VOICE(掲示板)
高齢出産VOICE

高齢出産の悩みや心配事、そして生んでよかったこと。

【不妊】卵子提供について個人レスではないので新スレにて
きょういくテレビ -- 2011年02月 6日 08:21:19

投稿しても1日程時間が経過してUPされるので進みませんが
前トピでは卵子提供のレシピエントを攻撃するだけの投稿に見えてしまい有意義ではありませんので
大いに議論できますようにこちらで宜しくお願いします。

卵子提供についてオススメされる方々はデメリットについて
どう説明されているのでしょうか?
読んでおりますとメリットばかりで本当のデメリット等は丸投げ。

後はご自由にとばかりにマスコミも成功例のみしか取り上げない風潮に憤りを感じます。
本当に伝えるべきはデメリットであり、それも踏まえないと苦しむ人が増えて大変な問題です。
これから卵子購入したいと検討している方々も目にしますので
目を背けず一読して欲しいと思います。

子供を望む全ての人が何らかの方法で母になれますように願う者より


明日のために その3 考え方まとめ
ツバメ号 -- 2011年03月11日 14:03:39

  すいませんが、再度自分の考え方をまとめさせて下さいませ。

私は、卵子提供よりも、養子や里親の方がよりふさわしいと考えている。

しかし「養子や里親が、制度として文化として根付く」ために今の日本が変わらなければならない部分はとても大きい(その2参照)、それは数年でできるものではない。

私自身は、蟷螂の斧のような力でも、「養子や里親が、制度として文化として根付く」ために何かを努力し続けて行きたい。

過渡期にある日本において、「卵子提供」を、アイデンティティクライシスを避けられる(卵子の母のデータを有した)かたちで、受けるのは、許されると思う。特に早期閉経などの病気の人において。

一番、危険視しなければならないのは、アイデンティティクライシスであり、これは卵子提供でも精子提供も同じである。しかるに、完全匿名性の精子提供を認め、卵子提供もその方向で進めようとしている日本産科婦人科学会に対しては、私は大きな疑問を持っている。

卵子提供も精子提供も、基本理念は無償でかつ記名性で(第三者へは特定されないようなかたちで)あるべきだと思う。
しかし、一回の来院で済む精子提供にくらべ、通院回数が多い卵子提供は、その束縛期間を補うかたちの有償ボランティアはあって良いと思う。

発達途上国におきがちな、商売としての卵子・精子提供は、倫理的に許されないと思う。

医学的な見地で見れば、45歳以上でも自己卵での不妊治療を多く続けている日本は異例な国である。染色体異常の問題などから考えると、45歳以上での選択は、「自己卵」より「卵子提供」のほうが安全である。
けれど、これは、45歳以上の「自己卵」治療を否定する物ではない。それぞれの卵巣年齢や体調にもよると思う。

提供で生まれる子供達のために、告知方法や、子共の心理サポートへの情報交換が行える場や組織が必要だと思う。

以上です。

難しいことはわかりませんがさん、ありがとうです。

このまとめを終結として、私は他のスレッドに移動します。
どうぞよろしくお願いいたします。

不思議な事
通りすがり -- 2011年03月11日 13:25:17

  以前から不思議に思っていた事があります
卵子提供者に年齢制限があるのはなぜでしょう?
その中でも若い提供者が人気があるのはなぜでしょう?

本来、生むことが何歳でも可能なら
卵子提供者へも年齢制限はいらないはずですよね?

卵子は年をとっていたら駄目なんですよね?
だったら、子宮も無理なのではないでしょうか?
それを薬漬けで無理に産む
とても不思議です

自然に妊娠して出産しても、子供には色々あるんです
病気になったり事故にあったり・・・
妊娠からややこしくしたら
子供へのリスクが高まるのは当然だと思います

ただでさえ、子育ては成長と共にとてもややこしくなる
皆さんも通ってこられた道だと思いますが
思春期の子供の心はややこしいですよね?

だから出自までややこしくしなくても、と私は単純に思います



現実には
あかね -- 2011年03月11日 11:18:15

   養子をもらうためにお金がかかるのは、仕方ないのではないでしょうか。
 それと、卵子を買うためにお金を払うのとは、まったく意味が違います。

 いま日本で卵子提供を受けている人のほとんどは、アメリカか、タイヤマレーシア、インドなどで卵子を買っているわけです。

 そのことをあまり意識せずに、「いくらかかるか」ばかり気にして、できるだけ安く、若くていい卵子を買いたいと、素直に思えることが問題なのです。

 現に、卵子提供を受ける人のほとんどは、卵子を買っているのです。その事実から目を背けてはいけないと思います。

強い心
難しいことはわかりませんが・・ -- 2011年03月11日 02:46:04

  ツバメ号さまへ

ツバメ号さまはお優しすぎるのではないですか?
ここは母になる最終手段として真剣に卵子提供を望む方が情報を得られる貴重な場所ではありましたが、それ専用のものというわけではないのです。
むしろマヨネーズさんのようにのような違う角度からの発言をもつ方に言われてやめるというならそれも愛のムチなのではないでしょうか。
実際母になるといろんなことがあります。卵子提供は母になるための入場券にしかすぎません。ハンドルネームで話し合うネットではなく、リアルにいろんなことを言う人はでてきます。子供本人との関係もあります。
テレビで野田聖子さんが「私は強い心を持っていたから」とおっしゃられていたのが、とても心に響きました。
野田聖子さんは非難や中傷をする方がいるのもご存知な上で、母として「強い心で」生きていく覚悟を決められています。一方マヨネーズさんのように迷った上で人工的に母になることをせず、その先の違う境地に達する方もいらっしゃいます。どちらの方も私には強い心を持っていてすばらしいと思います。
ゼロかヒャクか・・・ではなく、この貴重な生き様をもとに自分で自分のこれからを後悔のないよう選択できる場所なのです。
ツバメ号さまも強い心を持っていて、しかもお優しい方ですね。
でも感情的な中傷ならいけませんが、厳しい意見も本人のためになることもあると思います。
拙い文章でお恥ずかしいですが、つい出てきてしまいました・・

明日のために その2 養子や里親が、制度として文化として日本に根付くために
ツバメ号 -- 2011年03月11日 00:59:43

  こんばんは
きょういくテレビさんあてに、以前に私が「問題点としてあげたい」と言いました、
「養子や里親が、制度として文化として日本に根付くため」に、日本が変わっていかなければならない点、
これを、私なりに説明していこうと思います。
よろしくお願いいたします。

1:民法上の親権の改正

日本の親権は強すぎて弊害もあります。現在、児童擁護施設や乳児院に入居している子供の多くは、生みの親が養育をしていないのに親権は持っています。ですので、里親としてある家庭が預かることになっても、生みの親の心変わりでいきなり引き離されたりもします。里親委託を許可しない生親も多いです。
生親に育てようという意志がない場合は、子供の成人まで生親の親権を制限するような民法の改正が必要だと思います。

2:里親への制限緩和

里親委託制度は、里親家庭の共働きを余り良しとしない、あるいは許可しないという場合がありますので、ここを緩和すべきと思います。また、里親受託しばらくの子の動揺期には、里親が育休を半年〜1年程度とれるような支援制度が必要です。

3:養子縁組組織の制限緩和

養子を斡旋しているNPOなどのガイドラインは、多くの場合親子の年齢差を40歳としています。現在の晩婚化や不妊治療の高齢化を考えると、これを45歳とすべきと思います。

4:養子候補の嬰児の中絶の回避

医師のネットワークなどで、未婚で妊娠した女性の中絶を思いとどまらせ、養子縁組へとつなげているケースがあります。このような活動を活発化したほうが良いかと思います。

5:政治の変化

「赤ちゃんポスト」に安倍元首相が違和感を示したように、新保守主義政治家が「家」「親子」というものを固定観念で見ているところがあり、日本の現実との乖離が起きています。4の例に対して、政治が活発化を恐れているきらいがあります。
養子制度の活発化や夫婦別姓許可など、日本の家族の現実を政治が認めていくべきだと考えます。

6:外交の変化

たくさんの女児が孤児院にいる中国は「養子の送出大国」のような状態ですが、日本とは外交の問題がこじれていて、中国の子供が日本人の養子になることは認めていません。ここも日本人が養子と出会いにくい一員になっています。

7:宗教観の変化

キリスト教では「神の前での約束」が、家族の絆に大きな意味を持つように思います。肌の違う養子でも自然に受け入れているのには、「神の前で家族となる」ことが、「血縁」に近い絆として、文化に根付いているからかと思います。
それがない日本においては、当事者の夫婦は養子をとりたくても、周囲の親戚が認めたがらないなどの感情が出がちです。ここも「ご先祖が神様」という日本の宗教観をスケールアップしなければならないと考えます。


ざっと以上が、自分が「養子や里親が、制度として文化として日本に根付くために」必要だと考えていることになります。

自分が知っている卵子提供の親御さんは、このような現状にぶつかり、結果として卵子提供に進んだ場合が多いです。「産むことに」こだわっているわけではないでしょう。

といようなところで、自分もこのスレからは退場しようと思います。

なお、あかねさんが問題視している「お金さえ出せば、他人の卵子を買える」ことについてですが、アメリカにおいては、養子の文化が先にあり、しかも、養子探しをエージェントに頼むのにお金が高くかかるので、庶民の知恵として「卵子の養子制度」が発達したといういきさつがあります。一応、知識としてお伝えしておきます。

お返事ありがとうございました。
きょういくテレビ -- 2011年03月10日 23:43:05

  あぁああ…しゃぴろさん大変失礼しました。
常日頃から議論する時に○○より△△はましというすり替え論はしないように心掛けていたつもりなのに
思いっきりすり替え論になってました><・・・・・すみません。深く謝罪します。
ですが思わぬ現実を知る事が出来て有り難いです。
世間は簡単に養子をという言葉を出します。私も安易に出してしまっていましたね。
そうですか〜親権という大きな問題がそこには山積みされていたんですね。
どうして子供が欲しい人がこんなに居て、そこには温かい家庭を必要としている子供がいるのに
マッチして埋めていけないのだろうと思っていたので、ついついこの構図に出してしまいました。
それがとても良い解決策に見えたというのは確かにあります。

>一方的ですみませんが、そろそろ退場させていただきますね。
今までお付き合い頂き本当にありがとうございました。
しゃぴろさんとこうしてやり取りさせて頂くだけで自分が知り得なかった新しい内容を知る事ができました。
本来教えて欲しいという意味で立てたスレでしたので深く感謝致します。
こうして色々と考えて言葉を発するのは凄くお疲れにもなった事でしょう。
どうもお疲れ様でした。本当にありがとうございました。


ツバメ号さんへ
> きょういくテレビさんは、この後に続く文章をご覧になっているから、
>私のこの文を本心から「意外」と思われてはいないでしょう

ツバメ号さんのお言葉を私が意外だと感じたのは
当事者側の方が積極的にはオススメはしないけど道が閉ざされてしまうような禁止になっても良い
という発言を今まで見た事がなかったので、どの視点で禁止になっても良いのだと思われたのかな?と思ったのです。
>それを補う形で、養子や里親が、制度として文化として根付かなければならないと思っています。
しゃぴろさんへのコメントでも書いていますが、それは凄く共感しています。


そしてお返事に苦慮しているのですが・・・・・
一つ思うのは卵子という段階では意思もなく物体かもしれないけど
卵子がやがて子供に変化する時には意思が伴うというのを忘れてはいけないのだと改めて思った次第です。
さてどうすることが求められるのか?どういう事を考えれば良いのか?
最初から繰り返しまた読み返してみる事にします。

きょういくテレビさん、あかねさん
しゃぴろ -- 2011年03月10日 18:49:03

  きょういくテレビさん、

安全性については、私は申し上げたこと以上に何かを付け加える知識も知見もないです。

提供医療の未来については、やはり今の段階ではまだ分からない、としか言えないのではないでしょうか。
やまてんさんやきょういくテレビさんがおっしゃっていたような懸念が将来的により公的に表明される可能性は、皆無ではないかもしれません。

その点は、提供により生を受けて成長していった子どもたちが、どのように自分たちの出生を評価するか、ということ、また、当事者をはじめとする社会全般が提供医療というものをどのように意義づけ、人間の尊厳の物語となしうるか、にかかってくるということでしょう。

むしろ我々としては、そうした懸念が現実の未来とならないよう、社会にいかに受容していくべきか、に思考・姿勢をシフトチェンジしていくことが求められる、ということが重要な点ではないかと思います。


また、提供医療を受けるなら養子を受けるべきだ、というお考えは、善意のお気持ちからと十分理解できるし共感しますが、養子制度についてはまた別の問題体系があるので、必ずしも全てを同列に語ることができるかというと(マクロ的にAからBに動かせば全てうまくいくかと言うと)、一概には言いえないと思います。

一つだけ申し上げるなら、施設に子どもがあふれているのは、引き受け手がいないからではないのです。
養子制度が簡単に広まらないように見えるのは、養子を受けようとする家庭が少ないからではなく、生みの親が自分で養育ができなくても子どもの親権は放棄しないことによっています。
その善し悪しの判断はともかく、事象の説明としてはそういうことです。

またそうした状況の問題とは別に、そもそも、AよりBであるべきだ、という場合、実は我々自身が思っているほど比較根拠の客観的確実性はないかもしれませんよ。
きょういくテレビさんがそう思う、ということには共感します。


一方的ですみませんが、そろそろ退場させていただきますね。


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あかねさん、

日本でもしも卵子提供が認可される方向になるとしても、金銭の介在は世論の同意を得られないことは十分想定できますので、そうした案が現実化する可能性は非常に低いと思います。
もしもそうした案がはかられるなら、そのときは大きく反論が出て成立しないでしょう。

また代理出産については、ここであがっていた内容とはまた別の検討要素が必要ですが、いずれにしても金銭の介在は難しいでしょう。

マヨネーズさんに賛同
あかね -- 2011年03月10日 10:39:45

   うさこさんのスレで、マヨネーズさんが苦言を呈されたことについて、失礼だという方がいらっしゃるようですが、卵子提供で子どもを授かることを、単に成功率の高い方法、得か損かと論じられているところで、意見を述べることが失礼にあたるとは、到底考えられません。

>そもそも他者から卵子を提供してもらい「わが子」を得ることに、問題はないのですか? 代理出産という方法そのものに、問題はないのですか?ましてこれらを「お金」で買おうとすることに、問題はないのですか?

 というマヨネーズさんの問いかけに、賛同します。

 お金さえ出せば、他人の卵子を買える、他人に危険な出産を頼める、そういうことがまかり通って、本当によいものですか。

 「お金」で、何でも買ってもいいのですか。

 子どもたちは、自分の人生を生きようとするときに、そのことを鋭く問うてはこないものでしょうか。

マヨネーズさま、追記です
ツバメ号 -- 2011年03月10日 09:02:06

  前記に追記です。

あんまり、論争はしたくないのですが、人には謝って済むことと済まないことがあると思います。

マヨネーズさんのなかでは「卵子提供は非に近い」という信念があり、
(私も応援者のつもりでしたが正直ドン引きぎみ)で、
さらに新しいトビに以下のようにまで書いたのですから、今さら、うさこさんに少々謝っても意味がないように感じます。ただご自身の心の荷を軽くするだけでしかないと思います。いかがでしょうか?

このように新トビには書かれたのですよ。

>悩んでいる方のレスとして書くには強烈すぎる問題提起と思うので、こちらに書き
>ます。
>「提供卵子による代理母出産」という方法のことです。

>これは、誰の子なのでしょうか…。子どものアンデンティティの混乱はテラ級だろ
>う…と。
>という問題に加え、私はこれはまさしく「子ども売買」「人身売買」ではと思いました。

>日本政府は2005年1月に国連の「子どもの売買、子ども買春及び子どもポルノに
>関する子どもの権利に関する条約の選択議定書」を批准しています。この議定書の
>適用上、「児童の売買」は次のように定義されています(外務省訳)

>【第2条ーa】 「児童の売買」とは、報酬その他の対償のために、児童が個人若しく
>は集団により他の個人若しくは集団に引き渡されるあらゆる行為又はこのよう
>な引渡しについてのあらゆる取引をいう。

>…あてはまりますよね。ご夫婦の受精卵の場合でも、ビジネス代理出産は抵触する
>ような気もします。

テラ級とか、児童ポルノのひきあいとか。卵子提供を考えた者はもはや「非人」であって、何を言っても良いのでしょうか? 米国では認められている方法なのですし。

ごく普通に「生まれてくる子供の混乱を避けるためには、提供卵子による代理母出産、まで考えないほうが良いのではないですか?」 と意見を言うことの方がふさわしいと思いました。
私は、弱い者苛めは嫌いです。

マヨネーズさんありがとうございます。落ち着いています。
ツバメ号 -- 2011年03月10日 01:58:19

  お返事どうもありがとうございます。お返事のお返事いたします。

1:私が、マヨネーズさんに対し、憤りを覚えたのは、うさこさんが問いかけている問題への回答についてです。今まで、マヨネーズさんは、バランスのとれた論調の方だと思っていたので、いささかびっくりもいたしました。

卵子提供が「是か非か」という問題と、決心をした人間が、より確実な方法を情報交換しようと言うのは、まったく次元の違う事だと思います。

>このトピに限らずですが、ほとんど人は卵子提供および代理出産を「是」、もっと
>言うなら「良き選択」という前提でお話なさっていますね。
>そして金額やエージェント選び、はてはドナー選びの「ノウハウ」をやりとりなさっ
>ている。〈いのち〉の問題が「お得」やら「損にならない」などの言葉とともに語ら
>れることに、大きな違和感と危惧を抱きます。
>うさこさん、過去の野田聖子さんのトピには、AIDで生まれた人からの切実な投稿も
>あります。読んでみてください。生まれてくる子が抱くかもしれない気持ちを、
>考えてみてください。

>「真剣」に考えるべきなのは卵子提供の成否の確率?金額、という問題ではなく、
>あなたの人生における「子ども」の意味、さらにこの方法で子どもを得たときに
>あなた方夫婦が負うであろう葛藤、さらに子どもに負わせてしまう葛藤のことでは
>ないでしょうか。

>偏ったレス(=賛同レス)しか返ってこないこの高齢VOICEに投稿するより、
>心理カウンセリングを受けることをお勧めします。

マヨネーズさんには「卵子提供は非に近いから、このVOICEで安易に情報交換すべきではない」という信念があるように思いますが、そのような信念でこの場の論議を取り締まる権限など誰にもありません。
この書き方はなんだか上から目線ですし、心理カウンセリングを進める風紀委員のような感じがします。

>記述されてもいない他者の心の深い部分まで踏み込んで自己流解釈し、
>皮肉・嫌み混じりの論評を加えるのは、私見とはいえーー誰に対してであれ、
>またどんな怒りがあったとしてもーー不適切です。

うさこさんだって、このマヨネーズさんのように返答したって良いのではないでしょうか?
他の方からも出ていますが、
>最近、こので卵子提供を紛糾するような投稿が多くみられ、残念です。
>経験者が出て来づらいです。

このVOICEの場は、卵子提供を「是」と考える人だけのものでも、「非」と考える人だけのものでもないでしょう。

であれば、是非の議論はそのためのスレッドでやるべきで、情報交換の場に割って入るべきではないと思います。

そこの「境」を飛び越えて声高になってしまったマヨネーズさんは、もしかして、凄く熱いエナジーに満ちているのではないかな?と思って、「あなたのほうも大丈夫ですか?」と失礼ながらお声かけしたのです。
失礼とわかっていながらやった非礼をお詫びいたします。ごめんなさい。

しかし、「精子ください」の書き方など、感じ悪い書き方をさなっていたのもご自覚くださいませね、「言いたい内容」ではなく「言い方」として。

2:日本産科婦人科学会へ批判的な理由

>日本産科婦人科学会が卵子提供に動かないのは、そこにいる医師に「名誉に興味が
>強い人たちが多いから」、
と書いたのは、内部告発ではありませんが、身近に大学病院関係者がいて、学会という機関にも接し、いくつかの証言から、「問題を先送りにしやすい機関である」という感覚を持っていおります。

その日本産科婦人科学会が、水面下で行われてきた「完全匿名性精子提供」を黙認し、しかし、声を上げて「卵子提供」を行った根津医師を除名処分にしたこと。
しかも。現在進行させている「卵子提供」認可のプランも「完全匿名」であること。
そして、2000年代になって「完全匿名性精子提供」を公認したこと。
これらは、世界の流れや「アイデンティティクライシス」の理解から、逆行しているように思います。

>こうした投稿は卵子提供に対する批判の目をそらすか、発言や議論そのものを封じる
>ためとしか私には読めませんでした。

そう思うのは、おかしいです。
批判の目をそらすのではなく、もっと危険視しなければならないものがありますよ、とお伝えしているのです。

なんとも、アンバランスな事が日本で起きている、率直に「日本産科婦人科学会」へ疑問があるという感覚です。また「完全匿名性」の精子提供が堂々と行われているのは、怖いなと思っています。
私に余力があれば、本当に反対運動していると思います。(もともと権威や権力に懐疑的なせいもあるかと思います)

だから、ckさんの気持ちもわかるんだけど、「精子提供がそのまま続いている現実へ闘わずして、ここで語ってなんになるの?」と、ちょっと歯がゆい気持ちがあります。

3:2ちゃんねるについて

2ちゃんねるはその形態上「叩き」という負のエネルギーが集まりやすいです。しかし、面白い情報が出ているのも事実ですから、否定的にばかり見ているわけではありません。

しかし、野田女史を語り、このVOICEを見物しているその掲示板は、とても偏見にみちた意地悪なものでした。ここから闖入者が出てくると思うと、今まで築かれてきた、高齢妊娠や出産への広い語り合いの場が、荒れていくようで大変に悲しい気持ちになりました。

というところです。

自分自身は、いわゆる「卵子提供」としては特殊例なので、自分が批判される容認されるという意識はなく、多分ここでの議論の結論への興味もありません。

最近は、自分が「卵子提供」の親だという意識すら無くなってきています。子供への告知の方法や一族皆での接し方は、当然考えておりますけれど。
それよりも、形成されつつある子供の人格を、人としてまっすぐに進めるように手助けすること、お互いに人と人としての関係性を築いていくことに、注力しています。

なので、私の憤りは、自分の仲間に対しての非難であるからではなく、「弱い物苛めに感じられることは嫌い」という、私の性格から来ていると思います。

議論を長く展開するのも、そんなに得意でないので、まこさんのスレの方に合流して、「新しい家族の在り方をさぐるフォーラム」みたいな話をしようと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。

ツバメ号さん 落ち着かれてください
マヨネーズ -- 2011年03月 9日 15:50:08

  ツバメ号さんからの私への投げかけで、他の方が戸惑われているのではと思っていたのですが、幸いトピ主さんはじめ他の方も落ち着いておられ(冷静に見守ってくださっているようなので)そのことに感謝しつつ、以下、ツバメ号さんへのお返事を交えながら投稿します。

ツバメ号さん、先週「眠れないほどの憤り」と私個人宛のトピを立てられましたが、これは拝読しました(この件にお一言も触れられていないのでご自身が削除なさった?とも思いましたが、babycomさんが削除なさったのでしょうか←お返事を書き終わった午前3時、なくなってて、内容よりこのほうがショック)

まずはっきり申し上げておきますが、2ちゃんねるのことは私の関知するところではありません。投稿したことも一度もありません。憤りの基点は当該ちゃんねるへのコピー誘導うんぬんにあるようですが、これはまったくの思い違い、筋違いです。(私がこう宣言することで結局他の誰かが‘犯人’扱いされ非難されるだけと思い明言は避けてきましたが。これは正義感などではなくネット掲示板という性質上、不毛だと思っていたこと、また私に関しても投稿内容でご判断くださればよいと考えていたからです)

AIDに悩んだのは私の中ではすでに過去の話です。(だから書けるということがあります)不妊という不条理そのもの実は昇華しています。この不条理を受け入れ、自我のあたたかな一部として織り込み済みです。現在のことは家庭のプライバシーもあるのであまり書けませんが、私は日々に感謝し、日常に小さな幸せを感じ、ごく普通に過ごしています。

投稿として書いたことへの異論・批判は受けとめたいですが、記述されてもいない他者の心の深い部分まで踏み込んで自己流解釈し、皮肉・嫌み混じりの論評を加えるのは、私見とはいえーー誰に対してであれ、またどんな怒りがあったとしてもーー不適切です。この一点に関してだけは、率直に友としてツバメ号さんを諌めます。投稿であれリアル世界であれ大変無礼だと思います。

上記とも関連しますが、ツバメ号さん、ご投稿の論旨が妙なねじれをきたしていませんか。
学会が卵子提供に動かないのは、そこにいる医師に「名誉に興味が強い人たちが多いから」、片やJISARTは患者思いーーと言わんばかりの書き方をなさる。ツバメ号さんが学会内部の方なら内部告発とも読めますが、そうではないですよね。たいへんなミスリードを招く書き方です。(JISARTが患者思いではない、という意味ではありません。念のため)

過去の野田さんトピ後半でも「完全匿名性で今も続くAIDをなぜ問題にしないのか。危機感を持たないのか」「学会にもの申せば?」「慶應に言えば?」「なぜ行動しないのか」との投稿が複数ありました。学会と○根津医師を対比させ、○根津医師のほうが良心的であると印象づけるかのような投稿もありました。

↑当時も思ったものですが、このように、一方を持ち上げる(守る?)ために他方を貶めるのは、ロジックとして(一般に)受け入れられるものではありません。また、こうした投稿は卵子提供に対する批判の目をそらすか、発言や議論そのものを封じるためとしか私には読めませんでした。

近々のツバメ号さんの一連の提起にも、同様のことを感じています。逆に「卵子提供に反対する人々」→仮想敵のようにみなし、そこに「本当に敵はこちらです」とさらなる「仮想敵」を作り出し、混乱を導いてしまっているように思います。こうした分断には益がありません。(ご自身の思い込みで「敵」や「問題」を作り出していませんか。コピー誘導うんぬんも「あなたなのか?」と一言率直に聞く投稿をしてくだされば済んだことではと思うのですが)

提供医療を社会的容認に向かわせたい、(当面は)守りたいとお考えの方は、その知性・理性・良心で、提供医療の正当性を率直にお書きになればよいのだと思っています。妙なロジックや不適切な事柄を引き合いに出して論じるのはその正当性自体がアヤシイものであると印象づけることにしかならず、それは応援者である「制度整備派/条件付き容認派」をも引かせてしまうことになりかねません。(←私も応援者のつもりでしたが正直ドン引きぎみ。これはツバメ号さんのお話のことではなく、進行中の他トピにも目を通しての私の感じ方ですが)

ツバメ号さん、この投稿を読まれて、最初の大きな誤解が解けたなら、どうぞ少し落ち着かれてください。(この件の関してのお返事が遅れたことはお詫びします。早々に誤解を解けばよかったのですが、それをしたからといってツバメ号さんの気持ちにおさまりがつくかどうかわからず、少し落ち着かれるのを待っておりました。個人と個人のやりとりはこのトピにあまりふさわしいものではないという感触もありまして。しかし何だか憤りがあらぬ方向に向かっているようにも思えたので、未だ迷いつつ思い切って投稿した次第です。本当に正直に書けば、この投稿であなたが逆ギレなさらないかということが不安です)
なお精子提供と卵子提供の問題の語られ方に違いがあるということは一部ごもっともと思っております。これはそのうち書きたいと思っています。

それから前トピ、○さこさんには、書きづらくなったであろうこと、また最初の投稿がかなり憤った書き方でご不快になられたであろうことを、ここで改めてお詫びします。
(この反省にたち、結論や理屈ではなく、できるだけそう考えるに至った経過――自分の思いや体験を愚かさも含めて率直に書こうと努力していたのですが、これもかえって伝わりにくくミスリードになるようなので、また書き方を改めようと思っています)

きょういくテレビさん:【技術そのものへの疑問・批判】=【親への批判】【子の否定】ではありませんし、私も「≠」で書いていたつもりなのですが、自分の言葉で表現しようとしたら回りくどかったようです。的確な表現(引用)してくださってありがとうございます。

まこさん:上記のようなこともありますので、私(に限らずですが)の投稿と2ちゃんねるを重ね合わせるのはどうかやめてくださいませ。特に3の「子どもに真の愛情を持っているとはいえない」などを重ねられるのは、はなはだ不本意です。(遅い返信ですみませんが)

バンコクさん:タイの法律はよくわかっていないのですが、この場合、依頼者も何らかの処罰を受ける可能性があるのでしょうか?ご存知のことがあれば、また教えてください。強要による妊娠で中絶を希望した女性たち、またベトナムで出産後、子らはどうなるのか…。酷すぎます。

日本人依頼者がいないことを願います。
バンコク -- 2011年03月 8日 13:21:46

 
バンコク週報 3/1

代理母をベトナム送還へ

 バンコク都内でベトナム人女性らに代理出産を強要していたとされる台湾人経営の会社が摘発された事件で、チュリン保健相は2月28日、取り調べが終わったことからベトナム人女性15人全員が数日中に本国に送還される予定だと明らかにした。

 また、妊娠中の女性らは当初中絶を希望していたが、ベトナム当局が子どもの面倒をみると約束し、出産することにしたという。

 一方、タイ当局はこの会社に対し、人身取引や不法監禁の罪で法的措置をとる予定だが、代理出産に必要な人工授精に関与した医療関係者も処罰する方針だ。

何より大事なこと
あかね -- 2011年03月 8日 12:58:46

   アイデンティティクライシスより、何より、卵子提供や代理出産を認めるとしても、あくまでボランティア。精子提供と同じように交通費程度、数万円までを支払うボランティアだけを認める。

 卵子や代理懐胎に対し、いっさい報酬を支払わない。

 臓器提供と同じように、ボランティアのみを認める。売買を罰則付きで禁じる。

 それで、いいんですね。

 それとも、卵子売買を認めるのですか。

 お金で卵子を売ること、買うことを認めるのですか。

 ここが、何より重要なことだと思います。

誤字失礼 & JISART
ツバメ号 -- 2011年03月 8日 00:17:26

  きょういくテレビさんは、この後に続く文章をご覧になっているから、私のこの文を本心から「意外」と思われてはいないでしょう
でした、失礼いたしました。

それから、匿名さんの言う

>全国25施設の不妊治療クリニックで作る「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」は
>08年6月、友人や姉妹からの卵子提供も認める独自指針をまとめ、
>現在、実際に提供卵子による体外受精を進めているところだ

これは重要な事実です。JISART以外の病院でも、独自ガイドラインで実施しているところは多いと思います。
なぜなら、45歳以上で、自己卵での妊娠・出産をめざすのは、卵子提供よりハイリスクであるからと思います。
そして、日本産科婦人科学会は動く気配がないから。

日本産科婦人科学会の役員名簿を見れば、理由のひとつがわかると思います。
理事長からはじまって、理事はすべて大学病院の教授です。
少しでも「学会」というものを内部から見たことがあれば、それは患者への医療よりも、名誉に興味が強い人が多くいがちな場所だとわかると思います。

日本産科婦人科学会に「完全匿名性精子提供」への異議申し立てをしたほうが、ここで語り続けているより、「日本からアイデンティティクライシスをなくすため」の一歩となるように感じます。

私は、強者には弱く、弱者には強い、というタイプの言論は好きではありません。

明日のために その1 日本からアイデンティティクライシスをなくすために
ツバメ号 -- 2011年03月 7日 22:54:44

  きょういくテレビさんへ

>私は卵子提供は未来において禁止されても良いのではないかと思っています。

きょういくテレビさんは、この後に続く文章をご覧になっているから、私のこの文を本心から「以外」と思われてはいないでしょう。

私は以下のように続きを書きました。

>しかしながら、それを補う形で、養子や里親が、制度として文化として根付かなけ
>ればならないと思っています。そうでなければ、早期閉経のような病を持った人が
>家族を持てません。施設にあふれている子供達の行き先がありません。

>ヨーロッパでは、卵子も精子も提供を禁止し、そのかわりに養子制度を充実させて
>いる国もあります。
>そのような方向が正しいのではないかと私は感じます。

養子や里親の方がよりふさわしいと考えている点では、私はきょういくテレビさんと同じです。

しかし、「養子や里親が、制度として文化として根付く」ために今の日本が変わらなければならない部分はとても大きい、それは数年でできるものではない。
待っていたらお婆さんになってしまう、という人が、現状、「卵子提供」を、アイデンティティクライシスを避けられる(卵子の母のデータを有した)かたちで、受けるのは、良いと思うのです。

そして自分の事例はレアケースなので、自分が卵子提供の親を代表すると思って何か書いているわけではない。私は「それ以前から思っていた自分個人の考え方」を言っているのです。

そして、未来に「養子や里親が、制度として文化として根付く」ために、日本のどこが、どういう風に変わったら良いかも書きたいのですが、それなりの項目になると思います。

その前に、伺いたいのは、「アイデンティティクライシス」をもっとも起こしやすい危険な「完全匿名性精子提供」が、日本で堂々と行われているのに対し、きょういくテレビさんは危機感をお持ちだと思うので、どのような「活動をされたか」「活動をしたいとお思いか」を伺いたいのです。

私は、行動派ですから、議論のための議論のようなことは、あまり好きではありません。
どうぞよろしくお願いいたします。

法整備
匿名 -- 2011年03月 7日 20:53:51

  このスレッドでは、卵子提供に対して慎重な意見ばかりですが、日本全体としては、容認の方向に進んでいるのではないでしょうか?
実際に、日本でも卵子提供が実施されるようになっています。
このスレッドではありませんが、別の書き込みで、卵子提供で渡航する人をまるで犯罪者のように批判しているのを見ましたが、それは違うんじゃないかと思い、以下に新聞の抜粋を掲載します。
現在、法整備がどのような状況にあるのか、詳しい方がいらっしゃったら、教えていただけないでしょうか。

●2010年8月27日付読売新聞
関係者の間では、野田氏のように米国で卵子提供を受けた夫婦はこれまで少なくとも約1000組に上ると言われている。米国での不妊治療をコーディネートしているIFC(米国)の川田ゆかり社長は「米国では20年以上前から一般的な不妊治療で、これまで日本の約700組の夫婦を手助けしてきた。近年は年に100組以上から相談を受けている」と話す。
 国内では、厚生労働省の生殖補助医療部会が03年、法整備を前提に匿名の第三者に限って卵子提供を認める報告書をまとめたが、その後、法整備は進んでいない。関連学会の意見にも温度差があり、日本生殖医学会は09年3月、友人や姉妹からの卵子提供を認める報告書をまとめ、国へ提出したが、日本産科婦人科学会は、法制度が未整備な状況では、提供卵子による体外受精について慎重な立場だ。
 こうした状況に、不妊治療を行う医療現場がしびれを切らした。
 全国25施設の不妊治療クリニックで作る「日本生殖補助医療標準化機関(JISART)」は08年6月、友人や姉妹からの卵子提供も認める独自指針をまとめ、現在、実際に提供卵子による体外受精を進めているところだ。
 生殖医学会倫理委員長の石原理・埼玉医科大教授は「提供卵子が必要な患者は確実に存在し、世界でも体外受精の約3%は提供卵子によるものだ。野田さんの事例で国民の関心が高まり、速やかな法整備につながれば」と話している。

卵子売買
あかね -- 2011年03月 7日 07:32:48

   いろいろと議論がありますが、何より重要なのは、卵子提供には、「卵子売買」という事実があるということではないでしょうか。

 本当にボランティア精神で提供されるなら、あとは受ける側の問題、親と子の問題となるでしょうが、「卵子売買」がなされていいのかどうかとなると、社会全体の問題です。

 バンコクさんの報告にもあったように、卵子売買や代理母斡旋には、大きな問題があるはずです。

 貧しい国の貧しい女性だから、「ぶっちゃけお金」と割り切って卵子を売ったり子宮を貸したりしていいものか。
 家族がお金のために女性に「身体」を売らせているということもあるに違いありません。

 本当にそれを認めていいものか。

 そこのところを、しっかり見直さずに、この問題を語っていいものなのでしょうか。

続き
しゃぴろ -- 2011年03月 7日 00:55:13

  連投ですみませんが、ご返信の続きをさせてください。
(きょういくテレビさん、竹さん、やまてんさん、マヨネーズさん、ほかご指摘くださった方々)

まず蛇足ながら立場をはっきりさせておきますが、私は卵子提供が推奨されるべきだ、とか、広がるべきだ、と思っているわけではなく、現状の日本で規制が可能なのであれば、その方向をまず考えることが妥当というか、シンプルだと思っています。

また、そもそも当事者ではない私がこのように野田さんのトピック以来投稿しているのも、竹さんが簡潔かつ端的におまとめになった内容と全く同じ危機感に基づいています。

ただし、私はもはや、是非を論じている段階ではない、と思っています。

年間数百人という数字をどうお考えになりますか。
延べではなく、毎年数百人、です。
このサイトからも、相当数の方が進まれている印象を受けていましたが、そこまでの数字に達していると知り、驚愕しました。
渡航して高額の謝礼を払うというハードルにもかかわらず、過去数十年の精子提供実施数に達するのも、そう遠い日ではないと思います。
不妊治療がこれだけ一般化した今、過去数十年の精子提供に比べて明らかに、卵子提供に対する心理的ハードルが下がっているのです。

この数字を実質的にとめる手立てがあるのなら別です。

しかし、規制が不可能なままに、これからも年間数百人が毎年累積していくのをただ見ていくだけというのはあまりに無策というか、
海外ゆえに状況内実の把握しえない提供による出生が毎年数百人累積し、やがてはその子どもたちは社会で自立していかねばならないのです。
このことをどうお思いになりますか。
このようなサイトでいくら警鐘を鳴らしても、実際に提供に踏み切ろうとしている方々に満遍なくその警鐘の声が届くわけではありません。
そして、一度踏み切って子どもを授かったら、もう後戻りはできないのです。
国内で必要な整備を行ったうえで、実施に踏み切る方は必ず事前に必要な思考のステップを踏んでもらうとするほうが、より現実的であると私は考えています。


この問題における本当のマイノリティは、提供により生まれた子どもであって、提供を受けた親ではない。
マイノリティではない親が、マイノリティである子を育てているのに、その内実は「家庭の問題」としてほぼ100パーセント放置されている、ということが大きな問題の一つです。

たとえば少数民族の家庭ならば、親も少数民族ですから、自分の経験にもとづいて、マイノリティとしての矜持の持ち方とか世間への対処とか、必要な事柄や心構えを教えていくことができますが、
提供を受けた家族は、両親をはじめ、子ども以外は皆、提供による出生を受けた経験はありませんから、いわば子が一人でマイノリティとしての葛藤を引き受けることになります。
しかも大抵の親は、愛情をそそげば大丈夫だと思っていて、場合によっては子の葛藤にすら気付かない。

私はカウンセリングというのは保険程度と思っており、本当に必要なことは、カウンセリングなどが必要となる前にそもそも、親が子に、どのように社会における立ち位置を与えることができるかにかかっていると考えています。
そのひとつが「告知」ですが、最初の告知はたんにきっかけでしかなく、くりむとさんが触れていらっしゃいますが、時期に応じて必用な情報を子どもに与えていく、という側面とともに、
マイノリティとしての子どもの葛藤を親こそが引き受け、受け止め、それを現実の社会への位置づけに昇華させるためのサポートを行わなければならない、その一連の長期的作業こそが告知でしょう。

もちろん、葛藤があらわれる子、たいした葛藤とはならない子、いろいろでしょうし、他人に言われなくてもそもそもセンスのある親御さんもいらっしゃるはずですが、きょういくテレビさんがおっしゃっているとおり、それがロシアンルーレットであってはならないにもかかわらず
そのような一連の対応が、非常に恣意的に家庭内部の問題のままとされていて、何らのガイダンスすら行われていないことが真の問題です。
実際に日常生活としては、むしろ前向きで楽観的で誇りのある生活であることが望ましい一方で、インテンションの問題として、親がどのような長期的視野のもとに注意深く子の葛藤を受け止められるか、ということが非常に問われてくるわけです。

たぶん、やまてんさんは誤解されていると思いますが、私が本当に必要だと思っているのは、まずは親御さんの意識が変わらなければならない、ということです。
親の意識が変わることにより、社会の意識も変わっていく、その中で、特殊なマイノリティではなくなっていく可能性がある、というか、
社会が提供医療を続けていくならそのような方向性を社会全体でめざさなければならない、ということです。

卵子提供だけでなく、精子提供も全く同じことだと思います。

どう模索していくのが良いのか?
きょういくテレビ -- 2011年03月 7日 00:41:18

  しゃぴろさんの明文化する技術力の高さには本当に感心するばかりで
そのお返事が拙い文章でお読みいただくにも心苦しくお恥ずかしいのですが…お返事させて頂きます。

さてしゃぴろさん「同床異夢」とはこれまた上手い事を〜余談が大きくそれそうなので
それはまた別の時に是非!!という感じですが(笑)お返事に集中します。

>?次に、リスク情報(母子の安全性)をどう考えるかについて。
>現時点では、明らかに重大な医学的問題は見出されていない、と判断することが穏当なのでしょう。

ここは大勢の方が見ているであろう掲示板ではこのように想定するのがベストよりベターなんでしょうね。
障害の件も然り母子の健康問題も然りなんですが、全く問題ないとなれば議論自体の立場が変わってしまう位
私には重要な要素の一つなのでサックリと流してしまう事は出来ないのですが少しだけ。
前回リスク情報の一つとして
日本学術会議「生殖補助医療のいま−社会的合意を求めて−」シンポジウム (2008年3月)を記載しました。
そこで「ARTにより生じる問題」の内容で形態異常までが記載されていると思いますが
その中でも「臍帯ヘルニア」というものがあります。これは通常一万人に一人の割合で発生するそうです。
ですが「ARTにより生じる問題」の中で危惧され、具体例の中でどれほどの数の母子で統計をとれたのか分かりませんが
「臍帯ヘルニア」というのも名が挙げられているのです。さすがに卵子提供対象者一万人いてたった一人の発生率ではなく
1000人に1人、100人に1人・・・・どのあたりの数値か分かりませんが通常よりは格段に割合が上がっている
これだけは事実なんだろうと思います。
誰しもまさか我が子に・・・・と思うのが自然というか気持ちは分かる部分がありますので
そんなリスクも孕んでいるこれを少しだけ述べさせて頂きます。


>?そもそも、提供医療をどう考えるか、について。
>私は、提供という技術そのものに問題があるかどうかは、今のところ分からない、という意見なのです。
>つまり、提供という技術自体が「クライシス」をもたらすものなのではなく、
>今までの「やり方」「運用」がまずかったのであって、用い方自体で「クライシス」はなくなる、
>もしくはより制御可能で微細なものにできるのでは、と考えているのです。
>そのために、様々な制度(含む支援)を整備し、権利の保障をするとともに、
>提供を受けた家族の関係形成のあり方や、家族や社会の意識が変わることが重要ではないか、と考えているのです。

これなんですけどね、卵子提供の先進国と言われる?アメリカの方でもアイデンティティクライシスに陥るという方もいる
それが引っ掛かる要因の一つですね。アメリカは日本より格段に家族形態は違っていると思います。
白人夫婦に黒人の子供そういう環境でも一般的に受け入れられそれが多様化として認められている。
それでもアイデンティティクライシスに陥る方が日本の環境よりかは少ないかもしれませんが
いらっしゃるという事は社会においての枠組みがあっても本質的な解決とはまた別なのかなと思わされるのです…

その「健康問題」と「アイデンティティクライシスに陥る問題」の二つを踏まえた上で
ツバメ号さんの他スレで書かれていた「卵の養子」これで思いだした事があります。
そうN田議員さんの卵子提供妊娠で一番最初に思った事は「胎内で養子を貰ったのと同じじゃないのかな?」という事でした。
自分の遺伝子を継ぐ子を欲しいというエゴを捨てる、もうそこまで覚悟ができるのであれば
上記二つの問題リスクを最小限にする方法を探りつつ最大限の妥協点を探る厚い壁を何十年と戦うより
子の為にある「養子制度」を充実させていく方が幸せになる人が増えるのではないかと思うのです。

自分の子宮で育て産むという選択肢を外す

どうしても駄目でしょうか?女性として気持ちは十分に分かります。これは誰が何というと絶対的なものだというのは承知しています。
独身の頃の私なら生んだ後まで想像できず外せなかったかもしれない事柄なんですが
我が子を見ていて、もしそれが母子の健康や心身ともに何の障害なく健康で過ごせる事と天秤にかけられるのであれば
間違いなく母子の健康や心身ともに何の障害なく健康で過ごせる事を私は選びます。
あなたは生んでるからそんな事が言えるんだと言われれば何も言えないのですが一人の人間を育て上げるという事を思うと
自分の遺伝子を継ぐ事を諦めるという段階で血縁はなくとも覚悟できるならば
子供の為の制度という視点、「アイデンティティクライシスに陥る問題」を一人でもより多く新たに増やさない事が真によりよいと思われるのです。
「養子制度」を充実させていく事が子供を授かれなかった方には最善ではないかと思うのです。
子を生まずとも子を育てる事ができる選択肢こそ道が広げられるべきだと思うのです。
それでも「アイデンティティクライシスに陥る問題」は回避できませんが妊娠出産そして子供への健康問題のリスクは回避できます。
もうそれだけで育てるというには十分すぎる位大事な問題ですが・・・無理でしょうか?どの程度までくれば許容とされるでしょうか?

