からまった心の糸をほぐす
「グループに参加した 成果はすばらしい」と教授は自信をもって語る。プログラムに参加する人たちは、長年治療を続けてきた人たちが多い。
「治療のことで頭がいっぱいで、今の人生を楽しめていない方たちがほとんどです。うつ状態で、不安感にさいなまされている人もいます。プログラムを終了したあとは、精神状態が落ち着き、自分の人生を取り戻したと言う人もいます。からまった糸がほぐれるように、人生を楽しんでみよう、という気持ちになるのです」
プログラムを終了後、40〜50%の人が6ケ月以内に妊娠しているとか。プログラムそのものは不妊治療ではないので、妊娠を目的に行なわれているわけではないが、不安な精神状態がほぐれ、日常をとり戻すことで、結果的に妊娠する人が多いのではないかと言う。
「参加される方はもちろん、妊娠したいと思っているのですが、グループではそれについてはあまり語りません。みなさん、不安感を沈めたい、落ち込んだ気持ちから脱したいと言いますが、もちろん私は、彼女たちが何を望んでいるのかわかっています」(笑)。
参加者の年齢は30代が中心。キャリアを積んだあとに、子どもを欲しいと願い、不妊治療に入った人は多い。
高齢出産にも、ふたつのタイプの方がいると思います。いわゆる結婚適齢期に結婚しても、30代後半までキャリアを積むことを優先して、子どもをつくることを考えなかった人。一方は、仕事を優先して婚期が遅れ、30後半、あるいは40才近くなって結婚をし、それから子どもについて考えるようになった人です。結婚が遅かった人は、結婚していたのに子づくりを遅らせてきた人に比べると、理由ははっきりしています。早く結婚していた人たちは、不妊に気づいたときに、なんでもっと早く子どもをつくらなかったのかという罪悪感にさいなまされ、落ち込みも強いように思います。
中絶を経験した人もまた、そうした傾向が強いようです。グループに参加していた人たちの3分の1ほどは中絶を経験しています。たとえば、学生時代に妊娠し中絶したケースや、結婚直後に妊娠がわかったけれども、まだ子育てはできないということで中絶したケースで、心の準備ができたときには子どもができなかった人たちです」
マイナス思考をプラスに変える4つの質問
そうした体験を、グループの中でシェアする人もいる。
「プログラムのセッションの6番目に、本人の知覚認識の再構築ということで、いわゆるマイナス思考をどう切り替えていくかというプログラムをやります。そこでは、わざとマイナスなことばかりを言っていく。自分はけして妊娠しないだとか、自分の人生は不幸だとか。自分は以前、中絶したことによって、神からの罰を与えられているんじゃないかと言う人もいます。ただそれは、あくまでもケースバイケースで、心の中に秘めたまま、人に言いたくない人はもちろんいます」
6番目のセッションというのは、6人くらいのグループに分かれて行なわれる。まずみんなでマイナスなことを言い合ってから、以下の4つの質問を自分に投げかけてみる。
1. この考えが、ストレスの原因になっていないだろうか?
2. この考え方を私はどこで学んだのか?
3. それは論理的に正しいだろうか?
4. それは真実なのか?
「たとえば『私はけして妊娠することができない』と言った人がいるとします。次に、この4つの質問を自分にすることによって、その思考がプラスになるように再構築していくのです。『私は妊娠することができないと思っているために、ストレスを感じている(思考がストレスを生み出している)』『けして妊娠できないという言い方は、論理的でなく、真実でもない』『私は妊娠するために、考えられるすべての努力をしている』というように。
これは、とても希望に満ちた作業です。マイナスに感じていることを、言葉を置き換えて表現しなおす。神は自分が中絶したことで罰しているんだという言葉の場合には、神はそのようにして人を罰するようなことはしない、自分が過去にそうした体験をしたからこそ、今、私は最高の医師にかかることができているのだと。そういうふうに表現を転換していくとともに、グループの中で互いにプラス思考で、話しあっていくのです」
こうした思考や感情をコントロールするプログラムは、参加者のその後の生活の中でも有効に使うことができるという。
不妊治療のあとに妊娠した人は、妊娠中に不安にかられることが多いと言われているが、このプログラムの卒業者たちは習ったテクニックをうまく使って、妊娠中のストレスレベルをできるだけ下げることができると教授は言う。妊娠につながらないケースであっても、多くの人が以前より気持ちを落ち着けることができるようになっていくとか。
「このプログラムは、頭が混乱したときに、気持ちを落ち着かせるための道具がつまったツールボックスのようなものです。気持ちが揺れたとき、そのツールボックスを開いて、自分にあったやり方で問題を解決していくヒントをみつける。そのために、さまざまな方法を紹介しているのです」
取材:きくちさかえ(2002年12月)