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【その他】誕生死
まじょこ -- 2007年07月 3日 20:23:51

こんにちは。5歳の子をもつ30代フルタイムWMです。
タイトルは流産・死産・新生児などの幼い赤ちゃんの死をすべて含めて英語“STILLBORN"の訳として造られた言葉だそうです。(「天使の梯子」というHPに詳しく紹介されています)

本来ならば、日々仕事に育児に100%以上がんばって走り続けていらっしゃるWMが集うこの場所に、このような内容を書き込むべきではないのかもしれません。
私自身こんなことってあるのかと未だに信じられないのですが、こんなこともあるということを知っていただくことで、私の息子を含め、皆様のもとにあるお子様一人ひとりが、月が満ちて生きて産まれてくることが出来た奇跡のような存在であるかもしれないということをもう一度感じていただきたいと思うのです。
いいえ、今の私はまだ混乱していて、この思いを誰かに聞いてもらいたい、ただそれだけなのかもしれません。不快に感じられたら、どうかお許しください。

先週の月曜日に、仕事を終えて子どもを迎えにいったその足で、17週の妊婦検診に行きました。そこで「赤ちゃんの心臓が動いていないんですよ」と告げられました。声も出ませんでした。「お気の毒ですがこうなった以上早く出してあげなければなりません。5ヶ月になっているので、通常の出産と同じ方法をとるしかありません。ご主人とよく相談して決めてください。」と言われて外へでました。
待合に一人ポツンと待っていた息子が事態を呑み込めた息子が大声で泣き始めました。「死んじゃいやだ!帰ってきて欲しいんだわぁ!いやだなんだわぁ!!」やっとわれに返った私は、「ごめんね。ごめんね。赤ちゃんおなかの中で死んじゃったんだって。赤ちゃんの身体に病気なところがあって、産まれてもこっちの病院でなおせないから、神様のところに病気を治してもらいに帰っちゃったみたいなの。もしも治ってまたうちの家族になりたいなぁって思ってくれたら、きっとまた帰ってきてくれると思うから、赤ちゃんの体をお母さんのおなかからちゃんと出してあげてお空に返してあげるからね。」と言いました。5歳の息子にこの話をするべきだったのか、これでよかったのか、正直言って今でも自信はありません。ただ、あの時私はこう言うしか思いつかなかったのです。パニック状態の私からとっさに出たこの言葉は息子の心にしっかりと刻まれ、彼なりに心で理解してくれたようです。保育園の先生やお友達に自分でこのことを話し、その後も進んでいく事態に落ち着いて寄り添い、彼があれほど望んでいたにもかかわらず一度も会うことの出来なかったきょうだいを一緒に見送ってくれました。
前日の日曜日に夫と息子と共に安産祈願に行った次の日の出来事でした。

火曜日、夫と助産師さんと共に大学病院の所見を聞きに行きました。亡くなった子の状態とこれまでの検診時の写真を見た医師は、死後2週間ほど経っていること、赤ちゃんの身体と頭が異常にむくんだ状態であること、原因はおそらく12週頃からの写真に兆候が現れている浮腫から考えて先天性の疾患があったことは間違いないだろうということでした。母体側には問題はないし、妊婦生活の何らかの要因でこうなったのではなく、実際モニターの中の胎盤は動かない赤ちゃんに向かってしっかりと栄養を送り続けていました。重症の浮腫のことはこれまで一度も私には告げられていなかったのですが、知っていたとしても救えない命であったことは変わらないだろうと言われました。このようなケースでは初期に亡くなる場合がほとんどだが、今回のように中期や後期に胎児死亡となることも、ごくまれに生きてうまれることもあり、すべては自然なことであると。なぜそういったことが起こるかと問えば、たまたまとしか言いあらわせないと。
ただ、私が残念で悔やまれて仕方がないのは、亡くなったことに2週間も気付くことが出来なかったこと、せめてもっと早く出してあげたかった。まだ胎動を感じる時期ではないですし、私には全く何の兆候もありませんでした。もし浮腫のことを知っていたとしたら、もっと頻繁に病院に行き詳しく診ていただいていただろうと思うのです。もちろん、そのことで不安に苛まれ、場合によっては非情な選択をも迫られたかもしれないことも容易に想像されるのですが・・・。