前に養子をという話をさせて貰った時に貰われる子を軽く見ているという発言がありましたが
そう思っているつもりは決してないのですが無知だった事はお詫び致します。
これも海外のドラマですが若くして望まぬ妊娠をして妊娠中に養子に出すという選択をして
産後直ぐに病院に子供を迎えに来るご夫婦が「待ち望んでました。一生懸命に大切に育てさせて頂きます。」というようなお話を時々目にします。
もし日本が今よりももっと「養子制度」の充実をさせていく事が出来れば、不妊治療を長年経てその先に卵子提供を受ける
そのような構図の為に妊娠出産のリスクがダブル、いやトリプルパンチのような状態で高確率で危ない橋を渡る事を避けられるのではないでしょうか。
現状では技術があってもリスクが解決できる程に医療はまだ進んではいないのだと思います。


ツバメ号さんへ
コメントありがとうございます。お返事が遅くなりました。
過去ログも一部拝見致しまして恐らく我が家と同じ就学前のお子さんがおられるのかな?と思いました。
国内で提供を受けられたと書かれていたと思うのですが詳細が全部分かりません
ですので質問という形なので下調べもなく失礼かとは思いますが…もしお答頂けるのなら
>私は卵子提供は未来において禁止されても良いのではないかと思っています。
これはどういう部分においてそう感じて思われているのか教えて頂けませんでしょうか?
少し意外に感じてました。是非どういう視点なのかお話が聞きたいです。

そしてマヨネーズさんへのお話で
>マヨネーズさんのご両親が養子を認めたことなど
この部分は恐らくですが、その発言はモネさんから「娘が不妊で子を授からなかった場合親としてどうするか?」
というご質問への回答で私は「養子をすすめる」という発言をしたのですが
言葉足らずの回答になってましたので、私の回答に補足してくれたに過ぎないと思いますよ。

技術の未来はやり方次第かもしれません
しゃぴろ -- 2011年03月 5日 12:58:29

  きょういくテレビさん、

なるほど。分かりました。
結論から言うと、私ときょういくテレビさんは「同床異夢」という言葉が適切か分かりませんが、要はたぶん、根は同じ場所にいるが、みている景色が違うのでしょう。
それはそれで仕方ないことで、水掛け論になる気もしますが、ご返信してみます。


?まず、情報の偏りを危惧する点は、全く同感です。

きょういくテレビさんはリスク情報について着目されていらっしゃるわけですが、
私はそれに加え、現地に居住しているならば知りうるであろう様々な情報(提供児の育児ノウハウ、事例、ロールモデルを含む)や、活用できるかもしれない支援やネットワークについても
渡航者であるがゆえに情報過疎になるという面があるのではないか、と思っています。

従って、情報の普遍化・均質化をはかるためにも法制化が必要だ、と感じています。
法制化で全て解決するわけではないでしょうが、改善の機運となることは間違いないでしょう。



?次に、リスク情報(母子の安全性)をどう考えるかについて。

安全性が確保されねばならないことだけは、いずれにせよ、誰にとっても異論の余地のない大前提ですが、
かりそめにも一定の社会的位置づけのもとで行われている医療行為ですから、彼我(日米)における多少の基準の違いがあるとしても、現時点では、明らかに重大な医学的問題は見出されていない、と判断することが穏当なのでしょう。
(そうでなければ、医療及び医療行政自体の信頼性が失われます)
今後、仮に、重要な医学的問題が明らかになることがあるとすれば、その時点で問題に対応する形で一定の制限が課されるということも、ないわけではないでしょう。

なお、周産期のリスクの高さが知られているようですから、実施を検討されている方は、リスク情報に十分注意を払うべきだ(自らの状況の妥当性について検討すべきだ)、ということは全くもって同感ですし、
?と同じ繰り返しになりますが、おっしゃるとおり、提供を受けるというワンポイントだけを渡航して受けているがゆえに、リスク情報についての情報弱者にならないか、という危惧も同感です。

これらについても、国内で実施されるようになれば一つの行政監督下に入るわけですから、それで懸念の概要が解消されると考えれば、法制化で対応可能でしょう。



?そもそも、提供医療をどう考えるか、について。

結局、ここが焦点ですが、私を含め、ここで外野があれこれ言ってきた真の理由は、個人の選択の結果を当該本人が引き受けるのではなく、別人格である子が所与のものとして引き受けることになる、という点ですね。
提供を選択する時点で、子は存在していないので、自らの運命について発言権がないうえに、
民主主義というのは多数決がものを言う社会なので、提供により生を受けた人の意見はマイノリティの宿命として反映されにくい。

このポイントをきょういくテレビさんとの共通の問題基盤としたうえで、次に二つの点に進みます。


a.ではどうすればいいのか(規制)
真の当事者がこうした声をあげているのだから、提供医療はやめる、もしくは一定の条件下にのみ行う、という発想が、まず考えうる道筋です。
今が明治時代か何かで、国境がまさに生活の境界であった時代ならば、単に国内で規制をかければすんだわけですが、何度も言いますが、グローバル社会です。
そして主要国では、程度の濃淡はあるにせよ、おおむね提供医療は実施されている現状がある。
だから、システムの問題だと書いたわけですが、この状況を所与のものとしたうえで、何をなしうるか、ということになります。

きょういくテレビさんがおっしゃっているように、当事者が事前に情報を十分に吟味し、熟慮を重ねる、ということが一つ大切な点としてあげられます。
提供を決断する前に、あらかじめ起こりうるリスクについてよく反芻し吟味するのはリスクマネジメントの手順(備え)として非常に大事なことだと思います。

ただし、そのような熟慮のステップが、提供という選択をとりやめる結果に直接結びつくかどうかは別です。
また、何らかの理由で国際機関による規制にいたる場合を別として、国際社会全体が提供医療をとりやめる方向に進むということは当面ないだろう、というのが私の感想です。


b.ではどうすればいいのか(子の重荷としないために)
そこでそもそも、なぜ提供医療に疑義が向けられるのか、という当初のポイントを考えると、子が自らの出生のあり方に疑義を呈したからだ、という点に戻ります。
だからやめるべきだ、という発想が「aの規制」となるわけですが、本当にそうなのでしょうか。

おそらくこの点が、きょういくテレビさんと、私との違いなのでしょう。

私は、提供という技術そのものに問題があるかどうかは、今のところ分からない、という意見なのです。
つまり、提供という技術自体が「クライシス」をもたらすものなのではなく、今までの「やり方」「運用」がまずかったのであって、用い方自体で「クライシス」はなくなる、もしくはより制御可能で微細なものにできるのでは、と考えているのです。
そのために、様々な制度(含む支援)を整備し、権利の保障をするとともに、提供を受けた家族の関係形成のあり方や、家族や社会の意識が変わることが重要ではないか、と考えているのです。

自己規定というのは、結局のところ、他者との関係性を相対的に内面化したものであると考えるなら、こうした方向性が有効である可能性はまだ十分残されていると思っています。
ただし、意識の変革には時間がかかりますから、ドラスティックに何かを変える、ということは難しいでしょう。


臓器移植の技術が生まれ普及することによって、「死」の定義は変わりました。

生命の領域に踏み込む技術の進展と普及によって、「家族のあり方」の定義も変わろうとしています。
のみならず、命を授かることの定義すら変わっていくかもしれません。

そのことに、私たちが戸惑いを覚えるのは、むしろ当然であり、たちどまって、いろいろと考えていくことがとても大切だと思います。

でも、そこに、必然か、必然ではないのか、正しいのか、正しくないのか、という観点での命題をたてても、真の正解は探しえないでしょう
真の正解はないままに、どこかに向かって進んでいる中で、我々にはどのような態度が求められているのでしょうか。

とても難しいことですが、原理主義的なアプローチ(科学にせよ、倫理にせよ)のみでは、現実のディテールをすくいとっていくことは難しい。
どうすればよりよく機能していくか、という発想も重要です。

現状追認がベスト・チョイスとは思いませんが、しかし、実際には、現状の中で、少数者や弱者に対する目線を失うことなく、
何がよりよいあり方かの最大公約数を探っていく、ということしかないように思いますが、いかがでしょうか。



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まこさん、同感してくださってありがとうございました。
とても心強く思いました。
私だけでなく、多くの方が、まこさんの誠実な対応に心を動かされていることでしょう。
でもあまり無理なさらないでください。

まこさんのスレッドも拝見しています。
バジルさんやフローレンスさんのおっしゃっていたような、まずは匿名での参加が可能な形で当事者の方々によるネットワークを立ち上げる、というような試みは、すばらしいと思いました。
すみません、私はキャパが現在でマックスなので、まこさんのスレッドにはおじゃまできませんが、私の物言いで何かご参考になることがあるなら、批判でも引用でもなんでもなさってくださいね。

新たな家族像をさぐる前に
ツバメ号 -- 2011年03月 5日 02:39:11

  僭越ですが、こちらのスレッドを拝見して私が感じた事を書かせていただきます。

「きょういくテレビ」さんの発言は、「ともかく高齢出産自体にリスクが多い、その中でも卵子提供はさらにリスクが高まる。アイデンティティクライシスもある」と言い続けている。
そもそも体外受精の培養液が、本当に人体に良いのかどうかもわからないし、お説に一理あると思います。
卵子提供がさらに医学的リスクが高いかどうかは、ちょっとデータが怪しいと思います。私は45歳過ぎても自己卵で挑戦し続けることの方が医学的には母子ともハイリスクだと思いますが。きょういくテレビさんは、卵子提供をなんとしても止めたいのだ、ということで、なるほどと思います。
(すでに行われている匿名性精子提供をやめるように、病院などには具体的に働きかけないんですか?)

「くりむと」さんの発言は、あくまでも忠告。「卵子提供にはさまざまなリスクがあるから、口をすっぱくでも忠告する」「アイデンティティクライシスや子供への告知へ細心の注意をせよ」とおしゃっているということで納得が行くのです。ある種、万人への愛情を感じます。

「しゃびろ」さんのご意見は、以前から納得していて私に近いと思います。

しかし、私が一番不思議なのは、申し訳ないけど「マヨネーズ」さんなのです。
ご自身の思索をまとめるために、人・生命・誕生・提供を語っている。

>しかし、提供医療の場合、子ども自身に、この方法で生まれる「意義」というか
>「メリット」(あえてこの言葉を使いますが)はあるのでしょうか…?
>この方法で生を受ける 〈必然〉が、子どもにありますか…? ★
>「提供で生まれること」を「幸せの枠組み」???
>すみません。。。私には全然、わかりません。。。

どうなんでしょう? 結婚早々に男性が出ていってしまうとか、勢いで結婚してしまった男女とか。普通の交わりで産まれた子供の何割が、自分の生の出発点に真から納得が言っているのでしょう?
そして、マヨネーズさんのご両親が養子を認めたことなど、他の人とっては関係がありませんし、なんだか不思議。

たぶん、多くのデータや書物に触れ、リスク耳年増になっているのに、ご自分の無意識は、提供を諦めきっていらっしゃらないんじゃないかなあ。
それなので、他者に、ある種の倫理を声高に言った後に、自分のつぶやきが出てきたりもするのでは? 

私見ですいません。

差し上げます
ツバメ号 -- 2011年03月 4日 14:11:13

  あまりたけだけしいやりとりはしたくないですが、
この質問にはお返事させていただきますね。

私が若ければ、無償で卵子を提供します。
それで、子供を持てずに嘆いている早期閉経のどなたかが救われるなら。

主人も誰かの役に立つなら、精子を提供すると思うし、それを私は止めません。

代理母は仕事を辞めないとならないので無理だと思います。

只、何度も言っているように、養子や里親こそが広まるべきであり、提供生殖医療は一時的な代替え方法としか思っていません。

また、子どもの視点から提供生殖医療はを考えるのはとてもとても重要だとも思っております。

>さらに、私は、卵子提供を認めていこうという方は(仮に自分の年齢が若いとしたら)
>ドナーになってくださるのか?などもお伺いしたいところです。

>皆さん、どうでしょう…
>   あなたは卵くださいますか? タダでいいですか?
>   またあなたのご主人は、精子をくださいますか?
>   あなたは困っている人のために、無償で代理出産してくれますか?

広がる家族像
ツバメ号 -- 2011年03月 4日 00:01:16

  私は卵子提供は未来において禁止されても良いのではないかと思っています。

>文化がすごいスピードでひっくり返るのは、それで幸せになる人間が多い時でしょう。
>数十年後、卵子提供が世界中でどのくらい広まっているか、もしくは、
>クローンのケース同様、技術的に可能であっても禁止する方向に動くか。
>答えは、世界中の皆さんの幸福感が導きだすと思います。

しかしながら、それを補う形で、養子や里親が、制度として文化として根付かなければならないと思っています。そうでなければ、早期閉経のような病を持った人が家族を持てません。施設にあふれている子供達の行き先がありません。

ヨーロッパでは、卵子も精子も提供を禁止し、そのかわりに養子制度を充実させている国もあります。
そのような方向が正しいのではないかと私は感じます。

卵子提供の非のみ語り続けるだけではなく、明日の広い家族像を描いてみてはいかがでしょうか?

>そのような少数派(日本的言い方をすれば、人と違う生き方をしている人)に
>生殖医療の持つ多様な側面、それも個人の力では解決できない問題を叩きつけ、
>溜飲を下げているようにも見えてしまう。
>卵子提供に限らず、シングルマザー、夫婦別姓実践者、性同一性障害者などの
>少数派が家族を持とうとする時は、多かれ少なかれ似たような経験をしているのかもしれない。

一都民さまのこのご意見にとても同感します。
叩きに溜飲を下げていては、ここは2ちゃんねるになりはてるでしょう。

構図
きょういくテレビ -- 2011年03月 3日 23:09:13

  私の書き方も悪いところがあったかと思いコメントさせて頂きます。

>それでも私は、この問題をこの掲示板において、100%の非として批判を展開することだけがあるべき姿とはとても思えません。
>卵子提供は間違えている、と弾劾することは、
>卵子提供という枠組みで出生した命を否定することにつながると感じてしまうからです。
>すでに、提供により生まれた子が現実にいて、そして何百という命が毎年生みだされ、
>今も産声をあげているかもしれないのに、その存在を否定することなど誰にできるでしょう。
>誰もが、この世に生を受けたことは、かならず、必然の意味があるのです。

この部分違うんです。そう感じさせてしまうのは書き方が悪かったかと思いますが
「AIDで生まれた子供たちが問いかけること」のHPで私の思う感情がそのまま書かれていましたので以下引用です。
□■□■□■
AIDという技術の是非を問うことは、この技術で生まれた人を否定することでもないし、この技術を選んで親になった人を否定することでもない。AIDという技術を否定することと、自分の誕生を否定することと、技術を使った親を否定することとは違う。
★「生まれた子に罪はない。すでにAIDという技術で生まれた子どもたちがかわいそうだから、この技術を認めるべきだ」という意見も同じで、AIDという技術そのものと、その技術で生まれた子どもとが同一視されている。
・そうして、子どもの存在を楯にとって、技術を肯定しよう、認めようとしているところがイヤなんです。

□■□■□■
まさにこのまんまです。
確かに「親のした行いを子が背負うかもしれない可能性がある」とは書きました。
でも今当事者の方の行為の否定とはまた違うのです。いわば構図を説明したかったという事です。
だから個人レスではない新しいスレッドを立てた訳なんですね。

生まれた子に罪はない。

最後はこれがネックになります。生まれた子に罪はない。皆がそう思っているがゆえに辛いのです。
日本で認められているシステムなら国内で声としてどこかには届くでしょう。
でも日本で認められないなら海外でと渡航してしまうと止める術はないのです。
ならば検討している段階で情報の一つとして耳に入れて貰うしかないと思いませんか?
こんな負の部分を聞いていると自分たちが非難されていると思うから言ってはいけないとなるとお手上げです。
マヨネーズさんの言われた必然ってありますか?これにしても
今現在生まれているお子さんの必然を問うものでは到底ない事はわかります。
構図として必然があるのか?ないのか?という話ですよね。
○○さんのお子さんの△△さんの必然話ではないのです。私にはそう受け取れるのですが…違うでしょうか?
ckさんや養女さんのお話でもどう解決して良いのかすらわからない
この状態の方がいるのは事実なんです。
当事者の方に当事者として意見を問う形にしたのが間違いでしたね。

そしてまこさんの
>1.提供医療には、こんなに問題点がある。
>2.子供の将来を考えたら、すべきでない選択である。
>3.よって、提供医療を選択した親は、親の都合、欲望に従ったもので、子供に真の愛情を持っているとはいえない。

3つ目は判断する人の気持ちですね。
2ちゃんねるを見たが故の流れは不要だと思います。

中国や韓国と、日本の家制度は違います
ツバメ号 -- 2011年03月 3日 19:32:47

  らぼらとりさまのお話に、少し説明を加えさせていただくと、儒教の伝統では、婿養子や、身近な親族からの養子は「乱婚」と呼ばれ、行ってはいけない制度になっています。中国、韓国では行われていません。

一般的な養子も、中国、韓国ではあまり行われません。
どうしてもという時に、宗族の(親戚ではありません)男子を養子に迎えます。

ですから、嫁が子を産まなければならない、そして男子を産まなければならないプレッシャーも日本より高く、結果的に、男女の人口の不均一が起きています。
沢山の嬰児や新生児の死や、子が産めない故の離婚を背景として。
インドのヒンズーも同じような形です。

神の前の誓いを「人の結びつきの核」とし、結婚も、養子も行ってきたキリスト教社会と、東洋の諸国の事情は大きく違います。

その東洋の中では、日本は比較的融通性のある家族制度を持った国です。

日本の方が、中国や韓国よりも、5世紀から現在に至るまでの歴史を通して「家制度」が緩やかであり、養子も多く行われてきていて、女性の立場も高いのです。鎌倉時代の日本では、シングルの女性が養子を迎え、財産を相続させることもできました。

血縁、姓
らぼらとりー -- 2011年03月 3日 11:28:34

  血縁、つまり自分たちの体から産まれたことを重視する文化圏には問題があるとの意見があるようです。

しかし、中国や韓国、日本で重視されてきたのは、姓を受け継ぐことだったように思います。これらの国では、他家の三男四男を養子に迎える、とか、娘の結婚に際し婿養子を迎える、という風に姓を受け継ぐ人間を迎えるべく動いてきた歴史があります。

もし血縁だけを重視しているなら、夫婦別姓も早くに議会を通過していると思います。血がつながってるからいいじゃない、と。中国や韓国では日本とは事情が異なり夫婦別姓ですが、子供には父親の姓を継がせたい気持ちが強い文化を持っていた点では日本と同じです。女性は結婚でよその家に嫁ぐ。だから、手元に残った上で姓を受け継ぐ男子が必要という訳です。中国では男女の出生比率が異様に偏っているのは報道されている通りです。

今、話題にもなっている野田さんも、ご自身のブログで「野田家の跡取り娘として、子供を産む必要があった」と仰っています。

おや?冒頭で述べた、
血縁、つまり自分たちの体から産まれたことを重視する、
この伝統的な理由から、卵子をエージェントを通して手に入れ、移植しての出産に至ったことになりますね。

つまり、自分たちの遺伝子を持つか、自分たちの体から産まれたかを重視する文化のために、卵子提供が利用されることもあるわけです。

文化がすごいスピードでひっくり返るのは、それで幸せになる人間が多い時でしょう。数十年後、卵子提供が世界中でどのくらい広まっているか、もしくは、クローンのケース同様、技術的に可能であっても禁止する方向に動くか。答えは、世界中の皆さんの幸福感が導きだすと思います。

再び、子供の立場から
まこ -- 2011年03月 3日 07:51:34

  しゃびろさま…
ご意見に、全面的に賛同します。
私の言いたいことは、まさに同じことなのですが、うまく文章にできなくて…
批判の矛先を間違えてはいけませんよね、同感です。


マヨネーズさま…
>―――しかしーーー私、精子提供で生まれた人が差別されている、偏見にさらされている、というのはあまり聞いたことがないです。現実に皆さん、友人がAIDで生まれていると知って、差別しますか?しないと思います。卵提供で生まれた〈子ども〉が偏見・差別にさらされると心配なさる方の根拠が、少々わからないのですが。

あからさまな差別だけが、当人を苦しめる訳ではないのです。
私が2チャンネルだけでなく、抑制された表現ではあっても、こちらのスレッドでよく目にする論調で、非常に気になるものがあります。
それは、マヨネーズさまもおっしゃっている、

>親にとってのポジティブ面は確かにあります。子どもを迎えることーーこれ以上にポジティブで喜ばしい面はないでしょう。
他方、〈この方法による出生〉 の子ども自身にとってのポジティブ面、喜ばしい面を考えたとき…残念ですが、私には、思いつくことができませんでした。

という論調です。
すなわち、(ごく単純化すれば、です。マヨネーズさまの意図と違っていたらすみません)

1.提供医療には、こんなに問題点がある。
2.子供の将来を考えたら、すべきでない選択である。
3.よって、提供医療を選択した親は、親の都合、欲望に従ったもので、子供に真の愛情を持っているとはいえない。

野田聖子議員への、2チャンネルでの批判は、もっとあからさまなものでした。
「子供がかわいそう。親の妄執の犠牲になった」という論調が多数を占めています。
一見、子供の立場に立っているかのように見える意見ですが、皆さん、よく考えてください。
子供の立場に立って、想像してみてください。
自分の母親の選んだ行為が、社会でこのように受け止められているとしたら?

子供の自我形成の基盤となるべき母親の行為が、「妄執」「子供のことを考えていない」という評価を受けるとしたら、子供は幸せな自我を築いていけるでしょうか。
自我というのは、個人で完結できるものではありません。周囲の、もっと言えば社会の承認を必要とします。
社会の側からの規定が、本人のアイデンティティに大きく影響するのです。
幸せに育った子供が、こちらのスレッドで、上記のような意見を読んだら、どのように感じるでしょうか。

実際、非配偶者間によるIUI,IVFで生まれたお子さんの意識は、ポジティブなもの、ネガティブなもの、さまざまな反応が存在するようです。(アメリカ在住の当事者の方からの情報です)
ですから、

>精子・卵子の結合のみに思える…ような方法でぜひ生まれたいと願う子、人工的で良かったと喜ぶ子はたぶん…いないでしょう。

>これはすでに子の生に刻み込まれてしまった印、痛みでもあり、そこから生じる違和感を果たして子ども自身が「積極的に」「ポジティブ」あるいは〈肯定〉できるのか、私はかなり疑問だと感じているのです。

というふうに決めつけるのは、どうかと思います。
「この方法でぜひ生まれたかった」とは思わないでしょうし、この方法で生まれたこと自体を喜ぶことはできないかもしれませんが、自分の母親が、自分を生み出すために考え抜き、選んだ方法だと、受け入れることはできると思います。
もしその子が、生きていることが幸せで、希望に満ちた毎日を送っているなら、「この方法でなければ、私は生まれることができなかった。だから、この方法を選んででも、生んでくれて良かった」と思うかもしれないのです。
その可能性を否定することは、突き詰めてゆけば、「提供医療で生まれた命を否定すること」につながると思います。

「提供医療には、こんな危険や問題がある。これからお考えの方、どうか慎重になって!」と訴えられるのは、いいと思います。
でも、「提供医療を選ぶ」ことそのものを批判するのは、価値観の押しつけであり、当事者(親も、生まれた子供も)を苦しめる結果になると考えます。


>あなたも、私も、提供というシステムを生みだしている社会に現実に属している、という自己認識をもつことが何より重要です。
そしてその社会に、子どもは生まれてくるのです。
他人事として批判することは容易だけれど、提供を受けた/受ける当事者(の行為)を批判し弾劾することで、既に生まれた子どもや、これから生まれてくるであろう子どもたちに何がもたらされるのでしょうか。

という、しゃびろさまのご意見に、深く深く共感いたします。

インドや中国の「女児堕胎」「着床前診断」
ツバメ号 -- 2011年03月 3日 05:50:18

  続投スイマセン。憤りで眠れません。
今、インドや中国は「女児との判定が行われると堕胎がされる」「闇で着床の男女選別が行われる」という状態で、人口の男女比すら隔たりが出ています。

これが「血縁重視」「男児重視」国ので日々起きている人権侵害ですよ!

卵子提供を全面擁護する気などありませんが、血縁への偏重国より、卵子提供を実施している欧米は人権意識は高いように思います。

「ルーツが判っても、卵子提供をされる子に何のメリットも感じない」とまで書かれた方は、殺され行く嬰児たちのいる「血縁重視」国が人権先進国とお思いなのですか!?

子供と人権への国際規模の視野を持って欲しいと私は説に願います。

2ちゃんで暴れている女性の方達も、アイデンティティクライシスへの心配も大切ですが、インド国籍ゆえに、女子としてに胎内で闇に葬られなかった事を感謝してはいかがでしょうか?

明日の家族像を探っていくために
ツバメ号 -- 2011年03月 3日 05:12:14

  未だ、児童養護施設の子供達の孤独と不安は続いています。

日本は「血縁の呪縛」から一歩進んだ家族像を探っていかなければならないでしょう。
肌の色の違いすら受け入れていく、「欧米での神の前の誓いに」よる親子関係に比べ、日本の血縁への偏重は、被虐待児の増加、身寄りのない子のよるべなさ、長男嫁へのプレッシャーなど、様々な問題を抱えています。

日本の家族像は変革を強いられています。
今、卵子提供は過渡期的なものであり、「家族像へ水面下での黒船襲来と」私は感じています。

卵子提供を全面肯定する気持ちなどありません。あくまでも、養子や里親が盛んになるための過渡期と私は感じます。また同時にAIDの現状への問題提起もおこなうべきでしょう。

しかし、仮想敵のように「卵子提供」を問題しつづける論議のあり方は、いささか明日への展望を欠いています。現状の血縁の呪縛から広がる新しい家族像への模索を進めるべきでしょう。

ましては、野田聖子叩きの2チャンネルのヒーローなどに成り下がってしまっては、マヨネーズ様他の英知が泣いて大変に恥ずかしいです。どうぞ冷静に一考くださいませ。大変失礼ですが、この問題については新スレを立たせていただきました。

外せない要因の一つ
きょういくテレビ -- 2011年03月 2日 23:19:19

  マヨネーズさんへ
健康に生まれてくるのが最優先だと思ってました。
まずは「一人の人間として苦しみなく生まれる」それが大前提だと思っています。
程度の差は大きな差となるのですが軽度か重度かによって事態は恐ろしく変わります。
以前くりむとさんにも障害の件は取り下げた方が良いとご指摘を頂いてました。
それでも健康に生まれる権利があると思うから取り下げられませんでした。
逆にいえば健康に生まれるのさえ保障されているなら議論の立場も変わるかもしれません。
それほどやはり大きなウエイトを占めている事柄でした。
(くりむとさん今頃ですみません)
たしかに適齢期の自然妊娠に比べて確率が高くなるという事があっても
それを全て裏付けるまでの根拠がない状態で議論するのはやはりいけませんね。
読むのに苦しい思いをさせる・・・・それは本意ではないので障害については取り下げることとします。

ただ障害というのは親が受け入れれば良いという問題でもないと個人的には思っています。
受け入れられるキャパのある人を否定する訳では勿論ありません。
受け入れたことで家族に大きな負担がかかったり…家族が離散しまったり…
障害の程度によっては2時間起きに様子を見ないと生命に危険があって睡眠もままならない状態となったり…
少しでも発生が減る方法があるなら是非選択して欲しいと思うのです。
自立して生きていけるような障害の程度であるならば療育と言う分野も生きるでしょうが。

本音のところは子育てで追いつめられるような人が減って欲しい、
本当は素晴らしい経験や育自(自分育て)の連続なんだと…
出来るだけ多くの人に味わって貰いたいという思いがあるのです。
だから色んなデータが出始めている、そういった負の可能性もあるところにも目を向けて欲しいのです。
「リスクは承知の上」この言葉が向こう何年くらいを想定しての承知なのかな?とよく思うのです。
私の場合は仮に少なくとも後30年程は想定しなくてはいけません。

精子ください
マヨネーズ -- 2011年03月 2日 21:28:06

  また2つに分けますね

くりむとさん&きょういくテレビさん

くりむとさんには、専門的な見地からのコメントありがとうございました。
おっしゃるように「人種による違い」の考察も重要ですね…。一部の病気は人種によるリスクの違い、薬剤の反応にも人種の違い、いわゆるオーダーメイド医療では遺伝子タイプの違いによる薬剤選択が臨床応用されているわけですし。大規模で精緻な日本人女性の卵提供周産期データ、児のデータが必要でしょう。(素人考えですが、アジア系vsヨーロッパ系などの場合、親族間vs第三者の場合などで、卵子・子宮の親和性?に違いがあるのだろうか、なども)

同時に、思うのは、卵提供はいまだこれらのデータがほとんど出ていない(医学的安全性が確認されたわけではない)技術だということ、そして提供卵妊娠を選択した女性や、産まれた子供たちはデータ収集の対象/サンプルであるということです。提供を選択なさる方は、ご自身がそうしたまったく未知の世界に挑んでいるということ、残酷な言い方ですが、医学的試行・社会的試行段階の技術に、その身だけでなく赤ちゃんもさらしていることを、十分知らされたうえで選択〈インフォームド・チョイス〉することが必要でしょう。これはARTそのものにも言えることだと思います。
(しかし海外渡航の方は、データ収集に積極的に協力してくださるのでしょうか…? 提供卵妊娠であることを医療機関に告げないなら、医学的検証は何年たっても実現不可能ですし…)

さて、きょういくテレビさん、上記のような医学的リスクを考えるのは重要と思うのですが、これはこのトピではーーというか専門家を交えないと少々難しいのでは?とも感じています。たぶん必要なのは「FACTシート」(とりあえず現時点でわかっている医学的事実の提示/因果関係不明のものは、そのように提示)でしょうし、これについてはbabycomさんの新プロジェクトに期待を寄せているのですが…。

また、1つ目の投稿で長々と書いていながら何なのですが、子どもの視点からこの技術を考えるのはとてもとても重要で(というか私はこの視点でないとこの方法の本質の問題は見えて来ないと思っていますが)欠かせないのですが、確かに読むのがつらい方もいらっしゃると思います。


たとえば、卵子や精子は有償か無償か?という話もありですよね。
また、前トピでは(このまま卵提供が社会的に進んでいくと)「夫が強く子を望むために心ならずも卵子提供を受ける妻が出てくるのでは」とか、身内から卵子提供や代理出産を暗に強要されるのではという懸念も指摘されています。

さらに、私は、卵子提供を認めていこうという方は(仮に自分の年齢が若いとしたら)ドナーになってくださるのか?などもお伺いしたいところです。

皆さん、どうでしょう…
   あなたは卵くださいますか? タダでいいですか?
   またあなたのご主人は、精子をくださいますか?
   あなたは困っている人のために、無償で代理出産してくれますか?


