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アメリカの不妊事情-6 不妊医療レポート「代理出産-3」 |
不妊情報をbabycomの視点で特集掲載 ![]() 2002.12月babycomはアメリカ3都市で不妊治療に関する取材を行った。 ![]() |
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★babycomプレマタニティ特集-4 ![]() 高齢出産VOICEの「不妊」カテゴリーへ ![]() |
第6回:不妊医療レポート ![]() ▼代理出産に関する法的な問題 ▼代理母、卵ドナーの カウンセリング ▼代理出産によって赤ちゃんを 授かった ▼代理母を経験した家族 ▼医師の立場から ![]() |
![]() ブラウンさんが代理母をお願いしたシャナさん一家を、小さな町に訪ねた。 「あるときテレビで代理出産というものがあることとを知って、子どもに恵まれない人のために何か役に立てないかと考えていたんです」 彼女がインターネットのサイトで「代理母になることに興味がある」と掲示したところ、たくさんの人からメールがきたという。中にはゲイのカップルからの申込みもあったとか。その中のひとりがブラウンさんだった。 「キヌコはメールのやり取りがとても誠実だったので、直接会ってみることにしました。彼女はロスから4時間半かけて訪ねてきてくれました。話をしてみて、とても熱心で信頼できると思い決心しました」 ブラウンさんが手配した弁護士やカウンセラー、医師とのやりとりはスムーズに進んだ。契約を交わす中でただ一点、シャナさんが納得できないとした点は、出生前診断に関してだった。もし検査をして、胎児にハンディキャップのあることがわかったら、大変重いハンディキャップである以外は、中絶することはできないと主張したという。それに関してはブラウンさんは夫婦で相談し、結局、出生前診断は受けても仕方がないと思い、受けなかった。 「妊娠経過は順調で、何も問題はありませんでした。上の子たちには『今おなかにいるのはブラウンさんの家の赤ちゃんなのよ』と話ていましたし、3人ともとても喜んでくれました」 出産は3時間という、超安産。 「生まれたとき、赤ちゃんは首にへその緒を巻き付けていて、すぐにNICU に運ばれていったので、胸に抱くことはできませんでした。でも、赤ちゃんが目をぱっちり開けて、きょろきょろあたりを見回しているのが見えました。ほんとうにかわいかった」と笑う。 1週間、赤ちゃんがNICU に入院しているあいだ、先に退院したシャナさんは、毎日病院に通ってミルクを上げたという。 母乳はいっさい飲ませなかった。代理出産後の授乳に関しては、マニュアルがあるわけではなく、人によっては母乳を飲ませたいと思う代理母もいる。 |
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「私の場合は、母乳をあげることはしたくなかった。赤ちゃんに愛情を感じて、気持ちが向かってしまうといけないと思ったのです」 赤ちゃんと離れても、出産後はおっぱいが張ってくる。それが自然に治まるのを待ったが、6ケ月ほどかかったそうだ。 彼女に代理母になった理由を聞くと「小さいときから母親になるのが夢だったんです。子どもに恵まれることがどれほど幸せなことかを知っているので、恵まれない人の手助けになればと思っていました」 夫のライアンさんは、敬けんなモルモン教徒。「教会では、人があなたのために役立つことをしてくれたら、あなたも人の役に立つことをしなさいと教えています。もし、自分たちに子どもがいなかったら、だれかに助けてほしいと望むと思います。私たちはその手助けができると思ったんですね」 しかし家族は、最初からシェナさんが代理母をすることを理解を示したわけではなかったという。周囲でこれまで、代理出産を経験したという女性の話は聞いたことがなかった。けれど、シャナさんは夫の両親や近所の人たちに気持ちを話し、みんなの理解を求めていったのだという。 「ブラウン一家とは家族のようなつき合いです。子どもたちも、赤ちゃんに会うのを楽しみにしています。代理出産をして、家族が増えたようで、とても喜んでいます」 |
