その子を育てられないと判断したら、今の法律ではそれは認められています。それをどうこうは言えません。自分だって、実際妊娠してみなければ分らないと思います。何もいえません。

 しかし、それが子供のためだとは思いません。

 障害のあるお子さんを、大切に育てていらっしゃる親御さんに失礼だと思います。本当に素晴らしい方がいっぱいいらっしゃるのです。障害を持つ人自身にも、そのご家族にも。

 苦しい人生を送る人がいることも事実ですが、そうではない場合があることも事実です。家族は恩恵を受けて、本人は不幸などということはありません。家族が幸福だと感じておられれば、大抵ご本人も幸福だと感じておられます。


 実際、誰が子供の幸せを決めるのですか。人としての当然の幸せってなんですか。何が子供のためなのでしょうか。
 健常児を育てる場合も、基本にしなければいけないのはどういうことでしょうか。
 





   >>> らんさんへ 未久   -- 2004/02/25..
 
矛盾していると思われるかもしれませんが、
らんさんのレスを読んで感動致しました。

確かに幸不幸は他には計り知れない事と思います。
私は自身が欲深い人間ですから、自分の幸せの
指針を持って判断した人間の幸せを基準に
考えている事は否めません。
そしてそれに加えて身近な体験者の多くが
「辛さ」を隠きれない事も私の意志を固めています。

障害児が産まれたとたん離婚した友人。
小さい頃から施設に入り20代で家族にみとられる
事なく無くなった妹を心の傷に持つ友人。
それから最近読んだ本で「何とか姉」とか呼ばれている
人の重度の障害児を持った事が切っ掛けで福祉の
仕事を国際的に展開している自叙伝があったのです。
大変感動的に書かれてありましたが、お子さん自身は
結局施設に入っているのです。
お母さんがそれだけ忙しくては当たり前だし、
使節が悪いとも言いませんが、皆最後は自分なのだと
思える本でした。

親は子供の命を選ぶ事が出来ますが、子供は自分の出生を
選ぶ事が出来ません。(選んでやってきたとは言いますが)
そして産まれた後の人生に親は深く関わる事は定めです。
一人の人生を背負うと言う事は、どんな場合でも容易では
無く、個々が各々深意に試行錯誤し決断せねばならないと
痛感します。

 





   >>> mさんへ 未久   -- 2004/02/25..
 
私の書き方が不用心だったため、誤解を招き不快な思いを
させてしまった様ですので、補足させて頂きます。

私は私の意見のみが正しいと言っているわけではないのです。
この議題はそんなに簡単に答えが○×であるわけが無く、
双方の意見が同等に認められるべきで、どちらか一報が
避難される事は無いとお伝えしたかったのです。

当然命を尊ばれて障害をお持ちのお子さんと幸せに
暮らしていらっしゃる方々を私は心から尊敬します。
また身近にもそういった方々が少なからずおります。
私も子供ではないですが、母が脳硬塞で第一級の身体障害
になり8年間の闘病生活を共にいたしました。

特にここのサイトは不妊治療をされていたり、高齢で
妊娠を望んでいる方々のサイトですから、一般より授かった
命に対してより思い入れが強い意見が多いです。
よって私の意向が少しでもお子さんを諦める決断をされる
方の孤独感を緩和させられたらと願っています。

私は不妊治療の末に昨年末出産いたしましたが、妊娠する
前から一貫して意志はかたかったです。
それは可能な限りの検査を受けて問題が確実に発覚したら
諦める。ただし発覚せずに出産後に障害が出た場合は
命をかけてその子供を愛し守って幸せにする。
この覚悟は私一人のものです。
決して一般的に正しいと主張致しませんし、
また避難される事でも無いと確信しています。

 





   >>> よくわかりません。下の意見を読んで。 m   -- 2004/02/25..
 