上記のような視点で見れば、この問題に「利害の無い他人」などいません。
皆が関係者予備軍でしょう。

なお残る感情
マヨネーズ -- 2011年03月 2日 21:08:04

  >どなたか卵子提供では生まれる意義がないとおっしゃっていましたが、
>神様でもないのにそんなこというなんてどれだけ傲慢なんだろうと思いました。

中間派さんのご指摘はおそらく私の投稿と思うので、書いておきたく思います。私は「卵子提供では生まれる異議がない」などと書いていませんし、思ってもいません。(確かに前の投稿の「 」の位置がそのように誤読されてもしかたないかもしれないので、ご不快になられたことはお詫びします)

私は、子ども・いのちは〈つくるもの〉ではなくやはり〈授かりもの〉と感じています。出自がどうであれ(それこそまこさんが書くように「本質的な意味で」)生まれてきた命は尊く、社会から「ウエルカム!」と迎えられ、育まれてほしい。提供医療によって誕生したご家族(ご夫婦、お子さん)を支えていくのも重要と考えていますし、私にできることがあるなら、力は惜しみません(愚痴を聞くくらいであっても)。
―――しかしーーー私、精子提供で生まれた人が差別されている、偏見にさらされている、というのはあまり聞いたことがないです。現実に皆さん、友人がAIDで生まれていると知って、差別しますか?しないと思います。卵提供で生まれた〈子ども〉が偏見・差別にさらされると心配なさる方の根拠が、少々わからないのですが。
もちろん、現状ではー海外渡航の場合は特にー〈親〉が道徳的批判のまなざしで見られることはあるでしょう。しかしそれでも周囲の方は(私も含めて)親のしたことや出自でその子を特別な目で見ないように、分け隔てしないように、努力なさると思います。かの代理出産のタレントさんのお子さんの場合もそうではないでしょうか。生まれてきたいのち/子どもに対するまなざしとしては、これが大人の配慮、分別というものだと思います。
(無償提供が原則の法が整備されれば、少なくとも「売買」的な批判は解消すると思いますが、この方法に対する倫理的・道徳的な批判はやはり存在し続けると思います。かの米国でも、提供医療に批判的な人が存在するように)

先の私の投稿には、まず「提供のネガティブ面ばかりを挙げられては、読んでいる方にも確かにつらいだろう」という思いがありました。そこでむしろ「ポジティブ面」を考えてみてはどうか…と自分でトライしてみたのです。
親にとってのポジティブ面は確かにあります。子どもを迎えることーーこれ以上にポジティブで喜ばしい面はないでしょう。
他方、〈この方法による出生〉 の子ども自身にとってのポジティブ面、喜ばしい面を考えたとき…残念ですが、私には、思いつくことができませんでした。

そして、皆さんの投稿で、次のような気持ち(思索?)の整理が少しできつつあります。

まず、子どもも、自分の〈人生〉や〈生〉については、まこさんがお書きになるような「ポジティブな意味付け」をするのは不可能ではないと思います。何をポジティブというかによっても違うとは思いますが、私にとっては「今ここに生きている自分を大事にし、1日1日を大切にしながら生きていくこと」です。実際、AIDや養子であるという方の過去の投稿も、現在の生活に幸せを感じている方、精一杯自分の人生を過ごしている方が多かったと思います。これは望まれたか望まれなかったかという話や出生方法がどうという話とは必ずしも相関関係になく、人が本来もっている力、成人以後は自ら(他者との関わりも含めて)培っていく感性、思いではないでしょうか。私の考える「幸せの枠組み」というのはこうしたことであり、それは、まこさんがおっしゃるように、提供で生まれた子だけではなく、すべての人にとって大事なものでしょう。〈わたし〉が〈わたし〉であることを肯定できる、喜べるというイメージです。積極的とかポジティブというより、あるがままの自分の生を受けとめつつ生きるという感じです。

しかし、そうやって、それぞれが大事にしたいはずの〈わたし〉の人生・生の、〈始まり〉部分に、人工的とも思える恣意的介入がなされている/見知らぬ第三者が関わっている…。
提供で生まれた人の苦悩=アイデンティティクライシスは一般に「出自の半分が空白」(が親によって作り出された、秘密にされていた)が言われますが、それだけでなく、私はこうした「恣意的介入」すなわち〈技術〉そのものへの違和感、嫌悪感、ときには怒りーーもあるように感じています(くりむとさんが書かれている某サイトの投稿もそうした素朴な違和感が表現されていますね…)。これはすでに子の生に刻み込まれてしまった印、痛みでもあり、そこから生じる違和感を果たして子ども自身が「積極的に」「ポジティブ」あるいは〈肯定〉できるのか、私はかなり疑問だと感じているのです。

あるサイトには、AIDで生まれた人の次のような言葉がありました。
「生まれなければよかったとまでは思わないが、
 AIDという方法で生まれたことには、どうしても感謝できない」

そうだろうなと思います。精子・卵子の結合のみに思える…ような方法でぜひ生まれたいと願う子、人工的で良かったと喜ぶ子はたぶん…いないでしょう。そしてこうした〈方法に対する違和感・拒否感〉は、望まれて生まれてきたのだということを理解してもなお残る感情ではと思います。同時にこれは非常に人間味あふれる、人間ならではの感情と思います。

竹さんの投稿は、そこを端的に突かれていますね。「人間は、そんなふうに生まれてくるものか」という問いは、非常に重かったです(ああ、子どもにはそう言われてしまうよな…と、もしかしたら精子提供を選んでいたかもしれない私は、正直、打ちのめされました)

こうした〈技術〉そのものへの違和感や抵抗感は道徳観や生命観だけでなく、多分に生理的なものも含まれていると思うので、出自を知ることが出来れば解決するわけでもなく、また周囲や社会が何らかの枠組みを提示することでも、制度整備による社会的認知でも、解決しにくいのではと考えます。

じゃあどうすればよいのか…と言われると、私にも明確な答えはないのですが、とりあえず一つ思うのは、心理分野でよく言われるグリーフワークかなと。ただしこれは子どもが先にするものではなく、まず提供を選択するか否かに迷っている段階で、親自身の「不妊」グリーフワークが必要だろうと思います。そうでないと、結局提供でお子さんを授かった後も気持ちの整理がつかないまま、子育てに突入してしまうのではないでしょうか。

もう一つは、これを家族内で解決しようとせず、周囲に開かれた状態―――サポートに遠慮なく頼れる状態――にしておくことかな、と思います。変な話かもしれませんが、たとえば私の親しい友人がこの困難に突き当たって心身ともにへたっていれば…私は、できることはします。そういう意味でも、どうか心を閉ざさずにいて…と思っているのですが…。

社会に迎え入れるために
しゃぴろ -- 2011年03月 2日 19:39:40

  Kamoさんにご返信した時点で、精神的に激しく疲弊してしまい、しばらく訪れていませんでした。
まこさん(お気づかいありがとうございました)をはじめ、いくつかご指名・ご指摘をいただいていたようで、そのままになっておりすみません。

ここで問題点としてあげられていることは、大なり小なり、現時点で危機感を感じている方の内容があらわされているのでしょう。
批判は社会のためにとても大事な作業であり、問題点はしっかり発言されるべきだと思います。
批判も含めすべてご自分の認識と信念にたってご発言されるべきであることに、異論はありません。

また、実際に踏み切ろうとされる方は、そうした批判にこそ目を通し、熟慮を重ねるべきでしょう。
その点、言を俟たないことは、まさしく、言うまでもありません。


それでも私は、この問題をこの掲示板において、100%の非として批判を展開することだけがあるべき姿とはとても思えません。

卵子提供は間違えている、と弾劾することは、卵子提供という枠組みで出生した命を否定することにつながると感じてしまうからです。
すでに、提供により生まれた子が現実にいて、そして何百という命が毎年生みだされ、今も産声をあげているかもしれないのに、その存在を否定することなど誰にできるでしょう。
誰もが、この世に生を受けたことは、かならず、必然の意味があるのです。

その重みを、どのようにすれば考えていけるのでしょうか。
どのようにして、社会で迎え入れていくべきなのでしょうか。
それこそが、市井にある我々が今、考えていくべきことでしょう。


卵子提供という手段を批判することは、一見、たやすいことです。
批判的に問題点をあげようと思えば、いくらでもできそうです。

しかし、卵子提供が批判されるべき手段であるならば、本当に批判すべき対象は誰ですか。

提供によって生まれた子でもなく、提供をしているドナーの方でもない、そして、子を欲して提供を受けた方でもないでしょう。
なぜならすでに、提供というシステムが利用可能なものとして存在しているからです。
システムが存在しているから、提供を受ける人がいるのです。
私やあなたがどう思おうと、提供というシステムは厳然として存在しているのです。

批判をするなら、提供というシステムを生みだした社会そのものが批判されるべきなのです。
一方で(西欧的)伝統的家族のあり方(一夫一婦のもとに子ども)にクエスチョンをもたらしておきながら、そのフォローをすることもなく、提供という行為を生みだし続けているシステムそのものが批判されるべきでしょう。

どちらが卵か鶏かという(売春などにある)議論は、この場合、私はあてはまらないと思います。
売春の経営はアンダーグラウンドですが、提供医療の実施者は一定の社会的地位にあるからです。
一定の社会的位置づけのもとに施術行為が供されているのであるから、社会的に一定の許容がみなされている、と認識するのはある意味当然のことです。
卵子提供が(たまたま)日本で実施されていないからといっても、世界の主要国で行われているならたいして違いはありません。

提供医療というシステムが有り続ける限り、提供による出生は続くのです。

問題点を指摘することは大切なことですが、私たちは、かやのそとの他者ではないのです。
あなたも、私も、提供というシステムを生みだしている社会に現実に属している、という自己認識をもつことが何より重要です。
そしてその社会に、子どもは生まれてくるのです。
他人事として批判することは容易だけれど、提供を受けた/受ける当事者(の行為)を批判し弾劾することで、既に生まれた子どもや、これから生まれてくるであろう子どもたちに何がもたらされるのでしょうか。

養子の話が引き合いに出されますが、親権を放棄した生みの親を批判したとて、たいした問題解決にもならないことはご同意いただけるでしょうか。
残念なことですが、養育を放棄せざるをえなくなる人は、一定の割合で出てくるのです。
養育を放棄するな!と叫ぶことも大切ですが、より重要なことは、養育を放棄せざるをえない原因が社会的な対応で解決できるのであれば解決していく、そして生まれてきた子どもがいかに幸せに社会の中で生きていけるかを考えていく、ということでしょう。
提供についても、提供という行為自体の是非はそれぞれの倫理観としてあるとしても、現実として何ができるか、を考えていくべきでしょう。

今のグローバル社会で、米国のような強大な発言力のある国で一定の社会的位置づけのもとに行われていることを、日本で差しとめることは現実的に不可能です。
それとも可能な方法があるのでしょうか。
あるのであれば、その方策をお話になるべきでしょう。
現実にたったうえで、何をどう考えていくか、その視点を忘れてはいけないと思います。

少なくとも、この掲示板において、現実に提供を受けている当事者の方が入ってこれないような議論の仕方は、将来性を欠くし、意味がないと思います。
マイノリティである人たちを追いつめ、追いやったところで、何の解決にもなりません。

現実にすでに選択をし、引き返すことのない途にある人たちに語るべき言葉とは何でしょうか。
現実に提供というシステムが存在する中で、一定数のひとたちが利用しようとしている現状において、この掲示板において言うべきこととは何でしょうか。
誰に向けて何を言うべきなのか、非常に難しいことですが、この問題はとりわけその意識が大切だと思います。

(提供医療が「今後」どうなるか、については、結局のところ、先進医療の問題になっていくと思われ、そして先進医療の問題となっていくことが、ここでの批判を解決するものになるとも到底思えませんが、それを今ここで言ってもはじまらないでしょう。)

なお、法制化が「正しい」か否かは分かりません。
しかしながら、現実に出生が展開されていることをかんがみれば、結論を先延ばしにすることが「正しい」とも思えません。たとえ暫定的であれ、何らかの見解と対応はとられるべきでしょう。
少なくとも当事者の立場にたてば、法制化は大切なことだということです。

子供の立場から
まこ -- 2011年03月 2日 13:05:59

  私は、このスレッドや、生殖医療に関する本を読んで、なんだかじっとしていられない気持ちになったと、前の投稿で書きました。
でも、今になってよくよく考えてみると、こちらのスレッドがきっかけで、今まで知らなかった「2チャンネル」の投稿を読んだことが、直接のきっかけだったように思います。
そこには、提供医療を選ぶ方々を糾弾する、気分の悪くなるような表現が並んでいました。
それを読んだ時、自分の中の「子供の頃の自分」が、声をあげ始めたようなのです。

私は提供医療で生まれたわけでもなく、養子でもありません。
でも、親との関係で、一度は自分自身を消し去りたいほどのアイデンティティクライシスに陥りました。
結果、「離人症」という神経症にかかりました。
経験した方はおわかりでしょうが、自分と外界との間に何か膜のようなものがあり、物に触っても触っている感じがしない、自分の意識が、自分の体の20センチほど上空に浮かんでいるような気がする、など、とても気持ちの悪い症状が出ます。
カウンセリングや医療機関にもかかり、自分でも心理学関係の本を読みあさって、病気を克服しましたが、そのためには、一度、「つらすぎて、なかったことにしていた事実」を認識し、今まで親の愛情だと信じていたものが、実は親の自己欺瞞に過ぎなかったことを認めなければなりませんでした。
その作業が完了した時、症状は嘘のように消え、現実感が戻ってきました。
そして、そこではじめて、親を許し、自分の生に納得し、自分の未来を考える力が湧いてきました。
この体験から言えることですが、人間が大人になり、自分の人生を充実して生きるためには、「自分が生まれて、ここに存在する」ことに対する、自分自身が選んだ、ポジティブな意味づけが必要だと思うのです。これは、どんな生まれ方をした方にも共通する、根源的な真理だと思われます。

また、私は小学生の頃、(これも親が原因といえば原因なのですが)あることでぬれぎぬを着せられ、地域社会の中で孤立した経験があります。
あのときの、周囲の大人や友人たちの冷たい目、私が通りかかると凍り付く空気、後ろ指を指され、「あの子ならやりかねない」と疑いの目で見られた経験が、2チャンネルの一連の投稿を読んでいて、なぜかまざまざと蘇ってきたのです。

多分私は、未来の社会で、アイデンティティクライシスに陥って立ちすくむ、提供医療で生まれた方々に、自分の経験を重ね合わせてしまっているのだと思います。
2チャンネルで幅をきかせているような感覚が、世の中の多数を占めたらどうだろう?(そんなことはないとわかっていますが、あえて想定してみます)
「神の領域を侵した」と考える方々は、自分の身近にいるその子が、提供医療で生まれたとわかったとき、どんな対応をするのだろう。
そして、提供医療で子供を授かる選択をした母親を、どう見るのだろう。
倫理に反した者、犯罪を犯した者のように見るのではないだろうか?

極端なたとえを出しましたので、不快に感じられたらごめんなさい。
でも、これに近い感覚を、2チャンネルでの提供医療への批判の中に感じました。

子供のアイデンティティは、親との関係を礎にして、思春期には社会へと広がって行きます。
そして、最終的には、親との関係を清算(卒業?)し、社会の中に自分の居場所を作って行きます。
そのときに、社会の中に、提供医療で生まれることに関するコンセンサスがなかったら、本人は自分の生を肯定的に受け止められるでしょうか。

卵子提供で生まれて、両親と幸福な関係を築いて成長するお子さんも多いと思います。
その子供が社会に目を向けた時、社会の意識がどうなっているかで、その子のアイデンティティクライシスの深刻さは変わって来ると思います。
色々な問題はありますが、やはり、私は、提供医療で生まれた子供を支えるのは、
「私は、望まれて生まれたんだ」と、子供自身が実感して育つことにつきると、思います。
誤解されませんよう、お願いします。「子供自身が実感」することです。

そして、社会の中に、
「提供医療という選択肢があり、その技術によって生まれた人がいる」という認識、
「色々な問題はあっても、本質的な意味でその人たちは、自分と変わらない『生命』である」という認識が、不可欠であると思います。

ちなみに、「卵子提供で生まれた場合、「母親」は誰なのか?」という疑問については、私は「子供を望み、提供を依頼した人である」と考えます。
人間の自我は、「他者との関係性」で出来ていますから、生物学的なつながりよりも、精神的なつながりを重視するべきでしょう。
人間にとって、かくも「母親」が大切なのは、「自我」を最初に規定するのが「自分は、他ならぬこの母親の子である」という意識であるためでしょう。
卵子提供や代理出産でアイデンティティクライシスが特に心配されるのは、この前提が崩れるためと思われます。
ですから、まず、「誰が母親か」ということをはっきり規定し、子供に示してやることが大切なように思います。
そのうえで、「自分を生み出すために何が行われ、誰が関わったのか」という情報をきちんと与えることが望ましいと思います。(もちろん、各家庭の判断に任されるべきですが)
そのうえで、本人がどういった解釈、意味づけを行うのか、見守り、共感できる社会であってほしいです。
もちろん、マイナスの解釈に対する共感も大切です。
そのためには、やはり、法整備と、情報提供によって、社会に認知を促す必要があると思います。

当事者でもなく、養子という立場でもありませんが、深刻なアイデンティティクライシスを経験した者として、何かの参考になればと思い、私事ですが書かせていただきました。

嫉妬心?
きょういくテレビ -- 2011年03月 2日 00:18:17

  嫉妬心?

問題提起されている方の一部で結果的にお子さんを諦めた方に失礼だと思います。
たかだか嫉妬心なんて小さな次元の話ではないと思います。
また「子供が居る人にはわからない」というのもおかしいです。子供を生み・育てる事に関しては
経験者の意見や話をもっと【謙虚】に耳を傾けて聞いて欲しいです。
子供を2〜3人育て上げた人の話を聞くのも有効だと思います。
ここで大事なのは「子供が居ないから嫉妬心からでは?」とか「子供が居る人には不妊の気持ちはわからない」とか…
自分に共感しない人を何らかの負の要素がある人物と理由付け排除しシャットアウトする事に問題があると思います。
意見を聞きたい、こちらが思う問題点を挙げた事について経験者の方はこう解決したとか
○○でこういう情報を得たとか今後○○したいという観点のお話をしたい
そういう風に書かれていると思いますが、歪んだ嫉妬心で貶めるような書き方はしないで頂きたいと思います。
>デメリットをこれでもかというくらい言い
そう感じるのであればメリットとする部分をこれでもかという位教えて欲しいです。
このスレッドは両方の側面を最初から教えて欲しいと書いていると思いますが、どうでしょうか?

経験者の方のKamoさんのお話も敬意をはらった上でやり取りしていると思いますし
今後検討される方へのメッセージも凄く有意義でした。
ご指摘の通りで発端はKamoさんの察する部分からの事です。

世の不妊治療経験者で家庭の事情または金銭問題で
卵子提供を受ける方法を選べなかった人々が中心になって声をあげている訳ではないと思います。
それこそVOICEにいる他の治療方法で治療している方に対して失礼極まりないと思います。
書かれていてそこは気が付かないのでしょうか?
嫉妬心すら見いだせないような者には、正義の味方かなにかのつもりですか?と。

…どんだけですか【苦笑】

「親の行いの責任を子が背負う可能性がある」から危惧されている
暴言かもしれませんが…誰も親のした行いが親自身に降りかかるだけなら
あなたがいいのならそれでいいんじゃない?

私もそのスタンスで良いと思います。
ただ…大阪の『かのクリニック』のHPに「体外受精の胎児に対するリスク」が記載されていますが
【報告は商業主義のため意図的に過小評価されている可能性が高い】
こんな見方もまたあるので問題点を探そうとしても、そもそも情報収集が難しい現状ではないか?と素人考えでは思います。
それが海を越えた海外での話となると、一体どの程度まで情報収集できるのかな?と思います。
出された情報を信じるしかありませんというのは非常に怖いです。
皆さんこのスレッドに書かれないだけでしっかり勉強し考えて意見を持ち行動されているというなら
「卵子提供・代理出産を考えるプロジェクト」
今、卵子提供・代理出産を考える
babycomさんのアンケートでも良いので「経験」を出して欲しいなと思います。

以下私の気になるところ抜粋・引用させて頂きますが
■□■□■□■□■□
2008年に出された学術会議での「生殖補助技術に関する審議会」の最終報告書でも
卵子の遺伝子と母体の遺伝子が違う卵子提供・代理懐胎の場合には
遺伝情報の変化(エピジェネティック変異)が強く表れる可能性を危険視している。

この審議会のメンバーだった小児科医はシンポジウムで
はっきりと「NICUにはいってくる子にはART治療(生殖補助医療)による妊娠の子が非常に多い。
代理出産(卵子提供)のリスクは子供が負うことになる。
親のエゴのツケを子供に払わせるような行為はしてはならない。」と言ってる。

◎遺伝情報の変化(エピジェネティック変異)
「近年、動物実験を含めた基礎研究において、
妊娠中の母体から子への物質の移行にともない、
移行物質の直接作用及びDNA配列の変化を伴わない遺伝情報の変化
(エピジェネティック変異)により出生後の子の健康状態に影響が及ぶことが示唆されている。
特にエピジェネティック変異による影響は、思春期以降に発言する生活習慣病など
晩発的なものも少なくないことが指摘されており、長期にわたる観察が必要な場合が多い。」

参考資料HP
「代理懐胎を中心とるす生殖補助医療の課題-社会的合意に向けて-」
日本学術会議 生殖補助医療の在り方検討委員会 平成20年4月8日 最終報告書より(70ページ中の19ページ)

近年の不妊治療の飛躍的な進歩により、日本の出生児の55人に1人が体外受精児となっています。
そのような状況下で、エピジェネティクスが原因で発生する疾病が
不妊治療による出生児に多く見られることが報告されています。
エピジェネティクスとは染色体や遺伝子に異常はないのに、遺伝子の働き方や現れ方に変化が起こること、
つまりDNA配列は正常なのに、遺伝子が正常に機能しない現象を言います。
(中略)
マウスの受精卵を使い、体外培養の環境をさまざまに変えてエピジェネティクスがどのように変化するかを調べました。.
その結果、不妊治療による出産と自然妊娠による出産ではやはり一部で明らかな違いがありましたが、
自然妊娠による出生児のなかにもエピジェネティクス的な変化が現れるケースも見られました。
今後は胎盤だけでなく、受精卵を培養した培養液や卵子と一緒に回収される卵胞液など
他の医療廃棄物を提供していただいてさらに分析・研究を進め、エピジェネティクス的な変化は何が原因で現れるか、
生まれた子どもの健康にどの段階でどう影響するのかという具体的なメカニズムを解明していくことが必要です。
参考資料HP
東邦大学>東邦大学の女性研究者>医学部医学科>産科婦人科学講座 片桐由起子 准教授


■□■□■□■□■□
日本学術会議「生殖補助医療のいま−社会的合意を求めて−」シンポジウム (2008年3月)
パネルディスカッション「生殖補助医療はどうあるべきか」資料 〜小児医療の立場からみた生殖補助医療(ART)

・ARTにより生じる問題
 1.多胎妊娠の増加
   →周産期医療への影響 −妊娠中の異常
                   −分娩時の異常
                   −ハイリスク新生児の増加(児の遺伝的・形態的異常のリスク)
   →家族の負担と社会的問題
 2.児の心のケアーの問題 ・親子関係 ・後障害

どんな先天異常が発生するのか?
 ・染色体異常 −性染色体
           −常染色体
 ・インプリンティング異常
 ・形態異常

参考資料HP
日本学術会議>一般公開イベント>2008年1月31日 生殖補助医療のいま-社会的合意を求めて-

■□■□■□■□■□
「卵子提供受けた高齢出産 大量出血など事例続出」 2006年11月05日
海外で他人から提供された卵子と夫の精子を使った体外受精によって妊娠した40〜50代の女性で、
帰国後の出産時に大量出血や子宮摘出など重大なトラブルが起きていることが分かった。学会や専門誌で報告された。

卵子提供は卵子が若く妊娠しやすいとされるが、
高齢の母体で子宮などが対応できていないことも考えられ、医師らは注意を呼びかけている。
日本産科婦人科学会は卵子提供を認めていない。
海外で受ける人が増えていると見られるが、実態は分かっていない。

慶応大の久慈直昭講師(産婦人科)らは、
米国での卵子提供で双子を妊娠した41歳の女性で、帝王切開後の異常出血が止まらず、

7リットルを超える大量輸血が必要になったと報告した。

慶応大病院では過去4人の妊婦から米国で卵子提供を受けたと申告があった。
3人が出産に至ったが、やはり双子を妊娠した50歳の女性も帝王切開手術の後で子宮からの出血が止まらず、
子宮を摘出せざるを得なくなった。出血が著しかった2人に妊娠高血圧症などの合併症はなく、
普通の妊娠・出産では考えられない出血だったという。

一方、日赤医療センター(東京都渋谷区)は閉経後に米国で卵子提供を受けた57歳の帝王切開で
8リットルを超える出血を経験。
女性は集中治療室で1週間の治療を受けたのち退院したと報告した。

米生殖医学会は指針で卵子提供者は21〜34歳が望ましいとしており、
日本のあっせん業者もインターネットなどで「提供者は20代」と紹介する例が多い。

久慈さんは「子宮と卵子の年齢差が予想外の合併症を起こしているのかも知れない。
他人の卵子と精子による受精卵への免疫反応が原因との説もある。卵子提供は、医師に隠さず伝えてほしい」と言う。

また日赤医療センターの杉本充弘・産科部長は「一般的な出産の出血は0.5リットル。

中小規模の病院では8リットルを超す輸血は間に合わない。
50代以降の妊娠は技術的には可能でも、生命にかかわる事態となり得ることをよく考えるべきだ」と言っている。
参考資料HP
medical-today.seesaa.net>卵子提供を受けた高齢出産 大量出血など事例続出



日本学術会議で危惧された内容通りの
�心血管異常 �食道閉鎖症 �臍帯ヘルニアをN議員の御子息は背負っているようですが
これを背負ってしまったのは、果たして偶然で神様の采配だけ?なのでしょうか。
提供される施設が海外であり、どれほどまでに受ける側は知りえるのでしょうか?
また具体的にどんな情報を入手できたのでしょうか?
>命は平等。
それは生まれてくる命もまた平等に生まれる権利もあると思います。
健康面が解決されて初めてアイデンティティクライシスの問題へと移行できるように感じています。


>これらの投稿は卵子提供の問題点ばかり強調しているが、逆の例、
つまり卵子提供を受け幸福に生活している人々については無視している。

生命にかかわる事柄がルーレットのような状態で良いのでしょうか?
やっと子に恵まれて生活している人も勿論いるでしょう。
こんな時代に子供を欲しいと思うだけでも尊敬に値するとさえ思いますが…
負の情報とされる内容は調べたくても素人が簡単には見つけ出せません。
提供を受ける人が専門家ばかりではなく一般の素人ですよね。
情報として知る権利はあると思います。それを知った上で判断を仰ぎたいと思いますし
負の情報を知った上で今後何が必要なのか?その声も知りたいという事です。
将来お子さんが検索してこのHPに辿り着く事もあるかもしれません。なにかできないでしょうか?

私もそう思います。
中間派 -- 2011年03月 1日 14:52:51

  2週間ぐらい前に投稿した中間派です。

このレス、なんとなく目をとおしていますが、今回は匿名で。さんの意見、なるほどなぁ〜と思いました。

実は前に投稿したとき、もういい加減にしたらという意味を込めて「どっちでもない」と書いたのですが、議論は数人でますます白熱していき、あなたは間違っている、私が正しいと言わんばかりに卵子提供を考え直せと主張する情熱はどこからくるのだろうとすごく不思議に思っていました。だって対象者はそんなに多くないでしょう?

私が言いたいのは、普通に生まれた子でも不妊治療で生まれた子でも卵子提供でも精子提供でも養子でもとにかくこの世に生まれたからは生まれた意味があるということです。
どなたか卵子提供では生まれる意義がないとおっしゃっていましたが、神様でもないのにそんなこというなんてどれだけ傲慢なんだろうと思いました。なにさまなんでしょうね。ここは子どもがほしい人が集まっているサイト。そんな心の狭さでどんな母親になるのでしょうか。


命は平等。差別はしないで。


で、この話題もういいんじゃないでしょうか。
不愉快で読みたくないのですが、ついつい読んでしまうので。

少数派への視点
一都民 -- 2011年03月 1日 14:28:40

   不妊が増えているとはいえ、卵子提供に踏み切る人たちは社会全体から見れば極めて少ない。そのような少数派(日本的言い方をすれば、人と違う生き方をしている人)に生殖医療の持つ多様な側面、それも個人の力では解決できない問題を叩きつけ、溜飲を下げているようにも見えてしまう。卵子提供に限らず、シングルマザー、夫婦別姓実践者、性同一性障害者などの少数派が家族を持とうとする時は、多かれ少なかれ似たような経験をしているのかもしれない。

 コメントの多くは卵子提供のリスクばかりを紹介し、「だから卵子提供は有害である」、「生まれる子供も幸福にならない」というメッセージを匂わせている。しかしこれは卵子提供をめぐる一つの価値観にすぎない。彼らと同じように考えて卵子提供を選ばない人もいるであろうが、それらをふまえた上で卵子提供の道を選ぶ人もいるわけである。これらの投稿は卵子提供の問題点ばかり強調しているが、逆の例、つまり卵子提供を受け幸福に生活している人々については無視している。投稿者もそれぞれの背景があって意見を書いているのであろうが、一つの価値観の押しつけであり、客観的に卵子提供について考えたいという人には役に立たない。

 反対意見の多くは「高齢出産」→出産時の高リスク、「高度生殖(移植)医療」→高額な費用、金で命を買う、他人の健康な体を傷つける、貧困層からの搾取、「養子」→他人由来の子供をわが子として育てる、など、卵子提供特有の問題点ではない部分をクローズアップしがちのようだ。卵子提供がそういう複合的な問題を持っているといえばそうなのだが、だとしてもこれらの意見は高齢出産、移植医療、養子制度への批判と質的には同じである。
 ここではそれらより卵子提供の持つ核心的な部分、つまり、非配偶者からの卵子により生まれた子がドナーに関する情報が保証されないまま人生を送ることを、家族や社会がどのように支えるべきかという極めて重要なことについて、いろいろな立場から建設的な意見を出すことができれば有意義ではないかと考える。このスレッドもそういう方向の意見も出ている点では多少は有意義かもしれないが、我々周囲が日常生活でどのようなサポートが可能か、という視点はない。議論のための議論というか、頭でっかちな印象を受ける。妊娠出産・育児は体で行うものだが、体で卵子提供を経験した人を頭で卵子提供に反対している人が批判しているという感じである。

 いっぽう卵子提供の当事者たちは、この治療を受けるに至るまでの苦しい経験に加え、他人に自分の意見を堂々と展開できないという日本人の心性か、必要以上に自己防衛的になってしまっているように見える。実際、今のボイスには当事者は投稿しづらいとの声も出始めている。その結果、一種の言論統制というか、卵子提供に反対する子持ちの人や子どもを諦めた人の声が主体となり、当事者は個人的に攻撃されることを恐れて発言を控えるため、卵子提供という方法が実際そうであるよりも有害である、という認識が広まる結果になるかもしれない。それは当事者にとってもプラスにはならないだろう。
 当事者がこの掲示板で自由に発言するには、別の掲示板(子○ねっ○)のように、「卵子提供を考えている人・経験者のスレッド」「卵子提供に反対する人のスレッド」「どちらもOKのスレッド」など自主的にカテゴリ分けするしかないのだろうか??

 私は卵子提供に反対する者ではないが当事者でもない。このスレッドへの投稿は一度限りになるが、卵子提供の問題の大部分はこの国で暮らす我々の意識のあり方、そしてそれに基づく法行政の改正で解決可能と考えている。

 そうでなければ子どもを含めた当事者は本当に世間の片隅でひっそりと生きていかなければないからである。

批判するということ
まこ -- 2011年03月 1日 11:04:54

  前のレスの最後の文章、
>ひとつだけはっきりしているのは、卵子提供を選ばれた方々を糾弾し、マイナス面ばかりを強調するご意見は、非常に一面的で、当事者を苦しめ、生まれて来るお子さんのアイデンティティクライシスを深刻にするものでしかないということです。
については、言葉が足りなかったと反省しております。

皆様がおっしゃるように、批判はおおいに語られるべきだと考えます。
ただ、批判される方々の一部の言葉に、「批判」でなく「非難」と感じられるものが散見されましたので、上記のような表現をしました。(あくまでも私の主観ですので、他の方はまた違った捉え方をされていると思います)


竹さま…

「わかってきたこと」の中のご意見は、言葉を選ばれ、真摯に訴えられていて、共感しました。
こういった形なら、当事者の方にも、真意が伝わりやすいのかなと思いました。
胸に響くお言葉がたくさんあり、私も改めて色々と考えさせていただきました。
ありがとうございました。


やまてんさま…

感情的な書き方をしてしまい、申し訳ありません。
上で述べたように、議論はおおいに交わされるべきだと思います。
なんとなく、噛み合わない理由がわかってきたような気がするのですが…
もし許していただけるなら、少しお付き合いいただけますか?
どうも、私の述べた意見が、「親サイド」からの意見と受け取られてしまっているようです。私の書き方に問題があるのか、それとも、読まれる皆様が「親」の立場で考えられるからなのか…
私は、「子供の側で、自らポジティブな意味づけをする可能性もあるのでは?」
そして、「それに共感できる、社会的なコンセンサスが必要なのではないか?」という意味で、
「「あなたという生命を、生み出したい」という目的です。このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。」
という意見を述べたものです。
親が告知のときに話すべき言葉として、また、他者が子供に押しつける価値観として述べたのではないのです。
説明が足りなかったのだと思います。すみませんでした。
私は、自分自身が親との関係で、神経症を患うほど追いつめられた経験があります。親にたいして批判的な言葉を口にしたとき、事情を知らない人から「愛情を注いで育ててくれた親に対して、何てことを言うんだ」と言われたことは何度もありますから、「親に感謝するべき」という価値観が、どれだけ子供を追いつめるかは身にしみています。ですから、やまてんさまのおっしゃることはよくわかります。


さらださま…

>某公式サイトでは、重い病気のお子さんが生まれても成功と読み取れるように書かれています。生まれた赤ちゃんが重い先天性の病気で、何回も手術を受けなければならないのは、手放しで喜んでよい成功なんでしょうか?
卵子提供を希望する女性は、重い重い病気の赤ちゃんが生まれることも成功と感じるのでしょうか?

ここで簡単には答えの出ない問題ですよね。
私自身は、少なくとも手放しで喜んでいいとは思えませんし、無責任にポジティブな報道をすることには懸念を感じます。
やはり、マイナスの情報は情報として、きちんと提示すべきだと思います。
バンコクさんが書いてくださったような情報は、こちらの掲示板でもどんどん投稿するべきだと思います。



くりむとさま…

>しかし私はそれでも当事者は責める人たちの言説に耳を傾けるべきだと思います。
何故そんなことを主張するか。
そういう耳の痛い傷つける表現を使った批判は、将来自分の子の口から出てくる可能性があるからです。

これは、将来子供の口から出てきた言葉を、当事者の親が受け止め、考えるべきことで、当事者でない、批判する立場の方が言うのはどうかなあと、思いました。
当事者の方は、一方的に責められ、当事者であるがゆえ、反論しづらい立場に立たされています。
ちょっと、フェアじゃないように感じるのは私だけでしょうか…?
上でも述べたように、批判はおおいにけっこうだと思います。
でも、批判する場合、やはり一定のルールというか、相手の立場を尊重する姿勢は必要だと思います。
くりむとさまのご意見では、価値判断や個人の嫌悪感をぶつけることを正統化することにならないでしょうか?
おそらく当事者の親御さんは、一度は子供さんから残酷な言葉を浴びせられ、それこそ血を吐くような思いを経験されると思います。それは、生まれてきた子供にとっては当然の権利ですし、提供医療を選択した親の責任として、逃げてはならない場面だと思います。
でも、それを私たち他人が、シュミレートさせる必要があるのでしょうか。
ちょっと、僭越というか、「当事者のため」という大義名分を盾に、抑制のない糾弾を助長させる危険を感じます。
たとえば、同じことを主張するにしても、竹さまの「わかってきたこと」で述べられているような表現ならば、当事者の方も抵抗なく読まれ、心に何かを刻まれるかもしれません(竹さま、勝手に引用してすみません)。
でも、「耳の痛い、傷つける表現」を使った文章では、当事者は傷つき、かえって心を閉ざしてしまう気がするのです。
あまり建設的な方向に進むとは思えないのですが、いかがですか?
皆さん、そんなに強くないです。自分の選択を責められ続けることに耐えられる方は多くないと思います。

ん〜・・・。
今回は匿名で。 -- 2011年03月 1日 02:44:09

  このスレッドのレス全てに目を通し、勝手な解釈ですが、
提供治療で子供を授かった当事者にいろいろアドバイスされている方々の多くは、ご自身たちもなかなか子宝に恵まれず、いろいろ悩み、いろいろ調べ、提供医療で子供を授かろうとも考えたりしたが、将来起こりうるであろうさまざまな問題を考えて諦めた。
だから当事者の人たちに、あなたたちは、将来起こりうるであろうこれだけ大きないろいろな問題をどれだけ考えて、そして提供医療で子供を授かることを決心したのかと強く問いたい。
そこには、その方法を諦めざるおえなかった人の嫉妬しんのようなものが、背景に多少あるから、だからこんなに必死になって意見を延べ、どれだけ生殖医療に携わって研究されている方々、また、心理カウンセリンウグに携わっている方々か知りませんが、上から目線でご自身の意見を述べられているのではないかと。

簡単に提供医療で子供を授かるということには危機感を覚えますが、ここまで一生懸命になっている方々の意見、特に、デメリットをこれでもかというくらい言い、二言目には、当事者たちがもっと考えて行動していかなくてはならないと言うことに、上手く言えませんが、とても不思議に感じ、第三者の立場として読んでいる者としては、両者子供を心から望んでいるが、片方は授かり、片方は諦めた、そこにやはり嫉妬心と言うものが少なからずあるから、だからここまで熱く語れるのだろうなと。
できれば、自分たちと同じように、提供医療で子供を授かることを諦めた人たちを増やしたい・・・?

アイデンティティクライシスに将来確実に陥るであろうと語り、当事者たちが何も考えていないように語り、それはどこまで真実なのか?
全ての提供児がアイデンティティクライシスに陥るとは限らないし、当事者たちだって、私はいろいろとそのようなことをしっかり考えています!と大声で言っていないだけで、いろいろ考えている人たちはいると思うし。逆に、全く考えていない人も多くいるとは思いますが・・。
卵子を高額な金額で買うということも、どれだけの世の中の人たちがその事実知っているでしょうか?
不妊治療に携わったことのない人たちは、そのことを全く知らない人も多くいると思うし、一部の大人がそのようなことの多くを語ることで、逆に子供がその言葉だけを覚え、将来いたずらに揶揄してしまうということがあるのではないかと?

どんなに熱く語ったとしても、結局は、提供医療で子供を授かろうとする人はするし、将来的に起こりうるであろう問題を考えて止める人は止める。意見は水と油でまじあわない。
20,30年後、日本の状況、日本人の考え、特に若い人の考えは変わっていると思うので、今のこの状況で熱く語ったそしても仕方がないのではない?と正直思います。
多くの一般の人たちの意見は、こんなものだと思いますが〜・・・。

「批判への共感」の大切さ&マヨネーズさんへ
くりむと -- 2011年02月27日 19:01:04

  卵子提供に関する批判的な言説が出ると、実際に卵子提供を受けてお子さんを授かった方=当事者の方が責められているような感覚を持つことはあるだろうと思います。辛い思いをした上での選択でしょうから、その選択を批難されているように思って傷つかれるのも無理はないと思います。しかし私はそれでも当事者は責める人たちの言説に耳を傾けるべきだと思います。

何故そんなことを主張するか。

そういう耳の痛い傷つける表現を使った批判は、将来自分の子の口から出てくる可能性があるからです。
もちろんそんなことを口にしない子に育つ可能性もあります。でもそうはならないかもしれない。出生の経緯を知った子が思春期頃に、反発して両親に酷い言葉を投げつけるかもしれません。まだ子どもだから、子どもを熱望していても授からなかった親の心の痛みをリアルに想像できる子などそうそういないでしょう。VOICEに投稿されるような抑制された言葉ではなく、胸をえぐるような言葉が発せられるかもしれません。

どんなに愛情持って育てても、子どもが親に反発する時代は程度の差こそあれ訪れます。親の思うように育つ子なんてそうそういません。将来親と同じ価値観にしようと努力したところで似た価値観を持つようになるかどうかもわかりません。万一、子どもが「何でそんなことをしてまで産んだのだ。母さんたちは金で僕を買ったのか!」などという酷い言葉を投げてきたとき、どう返すのが一番適切なのか?今から覚悟を決めて専門家のアドバイスに沿ったシミュレーションを頭の中で積んでおくべきだと私は思うのです。

その際のシミュレーションには養子のケースを参考にできるとは思いますが、養子と卵子提供・代理出産と大きく違うのはかなりの額のお金が介在していたことという事実です(親族提供の場合はまた別ですが)。まこさんの言うように「産みの親に見捨てられた事実」はなく、「親がそこまでして欲しいと思ってくれた事実」が子どもが救いになる可能性は勿論あると思いますがが、その一方で「困っていた自分を引き取ってくれたのではなく、金で買われたのだ」と子どもが受け止めてしまうリスクがあることは忘れてはならないと思います。卵子提供を巡る議論においては「あの程度の謝礼は負ってもらったリスクを考えれば当然」と考える人もいれば「人身売買の一種」とまで考える人もおり、受け止め方は様々です。子どもが後者の価値観を持つようになった場合、親に対して抱く嫌悪感はかなり強くなることが予想されるため、ここをどうすれば受容してもらいやすくなるのかは当事者たちが新たに考えていく必要があると私は思います。

先日大手新聞社主催の質問投稿サイトで不妊治療で生まれたことを知って苦しんでいるお子さんご本人からの投稿がありましたが、レスの多くが「愛情を受けて育っているのに文句を言うのは贅沢だ」「不妊治療は辛く大変なのにそれを乗り越えてまであなたを欲しいと思ってくれたのだからむしろ感謝すべき」というようなレスで多くが埋められていました。途中で「実は卵子提供で生まれたのかも」と投稿者が明らかにしたことで解答者の空気が多少は変わりましたが、あのような対応はお子さんを一層追いつめるだけだと私は思います。「愛を持って育てるから大丈夫」と自分が信じるのはよくとも、出生の事実を子どもに納得させるための取引要素であるかのように子どもに伝えてしまうのは、子どもを愛情でがんじがらめにして身動き取れなくしてしまうことだと思うからです。子どもが感じてしまった違和感、悲鳴に共感を最初に示すところからスタートしないと人間関係の再構築はできないのではないでしょうか。

だからこそ、今の間に否定的意見に耳を傾け、共感することを学び、自分の愛情が都合のいい自己愛や束縛としてでなく「本物の愛情」として受け止めてもらえるにはどう接していけばだろうか−という方法論を模索していくべきだと思います。勿論「さんざんシミュレーションしたけど、うちの子はあっさりと卵子提供の事実を受け入れてくれたわ」ってこともあるかもしれませんが、備えあれば憂いなしだと思うのです。


以下マヨネーズさんへ
夫婦間体外受精と比較しての論文情報どうもありがとうございます。

論文原文の全文は斜め読みでちゃんと読みこめてはいませんが、卵子提供の安全性を証明するのに十分な調査とは到底いえないと思います。

まず統計例が少ない為、調査された「代理懐胎」の年齢層、出産歴別の考察までには及んでいないこと。この調査で妊娠出産を担当した女性は25〜35歳の範囲で収まっていて、35歳以上の女性が出産した場合のデータがありません。同じ「卵子提供」による出産でも、自力で妊娠出産可能な若い女性である場合と自力での妊娠出産が不可能な女性である場合、35歳未満と以上とでは経過に差が出ることが予想されます。また多胎が多かった時代の統計のため多胎による影響を除いた考察をするには症例数が足りず、調査も2歳までしか行われていませんし、人種の違いによる考察もできていません。

たとえ過去に十分な事例の統計があったとしても、他の人種と日本人とではまた違う統計結果がでる可能性があります。脳症の発生率や多胎によるリスクなど人種・民族によって差が出るものは多々ありますから。海外で精度の高い調査が出たとしてもそれはやはりあくまでも参考データであり、やはり日本独自にデータをとる必要があると思います。それも早急に。

分かってきたこと
竹 -- 2011年02月27日 12:02:30

   私は、しゃびろさまの敵でも、まこさまの敵でもありません。
それはやまてんさま、ほかの卵子提供に批判的な方々も同じです。みな真摯にこの問題に向き合い、誠意をもって語られていたと、私は思います。

 しゃびろさまやまこさまは、卵子提供を新しい家族の在り方として認め、幸せの枠組みをつくりたいとお考えです。子どものアイデンティティクライシスについても分かったうえで、それをいかに軽減するかも考えていこうとされている。

 しゃびろさまが紹介されたエッグ・シェアリングについても、提供者の苦痛を軽減し、多くの方が望みをかなえるにはどうすればよいかと考えられたということでしょう。

 卵子提供を受けて子どもを授かろうとするによって起こってくる、さまざまな問題を、一つ一つ解消し、幸せの枠組みをつくりたいということです。

 それに対し、私は、「諦める」道をお勧めしたいのです。

 ckさんの発言があるまで、私もまた、子どもの立場など考えてもみませんでした。母親が出産しているのだから、その母の子だと呑気に思っておりました。

 でも、そうではない。当事者である子どもにとっては、そうではないのです。

 いま、精子提供で生まれた子どもたちが、声を上げています。
 それは、やはり数十年後の卵子提供によって生を受けた子どもたちの声として聴かなければいけないものだと思います。

 卵子提供者と生みの母のあいだに信頼関係があり、卵子提供者も遺伝上の母としての責任を感じて子どもと接触し、それこそみんなが「あなたを生みたかった」と言える環境にある人もいるでしょう。
 そういう人の場合、問題はまた全然違ってきます。
 ビジネスがからむ卵子提供と同じではありません。
 親が「自分だけが母親でありたい」と願い、遺伝上の母親に会えなくてもいいと考えるケースとも違います。

 しゃびろさまもまこさまも、子どもが苦しむことを想定されている。そのためにカウンセリングや告知について考えていらっしゃる。

 しかし、どうでしょう。卵子提供を自己卵子による体外受精の50倍の成功率を誇る手段と考える人たちは、真剣に子どもの心の危機について考えていらっしゃるでしょうか。

 告知の義務、必要性を認めていらっしゃるでしょうか。子どもの心の危機に心を痛め、それを分かったうえで踏み切っていらっしゃるでしょうか。

 卵子提供に批判的な方々は、このvoiceで、どんどん卵子提供を受けることが、リスクの少ない、成功率の高い手段として気楽に語られるようになったこと、経験者談が楽しげに交わされるようになったこと、挑戦したいという意見を頻繁に目にするようになったことに危機感を抱いてこられたのだと思います。

 ここには、すでに卵子提供を受けた方の何倍、何十倍、何百倍の「予備軍」の方々がいます。ここでの対話によって、今後を決めようという方々が、大勢いらっしゃいます。

 だからこそ、他人事だと放っておけないと考えて、意見を述べている方がいるのです。

 お聞きしたい。
 子どもができない苦しみと、自分のルーツが分からない苦しみと、どちらが大きいのかと。

 自分が誰の子か分からず、自分の母が、おそらくは貧しく若い女性で、お金のために卵子を売ったと思うこと。

 その母を、祖父母を、その生きてきた歴史を思い、そこには何も見出せないことに気付いたときの、子の気持ち。

 遺伝上の「父」と「母」が、何の人間的関係も持たず、精子と卵子の結合のみによって、自分が生まれたことを、どんなふうに思うのか。

 生まれたことに感謝しろという言葉は、提供で生をうけた方にとって、もっともつらい言葉だと聞きます。

 卵子提供によって生を受けた人は、アイデンティティクライシスに陥る可能性が高い。それはそれを知らない人には想像できないほどの苦しみである。
 だから、卵子提供で子どもを授かった人は、早めに子どもに告知し、カウンセリングを充実させて、それに対応しなければいけない。
 これが、しゃびろさまやまこさまも含めた、「わたしたち」の見解ですね。
 どれほど卵子提供で子どもを授かろる方々を応援したいと願っている方でも、ここは共通している認識ですね。


 これから卵子提供を受けようと考えているみなさん。
 よくよく、考えてください。
 卵子提供を受けるときに考えなければならないことは、できるだけよいドナーさんを選んで、できるだけ良心的で安いエイジェントを探し、できるだけリスクを減らして子どもを得る、ということではないんです。
 
 日本では、卵子提供で子どもを授かるということは、あくまでグレーゾーン。法的にも完全に認められたことがらではないのです。

 そのグレーゾーンで、子どもを授かる。その裏には、「ドナー」という「実の母」がいて、その母は、おそらくはお金のために卵子を売った。そういう事実が歴然とある。捨身やプロフィールぐらいは入手できたとしても、それが本物であるかどうかも分からない。詳しい情報はない。

 子どもたちは、そういう現実を背負って生まれ、少なくとも五分五分の確率で、アイデンティティクライシスに陥って苦しむことになる。

 少なくとも、そこまでを、きちんと想像していただきたいのです。

 私自身も、そして私の身近な人々も、子どもを明らめてきました。号泣し、冷や汗、脂汗をかいて目覚め、わめき、物を壊し、パートナーを責めたて、そういう長い苦しみの末に、子どもを諦めてきました。
 高齢の私たちは、老いの準備をするときにあるのだと、いまでは思います。

 卵子提供で子どもを授かることを望んでいるみなさん、どうぞここで交わされた議論を、よくよく読んでください。そして、よくよく考えてください。
 

 

まこさま
さらだ -- 2011年02月26日 22:43:05

  >私は、プラスマイナス含んだあらゆる情報を熟考し、その結果、
>提供医療を選ばれた場合、その選択は尊重されるべきだと考えて
>おります

おっしゃることに賛同しますが、マイナスの情報は簡単に見つけられるのでしょうか?
某公式サイトでは、重い病気のお子さんが生まれても成功と読み取れるように書かれています。生まれた赤ちゃんが重い先天性の病気で、何回も手術を受けなければならないのは、手放しで喜んでよい成功なんでしょうか?
卵子提供を希望する女性は、重い重い病気の赤ちゃんが生まれることも成功と感じるのでしょうか?