水曜日、会社に行って詳しい経緯と今後のことについてお願いをし、仕事の引継ぎをしてきました。12週以降の死産は出産と同様に8週間の産後休暇がいただける制度になっていることを会社に申し出て、後日了解をいただきました。もう何もなす術のない私に残されたただ一つ我が子のためにできることは、現実を受け入れて亡くなった子をちゃんと産むことしかないと、自分にいいきかせました。

木曜日、保育園を休んでお母さんといたいと言う息子と一緒に、天国に帰る赤ちゃんのために手紙を書いたり鶴を折ったりして入院までの時間をすごしました。
出発直前に些細なことでイライラを夫に爆発させてしまった私に、手伝いに来てくれたはずの義母がひどい言葉で攻撃をはじめました。
義母はこれまでの確執を含めてすべて私を諸悪の根源と断言し、夫と子どもと近所の人の前で私の人間性をすべて否定する発言を、これでもかと言うほど浴びせました。こんな時にそれを言うこの人達と一緒に生きるのは無理だと悟りました。
結局義母を残して3人で病院へ向かい、子宮口を広げる準備処置をした後、4人での最後の夜を川の字になって過ごしました。

金曜日、早くても夕方まで出てこないだろうと言わていたにもかかわらず、お昼前に破水し30分ほどで弱い陣痛とともにさほど苦しむこともなく産まれてくれました。体重100グラムの小さな小さな赤ちゃんでした。性別は「不明」とされました。処置が終わって休んでいたら、他の人のお産が急に進んだため分娩室から追い出されてしまいました。あっちは大きな声と共に産まれてくるのに・・と思ったら部屋で一人泣き叫んでしまいました。夕方、落ち着いてから夫と一緒に我が子に会うことができました。ショックを受けるから、後に思いが残るから会わない方がよいと言われましたが、たとえどんな状態であっても我が子に会いたくない親なんていないでしょう?
本当にほんとうに優しい、お地蔵さんのような安らかな顔をしたいい子でした。私たちのところに幸せを運んできてくれて、ここまで一生懸命生きてくれて、産まれてきてくれてありがとう。そして元気に産んであげられなくて本当にごめんね。と何度も言いました。

土曜日、退院して家に赤ちゃんを連れて帰りました。斎場の予約の時間までの数時間、家族4人ですごしました。息子は赤ちゃんの周りにぬいぐるみを並べ絵本を読んであげていました。時間が来て3人で見送りに行きました。沢山のお花と3人で選んだおもちゃを入れました。さよならの瞬間思わず炎の中について行きそうになりました。夫も同じ気持ちだったそうです。あんな小さな身体でたった一人で送り出すなんて、かわいそうでかわいそうでなりませんでした。何も残らないと言われていたにもかかわらず、爪楊枝より細いお骨がたくさん残ってくれました。自分たちで用意した小さな骨壷を抱いて「心の中でずっと生き続けるんだよね。心は4人家族だもんね。お空でずっと見てくれているんだよね。」と話しながら、一緒に家に帰りました。

少しずつ眠れる時間が増えてきて、比較的落ち着いた気持ちで死を受け入れ、あの子が教えてくれたことを胸に前向きに歩いていこうと考える一方で、悔しさと悲しさと喪失感でどうしようもなくなる時間も日に何度も襲ってきます。そして今は飲む子のいない乳がパンパンに腫れて痛いのがたまりません。あの子の前で、ごめんねごめんねと言いながらあふれるおっぱいを絞っています。
それでも現実に私と同じ悲しい思いをかかえながら、気丈に日々を送ってくれている夫と息子がそばにいてくれるのだから、こうした波を繰り返しながらも少しずつ元の心と身体に戻していかなくてはと思います。
私たち家族を選んでやってきてくれて、つらい病気をかかえながら必死でおなかにしがみついていてくれて、一人でひっそりと亡くなっていたのも知らせないで、5ヶ月の間の幸せな思いと安産祈願までさせてくれて、最後は私を苦しませないできれいな姿のままですんなり産まれてきてくれて、ちゃんと私たちに会ってくれて、残らないといわれたのにちゃんとお骨をのこしてくれて、なんて優しい素敵な子なんだろう。悲しみの気持ちを遥かに超えるほどのありがとうの気持ちでいっぱいです。
そして何よりも、私に、夫婦に、家族に大切なことを教えにやってきてくれたことを、本当に感謝しています。