本人は障害を持ち、社会はこんなだし、家族はどーでも、障害者本人はもしかして全然シアワセでないじゃないのって意見(だから排除すべきって読み取れます)って、すごい極論。愛情を持って関わってくれる、そういう家族に囲まれて過ごすことってその子にとっての社会ではないのかな。それはシアワセじゃあないのかな? 五体満足でも親の愛情に飢えて夜遅く街を徘徊し、犯罪に関わる寂しくスレた子もいれば、虐待を受けて死ぬ子もありますが、それも五体満足で社会に適応できる身体だから幸せなんですか? 岸和田の事件のように体は五体満足でも、親として人間としてカタワな人もいるじゃーないですか? 私はそうはならないワ、っていうのは奢りだと思う。子供と親は別人格です。親が一生懸命でも、子供は自分の中で考え、育ち、この先どうなっていくかは誰も判りません。不良化した、殺人を犯した子供の親だって殺人者を育てようとしてた訳じゃないでしょう。そういう考えが進むと、まるでヒトラーの精神障害者排除と同じようになっていくようで、障害児を育て、頑張っている家庭に対して「じゃあその子供は幸せなのか」その考え方が恐ろしいのです。
「その選択(命の選択ですよね)を非難すべきではない」それならいろいろな立場の人たちが読む、こんなとこに「障害児は生まれても幸せではない(からワタシは中絶を選択する)」と「こんな意見もある」なんて書かないで欲しい。子が障害を持って生まれての苦悩、その中から得る家族の幸せを「それは素晴らしい。しかし家族は幸せだけど、じゃあその子は幸せなのか」と非難すべきではない。ご自分の選択が尊ばれるべきだというのなら、その子の家庭や家族の存在・選択も尊ぶべきこと。命の選択をする親の苦悩やその選択を他者がいちいち非難すべきでないと言い切るのなら、そういう障害者排除な意見もやめて欲しい。そういう考えの人が尚厚い障害者の壁になるように思えてならない。また、そういう考えで子供を育ててるのかと思うとまた一人、そういう考えの壁が出来るのかと、辛くてならないです。
私は検査は受けけれど、ってそれならそれで「ああ、そうなんだ」と読めるけど、あまりに障害児に対して、その家族に対して、何も知らない人が「本人は幸せなのか」とその後ろにあるいろいろな苦悩や選択や幸せを無視しているような話は自分に偏りすぎていて読んでいて辛すぎます。

 





   >>> 遅ればせながら...。 バンビ   -- 2004/02/24..
 
皆さんの投稿を読ませて頂いて、ついつい自分の思う事が書けないで今日に至りました。私は羊水検査を受けることについては一向に構わないと思っています。私も受けようかと最初は思っていました。ただ、らんさんのおっしゃるように、胎動を感じるのが早かった為、羊水検査を受ける頃には子供の存在が大きくなり過ぎていました。ここに居てるよ..と言わんばかりの胎動が毎日あります。リスクは非常に少ないと言え、もしもの事を考えるととても恐い気持ちになり、羊水検査は頭から有りませんでした。その結果堕胎の道を選ぶ事もできない決心がありましたので、主人と話をして、どんな場合でも受け入れる方向に決めました。

高齢では意味がないかもしれないのですが、私達はトリプルマーカー検査を受けました。確率で出る答えには夫婦が責任を持って判断しなければ行けません。私の場合 「1/6100 」と出ました。先生からはやはり「あまり心配の要らない結果かと”思います”」と言われました。この数字はどう取るべきか...。でもあまり私の心の中を動かすものでは有りませんでした。

おそらく、染色体の異常やその他の障害は最早私達にとってはあまり重要ではなかったと思います。どうでも良いのではなく、ここで時に投稿される染色体異常のお子さまをお持ちの親御さんの言葉にはいつも真摯な態度で読ませてもらっています。勿論何の問題もなく産まれて来ることに越した事はありませんが、それはもう私が決める事ではないでしょうし、今は心を穏やかに、お腹で生きて動いてくれる事に喜びを感じています。

2度の流産の経験は、ただ単にそこにある命..それだけでも充分、尊いと思えるように神様がしてくれたと思っています。

ももちゃんさんの揺れ動く心が痛い程わかります。同じく不妊治療の末に授かったベビーちゃんです、大事に育てて下さい。お母さんを選んでやってきてくれたのですから...。頑張りましょう!
 





   >>> 意味のない命? らん   -- 2004/02/24..
 