私は、第一段階としてまず正しい情報の収集と提供が急務だと思います。
営利目的の海外の医療機関や業者がマイナスの情報を正確に提供するとは思えません。日本の営利目的ではない学術団体が、生まれた子供と家族のプライバシーに配慮しながら、正しい情報を集めそれを公表することが、卵子提供を希望する夫婦に有益な判断材料となり、生まれてくるかもしれない子供の幸福のためにとても大切だと思います。

親の想い まこ様へ
やまてん -- 2011年02月26日 22:23:43

  >卵子提供を選ばれた方々を糾弾し、マイナス面ばかりを強調するご意見は、非>常に一面的で、当事者を苦しめ、生まれて来るお子さんのアイデンティティク>ライシスを深刻にするものでしかない

素人の自分ですらこれだけ気づいてしまった問題点疑問点を書く事がそう受け取られるのならもう何も言えなくなってしまいますね。


>「ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、全員の行為が同じ目的に収斂します。
>「あなたという生命を、生み出したい」という目的です。

これ、他にも似たような事をおっしゃる方がいますが、そういった親の想いって、それ程他者に対して説得力を持つものではないですよ。
望んで望んでようやく産まれて慈しんで育てる場合も有れば、長い治療にまで耐えて迎えた命なのに虐待してしまう悲しい家族も有る。
望んでなかった妊娠で、育児放棄してしまう場合もあれば、同じように望んでいなかった妊娠だったのに深い愛情を注がれる家族もいくらでもあります。
勿論その言葉を受け入れ支えにできるお子さんもいるでしょう。
けれど、親の感傷めいた言い訳にしか聞こえない人もいると思います。なぜなら親側の気持ち、親の願望ですから。
子供の気持ちを斟酌すべき告知の時に話す妥当な言葉なのか少々疑問に思います。

ひどい話です。
バンコク -- 2011年02月26日 12:32:24

 
25日に逮捕されてようです。

バンコク週報です。


「警察によれば、バンコク都内サパンスーン区で代理出産サービスを提供していた会社の台湾人役員の男を人身取引や不法入国者違法雇用などの容疑で逮捕した。

 この会社では、不法入国の外国人に代理出産をさせていた。そのうちベトナム人女性4人がインターネット経由でバンコクのベトナム大使館に助けを求めたことから、警察が2月23日に会社を家宅捜索。

 妊婦7人を含むベトナム人女性13人を救出するとともに、台湾人スタッフ4人、中国人スタッフ1人を逮捕した。

 さらに、その後の捜査で容疑が固まったことから台湾人役員も人身取引などの容疑で逮捕されることになった。

 同社は、「カネになる仕事がある」とベトナム人女性を集め、代理出産をさせていた。

 女性らには「代理出産1回につき5500米ドル(約16万5000バーツ)を払う」と説明していたが、女性らから旅券を取り上げており、代理出産を拒むと「旅券を返さない」と脅していたとのことだ。 」

竹さま、やまてんさま
まこ -- 2011年02月26日 10:38:15

  竹さま…

>以前、卵子提供、代理母を使って子どもをつくり、妻に育てさせようとした医師のことが話題になりました。
この医師の目的は、母親がほしがらない子ども、自分だけの子どもをつくることでした。
母親が二人、三人に分かれるということは、誰も母として責任を持たない可能性も高いということです。
卵子提供を受けて子どもを授かったとして、そのあとで自然妊娠で子どもを授かることがあったときに、やはり自分の「実子」がかわいくなる母親も少なくないでしょう。

これは、「そういう例もある」というお話ですよね。
この例を根拠に、私の意見
(「ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、全員の行為が同じ目的に収斂します。
「あなたという生命を、生み出したい」
という目的です。
このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。」)
に対して、

>これは違うと思います。

と全否定されるのですか?
こういったプラスの解釈も可能な事例も多いと思うのですが。

どうも、私の意見に反論されている方々は、意見の一部だけを取りあげて拡大解釈し、全否定するという論法のようですが、前後の文脈をよく読んでいただきたいです。

この、
(「ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、全員の行為が同じ目的に収斂します。
「あなたという生命を、生み出したい」
という目的です。
このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。」)
という文章は、養子の方との比較で述べた意見であり、すべての事例にこの考え方が当てはまるとは申し上げておりません。

私は、卵子提供に対しては、慎重に考えるべきだと再三申し上げております。
ポジティブな情報ばかりが入って来ることに、危惧も覚えております。
ですから、

>それでも、これから卵子提供を考えている方々に、あまりにも呑気な、気楽な情報ばかりが入ることは危惧します。
諦めかけたところに光が見えたと飛びつくのではなく、熟考に熟考を重ねて、厳しい意見にも耳を傾けて、選ぶとしても、そのうえで選ぶ方がよいと、思います。

という竹さまのご意見には、賛同いたします。(そのためにも、情報提供が必要だと感じ、別スレを立てさせていただいた次第です)

違うのは、熟考してその道を選ばれた方に対する考え方ではないでしょうか。
私は、プラスマイナス含んだあらゆる情報を熟考し、その結果、提供医療を選ばれた場合、その選択は尊重されるべきだと考えております。
そして、社会が当事者を受け入れ、生まれたお子さんが幸せに成長できる道を探ることが、私たちの急務ではないかと思っています。

>でも、グレーゾーンであることを知りながら生んだのは親であり、周囲が無理やりに押し付けたものではないというのは、事実です。

というご意見は、「自己責任だから」と、当事者を切り捨てるような印象を受けるのですがいかがでしょうか?


やまてんさま…

>どうにも噛み合ない感じがしていますが、提供を受けて生まれた子供のアイデンティティクライシスは社会が寛容になれば解消される問題ですか?

「寛容」とは、またずいぶん上から目線ですね。
なんだか、「悪いことをした人を許してやる」といった感覚なのでしょうか?
私の申し上げた「懐の深い社会」とは、あらゆる価値観や現象を、排除することなくともに共有し、より良い道を探って行けるような社会のことです。
また、ここでも拡大解釈をされているようですが、私は、「こうすれば、万事解決」などとはいっさい申し上げておりません。
こんな複雑な問題が、「解消」するはずはなく、人類が選びとった技術の副産物として、ずっと存在する問題だと思っています。
だからこそ、カウンセリングシステムの充実が急務だと考えております。

ひとつだけはっきりしているのは、卵子提供を選ばれた方々を糾弾し、マイナス面ばかりを強調するご意見は、非常に一面的で、当事者を苦しめ、生まれて来るお子さんのアイデンティティクライシスを深刻にするものでしかないということです。

社会の問題?
やまてん -- 2011年02月25日 19:04:39

  >私はただ、本人がポジティブな価値観を自ら選びとれるような、懐の深い社会>であってほしいと願うだけです。

まこ様
どうにも噛み合ない感じがしていますが、提供を受けて生まれた子供のアイデンティティクライシスは社会が寛容になれば解消される問題ですか?

「社会が寛容であってほしい」「これから卵子提供で生まれる子供は増えるから多様な価値観を認めて欲しい」
申し訳ないですが、それはどこまでも「提供を受ける親」側の言い分であるような気がしてなりません。社会に認めてもらって卵子提供の子が増えれば、親は救われる気持ちになれるのかもしれない、でも子供はどうなのでしょうか。

私はまこ様の立てた別の卵子提供についての話題については大に賛同する部分があります。恐らく生命のなりたちや出産適齢期などのしっかりした教育をすれば、卵子提供をしなくても子供を持てる人はもっと増えます。
卵子提供は進化した治療方法などではなく、いわば仕方のない究極の方法だったはずです。


卵子提供を養子と並べて語る方もいらっしゃいますが、全然違うと思います。
同じなら養子を選べないのは何故でしょうか。

もしも抱える問題が同じ、または似ているとして、本当に養子の子の境遇に思いを馳せ理解できているなら、その状況の中に我が子を人為的につくりだすことは心情的にとても難しいはずです。

まこさま
竹 -- 2011年02月25日 17:16:26

  まこさま

 まず、
「ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、全員の行為が同じ目的に収斂します。
「あなたという生命を、生み出したい」
という目的です。
このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。」

 というご発言についてですが、これは違うと思います。

 以前、卵子提供、代理母を使って子どもをつくり、妻に育てさせようとした医師のことが話題になりました。
 この医師の目的は、母親がほしがらない子ども、自分だけの子どもをつくることでした。
 母親が二人、三人に分かれるということは、誰も母として責任を持たない可能性も高いということです。
 卵子提供を受けて子どもを授かったとして、そのあとで自然妊娠で子どもを授かることがあったときに、やはり自分の「実子」がかわいくなる母親も少なくないでしょう。
 二人、三人になれば、それだけ深くて強い愛情が、その子に注がれるなどということは、ないと思います。特に日本ではそうでしょう。

 グレーゾーンだからフォローがいらないかという話ですが、もちろん一人の人間としての人権は守られるべきだと思います。
 でも、グレーゾーンであることを知りながら生んだのは親であり、周囲が無理やりに押し付けたものではないというのは、事実です。

 卵子提供を受けて子どもを授かることが、よいか、わるいか、幸福か、不幸か、そんなことは分かりません。
 それによってしか生まれることのできない、そして生まれるべき、人もいるでしょう。

 どういうお子さんに育つか、アイデンティティクライシスがあるかないか、それもケース・バイ・ケースで分からないとしか言えないかもしれません。

 それでも、これから卵子提供を考えている方々に、あまりにも呑気な、気楽な情報ばかりが入ることは危惧します。

 諦めかけたところに光が見えたと飛びつくのではなく、熟考に熟考を重ねて、厳しい意見にも耳を傾けて、選ぶとしても、そのうえで選ぶ方がよいと、思います。

大きな矛盾を含む卵子提供
都民R -- 2011年02月25日 12:31:19

  (私は卵子提供に対して否定的です)

卵子の提供を受け、出産された人もいつか
提供する側の家族になる可能性があります。

卵子提供で生まれた子が
善意で卵子を他人へ提供したいと言った時、
賛成あるいは黙認できるでしょうか。
それは素晴らしい事と思える人は少数だと思います。

卵子の提供で出産された人のドナーが
自分の子供だと知らされたら、おめでとうと言えるでしょうか。

ドナーになるのは他人ならよくて家族ならダメ、
卵子提供はそういう矛盾を含んでいるものだと
認識しています。
(もちろん、親族間や友人知人からの提供というのもあるでしょうけれど)

また、妊娠出産がからむ事ですから、
こういう「反対」意見が言いづらくなる状況であるとも思います。
命の誕生に対して「ケチ」をつけるなと言われる、
発言する者の状況によってさまざまな憶測を言われる。
なら発言しないでおこうという人もいると思います。
勝手に書き込んでいるだけですが、
私も発言するのに勇気がいりました。匿名だとしても。

でももし、子供を持てない(産めない)ことで自殺など考える人がいるのなら、
卵子の提供でトライしてみたらいいと、私は言うと思います。
死ぬよりましです。

それくらい、究極な選択であってほしいと思います。

グレーゾーン
きょういくテレビ -- 2011年02月24日 14:28:41

  しばらく考えていたのですが…日本では合法でもなく違法でもない位置づけで
(グレーゾーンであるがゆえに)もう生まれてしまったと言われる命を想って
当事者の方々が何らかの動きを取る必要性は感じますが

まこさんのおっしゃる
>卵子提供を悲劇のように決めつけたり、卵子提供を選択した人を批判する前に、
もっとなすべきことがあるのでは?ということです。

これは現状に意を反してない
(日本で受けられない、海外で提供をうけてくる事には異論がありますが)
私たちが先導して考え行動するべき事でしょうか?
一旦動き出してしまっている状態のものをよほどの事がない限り止められないとは感じますが
現状に満足がいかず選択するのは私たちではありません。
もし私が提供という道を選ぶならば、
その過程の一環として皆様方が言われている啓蒙活動にも率先して参加するとは思います。

かなり立場が違うと思いますが、私の文章力では全然伝わらないのが残念です・・・・。

やまてんさん
>これから卵子提供も広がって行くのは大前提のような書き方をされている人がいますが、
それは本当でしょうか?仮にその人数は増える一方だったとしたら、
逆に法律は世界レベルで厳格化に向かう気がしてならないのですが。
卵子提供を容認している国は本当に「先進国」なんでしょうか?
代理出産を含め、様々な生殖補助医療を容認するあまりに問題が出て来て法律が厳しくなって行ってる国は沢山あると思いますが、
それは「先進国が後退した」わけではないと思いますよ。

もし止められないならどうする道があるのだろうか?と考えてみた訳なんですが
今日の報道を見ていると広がって行く大前提は取り消した方が本当に良さそうですね・・・・。
早く元気になって欲しいです。

※読み違え等ありましたら申し訳ありません。

竹さま、やまてんさま
まこ -- 2011年02月24日 11:11:58

  >法的にも難しく、さまざまな困難を子どもが抱えることが分かっていて生んだのは、まさしく「親」、両親でしょう。
グレーゾーンであることは、みんな承知で生んだはずです。
子どもたちがグレーゾーンで生きていかなくてはいけなくなったとしても、その道を選んだのは、ほかでもない「親」なのです。

だから、フォローの必要がないとおっしゃるのですか?


やまてんさま…
>ならないですし、非常に危険な考え方だと思います。まず世論をこの価値観で統一するのは無理でしょう。第三者が生殖に関わる事に拒否感を持つ人間は当たり前に存在します。時代が進んでも0にはなりえません。
つまり、卵子提供で産まれた人の中にも、一定数以上の人が違和感を持ったり拒否感を持つのは「当たり前」なんですよ。当事者なんですから、その割合がもっと多かったとしても不思議でもなんでもありません。
それを「あなたは生み出したいという希望で産まれたのだから自信を持つべき、勇気を持つべき」などと言われたら、それ以外の感情を持つ事は悪い事という精神的な圧力にさえなりかねません。

私は、「世論をこの価値観で統一するべき」などとは申し上げておりません。
そんなことは不可能ですし、それが良いこととも思いません。
「あなたは生み出したいという希望で産まれたのだから自信を持つべき、勇気を持つべき」そんなことを本人に押し付けるべきなどとは、ひとことも申し上げておりません。
そんなことは、本人が自ら選びとることです。
私はただ、本人がポジティブな価値観を自ら選びとれるような、懐の深い社会であってほしいと願うだけです。

私が申し上げているのは、卵子提供を悲劇のように決めつけたり、卵子提供を選択した人を批判する前に、もっとなすべきことがあるのでは?ということです。
また、私は、提供医療の是非について議論する立場にはありませんし、議論する気もありません。そのことが、今の現状にプラスに働くとは思えないからです。

生殖補助医療の今後
やまてん -- 2011年02月24日 03:44:23

  これから卵子提供も広がって行くのは大前提のような書き方をされている人がいますが、それは本当でしょうか?仮にその人数は増える一方だったとしたら、逆に法律は世界レベルで厳格化に向かう気がしてならないのですが。
卵子提供を容認している国は本当に「先進国」なんでしょうか?
代理出産を含め、様々な生殖補助医療を容認するあまりに問題が出て来て法律が厳しくなって行ってる国は沢山あると思いますが、それは「先進国が後退した」わけではないと思いますよ。

まこさま

>ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、
>全員の行為が同じ目的に収斂します。
>「あなたという生命を、生み出したい」という目的です。
>このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。

ならないですし、非常に危険な考え方だと思います。まず世論をこの価値観で統一するのは無理でしょう。第三者が生殖に関わる事に拒否感を持つ人間は当たり前に存在します。時代が進んでも0にはなりえません。
つまり、卵子提供で産まれた人の中にも、一定数以上の人が違和感を持ったり拒否感を持つのは「当たり前」なんですよ。当事者なんですから、その割合がもっと多かったとしても不思議でもなんでもありません。
それを「あなたは生み出したいという希望で産まれたのだから自信を持つべき、勇気を持つべき」などと言われたら、それ以外の感情を持つ事は悪い事という精神的な圧力にさえなりかねません。

しゃぴろ様のおっしゃるエッグシェアリングは、ドナーの負担を軽減するという意味ではありなのかもしれませんが、制度として成り立つのはほぼ無理でしょう。
卵子提供までして妊娠したい方は、卵巣機能の問題でないのなら殆どは高齢による卵子そのものの問題があると思われます。若く不妊の問題の無い卵子をシェアするとなると、提供できるのは女性の方に問題の無い男性不妊による顕微授精のケースくらいではないでしょうか。
最近は刺激の少ない方法も増えていますし、提供される可能性の有る卵子の数そのものがもの凄く少ない事になります。
さらにその中から「自分の子供の兄妹がどこかに居ても別に構わない」
という考えを持てる人、となると、可能性は限りなく低くなるでしょうね。

まこさま
竹 -- 2011年02月23日 15:27:33

   まこさま、すでに生まれた子供がいるということですが、子どもは勝手にグレーゾーンで生まれたのでしょうか。
 法的にも難しく、さまざまな困難を子どもが抱えることが分かっていて生んだのは、まさしく「親」、両親でしょう。

 グレーゾーンであることは、みんな承知で生んだはずです。

 子どもたちがグレーゾーンで生きていかなくてはいけなくなったとしても、その道を選んだのは、ほかでもない「親」なのです。

 いまでも、ほかにもいろいろな差別や偏見があります。そんなものが一朝一夕になくならないことぐらい、分かるはずです。
 多くの人が、差別にあえぎ、苦しみながら生きています。

まこさまは、
「ckさんを苦しめる「重い事実」を、私の申し上げている「積極的な生の意味」に転換するための枠組みが、社会に必要だとおっしゃっているのだと思います。
そうでないなら、提供医療で生を受けた方々は、一生、ご自分の「生」を否定し続けなければならない可能性が高いと思われます。」

とおっしゃいますが、「枠組み」をつくったぐらいで、「重い事実」を「積極的な生の意味」に転換することなどできるものでしょうか。

 できれば、CKさんのご意見が聞きたいのですが。

しゃびろさま、竹さま
まこ -- 2011年02月23日 10:49:49

  まず、しゃびろさま。
突然名指ししてしまって、申し訳ありませんでした。
私が投稿したことで、しゃびろさまにご負担をおかけしてしまったのでは?と申し訳なく思っています。
ご返信など、どうかお気遣いなくお願いいたします。
ほんとうに失礼いたしました。

竹さま。
おっしゃることはよくわかりますし、ckさんのお気持ちは、私も重く受け止めております。
私自身は、提供医療に関しては決して推進派ではないのです。(反対派でもありません、念のため)
生物学的に自然ではないですし、現時点では、どんな危険があるかもわかりません。
また、生まれてきたお子さんのアイデンティティクライシスも心配です。
慎重に考えなければならないと思います。
ただ、繰り返しますが、世界規模でおこなわれているこれらの提供医療を止める手だてがない以上、もっと先のことを考えていかなければならないと思うのです。


(しゃびろさま、引用お許しくださいね。)
>くりむとさんが書かれた「自分が生を受ける過程に3人の人間が関わっていたという事実」は、確かに重いと思います。
そして、それが今も今後も重い事実のままであるなら、ckさんの苦しみが再生産されてしまいます。

しゃびろさまも、決して提携医療を推進したいというお考えではないと思います。
ckさんを苦しめる「重い事実」を、私の申し上げている「積極的な生の意味」に転換するための枠組みが、社会に必要だとおっしゃっているのだと思います。
そうでないなら、提供医療で生を受けた方々は、一生、ご自分の「生」を否定し続けなければならない可能性が高いと思われます。

竹さま…
>養子と卵子提供、精子提供は同じではありません。
たとえ自分を捨てた親であっても、その父と母とのあいだには、人間的な関わりがあったはずです。それが、いかに困難な、危険な関係であったとしてもです。

確かに同じではありません。
ただ、どちらがより大きな問題を抱えることになるかは、いちがいに言えないと思うのです。
養子の方は、死別でない限り、「血のつながりのある親から遺棄された」という思いが、アイデンティティの前提になってしまいます。

養女ですさまが書かれています。
>目の前の反抗期真っ盛りでも憎めない子どもを見ていて、どうして生物学上の親は自分を手放せたのだろうか。
自分に同じことはできるだろうか、絶対にそれは無理だ。
なら、自分は血のつながりのある人からは愛されていなかったのか。

この虚無感は、想像を絶するものです。

ひるがえって卵子提供は、二人もしくは三人の母が存在し、全員の行為が同じ目的に収斂します。
「あなたという生命を、生み出したい」
という目的です。
このことは、卵子提供で生まれる方々の勇気にはならないでしょうか。

人間の自我構造は、「意味」の寄せ集めでできています。
同じ現実に対しても、意味づけによって希望にもなるし、絶望にもなります。
提供医療で生まれた方々が、ご自分の生を肯定できる世の中がやってくるよう、祈っています。

エッグ・シェアリングなんて
竹 -- 2011年02月22日 01:08:06

   しゃびろさんの投稿に、次のような発言がありました。

「もしも卵子提供を日本で推進するならば、エッグ・シェアリングはかなり現実性の高いシステムではないでしょうか?
 まず、提供する方は自分のために誘発剤の使用や採卵を行い、余剰を他者とシェアするのであって、提供するがために誘発・採卵するのではない、というところが優れています。」

 本当に、こういう感覚で、子どもを生んでいいのでしょうか。
 みなさん、正気ですか?

 子どもの立場になってください。

 いったい誰が、「余剰」、本来廃棄されるべき卵子から生まれたいでしょうか。

 効率的に、できるだけ提供者の痛みを低減し、費用を節約して卵子を獲得する、そうして生まれてくることに、痛みも苦しみもないと言えますか。

 ひどくないですか。

 人間は、そういう出生に耐えられるものですか。
 人間は、そんなふうに生まれてくるものですか。

 本当に、障害があろうと、病気があろうと、どんなことがあっても子どもを引き受けられますか。

 普通の親子でも、親子関係というものは、そんなにハッピーなものではないことのほうが多いのではないでしょうか。 

 もう一度、卵子提供を受けて子どもを授かりたいということ自体を考え直すべきだと、思います。

ルーツ
竹 -- 2011年02月21日 09:48:53

  ckさんの心の叫びは、卵子提供を受けようとする方々には、なかなか届かないようですが、おそらく卵子提供で生まれたお子さんのほうが、精子提供で生まれたお子さんよりも、強いアイデンィティクライシスに陥る可能性が高いと思います。
 問題が何重にも重なるからです。

 精子提供では、父は分からなくても一人です。
 卵子提供の場合、母は少なくとも二人、多ければ三人に分かれます。そのうち、誰を本当の母と呼べばいいのでしょうか。

 卵子提供や代理出産では、卵子提供を受ける人は、卵子提供者をドナーと呼び、代理出産をお願いする人は、生む人のことを代理母と呼びます。
 卵子提供を受ける人が、自らを「代理母」と呼ぶでしょうか。代理出産を他人にお願いする人が、自らを「ドナー」と位置付けるでしょうか。

 卵子を提供する人は、「実母」であり、出産する人は「生みの母」、育ててくれた人は「育ての母」。これが子どもの側の認識ではないでしょうか。

 養子と卵子提供、精子提供は同じではありません。
 たとえ自分を捨てた親であっても、その父と母とのあいだには、人間的な関わりがあったはずです。それが、いかに困難な、危険な関係であったとしてもです。

 ところが、卵子提供や精子提供では、「父」と「母」のあいだには、何の人間的関係もありません。まさに「精子」と「卵子」の出会いでしかなく、人間の手でつくりだされた「試験管ベビー」なのです。
 一方の当事者である、子どもを望む父親と母親、夫婦の側からすれば、自分たちの子どもであり、夫婦のきずなこそが重要だと思われるかもしれません。
 しかし、もう一方の当事者である子どもにとって、実の「父」と実の「母」のあいだに何の関係もない、自分は人工的につくられた子どもなのだということは、生涯消えない心の傷になる可能性があります。

 安全、安心、安価に卵子提供が受けられるようにすることに、どれほどの意味があるのでしょうか。
 欲望や執着の強さを、「愛」と間違えてはいけないと思います。

心の準備のないままの大きな変化にとまどう
平凡な一市民 -- 2011年02月20日 17:58:43

  第三者の介入した生殖技術はテレビの中でみる外国での出来事だと思っていました
ゲイのカップルが代理出産で子どもをもったり,超高齢の独身女性が東欧で卵子を購入し妊娠したり,特殊な事情の人が行うことであって,ある意味他人事でした
所詮,価値観も国民性も異なる外国での出来事としてみていたのです

しかし野田議員の妊娠・出産の公表によって,実は日本人も渡航し,大金を使い
外国でこの技術により妊娠し,国内で出産していること,しかもその数は年々増加していることを知りました

他人事ではなかったのです

同時に何の法整備もされず,子どもの出自を知る権利や倫理上の問題など,多くの問題があるにもかかわらず,何も対策が採られていないことに驚きました

しゃぴろさんのご意見にあるように,提供で生まれた子どもたちが偏見にさらされない前に
親御さんたちが中心になり,この『新しい家族のありかた』について説明をし,
世間に認めてもらう努力をしなければならないのではないでしょうか?

マヨネーズさま
まこ -- 2011年02月20日 17:16:11

  >この方法で生を受ける 〈必然〉が、子どもにありますか…? 

必然はなくとも、既に卵子提供で生を受けている子供が存在するのです。
また、今後も増え続けると思われます。

少し乱暴な言い方をしてしまえば、どんな生まれ方をしようとも、「はじめから<必然>として生を受ける者は、存在しない」と思っています。
人間は、親も、国も、自分の身体的特徴も選ぶことができずに生まれてきます。
そして、成熟するということは、この「不合理」を、自分の中で受け入れ、自我の一部として主体的に取り込む作業をするということです。

私が卵子提供で生まれた方々のアイデンティティクライシスが深刻だと思うのは、この作業に必要な情報を、どうやって得るのか?というコンセンサスが、社会に出来ていないからです。
この課題を乗り越え、積極的な「生の意味」をどう見いだしていけるのか?
それが、この問題を考える上で一番大切で、難しいことだと思っています。

しゃびろさまのおっしゃることに賛同するのは、先ほど申し上げた、「積極的な生の意味」を、卵子提供で生を受けた方々が獲得するためには必要だと考えるからです。

お答えします。
今回は匿名で。 -- 2011年02月20日 16:58:55

  代理出産と卵子提供での間で、確かに法律上の母親に関して矛盾があると私も思います。
なので、私見ですが、この件をクリアせずに法律が施行されると言うことはありえないと思います。
日本では、このままグレーゾーンでまだまだ進んで行くことになるのではないでしょうか?
精子提供を考えても、50年以上前から行われていたのに法整備は何も整っていない状態ですよね?(詳しく調べたわけではありませんので定かではありませんが・・)
そう考えると、代理出産、卵子提供の法整備を進めるのには、今の日本では問題山積で、早急に法整備を進めるのには無理がある過ぎるのではないでしょうか。
でも、労働者Mさんのような方々がいろいろ勉強され、行動を起こして進めて行かれれば、ここ何年か、何十年かのうち法整備さられるかもしれませんが・・。

アメリカは州によって法律が違うので、全てがそうであるとは言えませんが、
私の知る限りでは、出産時に母親であると申し出た者、Birth Certificateにサインした母親がその子供の母親になります。
日本もそのような形にすれば、簡単にこの問題はクリアされますね。

自助グループの件は、彼らが勝手につくるであろうから放っておけとは思っておらず、作る必要はあると思いますが、何から何までサポートする、線路を引いてしまうのではなく、当人達が起こす行動も見守ってあげるという気持ちもある意味必要ではないですか?
行動を起こす時、もし助けが必要であれは、その道に詳しい方々がそっとサポートしてあげる。
そういう形のHospitalityがあってもいいのではないでしょうか?

法整備等に積極的な方々の意見を読んでいますと、なにからなにまで整えなくてはならない、何か問題があった時にはこのように子供、周りの人たちに説明、または自分が解釈すればいいと、ご自分達の一定の尺度だけで話されていると私は感じ、
細かくいろいろ決めたとしても、(確かにある程度の骨組みは必要でしょうが)世の中マニュアルどおり全て行くものでは無いのではというのが私の意見です。

労働者Mさんがこのことについて深く勉強され、今後ご活躍されることを願っています。

お返事4
きょういくテレビ -- 2011年02月20日 01:38:00

  少し倒れている間に議論が進んでいたようで恐縮です。
話をまとめるのは物凄い労力と気力がいると思います。特に労働者Mさん、しゃぴろさんありがとうございました。
個々レスというより都度適した意見を出し合う形があっているように感じます。
マヨネーズさんのお言葉を拝借するなら「一つテーブルでお茶でも飲みながら語り合えれば」という感じです。
(個人宛のタイトルのものは返信しますが)恐らくその方が円滑に進むと思います。
とても私の力量ではまとめられません。役不足でトピ立てして申し訳ありません。

そして提供を受けた立場の当事者として投稿頂きましたKamoさんありがとうございました。
お聞きしてみたい事もあったのですが勝手に不在をしておりましたので
「投稿はこれで最後にします」とのご意向を尊重したいと思います。無理強いはしません。

経験者からのお言葉を聞きたかったので拝見した事について書きます。
素人考えですが…アイデンティティ・クライシスについて養子と提供児が同じような位置づけでは?とされていますが
既にそこにいる者と、新たに作り出す者が果たして同じ位置づけで良いのでしょうか?
結果は同じでも過程は全然違う訳で釈然としません。
(・・・とこの部分は最新のしゃぴろさんのレスに書かれてますね。脱帽です。)

>アメリカでは、しゃぴろさんもご存知のことと思いますが、
あなたがいいのならそれでいいんじゃない?というスタンスで、
基本我関せずと言った感じで、また、白人ご夫婦がアジア人、黒人のお子さんを養子に迎え、
家族で楽しんでいる姿なども日常的によく目にするので、そういったことからも日本とは全く違います。


横レスですが、それは想像できます。海外ドラマが好きなのでビバヒルやO.C.など養子の話は出てきますね。
いずれも以前の家庭環境より格段に良い生活に巡り合えたはずなのに…
劣悪な環境だった故郷や生活と縁を切りたかったはずなのに…
何故か取り払えない…育児放棄した実母や刑務所にいる兄弟との葛藤を描く回がありますね。
最終的には新しい生活を歩んでいくわけですが、それだけ切っても切れないものがあるというのを記憶しています。
ルーツのお話を拝見するまでは…正直そんなものかな?と見ておりましたが今は違って感じます。
ルーツの確保は言葉では表現できない感情も多いでしょうね。
特に気持ちの引出がないと適切な言葉もわかりません。ckさんのお返事も書けずにいます。
このドラマの引用が不適切だったらごめんなさい。

まこさん
>また、それと同時に、法整備もできていないのに、
年間数百人もの方々が海外で卵子提供を受けられているという現実を知り、
なんというか、じっとしていられないような焦りを感じていました。

一つだけ、私の中ではっきり出ていた答えは、
「卵子提供などの、賛否について議論している段階ではない」
ということでした。
「もう起こってしまっている現実を、どうやってよりよい未来につないでいくか」を真剣に考えなければ、と思いました。


同じく驚愕しました。
法整備もないのに年間数百人もの方々が海外で卵子提供を受けられている
実際もっと少数かと思ってましたがかなり多いように感じます。
命が絡む事ですので最低限その安全性は確保されなければと思います。
やまてんさんが書かれています「卵子提供」「免疫寛容」検索内容に愕然としています。
確かに分母は?という話も出るでしょうが許容範囲の内容なんでしょうか?
この件はまことさんも書かれていましたね。説明ありがとうございました。
実際のところ解明できてないという段階で安全が保障されている状態ではない事も忘れてはいけませんね。
こんな状態で法整備までたどり着けるのでしょうか・・・

意義って。。。
マヨネーズ -- 2011年02月20日 01:00:19

  (まこさん、私は全く逆の思いを抱いていました。このところ、ずっと自分の中でモンモンと考えこんでいたテーマでもあるのですが)

  子どもにとって「提供によって生まれること」の 「意義」って、あるのでしょうか…?

これは、養子とは似て非なる面―――たいへん大きな違いです。
養子縁組の場合は、家庭を必要としている子、親の保護を必要としている子が、
いまここに、いるのですから。
その子を迎え、家族を築いていく意味、意義は、子ども自身にはもちろん、
ご夫婦にとってもたいへん深く大きなものでしょう。
(失礼ながら、しゃぴろさんの養子と提供の違いor共通点として書かれていること、AIDで生まれた方がどう感じているか等、私の理解・認識とはかなり異なります)

むろん、提供医療でも、この方法で生まれてきた「意味」――たとえば「親切な人にわけてもらった大切な命」「私たちの元に贈られたあなた」などの言葉――を伝えていくのは、とても大切なことでしょう。

しかし、提供医療の場合、子ども自身に、この方法で生まれる「意義」というか
「メリット」(あえてこの言葉を使いますが)はあるのでしょうか…?

  この方法で生を受ける 〈必然〉が、子どもにありますか…? ★

「提供で生まれること」を「幸せの枠組み」???
すみません。。。私には全然、わかりません。。。

しゃぴろさんは一例として挙げているだけかもしれませんが、これをコンセプトにした法制化、それは、子どもに「この方法で生まれることの意義」や「この方法で生まれたことの幸せ」を押しつけることになりませんか…? 
提供医療に対し、より積極的な意味・意義を持たせることは、たとえば兄弟姉妹のドナーとなるため受精卵診断を行って子をもうけること、その子を社会が(ご家族が、ではありません)「意義ある子」とすることなどと、つながっていきはしませんか…?