こんなプライベートなことを、多くの方の目にふれる場に書くことへの賛否は当然あることと思いますが、短い生涯を懸命に生き、こんなに多くのことを残してくれた我が子のことを知っていただき、皆様とお子様一人ひとりの命の尊さと愛しさをあらためて感じていただければとの思いで書かせていただきました。
読んでいただいてありがとうございました。


今さらですが。。。
まじょこ -- 2007年07月26日 22:25:42

  今日またすべてのレスを読み返していて、気付いてしまいました。
私が書いたひこさんへのレスの中で紹介した「雲の上から」という歌を歌っている方の名前が間違っていることに・・・
「菊地智子」さんではなく、正しくは「菊川智子」さんでした。大変失礼しました。
現役の助産婦さんでもあるミュージシャンです。
妊婦さんはもちろん、子育てにちょっと疲れた時、自信をなくした時、私のように悲しい経験をしてしまった時にも、子どもたちの優しいメッセージがストレートに心に届き、不思議な力を与えてもらえるステキな曲です。
ネットで試聴できるので、ぜひ多くのママに知っていただけたらと思います。

皆様、本当にありがとうございます 6
まじょこ -- 2007年07月13日 16:43:52

  【ひこさんへ】
ひこさんとお子様にとって、大切な大切なできごとをここに書いてくださって、ありがとうございました。宣告を受けた時の超音波の画像のこと、上の子のこと、戸籍上「人」と認められなかった子に名前をつけてお話をしていること、ひこさんのお気持ちにたくさん共感させていただきました。
私が宣告を受けたのは安産祈願の次の日でした。少なくとも10日以上前に亡くなっていたことも知らずに・・・たった1度しか身につけることの出来なかった腹帯をベッドにして、あの子は旅立ってゆきました。

ここからは、私の今の思いです。
元気に産んであげられなくて、って私もずっと思っていました。
でもたくさん考えているうちに、今は「○○してあげる」「産んであげる」んじゃあないんだ、どんな形であれ、あの子があの子の力で産まれてきてくれるんだって思うようになりました。私の身体はただ、それを受け入れるだけ。その無力さが歯がゆくてたまらないけれど、それが現実でそれも自分なのだと。
この子のお産が正にそうでした。亡くなっていることに気付いて、準備が整って、少し誘発してもらっただけで、あぁそろそろ出てもいいんだねって、お母さんの心の準備も出来てるねって、お兄ちゃんが作ってくれた産道を通って、母親が苦しまないように出てきてくれたんですね。
もちろん通常のお産は、赤ちゃんとお母さんの命懸けの共同作業なのでしょうし、私の赤ちゃんは小さくて柔らかくて、痛みという痛みではなかったのですが。
もしかしたら、あの子は短い間しか生きられないかもしれないこともすべて知っていて私のおなかにやって来てくれたのかもしれません。
私は最近、菊地智子さんという本業は助産師さんであるミュージシャンが歌っている「雲の上から」という歌を初めて知りました。ネット上でも視聴できます。(ご存知の方も多いかも)
「雲の上から、優しそうだったから自分で選んで自分で決めてママのところにやってきたよ」という何度聴いても素敵なメッセージソングなのですが、「ねぇ ママが寂しくないように産まれて来たよ」というフレーズで毎日毎日泣いています。悲しくて、うれしくて、いろんなこと全部ひっくるめて、ありがとうって。
すべてのママに聴いてもらいたいです。きっと心から優しい気持ちになれるから。
 そしていつまでも底の見えない悲しみとともに、こんなにも多くの方に祝福されていたというゆるぎない真実は、これからも私たち家族の支えとなってくれると今確信しています。
息子の保育園のお友達は、赤ちゃんがおなかにいる時には毎日のようにうれしそうな顔でそっとおなかをなでてくれていたし、亡くなったことを息子が話した日には、お散歩に出かけた神社で「○○くんのおうちにまたいつか赤ちゃんが帰ってきますように」とみんなでお祈りをしてくれたそうです。担任の先生は、妊娠を報告した時にはこれまでの夫婦の思いを知ってくださっていたからこそ涙を流して喜んでくださったし、この悲しい事実を家族同様に受け止めてくださり、保育園での息子をしっかり見守ると約束していただきました。
こんなに沢山の人達から温かい心をいただくことができた私たちは本当に幸せです。
お空のお子様に確かに見守られて、ひこさんのご家族がこれからもずっとお幸せでありますように。


