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チベット:Part1 「伝統的な助産婦がいない国」

チベットは近年、中国の進出が進み、都市部には西洋医学と中医学を融合させた病院が建てられ、町の周辺の女性たちは、そうした病院の産婦人科で出産する人が増えてきました。けれど、今でも多くの赤ちゃんが自宅で生まれています。 首都ラサには、中国系の病院とは別に、伝統的なチベット医学の病院があります。そこを訪れて驚いたのは、婦人科という診療科はあるのですが産科がないということでした。伝統的にチベットでは、出産は病気ではなく、あくまで自然な営みとされていたため、出産は施設ではなく、自宅で行なわれるのがあたりまえと考えられてきたのです。ですから、その病院には分娩室はありませんでした。 2003年 記



元々、チベットの人々の多くは、遊牧を営む生活をしてきました。遊牧民たちは、移動の途中、滞在地で赤ちゃんを生みます。そのため、世界各地の見られるような伝統な助産婦という仕事が存在しませんでした。世界各地をまわり、私は伝統的なお産の様子を聞いてきましたが、これまで行った地域には、どこでも産婆という女性がいて、お産を介助してきていました。そうした伝統的な仕事をする人がいない国は、世界でもめずらしいといえます。
遊牧をしながら子どもが産れると、いつどこでお産があるかわかりません。ですから、職業としての産婆は育たなかったのでしょう。家族単位で移動しているために、お産を取り上げるのは、産婦の母親や義母、ときには夫の場合もあります。
お産は家族で助けあう作業、家族の営みだったのです。


●ヤクの毛皮の上で

東チベットのカム地方。標高4500メートルの高地に、理塘県曲登郷という小さな村があります。そこはかつて遊牧民たちの一時的な住居地でしたが、今は定住のための家屋が少しづつ建てられるようになってきました。チベットでも、子どもたちに教育を受けさせようという動きが出てきて、そのために一定の土地で定住することが求められるようになってきたのです。 その村は無医村で、子どもたちは全員、自宅で生まれています。生後6ケ月の赤ちゃんのいる家を訪ねました。
家の中は、石で組んだ竈(かまど)があり、ほかにはほとんど家具は見あたりません。「家の中のどこで赤ちゃんを産んだのですか」とたずねると、母親は家のコーナーにある毛皮の上を指さしました。毛皮はチベットの家畜、ヤクのもの。この家にはベッドはなくて、家族はその毛皮を寝具にしていました。赤ちゃんもその上で生まれたというわけです。
お産は夫が介助しました。この家族は、いわゆる核家族。チベットの新しいニューファミリーなのでしょう。同居する両親や親戚がいないので、夫がとり上げたのです。

昔から赤ちゃんは家族の中で生まれてきたので、多くの人が、小さなときから家庭の中で出産を身近に見てきています。そういう意味で、お産は特別なことではなく、日常のひとこま。
世界各地、伝統的なお産は、家族の中で、こうして行なわれてきたのです。


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