以上は(特に★の部分)いま私が私自身に向けて発している最も重要な「問い」であると同時に、超えられていない問い、つぶやきです。言葉遊びではないこと、しゃぴろさん個人やまこさんにレスをお願いするものでもないことを、ご理解いただければ幸いです。

ーーーーーー
くりむとさん
代理出産と夫婦間体外受精の児の比較。なかなかないようですが、とりあえず一つ発見。Paulo Serafini/IVF-surrogacy/ Human Reproduction, 2001 で出て来ると思います。代理出産265件の調査です。(この数で結論めいたことが言えるのかはちょっと疑問でした。引用してある日本語論文がありました←こちらは検索「代理懐胎 禁止」で)

実際の養子の思い(個人の例です)
養女です -- 2011年02月19日 21:26:04

  >卵子提供児でも精子提供児でも養子にされたお子さんたちでもこのことについてはみな同じだと思うのです。提供児だからと言って特別に戸惑いを感じることはないと思うのです。


このように書かれていらっしゃったので、養女の自分も発言権があるかと思い、意見を書き込ませていただきます。

自分がアイデンティティクライシスに陥った状況を説明します。
物心ついた頃から血はつながっていないことを伝えられていました。しかし、生物学上の親に会いたいとは四十年間一度も思いませんでした。本心です。

そんな自分が実子を持ち、子育てをしている四十代になって急に自らの存在が不安定に感じられるようになったのです。

自分がどこの誰からつながって今ここに存在しているのか。
目の前の反抗期真っ盛りでも憎めない子どもを見ていて、どうして生物学上の親は自分を手放せたのだろうか。
自分に同じことはできるだろうか、絶対にそれは無理だ。
なら、自分は血のつながりのある人からは愛されていなかったのか。

いきなり過去を探るように戸籍を取り寄せました。いくつもの役所をまわり、事情を説明し、協力を仰ぎ、生まれたであろう場所を探しました。決して実親に会いたいのではありません。この違いをわかっていただけるでしょうか。自分が存在していたのだという確証が欲しいのです。そうでないと、今いる自分が作られた偽物のように思えてならないのです。

それでも何をしても、自分の足元に底なしの空間があるようで、恐怖ですくんでいるのです。

育ての親に言うことができるはずもありません。精神的に病み、医師とカウンセラーに掛かることで、初めて自分の話をしました。
今でも治療は継続しています。(カウンセリングは病院内なので高額ではありません)
親には感謝の言葉だけを伝えることしかできません。本心を悟られてはならないと今でも思います。

誰からも「あなたは恵まれている」と言われます。自分も周囲の人に「本当に幸せです」と言います。それを見て「やっぱり養女に来て良かった」と誰もが信じ込んでいます。

あくまでも一個人の例でしかありませんが、実態はこういう状況です。
愛情をもらおうが、今がどれだけ幸せだろうが、自分という存在が何かと確実につながっているという確証を実感できるまで、この空虚感は続くのだろうと思います。決して実親に会えば解決することではないとも。でも方法がわからないのです。
そして、アイデンティティクライシスはいつ出現するかもわかりません。

育ての親は最後まで「この子が幸せになって良かった」と思うことでしょうし、自分の務めはそう思ってもらうことだと考えています。

ここでしか書けない本音をぶつけてしまって申し訳ありません。養子でももちろん幸せに暮らしていますし、今の生活を受け入れています。
それと説明のつかない空虚感は別のものだと、どうかほんの少しでも知っていただきたいと思います。
長文失礼いたしました。

Kamoさま
しゃぴろ -- 2011年02月19日 18:07:06

  ご覧になっていらっしゃらないかもしれませんが、ご返信します。


何かを一般論として語ることは難しいと思います。

私はKamoさんがおっしゃられたことに共感しますし、Kamoさんがそのような環境で生活をされているのであれば、日本で法制化されるかどうかということにそれほどこだわらない、ということもありうるかもしれません。

ただ、Kamoさんがおっしゃっていることは、子どもに事実が知らされることがある程度社会の共通理解になっているという前提にたっているからかと思います。
子どもは自分の出生の状況についてある程度知っており、また社会も、子どもがそうした状況をある程度知らされている、という前提にたっているからこそ、多様性を認める態度が成り立つということではないでしょうか。

日本においては、提供医療の当事者の方におかれては告知に否定的な見解がまだ大勢ではないかと思います。
しかしながら養子については、基本的に就学前の告知が前提です。
この点が大きく違う点です。

私がずっと申し上げたかったことは、子どもが告知されることを前提としていることを、子どもも親も社会も皆が認知しているなら、社会の側も受け入れる態勢を整えられる、ということです。
そうであるならば、提供児も養子も大きな違いはありません。

しかしながら、現在においては、提供児(卵子か精子かにかかわらず)については、告知はいかにあるべきか、出自を知る権利はいかにあるべきか、を考える土壌もないままに、「家庭内の問題」というスタンスにおかれているように見えます。
しかし、それでよいのでしょうか。

出生に3人がかかわるということは、たしかに、重い事実です。
しかし、本当に重い事実なのか。
そうではなく、新しい家族のあり方である、と考えていく、少なくとも自分たちはそう考えているのだ、と、そうした方向性をきちんと示していくべきでしょう。
そしてそれは、提供を受ける親御さんが、ご自分のお子さんにも、家族の中でも、社会に対しても、そのような姿勢と信念を示していく、ということだと思います。
親御さん自身が、重い事実だから隠す、という状況にあるなら、それは重い事実でしかなくなり、社会もそのようにしか受け止められません。
そうであるなら、子どもの友達の親はどう説明すればよいか分からない、ということになりかねません。
そして子どもだけが、重いとされてしまう事実の前に一人で苦しむことになりかねません。

子どもの友達の親が、子どもにどう説明したらよいか分からない、というならば、そこで偏見だと感じるのではなく、「そのような家族の形もあるのだ」と説明してほしい、とおっしゃればいいことだと思います。

お子さん自身にはどう説明しているのか、と聞かれたら、たとえば小さな子どもであれば詳細はよくわかりませんから、「お母さんのおなかがこわれちゃったので、神様がいのちの贈り物をくださったのよ」と子どもに説明しています、云々とお伝えされればいいのだと思います。

そのことをもって社会の無理解というのではなく、言葉でご説明されればよいだけなのだと思います。


養子の告知については、そうした告知のあり方を考えるための支援体制が用意されています。

提供児童についても、そうした支援を用意していくべきだし、また親御さん自らでもお考えになっていくべきでしょう。

そうした機運もないままに、提供を受けるという行為だけが進んでいるように見えるため、私を含む一部の人は危機感をもっているのだと思います。


米国で、提供に際して高額の謝礼が介在することの良し悪しは、私はよく分かりません。
物事というのはそれだけで成り立っているのではなく、さまざまな制度の補完によって成り立っているからです。
従って、米国において高額の謝礼を介在させることには、それなりに位置づけがあるということなのでしょう。

しかし、日本においては、ここでも議論のあったように、違和感の大きい制度です。
このまま法制化もないままに、提供を受けるというワンポイントだけ米国の制度を利用していくならば、「売買」という偏見を助長しかねません。
卵子提供が高額の謝礼を介在した行為である、という認識だけが広まれば、卵子提供によって生まれた子どもは、自分の出生の枠組みに対して疑問をもちかねません。
それはいろいろな意味で不幸なことではないでしょうか。
法制化がすべてではありませんが、システムが社会にとって納得のいくものであることは、大切なことだと思います。
それは、社会も考えるべきことでもあると同時に、まずは当事者の方が声をあげられていくことが大切だと私は思います。

横レスすみません、しゃびろさま
まこ -- 2011年02月19日 17:19:27

  なかなか時間がとれず、「じっくり」とはいきませんが、皆様の投稿、ずっと読ませていただいています。

私は当事者でもなく、知識も経験もないのですが、皆様の深い考察やご意見を拝読しているうちに、なんだかいてもたってもいられない気持ちになり、別にスレッドを立てさせていただきました。
スレッドを立てた一番の目的というか、動機は、あまりにも自分が何も知らないでいたことにショックを受け、なんとかもっと、具体的実際的な情報を得たいと思ったことでした。

また、それと同時に、法整備もできていないのに、年間数百人もの方々が海外で卵子提供を受けられているという現実を知り、なんというか、じっとしていられないような焦りを感じていました。

一つだけ、私の中ではっきり出ていた答えは、
「卵子提供などの、賛否について議論している段階ではない」
ということでした。
「もう起こってしまっている現実を、どうやってよりよい未来につないでいくか」を真剣に考えなければ、と思いました。

そのなかで、しゃびろさまのご意見は、どれも私の感覚にぴったりでした。
いつもしゃびろさまの、博識に裏付けられた明晰かつ視野の広いご意見には感服しておりましたが、

>私が現時点で思うことは、「提供によって生まれるということ」の意義が、提供によって生まれる子、家族、社会、の全ての位相で共有化されることでしかないのではないか、と思います。
つまり、提供で生まれるということを幸せの枠組みとしていかに言語化し、社会の中で位置付けられるかが、大切だと思います。
(繰り返すようですが、私はそのためにも法制化が大切なのではないかと思っています)

というご意見は、まさに、私が知識&知能&文章力の足りなさゆえに、明確に言語化できないでいた思いを、代弁してくださったように感じています。
「幸せの枠組み」という概念、素晴らしいです。
もし許していただけるなら、私のスレッドで引用させていただいてもよろしいでしょうか?(この部分だけを引用するのは失礼とは存じますが…)
もっと大勢の方に読んでいただきたいです。

しゃぴろさま
Kamo -- 2011年02月19日 07:54:34

  個別に私宛でではないと書かれていますが、読みますと私宛と思いましたのでレスをさせていただきます。

私が、’結婚時’の話、どなたが言われた’子供の中に’の話をあえて申し上げたのには、このような議論が始まると必ずそう言った意見が出てくるので、このような状況では、日本に住んでらして、海外で提供を受けた方々は、皆さんが強く言われている’子供に出自の事実を告げる’ことについて、ためらいを感じてしまうのも仕方が無いことと思ったので、それで今回触れさせていただき、
最初の投稿にも書かせていただきましたが、私たち大人がそう言った偏見を無くす事も、法整備を整えると同じくらいとても大切なことではと申し上げたかったのです。(私は、子供には、出自を知る権利があると思っています。)

初めてのことには戸惑いを感じませんか?と言われますが、確かに初めてのことであれば戸惑いを感じることでしょう。
しかし、冒頭にしゃぴろさんも触れらているように、卵子提供児でも精子提供児でも養子にされたお子さんたちでもこのことについてはみな同じだと思うのです。提供児だからと言って特別に戸惑いを感じることはないと思うのです。
養子にされて、養父母に育てられた子供達は昔から多くいて、皆さんのご親戚、近くではない遠いご親戚の中にお一人はいらっしゃったりしませんか?その方たちと同じように接してもらえれば、特別意識せずに接してもらえらば、それでいいと思うのですが、なぜ提供児は、特に卵子提供児はいろいろと特別扱いされなくてはならないのでしょうか?
以前どなたかが言われていましたが、そういった空気、状況を私たち大人が神経質になり過ぎるが故に作り出してしまい、何も感じていない子供たちに植え付けてしまう、と言うことになってしまうことに不安を感じずにはいられません。

我が家は、幸か不幸かDomestic onlyの生活をしている訳ではないので、正直、これらの問題を私自身深く悩んではいません。
アメリカでは、しゃぴろさんもご存知のことと思いますが、あなたがいいのならそれでいいんじゃない?というスタンスで、基本我関せずと言った感じで、また、白人ご夫婦がアジア人、黒人のお子さんを養子に迎え、家族で楽しんでいる姿なども日常的によく目にするので、そういったことからも日本とは全く違います。
告知の件に関しましても、以前からカウンセラーの方々とお話をさせていただいているので、私は、日本で生活をされている方々とは少し違う立場にあります。

ckさんのお気持ちは、私も深く受け止めています。だからこそ質問をさせていただきました。
AID児の考え方、捉え方はまちまちで、アメリカでも、すんなり受け入れられた方たちと受け入れられずずっと心に闇を持ち続けている方たちと分かれるようなのですが、では、なぜそのように分かれてしまうのか?
その子供の性格によるものなのか、告知の仕方、状況なのか、生活環境によるものなのか?
私たち当事者の親たちは、そういうことをよく知ること、よく勉強することがとても大切なこと思うので質問させていただいたわけです。

私は、日本で育つ提供児が偏見に悩むことなく育つことができ、
卵子提供児だけに偏った考え方をせず、AID児、養子にされたお子さんたち全ての者を含めて、いろいろ考えていくことができる日本社会であることを願っています。

個別に意見交換をしようとは思っておりませんので、このスレッドでの投稿はこれで最後にします。

社会の認知
しゃぴろ -- 2011年02月18日 21:00:23

  Kamoさん、
スレッド主ではない私が言うのは僭越ですが、このスレッドの一連の流れで当事者の方が出てこないのはやむをえないと思っていましたので、あえて御礼を言わせてください。
以下、個別にKamoさんあてというわけではないので、負担に思われないでください。

私も、今の、そしてこれからの日本の社会は、多様な家族の形を受け入れていくことのできる成熟度を備えなければならないし、実際すでにそうなってきていると思います。
一方で、それは、子どもの人権に対する意識も、40年前、50年前の精子提供の事例の時代とは比べ物にならないほど、成熟しているということのあらわれでもあると思います。
また、この二つは、どちらかではなく、両立してこそ成り立つものだと考えます。

私も提供医療は、形を変えた養子だと思います。
実際、アイデンティティ・クライシスに関しては、Kamoさんがおっしゃるとおり、養子とも通ずるものがあると思います。

ただ養子の場合は、生みの親が親権を手放したという行為と、育ての親との間には、断絶があります。
一方、提供の場合は、遺伝学上の親が親権を手放す経緯について、いわば戸籍上の親が認知している、ということに違いがあります。
それゆえ、提供については、「出自を知る権利」の配慮がより声高に言われる、ということだと思います。
しかし、養子には必要ない、ということではありません。

結婚云々については、私はあまり気にされないほうがいいと思います。
それこそ人の価値観の問題なので。
ckさんも幸せな結婚をされているということでしたよね。
人と人との出会いによって結びつく結婚であれば、必ず幸せになれると思います。

子どもの友達の中にいたら…というのは、子どもに説明を求められたらどう説明をしてよいか分からない、という趣旨だったと思います。
当事者でない人にはよくあることです。
私もそういうことはあります。
Kamoさんはそういうことはありませんか。
新しい概念が社会で受け止められていくときには、いろいろな誤解や当惑も生まれます。
ただそれはたいてい、悪意ではない場合も多いと思います。
みな忙しいので、他人のことまであまり考えたりする暇がなく、当惑しているのです。

私は、こういうケースにそなえて?か分かりませんけど、説明のパターンをご自分で考えておかれたらいいと思います。
子どもの友達に対しては、こういう風に説明したい。
親戚に対しては、こう。
自分の友人に対しては、こう。などなど。

実際には、そんなに人に言って回ることはないでしょうが、そうして客観的に言葉にしていくことから、思考が練り上げられていくと思います。
提供医療が社会の中できちんと受け止められていくために、いろいろ考えてみてください。
それが、どのように告知するか、にもつながっていくかとも思います。
当事者の方たちどうしで、そうしたことを話し合う場があってもいいんじゃないか、と思っています。


私自身は、ckさんがご自分の出生をご自分で否定せざるをえないということを、もっとも重く受け止めています。
私はその本当の重みはたぶん一生共有できないのだと思いますが、それでもその重みを考えると、胸がつぶれる思いがします。
ですので、今の社会の流れが本当に正しいのか、正直なところ分からなくなります。

一方、それであっても、社会の価値観の変化と人々の意識の変化は、根源的な意味をもつ、とも思います。
時代がかわることによって、かつてあった苦しみが変わっていく、ということはあるのではないかと思っています。

くりむとさんが書かれた「自分が生を受ける過程に3人の人間が関わっていたという事実」は、確かに重いと思います。
そして、それが今も今後も重い事実のままであるなら、ckさんの苦しみが再生産されてしまいます。

私が現時点で思うことは、「提供によって生まれるということ」の意義が、提供によって生まれる子、家族、社会、の全ての位相で共有化されることでしかないのではないか、と思います。
つまり、提供で生まれるということを幸せの枠組みとしていかに言語化し、社会の中で位置付けられるかが、大切だと思います。
(繰り返すようですが、私はそのためにも法制化が大切なのではないかと思っています)

臓器提供は確か「いのちの贈り物」というスローガンだったかと思いますが、社会が新しいシステムを受け入れていく際には、社会におけるそうした分かりやすいキーコンセプトを共有することも有効だと思います。
卵子提供とは何なのか。
子にとってどのような意味をもち、社会にとってどのような意味をもつのか。
当事者の方たち自身にとって納得のいく社会的認知のあり方について、皆で共有化していけるとよいですね。

私はその努力を心から応援します。

自己レス
労働者M -- 2011年02月18日 17:21:42

  欧米各国の状況を簡単に検索してみました。
技術は日進月歩で進化していくので、改正されている法もあるかもしれません。

アメリカ→制定法で有効とするのは10州、無効とするのは9州。
有効とする州の中で報酬や対価付きの代理懐胎契約の締結を禁止する州が4州、親となる意思を有する者を親とする明文を置く州が7州。
大半の州が態度を明らかにしていない。

イギリス→営利を目的とする代理懐胎のあっせんと広告は犯罪とされるが、当事者及び施術をした医師の行為は犯罪とされない。代理懐胎契約は無効ではないが、裁判所に訴えて強行することはできない。

フランス→生命倫理法(1994年、2004年改正)により、生殖補助技術の大半が規律されている。代理懐胎契約は公序に反して無効であり、認められない。生まれた子と母親との養子縁組についても裁判所は縁組の効力を認めない。

ドイツ→胚保護法および養子・代理母あっせん規制法により、代理懐胎は認められない。代理母のあっせん者が処罰されるが、代理母及び依頼夫婦は処罰対象ではない。

スウェーデン→ 胚の提供が認められてない以上、借り腹は認められない。代理母についても、非配偶者間の体外受精は、利用者について医学的・心理的・社会的審査がなされ、精子の提供者の選択は医師に任されていることや人工授精法に違反した場合の罰則の存在があることから、実施されることは考えにくい。

韓国→大韓医師協会の「医師倫理指針」が、金銭目的での代理母を禁止しているが、大韓産婦人科学会の「補助生殖術倫理」では、非配偶者間の人工授精の実施に準じることとし、代理懐胎の実施を間接的に許容している。女性の身体を守らなければならないとする女性団体と、容認を主張する医師団体の立場が対立している。


引用元は「[代理出産]各国の法規制の現状」でみられます。
直接リンクを張っていいのかわからなかったのでタイトル表記にとどめます。ちなみに2008年の記事です。

わかりにくくて申し訳ありませんでした。
労働者M -- 2011年02月18日 15:49:00

  今回は匿名で。さま

ご指摘いただきましたので再び書き込みます。私のつまらないたとえ話で話が混乱してしまったようで申し訳ありません。
今回は匿名で。さまをご不快にさせる意図はありませんでしたが、結果的にご不快を覚えられたのならお詫びいたします。

ですが、私はこれは「今」話し合うべきことだと思います。私にとってはものすごく本質的な疑問なんです。(すみません、アスリートの例えは忘れてください)
わかりやすくするためにあえて実名で書きます。

まず野田聖子さんは自分の子宮に他人の卵子を宿し出産しました。卵子提供者をAとします。
次に向井亜紀さんは自分の卵子を代理母に託して出産してもらいました。代理母をBとします。
現行法では野田さんとBさんが実母です。
ですが、向井亜紀さんはそれに不満です。子供は自分の遺伝子を継いでいるのだから、実母として扱ってほしいと訴えます。

ここで、向井亜紀さんを法律上実母として認めると、野田聖子さんのお子さんについてもAさんを実母としないと話が合いません。

この問題をどう解決するのか、私には全くわからないのです。(と、いうことを言いたかったのですが例えが悪くて失礼しました)

これって統一見解がないまま進めていい話なんですか?というか、ここを曖昧にしてていいなら法律で認める必要ないんじゃないでしょうか。

きつい言い方になりますがあえて指摘します。上記のケースで野田聖子さんと向井亜紀さんを実母と認定するならば、お金を払ったほうが実母という解釈にならざるを得ません。
この矛盾はどう解決をつければいいのでしょうか。

他国の事情に関しては不勉強で申し訳ありません。私も調べますが、もしもすでにご存知でしたらご教授ください。他国では、子宮の母と卵子の母のどちらが正統な場合が多いのですか?それともケースバイケースで判断するのでしょうか。

私は当事者ではないのでこの問題について倫理的な是非を表明する立場にはありませんが、非常に関心を持っています。現職の議員が法制化を進めるというのであれば、社会の構成員として議論することが無意味だとは思いません。
もちろんもっと勉強した上でさらに関心を持ったら、NPOなどに参加することも検討いたします。ご教授ありがとうございました。


あと、失礼かと思いましたがひとつだけ。アメリカやイギリスのAIDの子供たちの自助グループの話は、聞きようによっては「今話し合わなくてもあとで当事者同士が勝手に何とかするからほうっておけ」と解釈できなくもないです。そのような意図でないと承知しておりますが、少し気になりましたので指摘させていただきます。

読ませていただいていますが・・、
今回は匿名で。 -- 2011年02月18日 02:32:24

  きょういくテレビさんや労働Mさん、しゃぴろさんなどの方々が、卵子提供に関して早急に法整備を進めなくてはならない、産まれてきた子供の人権をもっと考えなくてはならないと強く思われるお気持ちはよく分かりますが、実際、この件に関して、先進国であるアメリカでどれだけ法整備がなされているでしょうか?
こういう時にはこう対処しなくてはならない、こういう時にはこう・・・。考え出したらきりがありませんよねぇ!?
労働Mさんのアスリートに例えた話は、曖昧にしておくのはよくないと言われていますが、今の日本でそこまで考えなくてはならないことなのでしょうか?例え産まれてきた子供の人権を守るためであっても、アメリカでも、卵子提供を認めている他の諸外国でも、そのような状況を見越して法整備を考えている国なんてないと思いますよ。
万が一、悪意の第三者が現れた場合は、その時点で訴訟なりなんなり起こせばいいことじゃないですか?
こういうことをお話すると、そのような立場の子供を作らないためにも今から考えておく必要があるとおっしゃられると思いますが・・。

産まれてきた子供の人権を守ることはとても重要なことだと思います。でも、その言葉に託けてどんどん飛躍的な考え(妄想と言っても私はいいように感じますが・・)をされているように私は感じます。

アメリカやイギリスでは、このような状況で産まれてきた子供たちが中心となって作ったサイトが多くあり、個々にコミュニケーションを取り合い、異母兄弟を探したり、悩みを相談しあったりしています。
もちろん、それらの国では、ソーシャルワーカーなども大変充実していますが、それは、日本に比べ、この件に関し歴史が長いので、今はいろいろなサポートあるのだと思います。
どちらの国も最初からそうだったかと言うとそうではなかったのではないでしょうか?
時代が、その時の状況が、紆余曲折しながらもいろいろなものを作り上げてきたのではないでしょうか?

冒頭に述べた方々が、本当に心の底から変えなくてはならない、法整備をしていかなくてはならない、何かしなくてはならないとお思いになられるのであれば、ここで議論されるのではなく、卵子提供の先進国である国々のことをもっと勉強されて、その方々が中心となってNPO法人でも作られて活動されたらいかがでしょーか?
この件に関して無関心ほど怖いものはないと言う正義感いっぱいの気持ちでここで熱く議論されていても、結局は何も進まず、何の行動にもならないと思いますよ。

あまり肩に力を入れすぎずに、もう少し広い視野でいろいろ考えられたらと私は思います。

リスク
まこと -- 2011年02月17日 22:54:54

  卵子提供の妊娠でトラブルが多いのは、
母体と胎児との遺伝子の相違にあります。

通常、他人の臓器を移植したら免疫反応によって
激しい拒絶が起こります。
それを免疫抑制剤などで抑えるわけです。

親子間の臓器移植であっても、
免疫抑制剤が必要です。

一卵性双生児のみ、免疫抑制剤は必要ないのです。

ではなぜ胎児は母親のお腹に免疫抑制剤も
必要なく体内にいつづけることができるのでしょう?

まだ完璧には解明されていません。

ただ、母親と半分は遺伝子を共有していること
これが大きいといわれています。

しかし、卵子提供においては、
母親とまったく遺伝子を共有していません。

このことが、卵子提供による出産での
トラブルの元であると考えられています。



ご返答ありがとうございました
労働者M -- 2011年02月17日 17:19:49

  きょういくテレビさま

病み上がりのところ、返答ありがとうございました。私の発言を引用しておられたので私あてと解釈します。
きょういくテレビさまのご意見は了解しました。高齢出産については私も同意見です。
また、しゃぴろさんの深い洞察には感銘を受けました。
建設的な意見はほとんどしゃぴろさんがまとめてくださったのでこれ以上言っても蛇足かもしれませんが、法整備に関してもう少しだけ述べさせてください。

私は現時点では法制化反対ですが、世間の流れとして止められないのであれば、可能な限りリスクを回避する努力をすべきだと考えます。

私にとって最大の問題点はやはり「法律上の親子関係」です。
voiceは卵子提供の話題が多いですが、同じような生殖技術には代理出産もあります。
そして、私から見るとこの二者の利害(というと語弊がありますが)は真っ向から対立しているように思えます。

私はあまり人間性善説を信じていないので、法整備をするときに、善意もしくは誠意を前提として手心を加えるのは危険だと思います。
卵子提供を選んだ「子宮の母」と、代理出産を選んだ「卵子の母」。
どちらも子を思う気持ちは同じだから…などという理由で法律上の正統性をあいまいにしておくと、たとえば以下のような事態も考えられます。

「ブラジル人女性から卵子提供を受けた。ドナーはかつて一流のアスリートだった。
子供は早くからサッカーの才能を示し、未成年にも関わらず大金を稼ぎ出すスタープレイヤーとなった。
父親にスポーツの素養はなく、明らかに卵子の母の遺伝と思われる。
エージェントによってルーツを証明できると知った卵子の母は、彼の才能は自分の遺伝子の賜物なので、
獲得金の一部をもらう権利があると主張した」
(空気読まないたとえ話ですみません)

この場合、対処法として考えられるのは以下です(他にもあったらご意見ください)
1.ルーツを徹底的に隠す(子供のアイデンティティー問題に抵触)
2.提供の際に書面で厳重に契約を交わす(マスコミが騒ぎ出したら意味ないけど)
3.卵子の母にも子宮の母にも一定の権利を認める(上記のような主張には黙って金払う)

歴史上、子宮と卵子の持ち主が違うなんて事態は近年まで誰も想定していなかったことです。
今は(実際は金銭がからんでいても)提供者や代理母はあくまで「善意の第三者」の位置づけですが、
隙を突いてどんな悪いこと考える人が現れるとも限りません。
こちらが思ってもみなかった「悪意の第三者」が現れた時、それを守れるのは法律だけでしょう。
それだけに法整備は慎重にするべきです。決して世論に流されてなし崩しに認めるようなことがあってはなりません。

高齢出産について
きょういくテレビ -- 2011年02月17日 11:06:17

  レスお休みしている間にも投稿ありがとうございました。
毎年この時期は嘔吐を伴う風邪を貰って家族で感染して悲鳴をあげております…
再び感染しませんように・・・願うばかりです。
皆さまもお気を付け下さい。
スローペースですがお返事もボチボチ再開致します。
内容が難しい部分もあり確認しつつ書いてますので日にどれほど書けるかな…待ってて下さるかな?という心配も出てきました。
有り難い悲鳴ではありますがご容赦下さいませ。

お返事で最初にこれはハッキリしておいた方が良いのかな!?という事ですが
「高齢出産」について勝手な一個人の意見を書きます。
卵子提供を受ける事について話を集中する為には必要かと思いますので補足です。
なぜ卵子提供に限ってかと言えば…これから劇的に動くかもしれない事柄だと思うからです。
私はいくつかの【問題点が100%とはいかずとも70〜80%辺りで解決できる見込みが着くなら】
「提供医療」として確立されることもありなのかな?と思っています。
ただしそれは他に選択肢がなくなってしまったという構図は問題点の一つと思います。
この点で高齢出産という部分が絡む訳なのですが
それ以外での一般的な高齢出産についての解釈は・・・・
子供を欲しいと思った時期に授からなかった時期が私にもあります。
これが不妊なのだと思いますが私にも1年ほどありました。
特に触れる必要はないと思ってましたが語る上でこれを書かないと進まない気がしますので書きますが…
孫プレッシャーならぬ第三者の期待が大きい環境で嫁ぎました。
親族以外から頻繁に言われる事が苦痛に感じる事もありました。
毎月結果が分かるので本当に残酷な期間だと思います。
最後は「子供の作り方を知らないんじゃない?」と言われたり…顔で笑って心で泣く事もありました。
治療こそはしませんでしたが治療せずともこんなに辛いのだから
治療するとなると結果を求めたくなって精神的にも肉体的にも金銭的にも私が想像を絶する程、
不妊治療というのは辛いと思っています。

>他スレで「40歳以上の出産が結果的に少なくなるといい」と発言されていたので

これは不妊の主な原因は(勿論該当しない方もいるかとは思いますが)加齢であり老化であるとすると、
出産適齢期で妊娠・出産する事で長く苦しい出口の見えない不妊治療というトンネルを通らずに済む人がどれほどいるだろうか?と考えるのです。
トピにも書いていますが「マスコミも成功例のみしか取り上げない風潮に憤りを感じます。」というのは
世間には「50歳で出産できた」という部分のみに終始した報道でその後の事は伝えず…特に興味のない人は誤解するだろうなと思うのです。
50歳でも出産できるのだからと妊娠・出産を先送りした結果、不妊治療という長く苦しいトンネルが待っている事など知る由もないのです。
もうそんな報道の仕方は、トンネルの入り口で手ぐすね引いて待っているのと同じ位に罪深いと思っています。
それは【迷惑】以外のなにものでもありません。私は先生と呼ばれる人や有名人が**歳で出産できましたというのも怖いなと正直思ってます。
少しでも多くの人が出産適齢期で出産ができるような方向へ向かって欲しい
そうする事で不妊治療そのものを受ける人が減って欲しいと思うのです。
悪までも自然妊娠での40歳以上の妊娠・出産を減らしましょうというのが目的ではありません。
40歳過ぎても身体に問題なく生める人は生んだら良いかとは思いますが、
自然妊娠となると必然的にグッと少数になるのかな?とは思います。

不妊治療で長く辛いストレスを受け続けて、妊娠して10か月ほど一瞬ストレスから解放されたとしても
(人によっては妊婦期間も苦しい場合もありますし…私も一人目は半年近く自宅安静の軟禁状態でしたから…)
長く蓄積されたストレスが育児が始まった途端に蘇ってしまったりしないかな?
あるいはイライラの限界が人より早くても当然あり得るだろうなと思います。
絵に描いたような育児書通りの赤ちゃんなんて殆ど居ません。授乳だって3時間おきなんてとんでもない…
それが終わったかと思うと、魔の2歳児、悪魔の3歳児と世間でも言われるような時期が続くのです。
よく言われる「長く描き続けたから当然愛せる・他の人より大事にできる」というのは、
私は幻想であって妄想に過ぎないだろうと思います。全くいないとは勿論思いませんが大多数という意味でご理解下さい。
むしろ蓄積されたストレスが解消されないままに育児がスタートしてしまうのも不妊治療が長引けばその分苦しいだろうなと思います。
加勢の人手も母体と同じように高齢になってしまう訳ですから負のスパイラルに感じる訳です。
それを脱する為には不妊治療というトンネルを通らずに済む人が増えるように
出産適齢期で出産ができるような方向へ向かって欲しいと思うのです。
高齢出産の掲示板で高齢出産の部分を避けて話はできないかもしれませんが
今回は重要視しなくても良い気がします。

きょういくテレビ

通常の妊娠と卵子提供
やまてん -- 2011年02月17日 09:45:26

  とくめいA様

きょういくテレビさんに当てたご意見に横からすみません。
自分なりに卵子提供について調べているうちに「免疫寛容」という言葉をあちこちで目にするようになりました。「卵子提供」「免疫寛容」で検索すると色々な報告書や医師のブログなどが出てきます。
よろしければ調べてみてください。理論上もまた産科医療の現場でも、通常の妊娠とは違ってしまう事が起こる可能性が高くなる事が理解出来ます。

>もし、明らかに卵子提供による高齢出産における母体側のリスクが高ければ、
>産婦人科学会も警報をならすことでしょう。

産婦人科学会の理事長である吉村氏はすでに卵子提供に批判的な立場ですね。
産婦人科学会は情に流されがちな世論に対して常にシビアなスタンスを取り続けてると思いますよ。

「子供が欲しい気持ちはわかる」「なぜ法律で認めないのか」「血がつながってるのだからいいじゃないか」
このように代理母による出産ですら、世論の5割以上が法律で認めるべきという世論調査が有ったと記憶しています。当然国民の代表である政治家はくみ取り、法整備をすすめようとします。
卵子提供に至ってはもっと世論の支持は高いのではないでしょうか。
それを、現状を知る医療関係者、専門家達がせき止めているような印象を持っています。
現場で問題が無ければとっくに法律で認められてるはずではないですか?

結局正確なデータには数が必要なのであり、このままどんどん卵子提供にすすむ人が増えて行くと、リスクの問題、子供への告知の問題等諸事情を含め、結果的に警鐘を鳴らさざるを得なくなるときが来るのではないかと。
そういった意味で暫くはグレーゾーンの状態が続くのは仕方の無い事なのかもしれないとも感じています。

体調良くなりましたか?
とくめいA -- 2011年02月16日 21:17:52

  初めての投稿なので、とくめいAとさせて頂きました。

病み上がりで申し訳ありませんが、きょういくテレビさんに教えていただきたいことがあります。

卵子提供の3人にひとりが子宮摘出している・・・という事実をこのVOICEで知りました。それは(卵子提供ではない)高齢出産そのものでも大量出血および子宮摘出につながるのでしょうか?早産が多いとは聞きましたが、周囲の高齢出産の方々は輸血もしていません。それとも自然妊娠と体外受精で授かった妊娠の場合は違うのでしょうか?



もし、明らかに卵子提供による高齢出産における母体側のリスクが高ければ、産婦人科学会も警報をならすことでしょう。
そうなれば、安易に卵子提供に踏み込むのも避けられるのかな と思いますが・・・


そういう私は、タイミングのみで、授かったらラッキーと思うくらいの気持ちで頑張っている44歳です。

(きょういくテレビさんのように早く結婚したかったけど出来なかったもので。こればっかりはしかたないですよね。)


では お体を大切に。

どっちでもない。
中間派 -- 2011年02月16日 19:26:57

  葉子さんの意見にほぼ同感です。

ただ、賛成、反対と言いますが、私はどっちでもないです。推奨するつもりもないし、禁止するべきだとも思いません。不妊治療中でまだ子どもがいない身ですが、どっち側につくべきかなんて決めるべきなのでしょうか?

つらく苦しい不妊治療の最後に、どうしても家族を迎えたいと決意した方の選択肢の一つであり、大きな意味で養子と同じなのではと考えています。超高齢出産による身体的リスクは自己責任で覚悟の上だと思います。
葉子さんのいうように、アイデンティティ・クライシスや本当の母は誰などという問題は卵子提供でも養子でも同じです。ドラマのようにはいかないでしょうが、正解などなく、そのご家庭で答えを出す問題だと思います。世の中に正解がないものなんてたくさんあります。


卵子提供を理解できない。だから反対。。。
それでいいんじゃないでしょうか?だってそれがその人の心のキャパなのだし、なにをいっても無理なものは無理。世の中いろんな人がいるのですから。


でも、この世に生まれた命に差をつけるのは絶対やってはならないこと。
反対であっても、その子は日本の将来を担う大切な命なのですから、差別や偏見をもたないでほしいとおもうのみです。


エッグ・シェアリング
しゃぴろ -- 2011年02月16日 18:56:56

  私は、他人事としてはいけないと思っています。

その主な理由は、労働者Mさんがおっしゃっているとおり、技術の急速な普及に法的整備が追いつかないままに、現に提供によるお子さんは年々出生されていると思われるからです。
社会的な受け入れ態勢が未完のままに、今も新しい命が生まれている−−という状況下で、他人事だから、として関わらない、ということは、新しい命を迎え入れる社会の態度として無責任ではないでしょうか。

提供の枠組み(提供のあり方)は、新しい命をきちんと社会の枠組みの中で受け入れるためにも、一定の納得のいくシステム構築が必要だと思います。

ビジネスがどの程度関与されるべきなのか、については、実際、マヨネーズさんや平凡な一市民さんがご指摘されていたように、やはり高額の謝礼が介在する有り方は、臓器提供や献血のシステム等との整合性を考えても、日本社会では否定的な考え方が主流にならざるをえないでしょう。

体外受精の採卵は当事者自身の安全性としては問題がないのかもしれませんが、しかし、第三者の方からの提供という観点から考えるなら、意味合いは全く異なってくると思われます。卵子を提供する際の肉体的負担の度合いは精子提供とはかなり異なる、というのが、素朴にして確固とした印象です。
そうした中で高額な謝礼が介在する有り方は、富裕層による貧困層への搾取となりかねない要素をはらみますので、その意味でも私は懐疑的です。

この点に関し、以前の野田さんのスレッドで、特命tokumeiさん、ほか何人かの方が「エッグ・シェアリング」というヨーロッパのシステムをあげられていましたね。
また、どなたのスレッドか失念しましたが、どこかの病院(確かセント?)が、他の施設と共同でエッグ・シェアリングのシステムを開発中?、といった情報をあげられていたかと思います。

もしも卵子提供を日本で推進するならば、エッグ・シェアリングはかなり現実性の高いシステムではないでしょうか?

まず、提供する方は自分のために誘発剤の使用や採卵を行い、余剰を他者とシェアするのであって、提供するがために誘発・採卵するのではない、というところが優れています。
また不妊治療を経て親になるという道程を共有していますから、諸般について、一般の方より理解が高いでしょう。
ドナー情報の管理、また開示という意味においても、一般の方よりは理解が得られやすいのではないかと思います。
あるいは、第三者に対する謝礼と異なり、例えば、採卵代を提供される側が一部、あるいは相応に負担するといったことは可能と思われ、体外受精の費用は高額ですから提供するインセンティブとしても働きやすいかもしれません。

日本でこうしたシステムが構築・普及されていくなら、システムがなかったがゆえに海外に渡航して高額の謝礼を支払うシステムを利用するしかなかった方は、それこそその事実は黙って墓場までもっていけばいい、と私は思います。そうなったあかつきには、本質的問題ではなくなります。


ところでく、卵子提供全般に関する医学的安全性の問題については、私は素人で恐縮ですが、くりむとさんのご意見に賛成です。
通常私たちが得られている卵子提供に関する一般的知識は、基本的に葉子さんが述べられていた内容であると思いますが、毎日の記事で書かれていた3人に1人が大量出血もしくは子宮摘出という数字は、そうした一般的知識とはかなり感触の違うものではないかと思います。

あの記事では詳細が全く触れられていませんでしたし、またそもそもインタビューに答えていた吉村教授は生命倫理の観点からの著作も出されている方ですから、第三者配偶子による生殖医療に対して一定の距離をおくというスタンスからくるバイアスも考慮する必要はあるでしょうが、いずれにせよこの分母の集団が何にあたるのかによっては、また大量出血の程度内容によっては、一定の制限(移植時の年齢など)が必要となることも出てくるでしょう。この数字の根拠となった事例の内訳は、おそらく学会誌などでは発表されているのではないでしょうか。

今後の方向性をはかる周辺情報として、くりむとさんがおっしゃっているように、この点について、卵子提供及び代理母システムが既にかなりの実施数をみているはずのアメリカ での実情はどうなのか、どのような認識がなされているのか、などを知ることができるとよいですね。そのうえでなお、(現在のアメリカにおける認識が万全ということではないでしょうから)、今後については日本でもきちんとした長期的フォローとケアがなされるべきだと思います。

「自己責任」については、いろいろお考えが皆さまおありと思いますが、情報の非対称性という前提があるのですから、行政・医療・患者が責任をもつべき範囲は、有る程度区別すべきです。
一般的に考えて、3分の1の確率で大量出血もしくは子宮摘出が想定される行為が、患者の自己責任の範疇とされることには疑問を感じます。生まれてくる子の命と同様に、子を生む母親の命もまた、社会は守らなければなりません。

私が気になること
リコリス -- 2011年02月16日 18:15:37

  まず、巨大掲示板の話をこちらに持ち込むのはやめていただきたい。私のような巨大掲示板を読んでいない者にとってはまったく関係のない話であって、ここが議論の唯一のステージだからです。話をややこしくしないでください。

私はこちらの掲示板は毎日チェックしており、野田さんスレッドも最初からすべて読んできました。その中で、しゃぴろさんやくりむとさんのご意見が私の拙い思考を整理してくれ、卵子提供についての理解が深まりました。

今回、私が前から気になっていたことを書かせていただきます。
まず、このような議論になると必ず「賛成派vs反対派」という構図になってしまいます。でも実は「反対派」と思われる意見の中に、本当の反対派はあまりいないのです(もちろん「生理的に」云々いう意見もまれにありますが)。

「賛成派vs反対派」という構図・・・これを作り出しているのは、おそらく卵子提供を考えている方、もしくは卵子提供を実施された方なのではないでしょうか。おそらく「自分たちが攻撃されている」と感じてしまうのだと思うのです。だから、必要以上に反発してしまい、建設的な議論に発展できないのだと思うのです。

で、ここまでは別にいいのです。今までそうでしたし、これからもそうだと思います。最終的には部外者たちの議論で終わるという。
私が危惧するのは、卵子提供を受けたお母さんも、普通に妊娠出産したお母さんとなんら変わらず子育てをしていき、行き詰まったり苦しくなったりする、そうした時のことなんです。ちゃんと弱音を吐けるのか、それが心配なのです。

こちらのサイトでは、「卵子提供して本当によかった。幸せです」という意見はよく目にしますが、当事者のネガティブな感想はほとんど見たことがありません。ネガティブなことは書いてはいけない、タブーのようになってしまっていたとしたら、非常に危ういと思ったのです。

子育ては本当に苦労の連続です。楽しいことばかりではありません。どこかに吐き出す場所が必要だと思います。卵子提供で授かったお母さん方は、こちらのサイトには仲間が多くてとても貴重な場所だと思います。だからこそ、「たまには苦しくなることがあったっていいんだよ」というような大らかさと優しさを持っていてほしいと思うのです。

私の意見で気分を害する方がいたら、申し訳ございませんでした。

ハイリスク妊婦です
tora -- 2011年02月16日 18:14:19

  私もとくめいさんの「他人の事に干渉しすぎ」に同感です。
また、葉子さんの説明は、わかりやすく勉強になりました。

いずれにせよ、NICUや障害をなんでも卵子提供に結びつけるのは
あまりにも安易で大雑把な気がします。卵子提供を受けた方の
3人に1人は大出血で子宮摘出と言った発表があったとのこと。
どなたかもおっしゃっていましたが、これについては20代、
30代、40代(前半、後半)ごとに分けた調査はされているの
でしょうか?(私が見たことがありませんが。)

私個人の見解ですが、卵子提供の要素よりも、むしろ卵子提供に
よってより高齢の方(本来はもう妊娠機能がない方)の
妊娠が可能となった要素の方がもしかしたら多いのではない
でしょうか?だとすれば、これから体外受精の技術が進み
より高齢の方の体外受精による妊娠が多くなった場合に、今度は
体外受精による高齢出産の方も同じように責められなければ
いけなくなるのでしょうか?