【匿名でさんへ】
つらい過去をお話くださってありがとうございました。
子宮内胎児死亡が判明してからの死産と、助からないと宣告されて自らその選択を迫られてしまう死産。
心臓が動いていないんですよと告げられ、それを2箇所の病院で目と耳で確認し、ただ受け入れるしかなかった私の方がむしろ楽だったのかもしれません。(この表現は決して適切ではありませんね。他に言葉が見つかりません。ごめんなさい。)
おなかの中で診断されてしまう残酷さ。エコーを怨む気持ち、同じです。
2週間も経っていて体中がふやけていて、変形していると言われました。それでも私はずっとその亡くなった我が子を見ていたかった。
私は自分で決断をせまられなかったどころか、2週間も亡くなっていることにさえ気付かない母親だったことが、今でも誰に何と声をかけてもらっても、自分が許せないでいます。
お地蔵さんのように安らかな顔で眠っていて、私たちにとっては可愛くて可愛くて仕方がない我が子ですが、人から見れば性別も分からないほどになってしまって、まるで宇宙人のような姿だったのかもしれません。
退院してみると、「しょうがない、しょうがない」というあの大臣の発言が世の中に渦巻いていて、どうしようもなくやるせない気持ちになりました。
運命だったとか、あなたのせいじゃない、先天性のことだ、何をしてもいずれは亡くなる命だったとか、自然が決めることだとか、何を言われても何の救いにもならないのです。

究極の喪失である「死」のなかでも、我が子の死、しかも生きて産まれることが出来なかったということは、これまで信じていた自然の摂理、生命の摂理をさえ覆され裏切られズタズタに引き裂かれるような、そんな喪失状態ですよね。
どんなに言葉をかき集めて並べても、本当のところは記憶と心が乖離してマヒしているような、フワフワとした感覚の中にいます。
同じ体験をした方が世の中にたくさんいらっしゃることがわかっても、それぞれにその時の悲しみの表現は違っているとしても、この喪失からの本当の意味での恢復は果てしない道程であることに代わりはないのでしょうね。


一方で、矛盾しているかもしれないけれど、空を見上げて、前を向いて生きたい。それも今の私の心からの願いです。
そのためだったら、何でもしたい。
少しでも心を落ち着けるために、本を読んだり、同じ体験にふれたり共感したり(ポコズママの会・泣いて笑って・天使の梯子などHPご存知でしょうか?)、あの子の供養のことを考えたり(お空の赤ちゃん相談所・春名寺など、もうご覧になられましたか?)、生きている家族のために出来るだけのことをしたり、自分と家族が癒されることを必死にさがしたり、こうして気持ちを言葉にしたり・・・
何であの人そんなにあせってるの?もう立ち直ってるの?と首を傾げられても、何と思われてもいいんです。
決して逃げるのではなく、どんなものにすがってでも、悲しみを感謝で包んで生きていきたい。
頑張っているように見えるとしたら、それが今の私の「したいこと」なのだと思います。
おかしいのかもしれませんが、私たち家族はもう笑っています。それぞれが悲しみを持ちながらお互いを思いやりながら、お空のあの子を想いながら、以前よりずっと穏やかに優しい気持ちで毎日を暮らしています。
人から見れば早すぎるのかもしれないけれど、無理しているのではなく、あせっているのでもなく、私たちはこれでいいのだと思います。もちろん、前に向けない時も、思いっきり泣く時も、何時間もボーっとしている時も、まだまだたくさんありますけれど。