 羊水検査について、悩みに悩んだ一人として既に投稿させて頂いたらんです(私は受けていません)。それゆえ、ここで検査自体の妥当性について語るつもりはありません。各カップルがそれぞれに考え抜いて出した結論こそが、尊重されるべきだと思っています。

 これから長々と書くことと矛盾しているようですが、正直にいいます。現在38才の私がこの後さらに第2子を授かったとしたら、年齢を重ねたこともありまた検査のことで悩むかもしれません。
 それは「親である私自身が、子供がどんな状況で生まれても腹をくくって共に歩むと決断できない未熟さ」から悩むのであり、決して「障害や病気を持つ子の人生が幸せでないから」ではありません。
 私にとっての羊水検査とは、恥ずかしながら「あくまで親である私自身のため、もっと言えばエゴのため」であり、子供のため、ではありません。

 子供のせいにはしたくない。
生まれる前に人生の喜び苦しみを味わう前に抹殺(強い言葉でごめんなさい)されるより、どんな病気や障害があっても、月満ちて生まれる生命力があるならば祝福される命のほうが子供はうれしいだろうと思うからです。

 人として産まれて当たり前の幸せである多くの事がすでに不可能となっている子が、生まれてくることが果たして幸せか?
たしかに難しい問いかけですね。
 当たり前の幸せって何? 五体満足で知的にもある程度充足しており病気もないこと? 
 けれど、生まれながらに持つ障害を持つ人もあれば、人生半ばで事故や病気で思いがけず障害を負う、あるいは痴呆や精神を患うリスクは私達誰にでもあると思います。
 
 近所に重度の自閉症を持った女の子がいます。知的障害もありコミュニケーションが不得手で6歳の今もほとんど話すことができません。周囲のちょっとした環境の変化も彼女にとっては脅威であり、パニックを起こしがちです。もちろん家族の苦労が並大抵のものではありません。
 でも天気のよい週末、家族に連れられおめかしして出かける時の彼女のうきうきした顔は、見ていて思わず微笑んでしまうほどです。家族や周囲に見守られながらこの障害と向き合っていく彼女、これからも平坦でない道が続くかもしれません。でも、意味のない人生とは他人の私が見ていても絶対に思えないのです。ゆっくりと少しずつながら彼女は自分の言葉を持ち始め語りだしています。
きっと彼女なりに自分の生を精一杯まっとうしていくはずです。

 二部脊椎や脳性まひをもつ方のHPを見たことがあります。
「自分が生まれたときに羊水検査があれば、もしかしたら今この世にいられなかったかも知れないと思うとぞっとする。自分が必要のない命と決め付けられるのは悲しい」とそのHPにはありました。障害や病気には色々あるし、これは一部の意見にすぎないかも知れませんが、周囲の者が「障害を不幸」と決め付けるのは、傲慢であり失礼だと痛感しました。

 ちょっと前に胎内や前世の記憶を持つ子供の話(産婦人科医の池川医師による著書など)が話題になったことがあるのをご存知ですか。根拠のない科学的に100%立証されていない話といわれてしまえばそれまでですが、人間は皆、生まれてくる前に既に自分の人生のおおまかな設計図を決め(つまり障害の有無を含め)、親を選び生まれてくることが、胎内や前世記憶がから伺えると聞き、妙に納得してしまったことがあります。
 
 周囲の者には辛いだけ苦しいだけにしか見えない人生も、誰のものでもない誰も奪うことのできないその子だけのもの、喜びも苦しみも楽しみもその子だけのもの、意味がない人生じゃない、と私は思います。 

 いいたいことを長々書いてしまいました。あくまで私個人の考えです。読んでくださってありがとう。
 





   >>> 羊水検査について 未来   -- 2004/02/21..
 
