高齢出産での出生前診断
アメリカでは、35才以上の妊婦には出生前診断を受けることをすすめられることが多い。もちろん検査を受けるか受けないかは、本人とその家族が選択する。
ニューヨーク在住のNさん(40才)は妊娠中、血清マーカーによる血液検査を受けた。その結果、染色体異常の確率は低かったので羊水検査は受けなかったという。羊水検査による流産の可能性のリスクも考慮した上での選択だった。
同じようにニューヨーク在住のKさん(40才)は、妊娠後、カップルで遺伝カウンセリングを受けた。
「そのとき出生前検査について説明されました。高齢出産の場合でも出生前検査は選択ですが、私の通っているマタニティ・ヨーガのクラスでは何人もの人が羊水検査を受けていました。もちろん針を刺すことのリスクは考えましたが、とても一般的な検査だと思っていたのでとくに躊躇なく受けました」
羊水穿刺は、ベテランの医師によって行なわれた。検査結果を聞きに行くときもカップルで。外来の待ち合い室で、ナースから染色体が並んだ写真を受け取って、説明を受けた。染色体の写真は、検査専門の研究所がそれぞれの患者に渡すために作っているものだ。43本の染色体が並んだ写真には、赤ちゃんの性別もXとYではっきり示されていた。
出生前診断検査の研究所
ジェンザイム社、オレンジ・カウンティ支社のスタッフ
ロスアンジェルスで、ジェンザイム社のオレンジ・カウンティ支社を取材した。ジェンザイム社は、ボストンに本社のあるバイオテクノロジー関連の会社。遺伝子治療のバイオ薬品などを扱うほか、遺伝子検査や出生前診断の検査を行なっている。
オレンジ・カウンティ支社には、アメリカ全土の他、日本や太平洋領域の国々から羊水検査やトリプル・マーカー、クワトロ・マーカーテストの検体が送られてくる。羊水検査の検体だけでも年間17000例を分析しているとか。
この支社は、いくつかのテナントが入っている2階建てのアパートの一角にあった。中は広く、ゆったりしたオフィス。担当の日系アメリカ人のナカタさんが笑顔で迎えてくれた。
「カリフォルニア州では、85年から血清マーカーテストについてパンフレットを作成し、ダウン症やトリソミーなど、胎児の染色体の病気のスクリーニングのガイドとして、妊娠中の女性に渡すようになりました。血清マーカーテストは、ローリスクとハイリスクを分けるスクリーニングのための確率を示すものですから、確定診断ではありません。テストを受ける際に、まずそのことを理解していただいています」
血清マーカーは結果が確率として出てくるため、曖昧であるという意見もあり、日本では検査そのものを実施していない施設は多い。
オレンジ・カウンティ支社のラボにて
「検査でもし高い確率が出た場合には、必ず遺伝カウンセラーによるカウンセリングが行なわれます。統計表などを示して、確率についての説明します。遺伝カウンセラーは専門的な訓練を受けており、ジェンザイムにもカウンセラーがスタッフとして働いていて、遺伝相談を行なっています。ハイリスクの可能性があるといっても、これはあくまで確率ですから、その後、羊水検査を受けるかどうか、判断するのはご本人になります。
ダウン症についても情報を提供しています。羊水検査の結果が陽性の場合には、とくにカウンセラーや医師の言葉がけは重要です。かける言葉によって、患者の心に傷がつくようなことがあってはならないからです。ですからジェンザイムでは、医師やナース、カウンセラーに向けてのマニュアルやニュースレターをつくり、カウンセリングのノウハウの情報を伝えてもいます。また電話相談窓口を設け、積極的に電話での相談を受け入れています。ここには、全米からの問い合わせがあります」
遺伝カウンセラーというのは、遺伝病や染色体に関わる病気などに関する専門知識をもったカウンセラーのこと。しかし、アメリカでも州がこの検査を実施しているところはカリフォルニア州以外にはあまり見られない。
「アメリカでは、産婦人科のドクターが情報を事前に提供しなかったということで、訴訟になることがあり、学会でも会員に積極的に患者に情報提供するようにすすめています。おなかの赤ちゃんが女か男かを知ること以上に、遺伝についての情報を親が知っておくことは大切なことではないでしょうか。もちろん誤解が生じないように、専門カウンセラーによるカウンセリングが前提ですが」
日本では、出生前診断の是非についてさまざまな意見が出され、見解が分かれていることから、血清マーカーや羊水検査など出生前診断についての情報は、医師からは積極的に提示しないということが一般的だ。そのため検査は希望者のみに行なわれている。
取材:きくちさかえ(2002年12月)