ありがとうございました。

皆様、本当にありがとうございます 5
まじょこ -- 2007年07月13日 15:21:11

  【みゃあさんへ】
お気持ち、本当にありがとうございます。
人生には予想外のことがある、ホンとですね。
平和な国で平和な家庭に育ったほんのヒヨっこの私にも、それなりにいろいろあったのですが、命にかかわる大きな出来事は今回で2つ目です。
1度目は高校生の時、車に撥ねられて冗談抜きで死にかけました。正に運ひとつで生還しましたが(ちょっとした臨死体験もあり)、その時その若さで「なんでもないようなことが幸せ」ということを、嫌というほど思い知ったものです。
過去と現実は変えられない、それでも私は今生きている、それだけはまぎれもない事実。未来にも何かが待っているかもしれない。それでも少なくともここからどう生きていこうとするかは、自分で決められると思います。間違ったり廻り道したりすることもたくさんあると思うけれど・・・

義両親のことも、予想外の出来事といえばそうなのですが・・・以前も何度か私が義両親のことを書いたことがあり、みゃあさんとお話しする機会がありましたね。
私はどんな相手でも状況でも信じて願うことが大切だと、あの時えらそうなことを書いてしまいましたが、実際自分も出来るだけ変わって徐々に相手を愛する気持ちを持つことで、義両親との距離も少しずつ縮まってきていると信じていたのです。、
今回の義母とのことは、これまでの私たちの関係をすべて総括して、時間をかけて氷は溶けてきていると思っていたのは大きな誤解であったと結論づけるしかないような出来事でした。
そのタイミングが最悪だったことは言うまでもなく(たとえどんなに頭に血が上っていても、こんな時に攻撃をやめることができない60代以上の女性はいないと思っていました)、これ以上「家族」として一緒に生きていくこと(ウチの場合はいずれ同居するということ)は無理だとやっと分かりました。
義父も義母も過去に喪失体験や多くの悲しみを抱えた人であり、本当の意味で大切に愛されたことのない人達であろうことに数年前気付いた時、私はそれをも含めて甘受し、愛していこうと決めました。
結局それは、私には無理でした。義父・義母のおぞましい怨念のすべてを私にぶつけられることには耐えられませんでした。私が壊れる前に家族を守る道を選ぼうと思いました。
無理に敢えて挑むのは無意味だ、そうする必要はないのだ、他にも方法はあるのだと、やっと考えられるようになりました。
どうしようもなくひどい体験だったけど、そういう意味では分かってよかったのかも、とも今では思っています。

薦めていただいた「ツインソウル」、ちょっと調べてみたら臨死体験、科学と宗教が昇華、宇宙の真理・・・確かになんだか取っ付き難そう!と一瞬たじろぎましたが、「ソウルメイト」人間関係の論理的解明なるものから自分が生きることへのヒントが得られるのならば、気持ちが少し落ち着いたらぜひ読んでみたいと思っています。(私にも理解できる内容であることを願いつつ・・・)
みゃあさん、お身体のほうは大丈夫でしょうか?
ずっと気になっていました。どうかお大事になさってください。
私は残念なことになってしまったけれど、こんなにたくさんの幸をいただきました。
みゃあさんのところにもまた一つ、また一つと大きな幸がもたらされますように。
ありがとうございました。