私は羊水検査については反対ではありませんが、異常が出たからといってお腹に宿った赤ちゃんを中絶するという事については反対ですね。これは私の意見ですので色々なお考えをお持ちになってらっしゃる方がいるでしょうが・・・異常が出たから堕胎するという事は自分は健康な赤ちゃんでないと要らないというお考えになりますよね。例えダウン症であろうと障害を持った子供であろうとご自分のお子さんには変わりありませんよね。お腹で育ってきと赤ちゃんを障害があるとかそういう理由で中絶されたりする方達の気持ちが私には全く理解できません。どんな子供でも自分のお子さんなんですよ。私は現在37歳で去年結婚したばかりですのでまだ子供はいませんけれどなるべく早く赤ちゃん欲しいと思っております。その時考えるのがやっぱり高齢出産であるという事、羊水検査をどうするかという事ですが、私は心構えのつもりで羊水検査を行う事があったとしてもそれで子供を中絶しようなんて全く考えておりませんし、たとえダウン症であろうと障害があろうと自分の子供には変わりありませんからうんで育てていくつもりです。自分で我が子の命を奪う事も出来ませんし、健康な子供でなければ要らないという考えも全くありませんので・・・私の友人で高齢で出産してダウン症の赤ちゃんを抱えてる友達がいますがその友達もいつも明るく元気に子育てしていますよ。私も友達から赤ちゃんがダウン症だと聞いた時もそれほど特別にどうこう思いませんでしたし。私は自分のお腹に宿った子はどんな理由があろうと中絶する気ありませんので、羊水検査で異常が出たら中絶なさるとい方のお気持ちが全く理解出来ません。でもこれは私個人の考え方、意見でありますから一個人の意見としてお読みになっていただければとおもいます。
 





   >>> 昨日うけてきました。 のあ   -- 2004/02/21..
 
はじめまして。ここのサイトは何度も訪れ励まされたり、参考にしていましたが投稿するのは初めてです。

私も悩みましたが(37歳初産16週です)昨日受けてきました。
病院では、同じように検査を受けている方もいて、また、ドクターは慣れている方で私が緊張?で黙っていると「どうしたの?もう終わったよ?物足りなかった?」なんて言われたくらいで想像してるより受ける方がいるんだな-と思いました。
検査を受ける2週間前には説明を聞き…と言っても、ネット等で色々な意見を見たり専門的なものを読んだりはしていたので疑問に思っている事を聞きました。それでも夫は同意書の内容を読んで更に質問・疑問があったようで同意書に書き込み、検査当日質問していました。また、そこの病院の主任看護師が10年前に受けたと言う方で、その時の経験を聞け、「○○先生に任せておけば大丈夫」と言う言葉、ドクターの「幸いココでは感染・流産の方は今までいない」の言葉で検査の危険性には自分達で納得して同意書にサインしました。印象としては検査はそんなに危険じゃないと言う雰囲気がドクターにあるような気がしました。
 検査自体はあっという間で、30分くらい横になって心音を聞き、今後の説明を受け帰宅しました。
 検査結果は2週間後です。もし何かあった場合その後の情報収集・機関?等の情報の提供がどのくらいあるのかは分かりませんがその時に聞いてみようと今は思っています。
 今回の検査で私もそこまでしなくても…「ごめんね(BABYに対して)」と言う気持ちがあり、検査の事は夫と、同じくなかなかBABYが授からなかった友達しか知りませんでした。でも、丁度検査の日に実家の母(離れています)から電話があり話してみたんです。そうしたら少し気が楽になりました。それは障害の事以外にも人生色々あり、そこで決断して行くことも多いですよね。でも私達3人(私・夫・BABY)だけでなく周りにいるんだって改めて思えたせいだと思います。そして決断したことには後悔しないようにと。
 この3日間はBABYと安静にしていまーす。
 





   >>> 受けませんでした らん   -- 2004/02/20..
 
出産時38才で、今妊娠19週のらんと申します。
私もおなじように、妊娠前から羊水検査についてさんざん悩んできた一人です。
 最終的には、かかりつけの病院で検査に関するカウンセリングを受けて主人と相談し、受けないことをきめした。
 検査を受けて異常が見つかったとして、何か手だてがあるなら別ですが、検査結果次第で中絶を選択(しかも中期中絶です)するなど、とても怖くて考えられなかったからです。
 また、カウンセリングでは検査による障害の発見はすべての障害の一部にすぎないこと、年齢を問わず約100人に一人の割合で心臓疾患や知的障害(染色体異常でなくてもあり得る)の赤ちゃんが生まれてくる可能性が誰にもあることなどを説明され、「よし案ずるより生むがやすしだ!」と腹をくくりました。
 