私は35歳以下で自然妊娠で2人出産しています。2人目は
予期しなかったのですが早産となりNICUでお世話になり、その後
亡くなりました。

この度38歳(3人目でも高齢出産だからと批判されてしまうの
でしょうか?)で再び自然妊娠妊娠、出産予定です。
前回の妊娠よりハイリスク妊婦と位置づけられ、当然3人目が
NICUに入る可能性も他の方より多くなります。
もちろん、そうならないように万全の治療をしています。ただ
確率からいけば卵子提供による出産で生まれた子がNICUに
入院する確率と変わらないかもしれません。

私のようにあらかじめNICUを占拠する確率が高い者は、他の
健康な方のために妊娠自体をあきらめる必要があったの
でしょうか?ここでの議論を見ると、どうしてもそう言われて
いるような気がします。私自身は自然妊娠ですが、NICUを
占拠するリスクを承知で自ら妊娠している点で、自分と
卵子提供の方の違いがよくわかりません。少なくても私の
中では同じです。
この線引きについて教えて下さい。
(子供のアイデンティティークライシスについては、
個々の責任において当然考えるべき課題であり、教育の必要は
あれど過剰に他者から干渉されるべき項目ではないと
思っています。)

それとも、35歳以下なら
40歳以下なら、ハイリスクでも仕方ないと言って頂けるの
でしょうか?45歳ならどうなのでしょうか?

ちなみに、38歳3人目出産なので高齢妊婦です。
ただ、2人は30代前半で立て続けに出産しており、
その後は3人目を授かるために、何年もかかりました。
私もなんの障害もなく、サクサクと健康に妊娠をして
子供を産めていれば、私もきょういくテレビさんのように
高齢妊娠ではありませんでした・・・。

利害が無い他人が首を突っ込む理由
くりむと -- 2011年02月16日 17:53:45

  直接の利害がない他人が首を突っ込むのはなぜか?

私の場合、一番の理由は子供の人権問題でもあると考えていることです。

「出自を知る権利」は世界的には子どもの基本的人権とみなされて保証されるようになってきているのに、卵子提供や代理出産は周産期のリスクがかなり高いことが明らかになってきているのに、そのような情報を認識しないまま踏み切ってしまわれる方がもしいらしたら子どもの人権上問題ではないかと思うからです。「よその子がどうなろうと放っとけ、そういう生まれも運命として受け入れればいいのだ」と思える人はドライな方だと思います。(それは価値観の違いであり、ドライな方を非難しているつもりはありません)しかし私は全員がそのようにドライになった無関心な世の中は怖いと感じますね。

ですので私は成人である卵子ドナーや精子ドナーにはあれこれ言おうとは思いません。個人的には賛同できませんが、提供によって起きた結果に責任を負うのは基本ご本人のみなのでご自由になさればいいと思います。
(将来ドナーがご自分のお子さんに恵まれた場合、そのお子さんが血を分けた兄弟が世界のどこかに何人かいるらしい、ということを知ったらどう思うか?という問題はありますが、その精神的ハードルは卵子提供や代理出産で産まれた子に比べればずっと低いものでしょう。お子さんの成育状況にとってはそれがかなり苦しいものとなる可能性はありますが、ドナーが一生隠し通せる可能性も高いでしょうし)

もう一つの理由は生命倫理に関わる問題だからと考えるからです。

生命倫理に関わる問題については自分たちの周辺に直接被害を及ぼさずとも真剣に憂慮し発言なさろうとする方が世の中には大勢おられます。倫理観の変化というのは長期的に自分たちの生活に変化をもたらしていくことだからです。(そういう意味では全員広義での当事者です)

自分の生命倫理観を否定されるかのような行動が広まろうとしていれば、止めようとする方が出てくるのは当然です。ただそのような倫理観に基づく反論は卵子提供等の手段を選択された方との倫理観とは大抵相反するものですから互いに自己の信念を否定されたように感じてしまい、純粋な倫理論として話し続けていては決して交わらぬ平行線のままになってしまいます。だからこそ「そういう技術で産まれた子供が健康に生を受け幸せに育つためにはどうしたらいいだろうか」という具体的な対策、共通の目標について話さないといつまでたっても議論が進まないと思います。

私は「自分が生を受ける過程に3人以上の人間が関わっていたという事実」は相当重いのではないかと懸念しています。私は他人が未婚で子供を産もうが十五で子供を産もうが四十五で子供を産もうが口をはさむ気は全くありません。そういう親子ははるか昔から多数存在し、幸せに暮らしてきた人たちも過去に大勢いるという事実は子供たちの心の支えとなるでしょう。しかしそういう支えが卵子提供や代理出産で産まれた子供達にはないのです。

私は卵子提供や代理出産で産まれた子供達同士のネットワーク作りとカウンセリングシステムの充実が十年以内に必要だと思います。子どもにどう事実を伝えていくのか、思春期の繊細な感情にどう対応していくかなどについて親同士のネットワーク作り&カウンセリングシステムも必要かと思いますが、子ども自身のネットワークの必要性に比べれば必要度は桁違いだと思います。それぞれ受ける衝撃の度合いは違うでしょうが、多くが自分と同じ立場の人間を求めるのではないかと私は考えます。

とくめいさんへ
卵子提供を受けて生まれたお子さんが大切に育てられるであろうことは皆さんあまり疑っておられないと思いますよ。待望のお子さま、どれほど大切に愛を持って育てられることでしょう。しかしその愛情を子ども自身がどうとらえるかはまた別の問題です。

AID児たちの証言やckさんの以前の書き込みを見ても分るとおり、親に愛情をかけて育ててもらったことと出自がわからないことの闇は全く別の問題です。AID児からはむしろ愛情もって育ててくれていたからこそ出自を隠されていた事実が耐えられなかった、という証言までありました。

愛情が子供たちの支えになるであろうことは否定しませんが、卵子提供で生まれてきたというハードルを愛情さえあれば乗り越えられだろうーとみる希望的観測は危険です。そう期待する親や周囲の気持ち自体が子ども達を一層追い詰めてしまう場合すらあります。「そう簡単に超えられないハードルである」という認識のもとでどうやってサポートしたらそれを超えることができるかを考えていくべきだと私は思います。

追記
きょういくテレビさんはそもそも高齢出産自体を叩いていないと思います。高齢出産が少なくなる社会=生物学的適齢期に産みやすい社会になればいいーという考えと高齢で子どもを産むのはダメ!という考えは同等ではありません。高齢での出産というだけで何もかも叩いてまわるに一部の人々と同一視するのはどうかと私は考えます。

スルーするつもりでしたが・・・
Kamo -- 2011年02月16日 16:21:34

  このスレッドはスルーするつもりでいましたが、一言自分なりの意見を述べようと思い出てまいりました。

私は経験者ですが、全面的に卵子提供を支持しようとは思っていません。
このことを行うに当たって、今後起こりうるであろういろいろな問題をよく鑑みた上で、個人一人ひとりが慎重に決断し、行うべきことと思うので、どなたかが言われているように、’赤信号〜・・・’的な気持ちで行うということではあってはならないと思っています。

長い不妊治療をされた後で、最後の砦と言った感じで提供で妊娠することを藁にも縋るつもりで希望し、今まで沢山のお金を不妊治療で使ってしまったからできるだけ安い金額で成功させたい、お金がないのでどうすれば安く、そして一度で妊娠できるだろうか、などなど、そのような気持ちは十分良く分かりますが、(正直、私もそういう気持ちが全く無かったかわけではないので・・)
そう言った言葉を言い過ぎてしまうと、今回のような、’卵子を買う’と言う言葉に結びついてしまい、人間の命をどう考えているのか!ということになってしまいます。
提供を受ける方の気持ちは良く分かりますが、言葉には少し気をつけられた方がいいとか思います。
(私個人は、もちろん謝礼金を支払っていますが、卵子を買ったとは思っていませんのでこのような発言をさせていただきます。)
このスレッドは、このことに端を発して立てられたように私は思うので、これから提供を受けようと思っている方々にあえて述べさせていただきました。

このスレッドの問題定義でありますリスクは何かと問われれば、皆さんがご認識されている通りことだと思います。
経験者やこれから行おうと思っているもの皆が、その辺りのことを全く何も考えていないのではないかと思われがちですが、このようなサイトであえて自分の考えなどを述べていないだけで、しっかり考えている人たちはたくさんいると私は思います。

スレ主さんが書かれている’提供卵で妊娠した人の3人のうち1人は大量出血を起こし〜・・・’という話ですが、私が提供を受ける前に、アメリカのDrと日本の大学教授にこの件を尋ねてみたところ、アメリカでは、提供者に限ってとしてそのような報告は無いという見解で、日本のその教授も、提供を受けた者に限ってだけに起こる事ではなく、若く自然妊娠した人でもそのような状況を起こす可能性があると説明を受け、45歳までであれば、提供卵を使っての妊娠でも通常妊娠と変わりなく妊娠、出産することができるとの説明も受けました。

片方の親との遺伝子しか繋がりがないと言うことは、将来、子供が遺伝子病にかかった場合などはとても不安に思うものです。それは、提供に限っての事ではなく、乳幼児を養子にできた場合もその点いろいろ心配になりますよね。
私は、Drの薦めもあり臍帯血の用意をしました。
臍帯血を保存しているからと言って、100%万全であると言うことは決して言えませんし、また、長いスパンでお金がかかることなのでその点難しいことかもしれませんが、少しでもリスクを無くしたいという思いがあるのなら選択する余地はあるのではないかと思います。

提供でこの世に産まれてきた子たちは、今現在本当に全く尊厳や権利は守られていないのでしょうか?
自身の出自を知る権利が法的に守られていないという点は、日本では、この件に関してはまだグレーゾーンですから確かに法的に守られていません。しかし、他の諸外国では、法的に守られている国はいくつかあります。
また、提供者、依頼者の当時者レベルで、その辺のことを個々に契約書で取り交わしている人たちもいます。

提供で産まれた子供が、自身がその状況に納得をして、自身の運命を受け入れて(仮にその運命を受け入れられていなくても)、立派に生きている。ご自分たちのお子さんの結婚相手して認めることが簡単にできないものなのでしょうか?
うちの家系は、先祖代々血筋がはっきりしている方との結婚でなければ・・と強く考えられているご家庭であるのならば理解できます。でも、今の世の中、どれだけのご家庭が厳密にそのようなことを考えておられるでしょうか?
それは提供児に限ってのことですか?
不幸にも幼い時に養子に出され、産みの両親は既に他界し、提供児と同じく、自分のアイデンティティの出所が判らない方達はどうでしょうか?
過去のスレッドに、子供の友達の中にもし提供児がいたらどう対応していいのか分からないので不安に思う、ということを書かれている方がいらっしゃいました。
私たち大人が、少しでもこれらのような偏った考え方を無くすことも、リスクを話し合うことと同じくらい大切なことではないでしょうか?

野田氏が先日出産された時に報道された一番組みで、卵子提供での出産をどう思うかというアンケート調査を行いました。
その結果、60%が本人がよければ構わないという結果で、’本人がよければ’という言葉の中には、ここで危惧されている無関心とい気持ちが入っているでしょうが、私はその結果を見て正直驚きました。割合が私が想像していたより多かったからです。
だからと言って、見切り発車的にこのことについて、日本での法整備を早急にすべきだとは思っていません。

数あるリスクの中で、一番大きな問題は、産まれてきた子供が事実を知り、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまったらどのようにしたらいいのかと言うことではないでしょうか?
これは確かにとても難しいことで、当事者は、特にこのことに関しては、心理カウンセリングやいろいろな方達のアドバイスなどを受けながら慎重に対処していかなくてはならないでしょう。
特に、AIDで産まれ成長された人たちのご意見などは、とても参考になると思うので、どなたかが直接ckさんにご質問されていますが、(私も以前ckさん宛にスレッドを立たせていただいたことがありましたが・・)その質問にお答えいただくことによって、ckさんがなぜこれほどまでに止めて欲しいというお気持ちを抱いているのか、既に当事者の者、これから当事者になろうと思っている者が今以上によく理解することができ、その立場をよく考えることができるのではと思うのですが・・・。
答えることは義務ではありませんので、無理にお話になる必要はありませんが、とにかく止めて欲しいという気持ちだけを一方的に話されるだけでは、当事者の者としては、いたずらに不安を煽られているような気分に正直なってしまいます。
AIDによってこの世に生を受けた方達でも考えはいろいろで、ckさんのように心に闇を持ち続けていらっしゃる方もいれば、両親から告知されショックであったが、でも納得し、理解することができたと言う方もいらっしゃいます。後者の方達は少数派かもしれませんが・・・。

いろいろ議論されることはいいことと思いますが、リスクを見つけ出そうと思っている方々が、必要以上に過敏に反応していまっている、確かに、卵子提供は過敏に反応する必要があるものでしょうが。また、一方的に提供児(提供を受けた者)に限ってという枠組みで話されている、実際は提供児(提供を受けた者)に限りとうことではないのに。。
今回このスレッドを通し私はそのように感じました。

賛成派の『意見』がききたいです
平凡な一市民 -- 2011年02月16日 12:55:30

  労働者Mさんにおおむね賛成です

このトピでは高齢出産の是非ではなく卵子提供(または購入)について議論することを望みます
また障害児・者の問題は卵子提供(または購入)との関連が明確にされていませんし外して議論したほうがよいと考えます

私は『卵子・精子などの胚』を臓器と捉えており,その売買には反対です
前述しましたが,骨髄を含めあらゆる臓器の売買が禁止されている中で
なぜ『卵子・精子などの胚』とりわけ『卵子』は高額で取引されるのでしょうか?
そして,この技術で生まれてきた子どもにこのことをなんと説明するのでしょうか?
この点について賛成派の方のご意見を是非おききしたいと思います

将来私たち第三者が,自分の子どもに問われた時にきちんと説明してあげたいのです

かなり誤解があるようで
葉子 -- 2011年02月16日 01:29:39

   とくめいさんの「他人のことに干渉しすぎ」に大体同感ですが、トピ主さんの「卵子提供に反対する位置づけ」の内容にも、誤解があるように思えます。

*2「卵子を提供する女性の健康問題」というのは、実体は、多数の卵子を育てるために投与する薬剤や採卵操作、麻酔(採卵時)のリスクです。全く危険がないわけではありませんが、体外受精を受けた女性と同じです。
 「卵子は数が決まっており生涯で小出し排出しているので、提供して採卵したら減る」
 というのは間違いです。普通の月経周期では、最終的に1個の卵子を排卵するために20個(それ以上)の卵胞が発育しますが、発育が最も速いものだけが卵子となり、それ以外は消退します。排卵誘発剤は、その周期の卵胞発育レースに参加した残り19個を育てるものです。眠っている原始卵胞を動員するものではありませんから、採卵が原因で枯渇することはありません。
 それと、自然妊娠では、視床下部ー下垂体が卵胞の大きさ(E2レベルに反映される)に反応して排卵を起こしますが、中身をチェックする仕組みはありませんから、成長が若干遅くとも、最速卵胞以外の卵子が劣るわけではありません。また「通常では受精にたどり着けなかったレベル」の卵子に育つ力がなければ妊娠は成立しませんが、それは子宮ではなく卵子で決まることです。

*1「卵子提供されて妊娠・出産する事への安全性」「良い例えではありませんが、40代の頭皮に20代の毛髪を植え込んでそこから育つのか?」
 年長者を揶揄するたとえだと思いましたが、「45歳の頭皮に45歳の毛髪では無理でも、45歳の頭皮に20代毛髪なら育つ」というのが回答です。
 40代とひとくちにいっても、40歳ならある程度、自己卵子での妊娠・出産が望めます。45歳では自己卵子での妊娠率はかなり低く流産率が高いですが、45歳で20代女性からの提供卵子を用いれば、妊娠率は高く、流産せずに出産できる可能性が高いです(45歳自己卵子より20代女性からの提供卵子の方が、子どもの障害の確率も低くなります)。
 米国では、40代前半でも自己卵子での体外受精3回で妊娠に至らなければ、卵子提供が考慮されます。日本では、私も含めて多くの人が、45歳を過ぎても卵子提供を考慮することなく、自己卵での妊娠を目指します。限界まで頑張って「出来なければ諦める」ならそれでも良いのですが、限界までねばってから卵子提供に踏み切るとなれば出産が遅れます。
 50歳での出産よりは45歳の方がリスクは少ないし、子どもを育てる年数もそれだけ長くなります。超高齢のハイリスク出産で母体を損なうことやNICU利用を危惧するのなら、つまり「卵子提供されて妊娠・出産する事への安全性」を重視するなら、「卵子提供に踏み切るなら早めの方がいい」ということになります。
 断っておきますが、私は卵子提供による妊娠を推奨する立場ではありません。自分が受けたいとは思いませんが、当事者の思いは余人の理解を越えるものがあろうと思います。リスクを考えて、どうか無理はしないでほしいと願うのみです。

 私は、ハイリスクの患者やNICUに入る子を社会の迷惑のように言うのは、健康人の驕りだと思います。多くの医療従事者は、難しい症例を救おうと日夜努力しています。「NICUの維持費がどれほどでしょうか」などと、言葉を慎んでほしいものです。

 それと、「養子」と言っても、実の親以外の人の子になる場合には、子への告知やアイデンティティ・クライシスの問題は生じます。そういう深刻な問題は考慮の外で、簡単に「娘が不妊だったら養子を勧める」と言えるのは、「もらわれる子」を軽くみています。

 敢えて言いますが、「卵子提供なんて到底理解できない、賛成できない。」で構いません。ですが、私たちの社会のさまざまな障害者に対しては、正しい知識を持つように努めてほしいです。今ふつうに暮らしている人誰もが、病気や事故で障害をもつ可能性を持っているのですから。

高齢出産と卵子提供は別次元の問題です
労働者M -- 2011年02月15日 23:56:36

  初めて投稿します。きょういくテレビさん、体調はいかがですか。ご無理なさらず、体が回復されてからご意見ください。

私はきょういくテレビさんの主張をずっと拝見し、大筋で同意している者です。が、他スレで「40歳以上の出産が結果的に少なくなるといい」と発言されていたのでちょっとわからなくなってきました。
申し訳ありませんが、

1.卵子提供(または購入)、代理母
2.体外受精など夫婦間の生殖技術
3.性知識不足による高齢不妊・高齢初産
4.高齢出産そのもの

以上についてきょういくテレビさんのそれぞれのスタンスをお聞かせ願えませんか?

というのも、1〜3は近年特有の問題点かもしれませんが、4は昔からよくあることだからです。むしろ、きょういくテレビさんがおっしゃる「多くの女性が出産適齢期に産み"終える"」社会の方が高度経済成長下に一時的に成立した特殊な現象に過ぎず、自然でも普遍でもないのです(babycomの「高齢出産のリスクとメリット」にも同様の記事がありますね)。
なのに、ただ高齢というだけで普通に産める女性までも少数派にしたい理由は何でしょうか。無知と無自覚によって出産を引き延ばした結果高齢不妊やハイリスク出産になったのなら批判も止む無しでしょうが、高齢で自然に妊娠し、通常の経過をたどって普通分娩する方は大勢います。その人たちまで出産の場から締め出す必要はないのでは?

私自身は、1→合法化するのは時期尚早、2→個人の自由(保険診療にするかは別議論)、3→教育の必要性あり、4→賛成というかむしろ推奨派です(女性の生き方の多様性はあっていいと思います)。

主題の卵子提供に異議を唱える理由として、他の方が述べておられる倫理的身体的な危険性に加え、法律上の親子関係をどう整備するか答えが出ていないことがあげられます。
つまり、子宮の母が正統か、卵の母が正統か。この問いに、誰もが納得できる答えが出せる人がいるでしょうか。現状ではなし崩しに子宮の母が実母ということになっていますが、今でも代理母出産を選ぶ人から不満が出てますよね。
かと言って、N議員がおっしゃるように卵の母も子宮の母も自由に正統性を選べるというのは、あまりにも大雑把すぎる意見だと思います。そうなったときに、たとえば悪徳エージェントが確信犯で卵子を提供し、後に子宮の母の財産を狙って卵の母が親権裁判を起こす、みたいな事件が起こるんじゃないかというのは考えすぎでしょうか?
ほんの20年前までは想定も出来なかった未知の領域に踏み込むわけだから、十分議論することが大切だと思います。その点では、一部賛成派の方の「個人の自由だから口出すな」という意見には同意出来ません。

言及もありましたので再度
クールダウン -- 2011年02月15日 12:55:26

  まずはトピ主さんへ
トピ主さんの誠実な対応には頭が下がります。反論に対してもきちんと感情でなく考察を提示されており、議論の技術、大人としての心理的安定感が感じられ、羨ましく思います。こちらの掲示板を通してではありますが、トピ主さんのような方を知ることができ、大変ラッキーだと思いつつ勉強させてもらっております。

さて、別件ですが、私がした議論に関するたとえ話への言及があり、かつそれが卵子提供にも関連する問題と思われますので、レスしたいと思います。

例えばなしですので、どう解釈するかは読み手に任されており、また私もそのつもりで書きました。

ただ、今回、それを同和問題になぞらえて解釈された上で、トピ主さんの他での言及を引用してこられた点、某サイトを卵子提供に反対する団体と捉えておられる点について、私の考えを以下で述べます。

○トピ主さんの他での言及の引用
同じパソコンからであれば、家族の者が同じIDで書きこむことが可能です。したがって、本人の書き込みという100%の証拠にはなりません。疑わしきは罰せずです。
また、議論とは、一つの主張に固着し、相手をそれに従わせたり、議論の場から撤退させることを目的とするコミュニケーションではありません。議論の中で、お互いの考えが変わることはよくありますし、むしろ意見を交えることで考えを深めあうのが議論のコミュニケーションのありようです。したがって、トピ主さんがこちらの掲示板で以前の掲示板と異なる発言があっても、議論の場では当然発生する状況にすぎません。

○同和問題になぞらえた上で、過去の発言を議論の場に持ってくる問題点を例えばなしにするなら、「あなたは被差別部落に住んでて、今度引っ越してきたんでしょ。知ってるのよ![だからあなたは近づくな]」と言っているのと同じになってしまう気がします。そこまで考えずとも、もし姑さんが、過去の発言にこだわって「あんたは先週こう言ってたわよねぇ…」と、きっちり記録を提示したら面白くないのではないでしょうか。今の議論に集中することが、相手のためにも、そして冷静な自分であるためにも必要かと思われます。

○某スレを卵子提供に反対する団体ととらえておいでなのですね。私も某スレは読みました。しかし、よくお読みください。幾つかの方向性がある中の一つに高齢出産反対があるだけで、それに反論を提示している方もいらっしゃいます。したがって、団体で高齢出産反対を押し付けに来たと考えるのは読み取り違いと思われます。発言の一部しか見ていないということは、相手をきちんとみていないということ、ひいては相手を大切にしていないことになります。読み取り違いがないか、今一度ご確認される習慣をもつと良いかと思います。

本スレの論点は「卵子提供」という「事柄」であって「きょういくテレビ」さんという「人物」ではないはずです。議論において、俎上に上るべきは取り上げられた事柄であって、人物、ましてやその人の過去の発言や出自ではありません。

こちらに書き込みをさせていただいた一人として、こちらで「卵子提供」に関する意見、案が交わされることを望みます。

投稿ありがとうございます!
きょういくテレビ -- 2011年02月15日 11:25:47

  流行りものの風邪を家族で引いてしまいましたので回復するまでお返事は2〜3日お休みします。申し訳ないです。

「とくめい」さんの他所での【迷惑】ですが、意味するところは色々あると思いますが、
私が思う事は、最終的に行き着くのは「不妊治療は5年早ければ8割が治療の必要なし」という所です。
元気になったら改めてお返事します。

なお今後匿名を使う時はAでもBでもいいので匿名に何かつけて貰えたらと思います。
何人の匿名さんがいるのか混乱しそうですのでお願いします。

きょういくテレビ

卵子提供をうけても
匿名 -- 2011年02月15日 11:02:32

 
ここのトピとは関係ないかもしれませんが、つぶやかせてください。

3度の卵子提供をうけました。それでも子供は授かりませんでした。

着床しても育たないのです。

赤ちゃんに、自然とふれあうことや光を感じることなど生きてる喜びを感じさせてあげたいと思うけど・・それが叶わない・・

どんな方法であれ 命 が授かればと願うばかりです。


他人のことに干渉しすぎ
とくめい -- 2011年02月14日 20:11:43

  不妊治療を経て、1人子供を授かったものです。1回目のIVFで授かったので、不妊歴は短い方だと思います。卵子提供については、自分の事として考えたことはないので、授からなかったら踏み切ったかどうかは分かりません。

こんな立場の私ですが、卵子提供について、例えば子供に何の問題もなく恵まれている方達が、目の敵のように卵子提供をされているほんとうに少数派の方達を攻撃されている意味がよくわかりません。

よくある理由が、生理的にいやとか、生まれてくる子がかわいそうだったり、NICUのことを心配されたりといったことのようですが、これほどの非難を行うまでの理由かなと疑問に思います。

例えば自分が生理的に絶対嫌という男性でも、他の方と結婚し幸せに暮らしていますよね。ある方には生理的にいやでも他の方の大切な人なんですよ。生理的にいやだから、不幸になれなんて言いませんよね?他人のお世話です。多分批判されている方にとっては生理的にいやかもしれませんが、少数の子供に恵まれなかった方々にとっては、光のような医学進歩なんです。

生まれてくる子がかわいそうとか言っていますが、多分卵子提供までされて生まれてくる子はきっと、他人の痛みを分からない人に育てられるよりも、大切に大切に育てられるでしょう。

大きくなって、縁談が・・・という話も、いつの時代の話ですか?ある人と一生をともにするというのは、血筋よりもその人自身の人柄などが大切なんです。

NICUも、もし自分や身内が実際に高齢出産の方達の濫用によって被害をうけたならともかく、そんなにむきになって卵子提供を反対するほどの被害が、現在あるとは思えません。そこで、出産後、出血が多く長く入院したり、その後の体に支障がでるというのは、自己責任だと思います。他人にとやかく言われることではないと思いますが。

また、卵子を子宮の不一致とありますが、それは小柄な女性が大柄な男性と結婚して、大きな赤ちゃんを出産し、お産が大変だったという場合もありますね。卵子提供の場合だけではないのでは?

ここで、卵子提供に強く批判している方は何がしたいのか、私はわかりません。無意味に人を傷つけているような気がして、このスレを読んだ後、悲しい気持ちになり、コメントしてみました。卵子提供という、大変プライベートな治療について、部外者が首をつっこみすぎな気がしてしまいます。

きょういくテレビさんとマヨネーズさんへ
くりむと -- 2011年02月14日 16:59:55

  きょういくテレビさんの意見には同感する点が多いのですが、障害の話については反発を生んで話がそれていくだけのように思えるのでその論点は取り下げられたほうがよいのでないかと思います。

知的障害を伴う疾患には遺伝性のものもありますがそうではないものの方がずっと多いですし、卵子提供や代理出産によって生まれた子が障害を持つ率が高いかどうかについても調査は全くないはずです。障害を持った子が生まれる割合が高い気がするーという個人の印象のみでは議論の台に載せるには尚早だと思います。ましてそう疑われること自体を自分とその子ども達が侮辱されているかのように感じてしまって不愉快に思われる方もいらっしゃるとも思いますから話がこじれやすくなってしまうと危惧します。

ただ第三者の卵子を使って妊娠出産した場合の妊娠〜周産期の状態の母子の健康調査と生まれた子どもの長期成育調査は早急に開始すべきだと強く思います。早くから卵子提供&代理出産ビジネスが行われてきたアメリカ(の一部)などでは過去にそのような調査が行われていないのでしょうか?ご存知の方がいらしたら教えてください。私は情報を調べるために一部の方々が毛嫌いされている巨大掲示板もよく読みに行きますが、そこでもそのような調査の有無について目にしたことはありません。

(あの掲示板は犯罪を犯すような頭のおかしい人も多数書き込む場所ですが、その道のプロが匿名で忌憚ない意見を自由に書き込める場所でもあります。産科医さんの集うスレッドなどは非常に読み応えがあります。不特定多数が集まる場所なので不愉快な表現は数多く目にせざるを得ませんが、そこに混じっている有識者のコメントを読まないのは勿体ないことだと思います。酷い言葉が多いのは確かなので精神的に辛い時には見ない方がいいと思いますが、決断を下す前に一度は目を通して欲しい場所です)

精子提供と卵子提供&代理出産には大きな医学的壁があります。夫と異なる男性の子を産む女性は何千年も前から存在しましたが、生殖に3人以上の人間が関わって生まれた人間は近年まで存在しませんでした。当然、妊娠〜出産の過程、その後の成育状態、三世代目への影響がないかどうか等は継続調査されるべきと考えます。
(精子提供を肯定しているわけではありませんので誤解なさらないでください。子どものアイデンティティクライシスの問題がある以上、批判的にとらえています)

「それではまるで人体実験ではないか」思われて不愉快に感じられる方もいらっしゃるかと思いますが、夫婦間の体外受精や顕微授精で生まれた子たちについても長期にわたる成育調査が行われています。それと同様、いえそれ以上に専門家の目で調査してもらう必要があると思います。大きな差はないということがわかれば安心につながりますし、もし何かしらの問題があるということが判明したら、それをどうすれば軽減できるのか、問題を持つことになった子と親の手助けをする体制をどう整えればよいかを考えていくことができます。

卵子提供を受けた女性は3人に1人が大量出血を起こし、子宮摘出する人も多いーこれはあくまでいくつかの医療機関での印象です。20代で受けた女性と閉経後に受けた女性とでは大量出血の発生率は変わるのか?ということすらいまだ解っていません。卵子と子宮に年齢差があることが原因なのか、それとも他人の卵子であること自体が原因となっているのか?その辺りの研究が進まないことには卵子提供や代理出産を許容する世論は形成されないでしょう。


以下はマヨネーズさんへ

マクゴナガル先生を想起していただけるなんて身に余る光栄です(笑)。

おっしゃるように批判的な内容は冷静に書こうとすればするほど説教臭さが増してしまいがちーというのはあるでしょうね。上から目線にならないように淡々と書くように努めているつもりなのですが正直難しいです。

ただ一点だけ。私は「山頂から呼びかけている」というイメージではなく、5〜6合目ぐらいのところで「子連れの山登り素敵です、眺めもよくって子どもも喜んでます!」と下に呼びかけているというイメージを抱いています。難所を数箇所乗り越えたぐらいのところ、山頂に向かうまでにはもっと険しい難所を何箇所も残している状態です。

私が思う山頂は、子どもの思春期が過ぎた頃ぐらいでしょうか。下山ルートにおいても、子どもが自分自身の家庭を持ってから人生の節目節目でどう親を理解するのかしないのかーという難所があるかと思いますが、少なくとも子ども自身が「生殖の仕組みと自分が生まれてきた経緯を理解して受容する」ーというのが山頂に辿り着くまでの最大の難所だと思います。ですのでこの掲示板には“現時点で山頂に達している方は誰一人いらっしゃらない”というのが私の見解です。

本当の目的?
ROM -- 2011年02月14日 16:54:43

  きょういくテレビさんは悪意はないけど迷惑ではあるわけですよね?

「なるほどねw野田含む高齢不妊モンスターたちの馬耳東風は自己責任だけど
今適齢期やこれから適齢期を迎える人たちに
この野田含む高齢不妊モンスターたちの暴挙に耳が慣れないように
対策を考えたいでつね 」

「>高齢出産めざしてる人を叩くなんて現状の生活が満足いかない痛いアレな人にしか見えないよ

迷惑だからね〜普通に
そりゃ適齢期にという流れに社会全体としてなると良いと思うけど

>高齢妊娠させない教の教祖が必死

羨ましくはないけど子供が可哀そうと思えば必死にもなるかもねw
迷惑以外の理由で何があるんだい」

わざわざこちらでは言葉を選んで書かれているのにあちらの書き込みを引用して申し訳ないですが、どうも高齢妊娠自体をさせたくない、迷惑だとお考えのようなので、この場所の大半の方と意見が合わないのは当たり前なのかもしれません。

きょういくテレビさんの議論の末の最終目標が高齢妊娠を無くす事であるなら、ここの方とお話ししても無駄なのかもしれませんよ。

それとクールダウンさん、きょういくテレビさんはあちらでこのスレッドを建てられた宣言もなさっていますし、その元の場所は高齢出産自体が大嫌いな人達が集まっている所です。皆さん高齢出産の方や高齢不妊の方にとても迷惑をかけられていて困っているようですよ。
いわば反〇〇(〇〇は行為)団体と名乗っている所の人が〇〇団体に〇〇を止めさせようと意気込んでこられているのであって、それを被差別地域の方々を例に例えるのは(私はそう解釈しましたが違っていたらすみません)どうかと思います。

まぁ、私も卵子提供は自分の取るべき道ではないと考えている人間ですし、高齢者の不妊治療は保険診療の対象にすべきではないとも考えています。
自分自身はもう諦めるほうへフェイドアウト中です。

ですが、高齢出産くらいはきょういくテレビさんはじめあちらの方々にも見逃してほしいな〜と思って思わず書き込んでしまいました。

リスク
しゃぴろ -- 2011年02月14日 02:01:03

  ■ NICUについて (=>やまてんさん)
「現場ではその医療をかならずしも平等に受けられていないという現実」は、まさしく問題ですね。
全くその通りで、やまてんさんの問題意識に同意します。

私は医者ではないので、現場でどのような「ふるい」にかけられているかはまさしく知る由もありませんが、
おそらく「先着順」と「症状の重症度」とのバランスなのではないでしょうか。

実際に、財源と人的資源とが有限であることを考えれば、今後も常に潤沢な用意がなされる、という状況が簡単に訪れることはないでしょう。

その意味では、今後も「全部の赤ちゃんに平等な医療の提供」を実現することは難しく、
「先着順」と「症状の重症度」のバランスによって優先度が決められていくしかないのでは、と思います。

もちろん、医療業界の方々の良識と良心にもとづく非常に献身的な努力によって制度が運営されていることについては、ただただ頭が下がるばかりです。
この点については、労働問題としてもっと解決がはかられるべき点があることは周知のとおりではないでしょうか。

私が危険だと思うのは、有限性のある資源(この場合NICU)の利用について、倫理性をたてに優先度を決めようとするような議論です。
(やまてんさんやきょういくテレビさんが主張されたということではありませんが)
「卵子提供による妊娠・出産だから」その赤ちゃんはNICUの利用を控えるべきだ、自然妊娠による妊婦や赤ちゃんに優先権を与えられないのはおかしい、といった論調になりかねないことに危惧を覚えました。
万が一そうした論調が一定の支配をみるとしたら、私はそうした社会の感性には大きな危惧と違和感を覚えます。


なお、卵子提供を受けたいと考える人が、
?卵子提供による出産には一定の医学的リスクがあることを知識として積極的に学習・認識し、
?出産の医療的ヘルプを受けようとする機関に対して、必要事項を申告する
べきであることは、当然のことだと思います。
これこそ、まさしく大人として、社会人として求められる当然の自己責任です。

「妊婦検診を受けずに、いきなり搬送となった自然妊娠による妊婦」に対して求められる倫理観と同様に、最低限必要な義務でしょう。

卵子提供は、法律的に庇護されていない状況下にあるわけですから、より高度な自己責任が求められます。
それが全うできない人は、卵子提供を選択する前提条件を満たしていないとしか言いようがないと思います。

従って、こうした掲示板においても、卵子提供を受けたいとされる方こそ、出産をはじめとする様々な諸リスクについての知識や経験談を求める姿勢がもっとみられてもよいのでは、というきょういくテレビさんほかの方々の感想には同感です。


それはともかく、不妊治療、及び不妊治療からなる妊娠による出産、におけるコスト負担については、今後、見直しの機運が出てくることはありうるかもしれませんね。
特に、混合診療が全面解禁になることがあるとしたら、そのときには様々な見直しをせざるをえないでしょう…


■ 卵子提供についての私見
私自身の感覚としては、卵子提供というのは宇宙への移住と同じくらいハードルの高い選択(くりむとさんの言うエベレスト登山)であって、自分の人生において選択することは今後もないです。

あまりに未知の事柄が多く、不確定要素が大きく、マイナー度が高く、様々な意味において孤独であり、選択の結果を途中でやめることはならず何があっても一生背負っていかねばならず、そして真の意味で自らの選択の結果を引き受けるのは自分自身である以上に最愛であるであろう子どもであり、私のキャパシティーでは到底しょいきれません。

今ここにおける現在、社会の多くの人が、程度の差はあれ、大なり小なり同様に感じ考えるのではないかと想像します。
ですので、日本社会が、あるいは人類(国際機関)が、医療的・あるいは倫理的か分かりませんが、将来、卵子提供というあり方をやめる、あるいは一定の制限基準を設けるという方向に進んだとしても、そういうものかな、というところで私も納得しそうです。

一方で、医療的なリスクが一定の許容範囲内なのであるならば(妊婦の出産リスクのみならず、子どもがヒトとしての生育に問題がないならば)卵子提供というあり方自体を社会からなくすべきだ、とは思いません。
将来、提供医療によって生を受ける子どもが一定数いる社会ということもあってもよい(自らの属する社会の将来像としてあってもよい)、と思います。
それはひとえに、「多様な家族像の受容」という観点においてです。

ただし、その前提には最低限、提供により生まれてくる子の尊厳や権利が守られることが保障されなければならない。

言い換えれば、提供によって生まれた子たちが自身が、「提供によって生まれるということは、無数の人生のあり方の一つに過ぎず、そこに大きな意味はない。例えて言うなら、僕は東京で生まれ、君は大阪で生まれた、という程度の違いでしかない。」と実感できるようにならねばなりません。

いま現在、提供により生まれてくる子の尊厳や権利は守られているでしょうか?
私は守られているとは到底、思えません。
保障もなにも、出生に関わる重要な部分において法的庇護下にきちんとおかれておらず、未決着な事柄が山積です。
従って、社会からの偏見も「野放し」と言えるでしょう。

そして、提供により生まれた子どもの心理についても未解明なことが多い、というより、未解明であることが最近ようやく認識されてきたというレベルでしょう。
提供医療により生を受けた子どもの育児は、私たちの祖先が長い間かけて築いてきた経験知の社会的集積とは全く無縁な場所から始めなければならない、といっても過言ではないです。

提供により生まれてくる子の親となる、ということは、こうした様々な未決の事柄を、自ら社会に働きかけて、自らの力で権利と知識を獲得していかなければならない、ということです。
そして残りの全人生をかけたとしても、自分の生あるうちに社会の中でその完全な達成を見ることは難しいでしょう。

何世紀もたって、提供による出生が一定の世代数を経たあとであればまた違うでしょうが、今現在にあっては、言い方を選ばずに言うならある意味「のちの世代の捨石」になる覚悟でなければ取り組めない、と私は思います。

こうした諸々を「リスク」というなら、リスクはもう無限大に大きい、というのが私の感想です。


しかしながら、私たちは、今までにも、明治には北海道に入植し、昭和にはブラジルに移民してゆきました。
エベレストに登った人もおり、いずれは宇宙に移住する人も出てくるかもしれません。

いつの世にもチャレンジャーはいます。
その道のりが(私の感覚としては)いかに困難と苦難にみちようとも、苦難だけ、ということはありえず、そこから見えてくる地平、というものもあるかもしれません。

それが、人類全体にとって福音なのかそうでないのか私は分かりませんけれども、人類がそうした方向に進みたいのだ、ということであれば、そうなっていくのでしょう。


ところで、以下は、完全に(マヨネーズさんのお言葉を借りれば)私の「妄想」ですが、
厚労省の言いぶり、マスコミの報道の偏重、等々を勘ぐって考えるなら、不妊治療も提供医療も、基本的には拡大していく傾向となる、と思います。
それは不妊夫婦の幸福のためなどではなく、国家的な経済原理の観点、科学技術振興推進の観点からです。

こうした観点においては、人が一個の人格をもって人生を歩むにあたってのもろもろについては、置き去りになりがちです。
(実際、きょういくテレビさんがご指摘のように、毎日の記事:3人に1人は大量出血や子宮摘出、は、私も衝撃を受けました。この確率をもって、許容範囲内のリスクとみなすべきとは到底思えない、ですが、この数字の分母が何なのかは確認する必要もあると思います)

私たちは、そうした経済の潮流に飲み込まれることなく、自らのリスクをしっかり認識するとともに、社会はどうあるべきなのか、一人ひとりが考え、発言していく必要があると思います。

どっちでもいい
アメリカン -- 2011年02月14日 01:51:48

  そもそも子供が出来ない高齢者って
ここでは沢山居そうに見えるけど実際
相当な少数派です。
普通に妊娠出産できる人がほとんどだし、たとえ
不妊治療をしてもで結果が出る人のほうがずっと多いのです。
なのでそのわずかな人が卵子提供に踏み切っても
大して世の中変わりませんよね。
やりたい人はやる
倫理に反すると思う人はやらないで
いいんじゃないですか?議論する意味無いですよ。
だって卵子提供という選択肢は存在するんですから。
問題が将来出るかもしれないし
出産時にトラブルがあるかもしれません
(そもそも妊娠できない人を無理に妊娠させるんだから
トラブルは出るでしょう。)
それはもう自己責任であって仕方ないです。
子供が可哀想?そうかもしれませんね。
でも親が決断しなければ存在していない命ですからね。
産まれた事をありがたく思うような素敵な人生を
約束できる環境を作ってあげたらいいのではないですか?
美人のドナーさんを選んで容姿のいい子を産む
そして小さい頃から教育や習い事にお金をかけて
愛情をたっぷり注いであげましょう。

お返事3
きょういくテレビ -- 2011年02月13日 23:49:01

  discussionsさん
説明下手な自分としては頭が下がる思いでおります。
とても分かりやすく頷いて読んでおります。
この機会に議論できると良いですが、まだまだ壁は厚く遠い道のりのようです。
ありがとうございます。

べるべるさん
投稿ありがとうございます。
そもそもここに辿り着いた頃は知らない事が多過ぎて
いろんな衝撃的な文字に目が点になっていた事もありました。言葉も激しかったかもしれません…
「円高の今がお得だと思いますよ」とか「20代の卵子希望」とか・・・・・
読めば読むほど深いのですが、自分の遺伝子を残すのはエゴ?
これは未だに疑問ですが…私も同じ状況だとするとエゴとは思えない立場です。
夫婦二人の子が望めないなら養子を選択すると思いますが養子も物心ついた3歳位までに絞ると
非常にハードルが高くなるようなので今の現状では養子とは程遠いですね…。
もっと養子についてもハードルが低くなると良いのにと切実に思います。
べるべるさんのご主人のお言葉はとても優しいお言葉でしたね。
ご夫婦でこうして話し合えるべるべるさんはどんな選択をしても
前向きに進んでいけるのだと感じました。
愛がない愛がないと言われておりましたが(苦笑)愛があるというのはべるべるさんのような
投稿だと納得・改善していきたいと思います。ありがとうございます!