【ちーずさんへ】
こちらこそ、つらい気持ちを思い出させてしまって本当にごめんなさい。そしてレスをありがとうございました。
このような状況にある時にさえ、身内の暴言によって傷ついてしまう人が自分だけではない、という悲しい現実。
少なくとも今は、私はこのことに関しては思考停止することに決めました。誰がなんと言おうと、自分の心となによりも大切な家族を守るために。
最初は義母の都合の良い誤魔化しに満ちた言葉に騙され(私の親にもそうやって一方的に自分は善人で、私の気が狂っただけと説明したようです)、「僕が間に入って必ず仲直りして欲しい」といっていた夫も、どんなに寛容に解釈したとしても決して許されることではない彼女の発した言葉の重大性と、本当はそれをわかっているのに決して永遠に非を認めないと言い切った義母の言葉から、少なくとも今も近い将来にも修復は不可能だと気付いてくれたようです。彼も心が傷ついている中で、どんなにそれを認めることが苦しかったかと思うと、いたたまれない気持ちになりますが、義母によって私たちの家族の絆までが打ち砕かれなかったことはなによりありがたいことです。
月並みな言い方になりますが、ちーずさんの旦那様との溝もきっときっと埋まる時が来ると信じています。たとえすれ違う時があっても、心の底で信じあっていれば・・・
そして赤ちゃんがきっときっと戻ってきてくれることを、そしてちーずさんがその手に温かくふわふわの赤ちゃんを抱かれる日がくることを、心よりお祈りいたします。
ちーずさんが、私に対する皆様からの温かいレスに癒されたと言ってくださったことがとてもうれしいです。皆様からいただいたこんなにたくさんの優しくて素敵な言葉を、悲しい出来事に出会ってしまった方々にも共有していただきたいです。私に向けていただいたお気持ちだけにしておくには、もったいないですから。
ちーずさん、ありがとうございまいした。

人工死産だと
匿名で -- 2007年07月13日 07:53:53

  はじめまして。匿名でしか話せなくてすみません。
私は息子が一人います。
そして待望の二人目は昨年5月、15週で人工死産しました。
私は、自分の手で、二人目の息子の命を止めたものです。
重度の胎児水腫でした。全身、宇宙服でも着たように腫れ、エコーでは、もう息子の姿をつかめなくなっていました。

生きられないと言われ、選択を迫られ、息子を殺してしまったと言う自責の念しか残っていません。
今は、息子の命を止めてしまったと言う、後悔に毎日迫られています。
しかたが無いと、先生も、家族も言いますが、命の鼓動を止めた責任は、やはり母親の私に重くのしかかっています。
そんな権利、私に本当にあったのか・・・。

一年間は酒におぼれました。仕事も家庭も、よく分からないうちに過ぎました。
小さなお骨入れになるペンダントに小さな息子のお骨をいれ、毎日一緒にいます。

子宮外妊娠も経験しましたが、人工死産の重圧とは比べれません。
エコーなんてなければいいのにと思います。あるからこそ助かる命もあるのですが、私は死を選ばなくてはならず、複雑です。

我が子の死。
本当に苦しいです。
もしかしたら、私が人工死産を選ばなければ、助かったのでは?と言う気持ちは捨てられません。

どうか、今は、辛くて当然。傷がいえなくて当然。
自分がしたいように、してください。
がんばったんですよ。
本当に、あなたは頑張ってますよ。
もう頑張らなくていいですよ。
したいように、して下さいね。

皆様、本当にありがとうございます 4
まじょこ -- 2007年07月12日 14:04:39

  引続き、沢山のレスをいただき、心からお礼申し上げます。
時間はたっぷりあるはずなのに、ノロノロとしか言葉が繋げない
ので、お返事が遅くなりましたことを、どうかお許しください。
毎日のようにここに来て何度も何度もお一人お一人のお言葉を読み返しては、生きる力をいただいております。
ゆっくりとしかお返事できませんが、皆様の温かいメッセージは確実に私の胸に届いておりますますことをご理解ください。


【nokoさん】
nokoさん、過去の悲しいご経験を思い起させてしまって本当にごめんなさい。
それなのに、私の気持ちを分かるとおっしゃってくださり、優しいレスをしていただいて本当にありがとうございました。
赤ちゃんのいない産後休暇。この現実は堪えますね。同じ悲しみを胸に抱きながら夫は仕事、子どもは保育園。私は・・・一日中考えたり泣いたり、時におかしいくらい何かに没頭してみたり・・・電話や人に会うことにとっても勇気が必要だったり。
それでも、天国のあの子とたくさんお話しながら自分と向き合い、心身を休め、かけがえのない家族をこれまで以上に愛し、前に向かって歩いていくための貴重な時間をプレゼントしてもらったという思いで、大切に大切に、許された日までを過ごしていこうと考えています。