 もし、検査を受けていたなら、15、6週のころあたりだったでしょうから、19週の今ごろは検査結果をはらはらしながら待つころだったと思います。
 しかし今、赤ちゃんがポコポコお腹をけるなどはっきり胎動を感じますし、先日の検診でも、超音波で5本の指先がしっかりわかる小さな手を振っているのがわかりました。背骨もありますし、なんとなくですが、顔の表情もわかります。
 もう完全に人としての体をなし、超音波からとはいえ全身で生きる力を表現している(親ばかかな?)この子に、もし異常がわかったとして、今の私に何ができたでしょう?
 「念のために検査を受ける」とよくいわれますが、検査を受けた後のさまざまなことをしっかりイメージしてから決断されたらよいと思います。
 受けるにしても受けないにしても、いったん決めたなら絶対に後悔しないこと。これは主治医の先生がおっしゃったことですが、どうか悔いのない決断をご夫婦でなさってください。

 





   >>> みなさん、ありがとうございます・・。 ももちゃん   -- 2004/02/20..
 
さぬきうどんさん、子は宝さん、まるまるさん、ぶりさん。
本当に親身なご意見ありがとうございました。
今のこの不安な気持ちこそ胎児にはよくないことですよね。
私自身が決意して、迷うことなく信じなくてはいけないし、
どういう結果になっても悔いの無いように、決心できるように
もうしばらく考えたいと思います。
また、いろいろなご意見頂けたらうれしいです。
がんばります。
 





   >>> 私も悩んでいます・・・ みけ   -- 2004/02/20..
 
こんにちは、41歳初産のみけと申します。私も12週です。
ももちゃんさんのお悩み、すごくよくわかります。
私は、以前は絶対に羊水検査は受ける。結果によっては迷わず中絶・・・と思っていました。
主人も同じ考えです。
ところが・・・週数が進むにつれ、赤ちゃんの元気に育っている姿を見るにつけ、段々気持ちが変ってきました。
まして、赤ちゃんはもうお腹の中でお母さんの気持ちを何でも知っている・・・ということを知ってからは、益々検査を受けることを躊躇してしまうようになりました。
だって、どんなに愛情を注いでも、話しかけをしても、自分に障害があったらお母さんは自分を殺すつもりだったんだ・・・っていうことが、赤ちゃんにわかってしまっているんですもの・・・
それとともに「障害児は持ちたくない!」と思っていた気持ちが、最近では「どんな子でも受け入れよう」という気持ちに変ってきたのです。
主人の場合は恐らく気持ちは変らないと思うので、これから話し合わなければいけません。
私もあと数週悩むと思います・・・
お互いに納得のいく結果が出るといいですね。
 





   >>> 検査は検査、罪悪感は不要では 未久   -- 2004/02/20..
 
ももちゃんさん、皆さん
まず羊水検査の危険率ですが、私が行ったK大学病院では
「自信を持って99%検査による生涯はありません、過去の
データでも唯一お一人翌日に破水されましたが、結果は
御無事でした。昔と違ってエコーも明確になって来たので
経験と実績のある医師なら問題なく検査できます。」
と説明を受け、実際私の場合は特にかもしれませんが
痛みもほとんど感じず、三日後には海外出張に出ました。
どんな検査も治療さえも100%安心とは言えません。
受ける意義を感じているのなら、それ程恐れる事は無いと
思います。
異常に脅かされる背景にはやはり倫理的な議題があるからでは
と思います。でも受けても受けなくても少なくとも罪悪感を
感じる必要は無いと思います。
一つの選択肢である検査なんです。
その結果を受けてひとつの命をどう受け止めるか、
じっくり自分に問う事は避難される事では無いと思います。
もちろん検査をあえて受けずにどんな命も受け入れる
覚悟のかたは、それはそれで素晴らしい事と思います。
でも命は親だけの物では無く、辛いのは育てる側だけでは無く
大きな障害を持って産まれてくるリスクを背負うのは子供
自身なのです。
私はこの意見を以前もここで発表して避難も受けましたが
また覚悟で書きます。
不可抗力で産まれた命は最善を尽くして全うさせるべきと
思いますが、事前に分かった場合は選択も必要と思います。
良く障害を持ったお子さんの親御さんから
「この子の存在が多くを学ばせてくれた」
「この子のおかげで家族の絆が強くなった」
「この子のおかげで人生観が変わった」
と存在の感謝をあらわしていらっしゃいます。
恩恵を受けられた御家族は素晴らしい事と思いますが、
ではそのお子さん自身の人生は?
人として産まれて当たり前の幸せである多くの事が
すでに不可能となっているのです。
私がお伝えしたいのは、検査によって出た結果による
選択は、いかなものであっても避難される事ではないと
思います。それで無くとも十分辛い思いをして選択する事は
必然なのですから。