どこから来たのかも分からないような私の話にも耳を傾けていただきありがとうございました。
匿名さん達の反応も分からなくはないですが、私の普段の人間性までこんな方かと思いました等
想像が膨らんでいるようなので当分仕方ないとは思います。
それほど過激で書かれている事=自分たちに全て向けられていると思っても仕方ないと…
でも本当はそんな事もないんですけどね。選び取る感覚に近い目で見ていれば分かりますが。

それはさておき、批判も中にはあるかもしれませんが
一番はどう理解して付き合っていけばよいのか?という事なのですが、やはり議論は無理でしょうかね?
この先…子供が成長して結婚する頃には当たり前になっているかもしれないし
そうじゃないかもしれないし実際の過程の中で何に困ってどうしたとか
そういう声が聞こえてくると良いのですが。本当に技術が先に来てしまったので
本来先に考えられるべき部分がそっくり抜けている気がしてなりません。
コメントを頂ける限りじっくり回答していくつもりでいます。

お返事のペースが中々上がりませんが…ちゃんと読んでおります。
また明日に続く・・・・

きょういくテレビ

ドナー情報管理について
山びこ -- 2011年02月13日 04:53:58

  いぜんのスレッドで何度か発言したことがある山びこです。

みなさんは、想像したことがありますか。ご自分の両親のどちらかと血のつながりがなく、卵子(精子)提供者のことは不明、
もしくは写真と紙切れ一枚のプロフィールだけ、ということを
告げられたときのショックを・・・。自分の両親との関係がどんなに良好だったとしても、私は遺伝上の親のことを知りたいと思うで
しょう。犯罪者でもいい、外国人でもいい。死んでいてもいい。
会えたらいいけど、会いたくないというのならそれでもいい。
でも、どんな容姿の人で、どんな性格の人で、どんな家族を築いて、どんな所で暮らしているのか・・・。
その人のことを、もっともっと詳しく知りたいでしょう。
もし、タイの女性というのなら、絶対にタイまでいくと思います。
何も得ることができなくても、その人が生きて暮らしている場所を知りたいと思うから。

この掲示板には提供を受けてお母さんになった方がたくさんいて、「ルーツなんて些細なこと」という発言もありますが、そのたびに
「ほんとうに?」と思うのです。
昔、「ルーツ」というドラマが流行したのを私達高齢世代は覚えていらっしゃるかと思います。自分の先祖が奴隷だろうが、遠いアフリカだろうが、自分はどこから来たのか、という欲求は自然に湧き
出てくるものです。

CKさんに質問なのですが、もし、ドナーの情報が確実で信頼性のあるもので、しっかりと管理されているとしたら・・・
将来、産まれた子がドナーと確実に会えたり、その方のことをもっ
と知るチャンスが保証されるとしたら、
提供にはもうちょっと積極的な考えをお持ちになるでしょうか?私はそこのところが知りたいです。


親族に合意の上で無償で提供してもらえる方は、稀でしょう。
もし日本国内で提供が禁止になったとしても、外国での施術の流れを止めることは誰にもできません。入国審査で身体検査をしたとし
ても誰にも分からないことですら。

そして、ドナー管理をしているエージェントを管理する公的機関は日本に一切ありません。すべて、そのエージェント(=企業)のモ
ラルに一任されている恐ろしい状況です。
極端な話、ドナーの情報が100%正確だなんて保証はどこにもな
いのです。企業ですから、リスク面を強調しないのは当然ですし、
そんな義務もありません。


ですから、「こういうことが起こる可能性もありますよ」と大勢の
人に伝える手立ては、このような掲示板での情報のやりとり、そし
て産婦人科での啓蒙活動くらいになるでしょうか・・・。
たとえば、妊婦さんが全員「提供によって妊娠した可能性もある」という前提で、パンフレットを渡す、など・・・。その時点ではま
だドナーの情報収集は可能かもしれないからです。お子さんが大き
くなればなるほど、ドナーの情報は失われ、トレースしづらくなる
と思われるからです。提供を受けて両親になった方々には、今から
でも遅くはないでしょうから、もっとドナーの方の情報を集める努
力をなさって欲しいと切に思うのですが、それは部外者の余計なお
せっかい発言、なのでしょうか。

いろいろ
マヨネーズ -- 2011年02月13日 01:54:45

  投稿が続々と来ていて、早さについていけてませんでした…。そもそも「購入」という単語を使ったのは私です、経緯は前トピ読んでくだされば…と思ってたら、あれトピ主さんも…と後で気づいたこととか、教室の例えは一瞬吹き出したけど、子ども扱いされてまたムっとしている人もいるかもとか、教室と言えば私がくりむとさんにマグゴナガル先生をイメージしていることとか、私も含めそういう説教チックが「押しつけ」ととられるんだろうなとか(←すいません)、自分が△ちゃんねるの以前のものが読めなくてパソコン叩きそうになったこととか…まあいろいろあるのですが…べるべるさんやckさん、きょういくテレビさんの最新のお返事読んでいたら、なんかどうでもよくなってしまいました(笑)

繰り返し読み返していたのですが、もしや匿名さんは△ちゃんねるーーにあった【40代不妊治療をしている女性全般に対する誹謗中傷(とあなたには感じられる書き込み)】ーーに怒っておられるのかな?と思い至りました。だとしたら(いえ、そうでなくとも)、一個人でしかないきょういくテレビさんを「△ちゃんねる」代表のようにみなして怒りをぶつけるのは間違いだと思います。そこを読んでいるから、名が出ているからと、怒りを投影しないでほしいなあ…と。決めつけいっぱいで「悪意には悪意でもって返す」投稿になってらっしゃいますよ。

実際は、皆さん、特定の一つのサイトという小さな「町」ではなく、もっともっと大きな「世界」に住んでいる。それぞれの「私」、それを取り巻く「世界」に。そのときどきで、いろいろな「町」を訪れているのでしょう。VOICEという大きな木にたくさんの鳥が飛んで来て自分の歌をうたうように。不協和音があるのは仕方がないけれど、せめて聞いている方に意味の通るコーラスであれば…と思います。むろん、ハーモニーとなれば素敵ですが。

さて、精子提供を選択するか悩んだ時期、私がむさぼるように読みあさったのは生命倫理系の本・情報でした。べるべるさんと同じで、当時、掲示板には求める情報があまりありませんでした。生命倫理関係のサイトや医師のブログ、その後はAID関連のサイトが少しずつ増え(親の会や、生まれた人たちの発信サイトがあります)、私にはこれらが役立ちました。ジャーナリストの大野和基さんのほか、やはりジャーナリストである最相葉月さんの「受精卵」を取り上げたサイトもとても衝撃でした(いまも読めます)。治療については、すでにご存知の方も多いと思う「妊娠しやすい…」サイト、海外情報は「IVF NET」(ネット翻訳頼みですが)なども訪ねています。(まだいろいろなことを夢見ていますので) 要するに、私はこうしたところから「来て」います。

野田さんトピでは、くりむとさんがこの問題を「山登り」にたとえているのがとても印象に残っていました。前トピからそれをずっと思い出しており、失礼ながら【困難を極めるルートで登頂した方々が、そこから「おいでー」と声援を送っている図】が浮かんでいました。
「あのーすいません、その山頂、いまは穏やかかもしれませんが、いつ嵐がくるかわかりませんよー。ましてその先の道には危険なところもありますよー」と、隣の険しい山脈ーー精子提供という名の――から叫んでいる気分です。もともと交わるところ(共通の課題)の多い道ですし…。まさに「他山の石」にしていただきたいと…。

落ち着いて、一つテーブルでお茶でも飲みながら語り合えればと願っています。

最後に…モネさんの「投げかけ」で思い出したこと…
私が親でしたら…「子どもができないのはつらいことだね。これまであれこれ言ってごめんね。でもあなたたち夫婦が仲良く幸せならそれでいい。養子を迎えるのはいいことだと思う、応援するよ」と言います。孫プレッシャーをさんざんかけてきた私の両親、そしてただ見守ってくれた義父母が、最後に届けてくれた「思い」です(実際はこれほど整理された言葉ではありません)私の親には、これ読んで!と不妊のつらさが書かれている新聞切り抜きを思い切って渡した後のことです。とにかくささいな一言がきつくてきつくて、それだけでも止めてほしくて…。むろんその後も何を選択するべきかという悩みは続きましたが、親が私たちにこどもができなくてもかまわないと思っていること、また養子という選択をしたとしても受け入れてくれることが(とりあえず)わかり、ほっとしたのも確かです。

お返事2
きょういくテレビ -- 2011年02月12日 23:29:08

  お返事が飛び飛びですが私自身が触れてない方は異論がないという立場ですので
一応記載しておきます。

「匿名で」さん
貴方がどんなに否定しても「悪意の第三者」ではありません。
貴方にとっては悪意でしかないかもしれませんし
因果応報や人を呪わば穴二つと言われようと
将来の子供世代にこの問題を残したくないので
これから劇的に動いてしまうかもしれない今この時点の状況で
技術に追いついていけないだけなのか?議論しておきたいという事です。
少しでも「お前のお話を聞いてやっても良いよ」という気にでもなったらまたコメント下さい。


つばき姫さん
ごめんなさいね、こんな形にしてしまって…
でも立場の違いから深い溝がこんなにあるのかと…正直かなり驚きました。
個人攻撃をしたい訳でもないので、その点だけは本当に申し訳ないです。
(検索すると簡単に見つけられるので注意は必要かとその意味合いはあります。)
質問の答え をありがとうございます。
質問というのは貴方だけに向けたのではありません。
ここを見ている経験者の方々全てに発した言葉です。
>病院への告知はしたのか?当然です。
私がいくつか見た方は多分隠しているのかな?それがデフォなのかな?と
そう思えたので、告知されているとのこと安心致しました。
こういう経験者の声が聞きたかったので実情を投稿ありがとうございました。


「とくめい」さん
>2チャンネルの代表のつもりで、ここに書いて「たくさん釣れた」と思っていらっしゃるのでは?
他所の代表だんて、これ見てたら怒られますよ(苦笑)
有識者が沢山います。洞察力の鋭い方、文章がそれはウイットに富んで上手な方、様々です。
その上でいろんなやり取りが活発に行われています。
こと卵子提供と深いお話なので知ったかぶりして発言しようものなら怖い目にあいます。
もし本当に釣りたいと思ってるなら、わざわざこんなHNにしないと思いますよ。
頭に他所で議論されている事は勿論ありましたが良いHNが浮かばなかったというだけなので
HNへの強い思いはありません。それ以上でも以下でもありません。


モネさん
>待望し、不妊治療でも結果がでず、考えた末に卵子提供を選んだ時、同じ事が言えるでしょうか。
>親として、子供の真の願いを理屈で抑えられるのでしょうか。

そうですね、私なら自分の身体に負担をかけてまで思いつめてしなくて良いよというだろうと思います。
N田議員さんのお母さんは、「そこまでしなくても良いのに(不妊治療を)」というような事を言われていたそうです。
正確に覚えてないのですが趣旨はあっているかと思います。
私も娘が苦しんで治療をしてたとしたら同じ事を言うでしょうね。養子を迎えるように勧めると思います。
親として目安**歳までにという教えも出来れば一緒にしたいところです。

卵子提供に反対する位置づけが曖昧だから突っ込まれたのかなと思い補足します。
私が思う順には
1「卵子提供されて妊娠・出産する事への安全性」
2「卵子を提供する女性の健康問題」
3「卵子のやり取りに高額な金銭が生じる」
4「ルーツの問題」
5「日本ではグレーゾーンである現状」
皆さんはルーツの問題・売買が一番だろうと言われるかもしれませんが私は少しここが違います。
先ずはその安全性に疑問が大いにあります。
良い例えではありませんが、40代の頭皮に20代の毛髪を植え込んでそこから育つのか?
例えが頭髪で御免なさいね。でも分かりやすいと思うのです。
そこに適合できずに落ちてしまった毛髪の割合が気になるのです。
これが毛髪だから良いのですが子供となると全く話は別です。
自然妊娠では最後に生き残ったいわば強い卵子と精子が残るわけですが
人工的にすると通常では受精にたどり着けなかったレベルの状態で着床してしまう。
これは卵子提供されての方法だけではありませんが少なくとも体外受精は2〜4は無くなりますね。
2は女性の卵子は数が決まっており生涯で小出しにして排出しているので
提供して卵子を採卵して、いざ自分が子供を授かる時に授かれるのか?健康面で大丈夫なのか?
その二つの安全性の情報がまだ出来あがってないように思うのです。かなり見切り発車かなと。
自然妊娠に比べて障害が出たりする割合がどうも高いような気がしていますが
その現状を少しでも知りたい、そして私たちの子供の世代では解決していたい問題の一つだと認識しています。
毎日近所の知的障害の男の子が奇声をあげています。
その子のお母さんも知的障害者です。
恥ずかしながら30代になっても障害者のお母さんへの対応に戸惑ってしまいます。
私のキャパが小さいので、いざとなると障害児を受け入れられないかもしれません。

>まずはご自分の子育てに専念されてください。
3姉妹の母なので子育てに専念すればするほど、
いずれ直面するかもしれない問題なのですが…口を挟んではいけないでしょうか?

お願いです。
ck -- 2011年02月12日 23:22:07

  今現在、卵子(または精子)提供を受けようかと考えておられる方にお願いです。

どうか、もう一度よくお考えになって、出来れば受けないで欲しいと私は思います。

自分の言葉が他人を変えるものだとは思っていません。
だから一方的な「お願い」です。

私は野田聖子議員のスレッドで数回発言をした当事者側の人間です。
あの時は私もやや感情的になりすぎました。影響力のある国会議員が50歳という年齢で卵子提供を受け成功した事に驚愕し、それを希望の星として我も我もと後に続いて他人の卵子を買いに走る人が増えたらと想像するだけで震えが走ったほどでしたから。とにかくそういう流れを止めたい一心でした。
しかし、結果的には推進者の方々を怒らせ、そして私自身も傷付いただけでした。
他人を変えることは出来ない…。わかっていた筈なのに変えたいと思っていました。変わって欲しいと切望していました。それは私の傲慢です。

その後色々と考え、変えることが出来ないのならもうこの話題に関わるのはやめようと思いました。きょういくテレビさんが仰った「一番怖いのは無関心です。」といったような心境です。

無理矢理その心境になるために、「欲しいという欲に負けその手にしたものが、数年後、数十年後、どんな結果になって当人に跳ね返ってこようが知るものか、血を吐くような苦しみを経験すればいい」と、どす黒く思ったことも真実です。

しかし、その苦しみは、生まれてくる子供達も味わうことになるのです。勿論全員ではないと思いますが。
僭越ではありますが、私はその子供たちがいずれ味わう大小の苦しみを想像するだけで胸がひどく痛むのです。もうお子さんが生まれてらっしゃる方は「あなたなんかにそんなことを心配をされる筋合いはない」と言われるでしょうが、似た立場の者としての押さえきれない哀しい感情なのです。

「子供がいる人には不妊の気持ちなんか絶対にわからない!」
そんな言葉をネット上でよく見かけます。
マイノリティー(少数派)と表現される方もいますね。
卵子提供がその方々にとって福音と感じられるのは理解出来ます。
では、第三者の卵子・精子によって生み出された人の気持ちはどうでしょうか。
不妊というマイノリティー(少数派)からマジョリティー(多数派)になる。でもその瞬間、愛しい我が子という新たなマイノリティーを生み出すことにもなるのではないでしょうか。
母となる(誰よりもその辛さを知っている筈の)人は提供を受けることによってマイノリティーから脱却できるかもしれません。しかしその子供達は永遠にマイノリティーのままです。
脱却の方法は存在し得ないからです。

(この件に関してはある程度のカウンセリングなどは有効でしょうけれど、如何せん日本はその点でも非常に遅れていると感じます。そのあたりのケアに関しても議論の余地ありという前向きなご意見があるのに、経験者の方々は皆口を閉ざしていらっしゃいますね。
それもまた非常に悲しい事です。)

「我が子」を抱く事で未来は全て輝かしいものになるのでしょうか。
本当にそれで良いのでしょうか。

どうか、想像して、考えてみて下さい。お願いします。



最後に、きょういくテレビさんありがとうございました。
色々な事を調べ、考え、スレッド主になるというのは大変なエネルギーが必要だったことと思います。こうやって一参加者として発言するだけでも消耗しますから…。
そして過去の私のあからさまな叫びに寄り添って下さった事に感謝いたします。見も知らぬ方が心を痛めて下さった、それだけでとても救われた気持ちになります。

ここがもっと前向きに議論される場になります事をお祈りします。

 何度もすみません
べるべる -- 2011年02月12日 21:14:38

   私はよその掲示板はあまり見ていないので、いろいろな匿名さん達が
何をそんなに怒っていらっしゃるのか正直よく分からないのです。
 きょういくテレビさんは、最初確かに私達と全く違う立ち位置の方だな、
とは思いましたけど、「ここの文章を」読む限り、他の方のご注意やご意見にも
きちんとお返事していらっしゃるし、
面白がられているとかわざと傷つけようとしているとかあまり感じなかったのです。

 政治家である野田さんのご出産があって、世間の高度不妊治療に
対する関心も高まっている今、法改正に何か前進があるのではないかしら、
などと思い最近マメにvoiceを覗いていました。未練ですね…。

 確かにいろいろな方からのキツいご意見もたくさんあったけれど、
「これも世間の意見の一つなのだなぁ」と、自分のこれからを
考える材料にさせていただいていました。

 治療に無我夢中だったころから、意地悪や好奇の目も含めて
自分と違う立場の人がどういう考えでいるのかには
常に関心を払うように努めてきました。
 生まれてきてくれたかもしれない子供達は、そういう「世間」の中で
生きていかなくてはならないのですから。

 「悪意がある」「子供がいる人には分からない」というふうに、
違う立場の人の意見を閉め出してしまうのは悲しいです。
 こんなふうに書くと
「あなたは卵子提供に踏み切れなかったから反対論者の味方をするのでしょう?」
と言われてしまいそうで怖いのですが、でもやっぱり、最近のいろいろな議論は
少なくとも私にとってはいろいろと考えさせられる貴重な材料になりました。
 私も卵子提供はあきらめましたが、まだ閉経を迎えたわけではなく、
日々揺れています。いろいろなご意見を(中には意地悪なものもありますが)
読めて感謝しています。

 この機会を、有意義な意見交換にいかしていくことは
もう無理なのでしょうか?
 
 最後に、投稿慣れしていないため、私の前回の投稿は
とても長くて我ながら読み辛かったです。ごめんなさい。
今回は少し改行とか工夫してみたのですが…。

意見と感想の違い
discussions -- 2011年02月12日 18:20:11

  みなさん、ここに集まられる方は、母になりたい方、もしくは母になった方ですよね。

では、お子さんが保育園や幼稚園、小学校に入った時、先生の教育手法や学校のやり方に気に入らない点が出てきたら、どうなさるのでしょうか。

先生の気に入らないやり方、気に入らない発言。それに対して、「悪意が感じられるわ〜」「うちの子は転園・転校させます!」「担任変えろ」は改善に当たりません。排除、もしくは脅しです。議論として成り立っていません。感情を述べた「感想」ですね。感想をぶつけ、不快感を相手にも味わわせることが目的となっています。

しかし、議論の際の目的は、具体的な方向を見つけることにあります。言いかえれば、感情はなしでもなりたつコミュニケーションです。具体的にどういう方向性が考えられるか。相手の案が気に入らないなら代案を出すべきでしょう。

さっきの、園や学校の例で、もし園長・校長先生に「○○先生のやり方や言葉に悪意がある」「○○先生のやり方や発言に腹が立つ」と訴えたとしたら、きっと「具体的にどういった点にお腹立ちなのかお聞かせ願えますか」と尋ねられるでしょう。改善しようにも具体的にどこが悪いのか指摘してもらわないことには対応ができませんからね。どうしてほしいのかも尋ねられるかもしれません。

その時、自分の意にそわないものを排除してくれないという理由で、「どうせ幼稚園・保育園の教師なんて短大卒だからね」と切って捨てて、問題が解決するでしょうか。私はしないと思います。

つまり、母となる者には、妥当でないと思われる事柄についての具体的指摘とその理由を述べる力が、仕事を持つ持たないにかかわらず必要となると思われます。

母として、もしくは母となった場合にお子さんを守るすべを身につけるつもりで、ここで「議論」してみてはいかがでしょうか。

無題
モネ -- 2011年02月12日 10:32:39

  きょういくテレビさん、初めまして。

本題とは少し離れてしまいますが、すみません。
現在、3人のお子様がいらっしゃるのですね。
子育て中でしょうか、それとも独立されたのでしょうか・・
それは知り得ませんが、もしその3人がご結婚され、子供を
待望し、不妊治療でも結果がでず、考えた末に卵子提供を選んだ時、同じ事が言えるでしょうか。
親として、子供の真の願いを理屈で抑えられるのでしょうか。

論じる事は自由です。立派だと思います。
ですが、やはり3人の子供を持つ人の言葉だな、と子供のいない私は感じます。
そして、どうかお子様方は子宝に恵まれますようにとも思います。不妊を真に理解出来ない親を持つと苦しいですから。

私自身は卵子提供は諸事情により無理でしたし、とうとう更年期を迎えてしまいましたので、かすかな望みもなくなりつつあります。
冷静に構えているつもりでも、心の底から湧き上がる子供が欲しかったという気持ちは消えることはありません。
そこに卵子提供という望みがあり、受けることが許される環境にいる方が待望の子宝に恵まれることを喜んではいけないのでしょうか。そこに存する数々の問題は個々の家庭が抱えていくことであり、乗り越えていくことです。

まずはご自分の子育てに専念されてください。

きょういくテレビ=2チャンネル
とくめい -- 2011年02月12日 08:37:55

  教育テレビ=2チャンネル

わざわざ、この名前を使っているわけですから、自分は2ちゃんねるからここに来たと、最初から公表しているわけですよね。

2チャンネルの代表のつもりで、ここに書いて「たくさん釣れた」と思っていらっしゃるのでは?

つまり、最初から議論するつもりなどなく、相手を論破するつもりでここに投稿されているのでしょう。
「嵐は無視が一番嫌い」ですから、これからは無視させていただきます。

それは恐らく・・・
つばき姫 -- 2011年02月12日 03:08:40

  それは恐らく「つばき姫」さんの「卵子提供」で探されたのですね。結構こちらの読者さんからメッセ頂くので、誰とは言えませんが、と書かれても、私しかいないでしょう(笑)名乗り出ない方が何か恥ずかしい・・・苦笑

間違いなく、私のブログです。わざわざ探して頂いてありがとうございます^^過去の投稿で探されたのですね。

えっと、最後の投稿ですが、私の「ブログ一部抜粋」以下の文は私にあてた質問でしょうか。あまり何度も投稿したくないので、これも載せようか迷ったのですが、これでこのトピへは最後にします。質問があれば、ブログ経由で個人的に聞いて下さい。

<質問の答え>

他の方の文章は読んだのか?もちろんです。

病院への告知はしたのか?当然です。

それでは、おやすみなさい^^

最後にします
匿名で -- 2011年02月12日 00:32:37

  私が日頃から思い、実行していることは、悪意の第三者にだけはなるまい
ということです。
法律の世界で「悪意の第三者」「善意の第三者」と分けていることは
ご存じでしょうか?
平たく言えば、悪い事と知ってやった場合と、悪いこととは知らずにやった場合では
同じ罪でも重さは違うということです。

私が指摘したきょういくテレビという名の2チャンネルからの書き込みは
明らかに悪意の第三者です。
特定の人間たちを面白がって傷つけることが目的です。
本気でNICUの不足を憂いているわけでもなく、とにかく人が嫌な気持ちに
なることが一番の目的なのでしょう。
それが一番の目的ではないとしても、どこかにその要素は含まれているはずです。

私は以前子育てや不妊とは違うスレッドで、自分のことを相談したことがありました。
当然私のことを理解し応援してくれるメッセージだけではなくて、
反対の意見もありました。
でもそれはすべて私にとってはありがたいものでした。
親身になって答えてくれる姿が文面から感じられたからです。

今はどうでしょうか?
さも自分こそが正義の味方、社会の味方と言わんばかりの
人の立場や人の悩みにはまるで無頓着な書き込みを読んでも
何か反省したり、深く考えたりなんてとてもできませんよ。

最後に、顔が見えないから自分の姿が見えないから、何をしても
何を言っても構わないという底の浅い考えは危険です。
昔から因果応報とか人を呪わば穴二つという諺がありますよね。
自分のやった行いは、まったく忘れていた頃に何かの形で自分の人生に
降りかかります。
おもしろ半分で人を傷つける行為は、自分の魂を自分で踏みつけるのと
同じですよ。

私は子供にはそういう教育をするつもりです。
2チャンネルから来たみなさんは、どのように血の繋がりのあるお子さんを
教育なさるのでしょうか?
正体がばれなければ何をしてもいいんだよ、人が傷つくことなんてお構いなしに
自分の主張を言い張りなさい。でも顔が見えるところでは
いい子にしていなさい、ママみたいにね。って言うのかしら。

私は子育ての大変な時期も終わり、もうここに自分の相談を書くことは
ありません。
ずいぶんお世話になった高齢出産VOICEへの投稿もこれで最後にします。
ただ、まだここを拠り所にがんばっている方たちには大変気の毒なことに
なったなと思うだけです。

お返事
きょういくテレビ -- 2011年02月11日 23:07:50

  しゃぴろさんの投稿を読んだ段階でお返事しようと色々悩んでおりましたら
更にUPされていましたので (クールダウンさん -- 2011年02月11日 20:27:59)
ここまで読んだ上での投稿をさせて頂きます。

他所から来たというか他所も読んでいる立場です。
基本的にはROM(Read Only Memory)という立場で書きこむ頻度より読む頻度の方が多いです。
あのスレッド=全て私の意見という訳では当然ありません。それは分かって貰えるでしょうか?
ここで他所の言葉を用いてますか?ここに合わせて言葉を選んだつもりです。
確かに他所の意味は分かりタイプする事もできます。
他所は匿名性な分、時には忌憚ない本当の意見を聞ける事も多々あるのですよ。
他所の人間が1日中暇で誹謗中傷している訳ではないのです。
でも【卵子提供】を考える上ではこちらより多く考えさせられ勉強になったのは確かです。
ですが初めて他所を見た時、私もクラクラしたので感覚は分かりますし衝撃が強かった事は心中お察し致します。
個人的にはあの程度で憤慨してはいけません。一番怖いのは無関心です。
人に関心ないというのは何も言われず楽かもしれませんが本当は一番残酷なんです。
分かるとは思いますが念の為(^^)
前置きが長くなりましたが以下本題に入ります。

しゃぴろさんの投稿を読んでお返事しようと思っていたところ方向性がある事で変わりました。
お名前は出しませんが、ある方のお名前と卵子提供という検索でヒットした内容にこういうものがありました。
なぜ検索したかというと物を発する前に書くものとして背景や何かヒントはないか?
出来るだけ情報がある上で適した言葉を選びたいのでいつもこういう方法は取っているのですが
下調べという感じです。そこにはこう書いてありました。
>他人の事を
>こうするべき!あぁするべき!と
>力説してる方を見ると
>精神を病んでいるような印象を受けます。
>自分もあんな風に他人に映る事があるのだろうか。
>怖いわ。

私はこれを拝見して、もはや議論する段階ではないのかもしれないと思いました。
現に私以外の方の問題点については全く触れられてないように感じます。
かなり気配りがされた配慮あるご意見の数々はあっさり無視?されているのか
はたまた耳に慣れてしまったのかは真相は分かりませんが…
どんなに止めたところで法のグレーゾーンとはいえN田議員が既に出産もされた現状で
他に道がないとされる方々は突き進むまでなのかな?
そういう段階であるのかな?と考えを変えました。
賛成か反対か言われれば反対の立場ですが指をくわえてみてる訳にもいきません…
そうであるならば益々お聞きしたいです。
海外で提供をされた後、日本の産婦人科にお世話になる時は提供された事を医師に告知されていますか?
その部分のお返事がなかったので告知していないとして書きます。
なぜ告知して欲しいかという事ですが、告知した事により受け入れる側の産婦人科が前もって準備もできるし
対応できないと思えば断る事もできるからです。
そして一番肝心な日本で「妊娠から新生児までみる一連システムの検討」にも繋がる
統計のデータが取れる大事な材料となると思うのです。
人体実験のようで私は嫌ですが…自ら進んで行われているのなら問題ない事だと思います。
それが後に続く方への大事な足がかりならば皆さんは問題ないかと思います。

また皆さんは考えた事もないかもしれませんが私個人のお話を少し書きます。
私は田舎者ですので近所の信頼している産婦人科にて出産しました。
一人目の時、陣痛が来て入院した時に一つの分娩台・一人の先生・複数の助産師・スタッフという環境で
私を含めて陣痛がきている人間が3人になりました。
私以外は経産婦さん、私は初産。分娩台は一つでしたので前回のNICUを取りあう事態になったら?という話も浮かびます…
経産婦さん達が上手い事なんのトラブルもなくポンポン生んでくれて分娩台待ちをしていた私はようやく力んで生む事ができました。
田舎では小さな産院はよくあります。もしここで大量出血なんて一人でも出たら
記憶に残るお産どころか生命の危険だってありうる訳です。
お産はいつの時代になっても命がけだと思います。やはりそれほど大変です。

基本的人権だ、当然の権利を行使するまでとおっしゃいますが、
権利を行使するならば周囲にいる人間に二次影響が(時には被害になりうる)
及ばないようにお願いしたいです。
提供して貰った後ろめたさで後は自然妊娠のように振舞っても
一定の割合でトラブル報告が目につきます。ですので周囲の人間に隠したとしてもそれは否定もしませんし
ご自分で考えたらいい事だと思います。
でも命に関わる事なので医師や医療施設だけには正直にお伝え下さいね。
あまりに顕著に結果がでるようなら現場の声としてもっと出てくる事でしょうから。

このトピで少しでも考えて一旦立ち止った方がいらっしゃれば、少しは意味があったと思います。
後がなく勢いで選択するべきではないと個人的には思います。
出産なんて長い人生からしたらほんの一瞬の痛みのようなものでも確かにあります。
三人出産しましたが一度も同じ出産はありませんでした。
出産した後の育児はその後50年やそこら長く続くのです。
不妊治療に10年というのは確かに重く長いです。でも一人の人生はもっと長いのです。

子供を望む全ての人が何らかの方法で母になれますように願う者より

これはやはり変わりません。今後も応援できる事は応援したい気持ちでいるのは確かです。
そしてbabycom さん、考えるスペースを与えて下さりありがとうございました。

きょういくテレビ

どこから来たかで問題視するのは問題
クールダウン -- 2011年02月11日 20:27:59

  「あなたあそこから来たんでしょ?あそこ汚いから私行くと気分悪くなるのよね!言葉汚いし、ロクな人いないって話だし。そこから来てるあなたたちの意見なんて聞けたもんじゃないわ。ここに来るな!近寄るな!」

この言葉をかけられた人々の何と多いことでしょう。そう、こういう扱いは日本ではもう農耕社会へと変貌した弥生時代からあったといわれています。人権教育で習いませんでしたか?

どこの出身だから、そこの人間に悪い事をした人がいるから、だからといって、学校や職場でその人を差別してはいけないと。

某掲示板を町、こちらの掲示板を学校に言い換えてみましょうか。
学校で、ホームルームの話し合いの時間に、匿ちゃんが教育ちゃんやマヨちゃんに向かって言いました。
「あなたたちあそこの町に住んでるんでしょ?あそこ汚いから私行くと気分悪くなるのよね!言葉汚いし、ロクな人いないって話だし。そこから来てるあなたたちの意見なんて聞けたもんじゃないわ。学校にに来るな!近寄るな!」
でも実は、教育ちゃんやマヨちゃんは、ホームルームでは汚い言葉といえるほどの言い回しはしていなかったし、そこから来ているだろうと言われてはいるものの、本当にそうなのかは確認されていなかったのでした。

この場合、本当ならば、どこから来たか、しかもそうに違いないという推測で発言を問題視するのではなく、ホームルームでの意見は意見として、きちんと聞かないといけないですよね。お子さんにもそう教えたい。21世紀の日本人はそういう常識を持っていると信じています。

そして何より問題なのは、どこから来たかで問題視されるのは、卵子提供において重要な論点となっていることです。お子さんが卵子提供で授かったとして、学校や職場で、その出自を理由に意見を退けられたら悲しくありませんか?今、目の前にいる一人の人間として、平等に意見は意見として聞く姿勢が、差別をなくす第一歩だと思います。特に卵子提供を考える者にとっては。

話し合う機会
べるべる -- 2011年02月11日 19:36:08

   私は卵子提供を自分が気持ち的に受け入れられずあきらめたものです。
 一時期は「みんなエゴ(?)を乗り越えて夫の遺伝子を残す決意をされているのに、私は夫と他の女性の子供をお腹で育てるなんて無理」と劣等感と罪悪感に苛まれ、自分の背中を押してくれる情報を求めて卵子提供関係のトピを読みあさっていました。
 でも「やってよかった!」と前向きな意見ばかりで、迷っている自分の気持ちへのヒントは見つからず、孤独は深まるば かりでした。きっと皆さん散々悩まれた末のことでしょうから、その時点では吹っ切れていらして、前向きな意見しか言いようがなかったのだろうと 今は想像がつきますが、当時は「私だけ自分勝手、私だけ嫉妬深い…」と落ち込んだものです。

 最近になって提供医療に関していろいろな意見が出て来るようになり、あらためて根の深い問題なのだなあ、と実感しています。迷っていた当時の自分は、自分の葛藤をすら乗り越えることができず、生まれて来る子供のアイデンティティクライシスとか、遺伝的要因の病気があった場合の対応などにまで考えが及びませんでした。
 既に卵子提供を決心された方には不愉快な内容かもしれませんが、今迷っている、悩んでいる人の為に、こういうトピがあってもいいんじゃないかな、と思います。
 いろいろなマイナス点や、世間には反対する意見もあるのだ、ということも視野に入れて、それでも卵子提供を受ける!と決心する方が結局幸せになれるのではないかと思うからです。

 新しい技術が普及する時「ちょっと立ち止まって考えてみようよ!」というのはとても大切なことだと思います。一番怖いのは、藁にもすがる思いで勢いで踏み切って、後から問題が出て来ることです。
 お腹を痛める自分自身は我が子として愛せても、祖父母に当たる私の両親はどうだろうか?血のつながる孫と同じように愛してくれるだろうか?
 将来骨髄移植等が必要になった時、遺伝子上の親や親族にも協力を仰げるのだろうか?
 ただでさえ思春期には親子がぶつかる時期が来る。それをちゃんと親子として乗り切れるだろうか?その時に子供が遺伝子上の親を心の逃げ場にしないだろうか?
 自分のためでさえ辛いホルモン治療や採卵、いくらお金を払うからってこれを人に頼んでいいの?ドナーさんに後遺症とか残ったら責任取れるの?
 そもそも自力で妊娠できなかった私の体が、遺伝子の違う卵子を受け入れて出産まで耐えられるのか?

などなど、私が心配性過ぎたのかもしれませんが、でもそこまで考え尽くさないと決意できない問題でした。
 決定打になったのは「あなたの遺伝子を残せず申し訳ない」と悩む私に夫が言った
「仮に俺だけに問題があるとして、自分の卵子と提供精子で生めるとしたら生みたいの?」という一言でした。
 即座にイヤだ、と思いました。夫が「提供受けてまで生まなくていいよ」と言うのが、私を気遣って言ってくれていたのではないとやっと分かりました。それまでは「自分の子供欲しいのに私に気を使っていらないって言ってくれてるんだ」と勝手に思い詰めていました。
 本来私達は「自分達の子供が欲しいけど、もしも無理ならあきらめる。養子だっていいんだし」というタイプの夫婦だったのだと思います。それを私が、なまじ技術が存在することを知ってしまっただけに迷って、気持ち的に振り回されてしまった。

 医療上の問題、倫理上の問題、社会との関わり(不妊治療病院で出産まで面倒を見てもらえないから一般産科が圧迫されるとか)などいろいろありますが、あらゆる角度から何度でも話し合って、納得のいく結論にたどり着いて欲しいと思います。正解は家族の数だけあると思うのです。
 その結果私達のように「夫婦二人で生きて行こう。可能なら養子を考えようか」となるのもありだと思うし、「やはり妊娠・出産を経て赤ちゃんを迎えたい。いろいろな問題には前向きに真摯に取り組んで行こう」となる場合もまたありだと思います。

 ただ「マイナス面について話すのは失礼だ」とか「人の家のことは放っておいて欲しい」とか、問題点について話し合うこと自体を封じてしまうのは怖いです。
 卵子提供に踏み切ったのなら尚更、マイナス面にもきちんと目を向けて、不妊治療・提供医療のよりよいあり方について真剣に向き合って欲しいと思います。

NICU問題
やまてん -- 2011年02月11日 11:25:33

  しゃぴろ様
必要な医療を受ける権利は平等にある、というご意見には賛成しますが
問題は、現場ではその医療をかならずしも平等に受けられていないという現実です。
赤ちゃんに責任を負わせる事になってはならないはずなのに、現にそうなってしまう赤ちゃんはいるのです。現場でどんな残酷なふるいにかけられているのか私達は知る由もありませんが、病院をたらい回しにされる妊婦さんがいるのです。
それは供給側だけが考えればいい問題とは思いません。
理想を追求し、全部の赤ちゃんに平等な医療を提供したら、医療制度は崩壊し全てが共倒れになるのではないですか?

