Kさん マンハッタンの見えるアパートで、ホーム・バースを計画中
Kさんの自宅は、ブルックリン・ブリッジのふもとにある高級アパートの10階。大きく開かれた窓からは、イースト・リバーの対岸にマンハッタンのビル郡が見える。この部屋で、Kさんカップルは自宅出産を計画している。
その日は、自宅出産を介助する助産婦のミリアムさんが訪問に来ていた。天井が高く、観葉植物がたくさん置かれた気持ちのいい居間で、夫もいっしょの健診がはじまる。助産婦はKさんのおなかを触診。ドプラーで胎児の心音を聞いたとき、夫のSさんはとてもうれしそうな表情になった。それから、妊娠中のからだの様子についてや自宅出産に向けての準備など、ディスカッションが続く。
ソファーでくつろいで話している風景は、まるで友人がお茶に呼ばれたときのような親密さ。ニューヨークで自宅出産を選ぶ人はそれほど多くないけれど、アメリカでも日本と同じように、近年、自宅出産を介助する助産婦が少しづつ増えてきて、現在マンハッタンには7名の開業助産婦がいるという。
Kさんは現在、40才。
「なかなか子どもを授からなかったので、夫とふたりで検査を受けることにしました。私のほうはとくに異常はなかったのですが、彼のほうの精子が少ないことがわかりました。通常、精子は5億個ほどあるのだそうですが、彼の場合は1億個ほどしかなかった。
医師に禁煙と、アルコールの禁止、そしてお風呂を禁じられました。彼はアメリカ人にしてはとてもお風呂好きで、毎日30分以上、新聞をもってゆっくりバスタブにつかるのが、楽しみな人なんですね。日本では男性不妊の場合でも、お風呂を禁じることはないと聞きましたが、こちらの医師は『精子は摂氏37度以上の温度に長時間さらされると、3日以内に死んでしまう』と言っていました。
それで彼は、好きなお風呂を3ケ月間がまん。精子は72日間で新しくつくり替えられるとのことで、3ケ月後に検査したところ、その数は3倍に増えていて、人工授精で妊娠に成功。私はそのとき39才。40才になると、妊娠率は急激に下がるということだったので、毎日注射をしてホルモンの状態を保っていました」
アメリカでは、不妊治療は最初からカップルで受けることが多い。Kさん夫婦も、カップルで受診。まず治療に関する説明会に出席し、そこで概要を聞いた。出席者はほかに4組ほど。日本の場合、治療中の毎日のホルモン注射は通院しなければならないが、アメリカでは自宅で自分で注射することをすすめている。ふたりは注射の仕方の説明を受け、パンフレットとビデオをもらった。
Kさんは以前からヨーガをやり、食事にも気をつけていたので、40才という年齢のことは気にならないという。妊娠経過も順調。これなら、かねてから希望していた水中出産も不可能ではないかもしれない、と思ったという。そんなとき、自宅出産を介助してくれる助産婦と出会った。
「私もお風呂が大好きですし、お湯につかることで陣痛が軽くなればと思うので、バスタブの中での水中出産を希望しています」
夫のMさんも、積極的に妊娠生活にかかわって、助産婦との健診や病院での検査にいっしょに参加している。
取材:きくちさかえ(2002年12月)