あくまでもひとつの選択として、私なら自分の罪悪感を
回避するために、辛い生を子供に強いる選択は出来ません。

こんな意見もある事を御報告します。
 





   >>> 私も悩んでいます。 さぬきうどん   -- 2004/02/19..
 
 こんにちは、さぬきうどんです。私も羊水検査悩んでいます。まだ先生には話はしていませんが、もし羊水検査をやるなら、異常がでたら中絶することを前提にしてやるつもりです。そのくらいの覚悟がないと、デメリットが大き過ぎると考えているからです。
 わたしの周りにはダウン症の子はいませんが、友人の子は生後1ヶ月で小児癌と診断され、8ヶ月で亡くなりました。あと死産を経験した人もいます。結局、生れてみるまではわからないということではないでしょうか?
 だれも障害のある子を産みたいとは思っていませんよね。ただ、高齢出産を経験した人たちに聞いてみると、もし障害があってもいいと覚悟して産んだといいます。そのぐらいの覚悟がないとあの産みの苦しみを経て母になれないのかな。と思ったり、毎日モンモンと考えています。
 あーこの前は元気になりまーすとこのサイトでお話したばかりなんですが、、ごめんなさいトホホ。
 





   >>> 私の子は染色体異常 子は宝   -- 2004/02/19..
 
 私には、染色体異常の子供がいます。仮死状態で産まれ検査の結果、染色体異常が分かりました。当初は、ショックと不安から毎日泣いて過ごしていました。一時はこの子を連れて死のうかとさえ思っていました。しかし、一緒に過ごすうち、本当にかわいいと思えるようになり、平穏な日々を過ごせるようになりました。
 と言っても、この半年で、入院は4回、週に2、3回は病院に通っています。風邪でもひけば、毎日のように病院通いとなります。とにかく忙しい毎日です。
 もし、私が妊娠中に羊水検査をしていて、心の準備が出来ていれば、こんなに辛い日々を送らなくてもよかったし、事前に情報収集も出来たし、この子にもっと温かく接する事が出来たのではないかと思っています。
 ただ、染色体異常がなくても、病気、事故などで障害を持たないとも限りません。子供の全てを受け止める”覚悟”が必要だと思います。 
 これは私の個人的な意見です。読んでくださってありがとう。

 





   >>> ご主人と相談を・・・ まるまる   -- 2004/02/19..
 
羊水検査には賛否両論があり、本当に悩むことですよね。
私は今36歳なんですが初産です。羊水検査も受けました。
海外駐在から戻ったのですが、そこでは35歳以上は受けるのが
義務なのでこっちでも受けるのが当然だと思ってました。
日本の先生は受けたいというとどうして?みたいな
反応をされて、それのほうが驚きました。

せっかくの命を授かったのにそれをどうするかという
問題もありますが、結局育てるのは夫婦。
ご主人とよく話し合ってみてはいかがでしょう?
うちも夫と相談して決めました。
私は10ヶ月悩んだり、子供を疑ったりして
妊娠生活を送るよりは検査を受けようと思って決めました。

検査は10分足らず。あっという間に済み
内出血も何もなく、結果も正常でした。
感染症とか検査で内出血した人の話をネットでみて
私もかなり不安になりましたが、幸い先生が
よかったのか何事もなかったです。
 





   >>> 同じ悩みで書き込みしました。 ぶり   -- 2004/02/18..
 
はじめまして、ぶりといいます。ももさんの不安な気持ちよくわかります。
私も受けることを決めてから流産のこと、まわりからの非難(実際には夫以外知らないので非難されることはないのですが)、罪悪感
から夜、眠れなくなってしまってこちらに書き込みしたのです。最近の書き込みでぶりのHNで出ています。読んでみてください。