不妊治療を行う側にも受ける側にも、リスクを少しでも減らしていく道を探る義務はあると思います。多胎児による出産時の問題が正式な調査で何かのデータが出されたという記憶は私にはないのですが、恐らく現場では調査はされていたのでしょう。そういった経験の積み重ねで、体外受精の際の受精卵の数の制限もされるようになったのではないでしょうか。

卵子提供による出産の調査も、表立ってのものはもしかしたら諸事情により難しいのかもしれません。けれど、いずれ法制化をめざすならその調査とリスクの確認は最低限必要だと思います。(もちろんこれは卵子提供業者によるセールストークなどではなく、出産医療の現場での調査です)

社会の問題
線香花火 -- 2011年02月11日 02:36:45

  「対象外の者から」というタイトルでの
「匿名にさせて下さい 」さんの指摘に考えさせられました。

自分の子どもの結婚相手が、実は卵子提供によって
生まれた子どもで、生物学的な親の出自が不明だったら・・・。
本人同士が納得した結婚で、そして相手もその
ご両親も立派で申し分のない好人物だったとしても、
何か、モヤモヤとした不安感を感じます。
この不安感、なんなのでしょう。もしかしたら、
匿名の提供者によって生まれたお子さんの気持ちを理解する
ヒントかもしれません。

これから、提供によって生まれたお子さんが
狭い日本の中でどんどん成長なさってゆきます。
確かに、対象外である
自分には無関係、とは到底いえない問題かもしれません。

もう元の場所に帰ってください
匿名で -- 2011年02月11日 01:51:19

  私も大変失礼なスレッド(特定の卵子提供経験者を攻撃する内容)
を初期の頃は傍観者として読んでいました。
出産後の体調が思わしくないということでしたので、どうしたのかなと思って
検索したらヒットしたんですけどね。

読んでいるうちに正直気分が悪くなりました。
言葉は汚いですが、まるでたんツボのようなサイトですよね。
今は近づきたくもありませんので全く読んでいませんが。

そしてそこではここの高齢出産VOICEに投稿する人たちに対しても、
バカにした書き方をする人たちが大勢いることも知っています。
それは卵子提供関連だけにとどまらず、40代で不妊治療をしている
女性全般に対する誹謗中傷です。

40代の出産は高齢出産ではなくて、老体出産って言うんでしょう?
30代後半は高齢出産だけど、40代は老齢出産?老体出産でしたっけ?
どちらかの言い方に変えろと可愛い奥様たちみなさんで力説していらっしゃる。

マヨネーズさんのことを褒めている方もいらっしゃいました。
「またマヨネーズさんが書いてくれたね」というような内容でした。
私は反対意見すべてに対してどうのこうのとは思いません。
いろいろな意見があるのは当然ですし、筋の通った温かみのある意見は
例え反対意見でも参考にもなるし、ありがたいことでもあります。
しかし残念ながら、今までの書き込みももしかして違う意図のもと
書かれたのだろうか?と勘ぐってしまいました。
何しろ某チャンネルでは英雄扱いでしたから。

もしかして卵子提供スレッドが立つと必ず反対意見を述べる他の人たちも
今は英雄扱いなのかしら。
最近読んでいないからわかりませんが。

このスレッドは2ちゃんねるの延長線上でしかありません。
どんなにきれいな言葉を並べて真剣に憂う装いをしても、ただただ嘘くさい
言葉の羅列にしか感じられないのですよ。

どうかいつもの場所でいつものお仲間と大いに語り合ってください。
いつもの言葉遣いのほうがお楽でしょ?
丁寧な美しい日本語でばれないように書かないと投稿されませんからね。
こちらの真面目なサイトは。

NICU
しゃぴろ -- 2011年02月10日 21:06:08

  ■ NICUが絶対的に不足していること、周産期医療がぎりぎりの状況下にあることは、大きな社会問題です。
しかしこれは、厚労省の「失策」や、その結果(だけではないが)の医者不足、その「失策」をせざるをえなかった経済停滞下における医療費の膨張、訴訟問題を背景に産科医療が敬遠されがちとなっている医療現場の現状などなどの複合的要素が主因なのであって、NICUを利用しなければならなくなった一人一人の妊産婦(ましてやその赤ちゃん)にその責任が帰されることはあってはならないと思います。
NICUの不足は、あくまで供給側の課題として考えるべきです。

■ むしろ、この問題における卵子提供の議論は、「自らの意思で日本では法律的にグレーゾーンの施術を外国で受けてきた(結果としてNICUを利用している)」という文脈のうち、前半の「自らの意思で日本では法律的にグレーゾーンの施術を外国で受けてきた」部分をどう考えるのか、という点にあるのだと思います。

この点についてまず結論を言うなら、たとえそうであっても必要な医療を受ける権利は平等にあるはずです。

例示との比較で考えるなら、まず、「自らの意思で」については、例えば美容整形を自らの意思で受けて、結果望まぬ状況にいたったとしても、医療が必要となった時点で他の患者と区別なく医療を受けられるべきであり、実際日本においてそのように遇されていると思います。

次に、「法律的にグレーゾーン」についても、例えば犯罪行為で明らかに有罪の行為を犯した人も、犯罪行為と無関係に必要な医療を受けることができることは、私たちも報道等で聞いているとおりでしょう。

また、「外国で」についても、「自らの意思で法律的にグレーゾーンの施術を受けた」のが外国だろうとどこだろうと、現に今、医療を必要としている人がいるならば、区別差別なく必要な医療が受けられることは保障されるべきでしょう。

つまりいずれにせよ、必要とされる医療は、基本的人権の観点において誰かれの区別なく受けられるべきである、ということに異論の余地はないと思います。
卵子提供を外国で受けてきた妊産婦もしかりです。
まして、赤ちゃんの区別などあってはならないでしょう…

■ また、医療を受ける権利は平等であるべき一方で、コスト負担についてはどうなのか、という議論もあるでしょう。

受益者負担という考え方は確かにありますが、これは受益者が利益の頻度や程度別で負担するのであって、原因別で分けるというものではないはずなので、この議論にはなじまないと思います。

一方、リスクの高さが予め分かっている場合に、リスクに対する応分負担という考え方をどの程度取り入れるのか、というのは、たしかに一考すべき課題でしょう。
とはいえ、保険などではありうる議論と思いますが、医療の対価としてはなじまないと思います。

■ 以上とは別に、感情論的には、出産を目的とする施術を行っているのだから、その結果としての出産までのフォローを当地で貫徹すべきだ、という意見は、私は分からないでもありません。
しかしこの論理は、妊婦に対してではなく、卵子提供を行っている医療サイドに求められる倫理感だと思います。

こうした論調がでてくる真の背景は、不妊治療が利益を生む産業であることと無縁ではありません。

妊娠を人工的に施しておきながら、その結果としての出産は他人(他の医療者)まかせか、という言葉の真の意味は、儲ける部分だけおいしいとこどりしておきながら、周産期管理や出産の大変な部分(言わば儲けた後の「しりぬぐい」)は他人(他の医療者)まかせというのは、あまりに倫理を欠いてやしないか、ということです(提供医療のみならず、体外受精全般で言われている議論ですね)。

一理あります。
まして、提供による出産は医療的にリスクが高いとされているならなおのことでしょう。
しかも、現状下では、おいしい儲け部分は外国の医療機関にわたっていて、「大変な部分」は深刻な人手不足にあえぐ日本の医療機関と深刻な財政赤字にあえぐ日本の健康保険が負担している、という構図なわけです。

不条理です。
確かに不条理とは思いますが、とはいえ、これは行政や、国家間の取り決め単位で対応してもらわなければ、一患者レベルではどうしようもありません。

■ 他方、当事者の妊産婦に対しては、「法律的にグレーゾーン」の施術を受けていることに対して、どのような倫理的な対応が求められるのか、という命題があるでしょう。

私は、「当事者として、また提供によりやがて生まれてくる(あるいは既に生まれた)子の親として、よりよいシステムの構築と法制化を社会に働きかけていく義務がある」、と考えます。

がんばってください。

「愛ある発言」とは思えません
masaki -- 2011年02月10日 12:48:35

  「きょういくテレビ」さんは、卵子提供の「問題点」としてNICU利用率が高いことを挙げられていますが、卵子提供以外にも、リスクを承知で妊娠し、結果としてNICUのお世話になるケースはあります。それはそんなに責められることなのですか?

2回出産した早産体質の知人がいます。(不妊治療はしておらず、高齢出産でもありません。)子供は2人とも7ヶ月で産まれ、NICUに入っていましたが、今では成長も追いつき元気に育っています。

知人のように1人目の子供を早産し、次の妊娠も早産の可能性があると指摘された人にも、「NICUを利用する確率が他の人より高いのだから妊娠するな」と言うのですか?「NICUの維持費は社会で負担しているもの。リスクが分かっているのに妊娠して、2回も利用するなんて自分勝手」と言うのですか?「きょういくテレビ」さんが書かれていることは、結局はそういうことですよね。

「NICU利用率が高まる危険性を伴う妊娠」は、卵子提供に限らず色々あります。高齢出産はもちろんですし、若くても持病があったり、若くて健康でも前回の妊娠出産時に異常があったり。リスクの大小に差はあっても、知っていて妊娠する点では同じです。「きょういくテレビ」さんの理論で行くと、こういった人たちも妊娠すべきではないことになります。

若くて健康な親の自然妊娠の赤ちゃんが突然のトラブルでNICUに入るのは仕方がないけれど、リスクがあると分かって妊娠した親の赤ちゃんが予想された通りNICUに入るのは自分勝手、維持費が幾らかかると思っているの、ということですよね。「きょういくテレビ」さんは、何のリスクもない妊娠出産をされたのかもしれません。でも、小さく生まれた赤ちゃんを心配する気持ちは想像がつきますよね。それとも、ご自分の子供さえ助かれば良いのですか。

私自身は、2人目待ちの30代後半です。卵子提供は考えていません。前回の出産では問題はありませんでしたが、次は高齢出産になるので、NICUのお世話になるかもしれません。「きょういくテレビ」さんから見ると、妊娠する資格がないのでしょうね。

卵子提供に反対するのはご自由です。でもその根拠として「NICUを利用する確率が高い」「NICUには高額な維持費がかかる」と主張するのは、とても「愛ある発言」とは思えません。「子供を望む全ての人が何らかの方法で母になれますように願う者より」という言葉は空々しいです。

うまく言えませんが。
つばき姫 -- 2011年02月10日 11:16:56

  教育テレビさん

何度も書いては投稿せずに消していました。

最近、こういう内容が増えてるように思います。

意見は自由ですが、

相手の意見を変えようと必死になったり、止めさせるよう説得的な文章になっていたりしませんか。

と思いました。

違う意見ならば「ふーん」とはならないものかな?

と思いました。

うちの叔母なんか、卵子提供は反対ですが(クリスチャンだから、そういうのは神様の領域だと考えています)私を止めようとしたり、説得しようとしたことは一度もありません。自分と相手との線引きが出来ているのだと思います。お互い違う人生、と。その分、私も自分の人生に責任を持って、行動しています。

そんな風に、ネット上での討論が、反対、賛成、という立場を明らかにする、そしてその理由を述べる、だけで終わればいいのにな

と思ってしまいます。

卵子提供者が世間的に弱い立場に追いやられるような、また周囲に言えなくなるような、また、劣等感を持つような、そういう雰囲気を作り出すのは、人間の悪い癖のような気がします。

話は少し文章に触れますが、

NICUで・・・・(省略)の件です。あなたの中に優劣があるのでしょうか。同じ母親なら、母親の気持ちくらいは理解できると思います。

養子でも卵子提供でも代理出産でも、母親の気持は一緒だと思いますよ。あなただって、母親として必死で頑張られている分、認めてほしい思いがあるでしょう。どんな出産であれ、自問自答しながら、必死で母親になろうとしているんだから。

本物じゃない、本当の親子じゃない、本物の母親じゃない

と言われているようで、心が苦しくなります。

そう相手に感じさせるような発言を、「意見の自由だから」とされると、なんだか大人のやりかたじゃないなぁと思いますが。どうでしょう?対面して会話される時も、そういう具合ですか?ちょっと違うと思いますよ。


追伸:卵子提供のデメリットは、過去のトピを参照にして頂ければよいかと思います。出血が酷かったとかも書いてありましたよ。

「NICUの問題点」について補足
きょういくテレビ -- 2011年02月10日 10:27:04

  「NICUの問題点」
変な方向に話を進めたくないので補足します。
恨みますという発言は余計な発言で不用意だと思いますので一つの想像例として捉えて下さい。
(そういう感情も生まれはします…それは素直に否定できません)

子宮と卵子がミスマッチという以外に
卵子を提供して貰った方はその後の産科にて申告も正しくされているのでしょうか?
提供された事を隠して設備の整った医療センター以外で出産を希望された場合
起こりうるケースに直ぐに対応できずに最悪の事態に発展する事も考えられますよね。
大量出血など小さな産院などでは対応に苦慮するのは想像できます。
以下参照して欲しいのですが

毎日JP
こうのとり追って:第2部・不妊治療を知る/1 「閉経まで望める」と誤解

ここでは

第三者から卵子提供を受けた妊婦を受け入れたケースも複数あるが、
吉村教授は「3人に1人は大量出血が原因で輸血をしたり、子宮を摘出している」

そのように指摘がされています。
卵子購入して移植する施設、出産する施設、万が一トラブルが発生してNICUを利用するとなると
別々の違う施設で行われている現状にも目を向けて行かねばと思います。
仮に卵子を提供して貰い移植しても新生児まで見る施設が同じならばリスクは軽減できると思います。
そんな環境があれば理解出来る事もあります。
ただ単にその部分を主張したかったという意味合いでNICUを出したのではありません。

卵子の「提供」とは
やまてん -- 2011年02月10日 00:14:31

  まずは、マヨネーズさん、皆様、大変申し訳ありませんでした。
韓国で禁止されているのは売買だったのですね。

ただ、変わらず感じた危惧はやはり同じような事です。
そこに金銭のやり取りがあるからにはやはり卵子を買ってる事になりませんか?
平凡な一市民さんがおっしゃってるように、卵子提供=骨髄提供のようなボランティア?と一瞬思ってしまいます。
逆に提供という言葉こそなにかをうやむやにしているような印象です。
提供して貰った方が「◯◯で卵子提供して来ました」という表現をされるのにもずっと違和感を感じていました。「卵子提供」は何か定められた正式名称なのですか?

仲介業者がどれほどの搾取をしてドナーさんに高額の金銭が行き渡ってなかったとしても、そこに利益が産まれている以上は売買に他ならないでしょう。
報道などで「卵子ビジネス」「高額謝礼」などという言葉は普通にありますが、これは何かしらの差別表現になるのでしょうか。

何故リスクを語り合ってほしいと思うか
くりむと -- 2011年02月 9日 22:53:16

 
きょういくテレビさんの最初の書き込みには確かに思いやりに欠ける表現がありましたが、その後反省・謝罪され言葉を選ぶ努力はされておられると思うのに卵子提供のリスクについて語ることをどうしてそれほどまでに拒否されるのでしょうか。卵子提供や代理出産を選んだ人・現在視野に入れている人でしたら各体験者がこれまでに得たリスク情報は改めて整理したい情報の一つではないですか?

過去のVOICEにはエージェンシーやドナー選び等に関する情報は豊富ですが、リスク情報やリスクにどう対処すべきかのノウハウ情報交換は少なく、分散してしまってるように思います。(野田さん妊娠判明時のトピックを除く)また結果を得られた人は多く書きこむのに対し、そうでなかった方はあまり書きこまれないことから、リスクよりベネフィットの方が多く目につくようになっているという印象が私にもあります。

きょういくテレビさんが「リスクについてどれだけご存知なのか教えてほしい」と思う気持ちは理解できますので、私がなぜリスクについてもベネフィット同様に語り合ってほしいと思うかを書きます。

私は30代から不妊治療を始めたことがきっかけで、ここVOICEを出来て間もない頃から読んでいます。何年か前から卵子提供を受けたことをオープンにされる方が出て来て、「国内ではグレーゾーンのことをそんなに堂々と書いていいものか」と疑問には思ったものの、一部の海外では合法なのだししあれこれ調べ考えた上で実行しようとする人を止める術はありません。実践者が増えればリスク情報やリスク対処法についてのやりとりも増えてくるかな、と思っていました。

しかし年々卵子提供に踏み切る人の書き込みは増えるものの、以前に比べ卵子提供への敷居が低くなってきているように感じられます。勿論提供を受けるということは悩みに悩みぬいてでないと到底下せない決断であろうことは疑いません。しかし卵子提供を受けた経験者の情報がほとんどなかった以前と比べると、先駆者たちの具体的な経験談を沢山読めるようになったことで、敷居は依然高いとはいえ昔よりかなり低くなってきているように見えます。

卵子提供を受けた方の中には子供への告知の方法などリスクに向き合って考えておられる方もいらっしゃいますが、皆さんお子様がまだ小さいので、どう告知したか、お子様が思春期以降に卵子提供をどう受け止めたかを語れる方、あるいは隠し続けていたのに子供に知られてしまって…というような経験を持つ方はまだおられません。昔より挑戦者は増えてはいるものの、卵子提供や代理出産はまだまだ未知の険しい山であることに変わりはないのです。

「考えた末の決断なのになぜ批判派は口をはさんでくるの?」という嘆きのような問いかけがたびたび繰り返されますが、そんな「未知の険しい山」に子供連れで行こうとしているのですから、いくらご本人に「私はちゃんと調べて準備もしたんだからほっといて」と言われようとも「調べたっていうけどどんな危険があるか本当に知ってる?危険の対処マニュアルは頭に入ってる?十分な装備は持ってるの?危険な目に遭うかもしれないのはあなた一人だけじゃないのよ?」と横から口を挟みたくなってしまうのです。

スルーしてほしいと言われる方々は「知ったかぶって余計な忠告をするのはお節介」ーと思われからそう願われるのかもしれませんが、自分が危険だと考える行為をしようとする人が目の前にいた時に何も言わないーというのは道義的に厳しい選択です。よその親子がどんな苦難に巻き込まれようと自分は知ったこっちゃない、とドライに割り切れる人以外は普通一度は止めて当人に覚悟のほどを確認するでしょう。リスクについて言及すると卵子提供という決断を全否定しているかのように受け取られがちですが、真剣に心配をしているのであって選択を全否定しているわけではない人、ある意味応援しているからこそ心配している人たちもいることをご理解ください。

このような例をあげると逆に「でも誰かが道なき道を行って道を作らないと…」という考えも出てくると思います。確かにそういう考えもあるでしょう。危険ではあるが登山が許可されている冬山に登るのを止められないように他者が止められる類のことではありません。しかし喜びもあるだろうけれど苦難・葛藤が通常よりかなり多いであろう道なき道をを子連れで行くのですから、行く場合はどうか出来るだけ多方面の人たちからのアドバイスを沢山受け、最大限の準備を十分にしてから出発してほしいと願います。

一杯傷ついた末に卵子提供を受けるという結論を下された方たちですから、質問の内容に傷ついたりムッとすることはあるでしょう。しかし傷ついたとしても「○○は入念に調べ済みでこういう対策をとるつもりです。△△については詳しくないのでよりよい対策を考えるためにももっと情報がほしいです。ただし××という表現は私は不愉快なので今後はできれば□□と言い換えてください」といった感じで冷静に返せる心理状態でいてほしいと願います。

というのも冷静にリスクについて語り合えないと将来親子が葛藤の渦に巻き込まれた時、飲み込まれてしまう危険性が高いと思うからです。周囲や子ども本人に事実が知れてしまった時、もっと非道で残酷な言葉をぶつけられることだって予想されるわけですから、相当ひどい言葉を投げつけられても冷静に反論できるぐらいの精神的強さを身につけることは必要だと思います。(過去に何度も主張していますが事実を隠し続けることはこれからの時代ではまず不可能だと思います)

逆を言えば、ここであれこれ考えて冷静な議論することができるようになれれば厳しい葛藤をも乗り越えられる可能性が高くなるのではないかと私は思います。

卵子の有償取引に強い違和感があります
平凡な一市民 -- 2011年02月 9日 19:22:44

  『提供』といえば『骨髄提供』をイメージします
ドナーは事前の検査のために通院で数日,
骨髄採取のために3泊4日の入院が必要となります
しかし,これは『善意の提供』であるため,無償であり,
もちろん休業補償もなく,ドナーは公共交通機関を利用し交通費が後日支払われます

しかし卵子『提供』はドナーへの謝礼,エージェントへの手数料など含め数百万円のお金が動く,ビジネスとなっています
これは『提供』と言えるのでしょうか?

一般的な感覚で言えば『売買』ではないでしょうか?
命の『売買』に対して嫌悪感を抱く人は少なくないと思います

この技術を認めるため,国民的な合意を得るのであれば
私は『無償』で行うことが最低限の条件だと考えます

「問題点」
きょういくテレビ -- 2011年02月 9日 18:17:41

  今の段階で個人的な意見を書くのは時期尚早と考えています。
それは「匿名で」さんがおっしゃる「すべてを読むなんて面倒くさい」という訳では決してなく…
※但し全部を読めた訳ではありません。
当事者側のCさんの書き込みを目にした時は涙が出そうでした。
勝手にお名前を出して申し訳ありません。
私にも娘がおりますので、そんな悲痛な叫びに対して「愛があれば大丈夫」他、
更に傷つけるような発言は各々我が身を守るのに必死のようですが非常に苦しいものでした。
そこには今回のように書き込みはしませんでしたが胸を抉られる思いでした。

実際に選択して実行された方の数年経過したお話が聞きたい事もあり、
途中で私のような文章を上手くまとめられない人間が多く物を発する事で
更に複雑にしたくない気持ちからです。

引用もとのソースをという話しは、前トピにてどこからの話でしょうか?
というような疑問をあげられましたので書いた事です。
ですが少しでも否定すれば無知により物を知らない等と喩えられ非難されますし、
理解できる人間以外は排除…どうでしょうかこの姿勢?

私が思う「問題点」は複数ありますが
一つ強く想像でき他に触れられていない事で思うのは

「NICUの問題点」
敢えて認識して頂きたいので卵子購入と書きますが、
卵子を購入して子宮とミスマッチな卵子を用いて
危ない妊娠をするところまでは個人の自由で済むかもしれません。
しかし卵子購入により自然妊娠よりもリスクが格段に跳ね上がった結果
NICU利用率が高まる危険性を伴う妊娠の方と自然妊娠の方とで、
限りあるNICUを取り合うような事になってしまったなら
認められていない方法にて妊娠した方々を恨む人も出てくるかもしれません。
いや、私なら確実に今の法整備のもとなら恨みます。
初期のNICUは非常に大きな意味があります。お近くのNICUの現状はどうでしょうか?

そして維持費の問題もあります。生まれた後は社会で費用負担しているのです。
NICUの高額医療費は自己負担は殆どありません。
自己負担がないだけで維持費は相当にかかっています。
私たちの自由でしょ、私たちの家庭の問題、親子の問題というなら最後の最後までやっての話です。
社会的負担が支え切れない事態になるのも、言いたくはありませんが時間の問題かと思います。
議論して模索して考える事が優しさであり愛であると思います。

親になるならば避けられない検討課題でもあると思います。
一旦立ち止まって考える事はそんなに無神経で愛のない発言でしょうか?
少なくとも私の意図はそこにあります。

「きょういくテレビ」さんのご意見は?
匿名です -- 2011年02月 9日 15:32:12

  「きょういくテレビ」さん、では、あなたはどうお考えになっているのでしょうか?

それこそ「得られるもの」と「問題点」について、
あるいは他の論点についてお聞かせ願いたいものです。

このサイトでは、反対意見も賛成(共感)意見も、
あるいは迷っている方の意見も…
様々な立場、視点からの意見が交わされています。

が、いずれにしても皆さん、
「高齢による不妊」「早期閉経他、病気による不妊」という
女性として生まれながら辛い経験をされている方への
なんらかの意識・配慮・共感、当事者意識が
示された上での発言ばかりでした。

が、「匿名で」さんが指摘されているように、
「卵子購入」と、自然に書いてしまうあたりや、
「個々に返事するより〜問題点を把握・整理したい」
「ソース等も記載してほしい」
という点等、
やはり、マスコミや行政の担当者がリサーチに利用しているのではないか??
と邪推されても仕方のない表記が目につきます。
ご自信は、川の向こうで観戦ですか??
「社会的に大きな内容」と、言っておきながら!?

無視しようとしましたが、
あなたの愛ないコメントにどうしても腹が立ったので、
冒頭の質問をさせていただきます。

きょういくテレビさんへ
匿名で -- 2011年02月 9日 10:22:00

  とてもデリケートな問題ですので、明らかに悪意を持って投稿された方に対して
真摯に答える必要は感じられません。

きょういくテレビさんはどうしてもデメリットだけをあぶりだしたいご様子ですので、
それであれば過去ログをお調べください。
「卵子提供」と入れればたくさんの情報が出てきます。
経験者のすべてが賞賛しているわけではないということがおわかりいただけると思います。
そして真剣に悩んでいる方は、当然過去ログも読んでいらっしゃると思いますよ。

そんなものすべて読むなんて面倒くさいとおっしゃるのであれば、
このスレッドの真意は悪意であるとしか思えませんね。
卵子購入という言い方は、某チャンネルで交わされている言葉ですしね。
とても思いやりのない言葉だとは思いませんか?
真実なら何を書いてもよい何を言ってもよいというお考えでしょうか?

例えば視覚障碍者に対して「めくら」などの差別用語が平気で言える、
そんな方なのかなと想像してしまいました。
本当のことを言って何が悪い?とそういう時にも言える方なのでしょうね。

対象外の者から
匿名にさせて下さい -- 2011年02月 9日 10:10:29

  まずはご批判を受ける意見だと思いますのでご了承ください

私は高齢出産ですが不妊の経験はありません。長い間このサイトは読ませていただいておりました

最近、「卵子提供」への議論が活発になりこのサイトだけではなく、一般のマスコミでも取り上げられ、部外者も関心がもてるものとなりました

でも、「不妊に苦しんでいる方には必要だから認めて欲しい」という内容でつづられている物が多く、部外者の感情や根本的な理解というものにはなんら関係なく進んでいるような気がします
それが私たちの感じるデメリットです

皆様が論じていらっしゃる専門的な問題点に加え、例えば私のような心の狭い者から「卵子提供」を考えると

○欲しければ何でもしていいのか、夫婦同士、パートナー同士での体外受精ならまだ理解ができるが、卵子提供は感情的、生理的に理解できないものがある

○自分のお腹で育てれば自分の子供なのか。パートナーと他の女性との子供と育てて行くうちに感じて感情を乱されることはないのだろうか

○これから先、卵子提供でできた子供は認められて行くのか
親子では明かしても周りには隠して生きていくのか、それとも「私は卵子提供で命をいただきました。実の母も育ての母も同じように感謝しています」ということになる世の中になっていけるのか

○大きくなって縁談になった時、全ての親が気にしないでいれるだろうか。「育ての親の方の事はわかるが、遺伝子を分けた女性がどこのだれだか、どこの国の方かもわからない」というのは本人たちが良くても親として受け入れられるだろうか

今、「卵子提供で子供を授かる」が問題で、これからいろいろな事がその子供たちとの成長によって変わっていくと思います
「卵子提供が認められ出産できる」に加えて、それによる子供たちの生き方や環境の整備、卵子提供に縁のない、部外者の理解を得る方法、得られなかった場合の対処まで考えに入れて全てを勧めて行って頂きたいです

私は卵子提供は受け入れられないものがありますが、でもその卵子提供によって生まれてくる子供たちが悲しんだり苦しんだりすることの方が想像すると辛いです

配慮不足でした
きょういくテレビ -- 2011年02月 8日 22:29:47

  まず投稿頂いた皆さま誠にありがとうございました。
ご意見は引き続きお待ちしておりますが
直ぐにでも以下の点について謝罪致します。配慮・認識不足でした。お許し下さい。

>しかし、「メリット」「デメリット」という言葉は、やはりこの問題を考えるにはふさわしくなかろう、と感じています(トピの意図は十分わかりますが)。
せいぜい、医学でよく使われる「ベネフィットとリスク」、
あるいはこの問題については 「得られるもの」と「問題点」かな、と。
いのちや家族関係の問題に「デメリット」と言われてしまったら、カチンときたり不快に思われる方がいても無理はなかろうと思います


本当にその通りです。今回の場合デメリットなどと言う単語はふさわしくありませんでした。
ですのでマヨネーズさんご提案の通り「得られるもの」と「問題点」と修正させて頂きたいと思います。
今回の内容は社会的に大きな内容を含んでいると思います。
単に一個人の問題では処理しきれない状態にまで来ているように感じます。しかも物凄い早いスピードとなって加速しているように感じます。

個々にお返事をさせて頂くというより様々な意見により問題点を把握・整理したいと存じます。
何かご存知の事はソース等も記載頂けると更に分かりやすく良いかと思います。


そして何者なのか?というご質問がありましたが…
私は女性であり社会全体の出産・育児などを考える市民でありごくごく普通の一般人であります。
決して自分の利益の為に情報収集したくてトピを立てたのではありません事をご理解頂ければと思います。
私の言葉足らずの部分を補足頂きました皆さま、重ねがさねお礼を申し上げます。

大人すべての、そして〈先輩〉の義務として
マヨネーズ -- 2011年02月 8日 19:20:13

  つづきです
悩んでいる方のレスとして書くには強烈すぎる問題提起と思うので、こちらに書きます。
「提供卵子による代理母出産」という方法のことです。

これは、誰の子なのでしょうか…。子どものアンデンティティの混乱はテラ級だろう…と。
という問題に加え、私はこれはまさしく「子ども売買」「人身売買」ではと思いました。

日本政府は2005年1月に国連の「子どもの売買、子ども買春及び子どもポルノに関する子どもの権利に関する条約の選択議定書」を批准しています。この議定書の適用上、「児童の売買」は次のように定義されています(外務省訳)

【第2条ーa】 「児童の売買」とは、報酬その他の対償のために、児童が個人若しくは集団により他の個人若しくは集団に引き渡されるあらゆる行為又はこのような引渡しについてのあらゆる取引をいう。

…あてはまりますよね。ご夫婦の受精卵の場合でも、ビジネス代理出産は抵触するような気もします。

野田さんは50歳という年齢なので法務省の審査が必要になったことを怒っているようですが、これは1961年の法務省通達によるもので、当時、50歳以上の女性が「自分が産んだ」と虚偽の出生届を出す傾向があったためだそうです。推察するに、結婚前の娘が出産せざると得なくなり、それを書類に残さないため実母が産んだことにするというケースではと思いますが、近年においては代理出産の2つのケースの判例も影響しているでしょう。まして国際養子を装った子ども売買が現実にあることも鑑みれば、立法府の人間として、野田さんは当然この措置の意味を理解しているべきでは。怒るところじゃないでしょ、と思います。

↑で、考えたのは、今後は「夫婦のみで出国→赤ちゃん連れで帰国」ケースの入国審査がより厳しくなるかもということです(この方法が、子どもそのものを売り買いの対象にしているのではという道徳的批判も免れ得ないであろうと。)

さらに、野田さんをきっかけに、今後は出生届の審査の対象が40代後半、あるいは40代出産になるかもしれません(妄想ですが)。それ以前に、世間から「もしや卵子提供では」と周囲から見られる心配、不安が現に出てきています。興味本位とか奇異のまなざしはまだ跳ね返せるかもしれませんが、卵子を「買った」などの道徳的批判のまなざしに耐えるのは、厳しいものがあると思います(ふつうの人はJISARTの実施など知るわけもありませんし、知っていたとしても区別などつきません)。

私は、卵子提供を経験なさった方、進めたい方には、国内での法整備を応援、推進していくような発言〈も〉望みたいです。「素敵な経験です」と海外での卵子購入を奨励すること、「後に続いてね」とばかりに声援を撒くこと、エージェンシー情報や金額情報の交換に終止することは、現状において賢明とは思えません(中には「売買と思ってない」さらに「売買でも問題ない」とお考えの人もいらっしゃるうようですが) こうした態度はこの方法を問題視している人々の危惧を深める方向にしか働きませんし、仮にその結果、やまてんさんが書くように世論が「提供禁止」方向にゆれたとしたら、提供に希望を見いだす人、提供で誕生した家族が「苦しむ」ことになります。かといって、禁止されるくらいならグレーの無法状態(=現状維持)のほうがまし、とも私には思えません。

日本の精子提供で「売買」が大きな「問題」にならないのは(免れ得ているのは)、水面下の実施とはいえ、精子ドナーさんへの謝礼が多額とはいえないからでしょう(15000円程度と聞いています)。自分の命に金銭が介在したと怒りを表明しているのは主にアメリカの人たちービジネス精子バンクが関与しているがため、なのかもしれません。

生まれてくる子どもたちのためにも、最低限、売買要素を排除するのが大人の/社会全体の義務、急務であろうと考えます。出自を知る権利の保障は大前提です。

追伸:やまてんさん、韓国で禁止されているのは精子・卵子の「売買」だと思います。ご確認ください。ただ、卵子提供を法律で禁止している国は確かにいくつかありますね。

デメリット
マヨネーズ -- 2011年02月 8日 18:57:37

  長くなるので2つにします。

きょういくテレビさん、新トピありがとうございます。

しかし、「メリット」「デメリット」という言葉は、やはりこの問題を考えるにはふさわしくなかろう、と感じています(トピの意図は十分わかりますが)。

せいぜい、医学でよく使われる「ベネフィットとリスク」、
あるいはこの問題については 「得られるもの」と「問題点」かな、と。
いのちや家族関係の問題に「デメリット」と言われてしまったら、カチンときたり不快に思われる方がいても無理はなかろうと思います

また、バジルさんの短い投稿で、「その行為を主体的に選択し、それに満足を感じている人」が、他者から「あなたは苦しんでいる」認定されると非常に怒りをかう…ということを思い出しました。(バジルさんがそうだと言っているわけではありません、念のため)
仮に提供で生まれた人が、そのことに大きな葛藤を感じていないのに、「いや、あなたは苦しんでいるはずだ、自分で気づいていないだけだ」と言われたら、それもまた不快でしょう。提供による家族形成は100%苦しみが待っているだけ、と決めつけられるのも不快でしょう。

このようなことは、私も改めて念頭に置きたいと思います。

もっとも、提供を選択したことで苦しみを抱えてしまう可能性やその中身については、たくさんの投稿を読まれてきた方なら察することはできるとは思いますが…。
でも、何度も語り、思いを言葉にして整理していくことに、意義があるのかもしれません。

Medical Newsより
メディニューズ -- 2011年02月 8日 13:57:45

  具体的なデメリットについて記述がないようなので、以下、Medical News からの引用を載せておきます。

閉経後に米国で卵子提供を受けた50歳前後の妊婦の約8割が、切迫早産などの重い合併症で入院が必要になったことが、東京日立病院(文京区)の合阪幸三・産婦人科医長の調査でわかった。

国内では、匿名の第三者からの卵子提供を認めようという声も強く、今後、提供卵子による高齢妊娠が増えそうで、合阪医長は「特に、超高齢出産の場合は、スタッフのそろった周産期医療センターなどでのケアが必要」と強調している。10日、都内で開かれた日本周産期・新生児医学会で報告した。

調査対象は、合阪医長が過去5年間に担当した31人。平均年齢は50歳で、最高齢は56歳、最年少は46歳だった。米国で卵子提供を受けて、妊娠後、国内で出産を希望して来院した。多胎妊娠は4人で、すべて双子だった。

多胎妊娠に比べリスクの低い27人の合併症の発生は、妊娠高血圧が9人(33・3%)と最も多く、卵子提供のない通常の出産よりも約6倍頻度が高かった。妊娠糖尿病も8人(29・6%)で約2・5倍、切迫早産も12人(44・4%)で約3倍だった。
これらの合併症の治療のため、27人のうち22人が入院した。双子を妊娠した4人は全員、切迫早産のために入院した。また、母乳の分泌は、1か月検診時では、31人中17人が良好だったが、3か月検診時には3人に激減した。

匿名の第三者からの卵子提供を巡っては、厚生労働省の生殖補助医療部会が容認した。しかし、法制化には至らず、日本学術会議で是非を検討している。(YOMIURI ONLINE)

将来
やまてん -- 2011年02月 7日 20:14:33

  日本で卵子提供が法律で全面禁止されるという可能性は考えた事は無いですか?

韓国でそうなったのですから、日本でそうならないとは言い切れ
ないと思うのですが。
日本がこのまま欧米のように個人主義に突き進み、ビジネスライクに
卵子や子宮の提供が出来るような日々が来るとはとても思えません。
命がかかってる骨髄移植ですら、ほぼ全面的にボランティアで行われて
いるような現状です。
全くの善意なら解禁される日が来るのか?誰が無償で、生命の危機でもない
無関係の人のために自らの体を痛めつけてくれるんでしょう。
それは親しい間柄でないとあり得ないのではないでしょうか。
そして、親しい間柄であればあるほど、複雑な感情がうまれたりするものです。
子供が出来ないお嫁さんへのプレッシャーは更に強まるかもしれません。
「卵子を提供してあげて」等という理不尽な要求も出て来るかもしれません。

精子提供によって産まれた子供達の感情に多大な問題が生じて来ているように
年月を経て同じような問題が出て来る可能性は多いにあります。
その結果法律で禁止されたなら
子供に大変大きなものを背負わせてしまいませんか?
「出来るだけ早いうちに子供に真実を知らせる」を信条にしている人でも
それをためらわせる事にならないでしょうか。
「愛情があるから大丈夫」は、どこまでも親側の言い分でしかないと思います。

メリットデメリット両面を知る責任
いーてぃーびー -- 2011年02月 6日 22:18:40

  どんな問題でも、メリットとデメリットの両面を知る必要があります。例えば、手術前には、治療効果と併せて、最悪の場合起きることも説明されます。病気で不安なのに、治りたい気持ちでいっぱいなのに、何でそんな最悪の場合の話をするの!と怒るのは筋違いです。だって、「もしそんなリスクがあると事前に知っていたら、こんなことしなかったのに!」と仰る方もいるわけですから。

例えば、お子さんが生まれて、手術を受ける際、デメリットの説明を聞きたくないと耳を塞ぎますか?お子さんがご心配ならあらゆる情報を得た上で最善の手立てを講じたい。そう思うのが親心ではないでしょうか。

そうであるとすれば、お子さんを得るに当たっても、メリットとデメリットを知っておく必要があります。実際に、他国では両方の説明がなされるシステムが確立されているようです。

毎日新聞の「こうのとり追って」という記事では、ベルギーの例が紹介されています。
>体外受精をはじめとする生殖補助医療(ART)の医学的安全性については、大きな問題はないとみる専門家が多いものの、さまざまな研究報告があり、評価は定まっていない。
>スクレーバー医師は「不妊治療中の患者にとっては、妊娠が最大の目的。リスク情報が頭に入っておらず、後で『聞いていなかった』と言う親もいる。誕生後に改めて伝える必要がある」と説明した。
>ボンデュエル教授は追跡調査の意義をこう語った。「新しい技術導入には責任を伴う。子どもへの影響は長期で見なければ分からない。ここにある約1万5000人分のデータは、技術の質の管理や、今後新しい技術を取り入れる際の比較などに役立つだろう」

また、同記事には、日本における以下の事例も報告されています。

>産業医科大小児科の白石美香・NICU(新生児集中治療室)医長は、これまで複数の病院で勤務し、赤ちゃんに障害や病気があったとき、精神的に受け入れられない母親を数多く見てきた。ある母親は、後遺症が残る可能性のある病気の赤ちゃんを見て「とても育てられない。呼吸器を外して」と頼んだ。病気の赤ちゃんを出産した別の母親は「こういう子はうちの家系には生まれないはず」と言い張った。「あんなに苦労してできた子なのに、障害があるなんて許せない」。そう訴える母親もいた。
>「不妊治療を受けて産んだお母さんには、産むことが最終ゴールになっている方も多い」と白石さんは語る。

メリットとデメリット両面を知った上で、最善の選択をする。一人の人間を成人するまで育て上げる重責を担う親であれば、親となろうとする者であれば、当然持つべき責任かと思います。

そんな時間はないんですよ・・・
ねここ -- 2011年02月 6日 16:41:32

  あなたは何者ですか?あなたは男性だと思われます。テレビ関係者ですか?何かの番組の特集のために情報収集ですか?読んでて不快に思いました。ここはあなたのような自分の利益の為に情報収集にくる場所ではないのです。

「デメリット」とは何でしょうか?
バジル -- 2011年02月 6日 15:08:38

  喧嘩するつもりではありません、念のため。

議論されたいとのことですので、「デメリット」を具体的にして頂いた方が良いと思います。また、「苦しんでいる」とは?

 
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