Nokoさんのおなかのお子様は、はかり知れない悲しみの底からnokoさんご自身が生み出された勇気を基にしてやって来てくれた命なのでしょうね。
そして、そんな強くて優しいお母さんを選んでやってきてくれた、nokoさんの二人のお子様は今、お空とおなかの両方から一生懸命エールを送っておられることでしょうね。
不安は決して消えない日々とは思いますが、きっときっとおなかのお子様がnokoさんご夫婦に温かく抱かれる日がやってきますように、私にも影ながらお祈りさせてください。
ありがとうございました。

【MAHALOさんへ】
「お誕生おめでとう」のメッセージをありがとうございます。
決して不謹慎なんかじゃありません。そう言っていただいたのは多分初めてですが、私にはずっと誰かに言ってもらいたい言葉だったのです。
産まれ出た瞬間、分娩室は無音でした。そして一人で付いてくれていた助産婦さんが「ひゃぁ!出ちゃった」と叫び、慌てて先生を呼ぶために「そこのナースコール押して!」と私に言いました(赤ちゃんを受け止めていて手が離せなかったので)。産声がないのが、その言葉が、すごく悲しかった。
それなのに、その時私は幸せな気持ちで涙も出ませんでした。ああよかった、産まれてくれたって。現実を客観視さえしなければ、痛みも忘れてあの産み終えた時の幸せな気持ちにひたっていたのです。
でも誰もおめでとうとは言ってくれませんでした。当然ですよね。悲しそうな顔をして懸命に私を励ましてくださいました。
この手で抱くことはできなかったけど、ずっとずっとあの子のことが愛しくて愛しくて仕方がありません。やっぱり、抱きしめたかった。MAHALOさんもそうですよね。
そして私も、この手の中の息子がまたたまらなく愛しいです。

ごめんねって言っても自分を責めてもあの子は戻ってこない、誰も喜ばない、それは分かっているけれど、それでもまだ、涙を流したり自分を責めることを止められないこの母の弱ささえ、あの子は理解して見守ってくれると、とても勝手な言い分だけど、今はそれを許してねという気持ちです。
でも、少しずつ少しずつ、私はあの子から強さと優しさをもらっている、とても近くでそっと見ていてくれると、そう強く感じます。
MAHALOさん、温かいレスを本当にありがとうございました。

いつもいつまでも
ひこ -- 2007年07月10日 22:46:27

  まじょこさんはじめまして.
私は6歳,3歳,9ヶ月の子を持つWMです.6歳の子を身ごもっている頃より度々こちらのサイトにはお世話になっております.
これまではずーっとROMでした.

でも,まじょこさんの書き込みを拝見し,どうにもキーをうちたいと思わずにはいられなくなりました.

以下,少し自分のことを書かせていただきます.もしもお辛い思いをされそうでしたら,どうぞお読みにならないで下さい.ほんとうに申し訳ございません.でも,私と私の子にとってとても大切なできごとと,それから数年経った私の気持ちがまじょこさんに共有していただけるものであったらと,願っています.

私自身も他の多くの皆様と同様,6歳と3歳の間に,4歳になっているはずの子がわずか妊娠7週でこの世に生きることなく帰ってしまいました.出血で受診,そのまま入院,超音波で調べるたびに卵がどんどん子宮口の方に移動しているのを知った日のことは今でも忘れられません.
前日に初めてママ友に「二人目なの!」と報告し,その翌日には助産院を受診予定たった日のできごとでした.

わずか7週でもやっぱり私のおなかの中で育った子でした.医学的には「頸留流産」ですから「人」でもないとされてしまいますが,私たち夫婦はその子にも「あきひこ」さんと名前をつけ,今もときどき話をします.

数ヶ月は泣いて暮らしました.上に子がおりましたから,この子の笑顔にほんとに助けられました.小さいなりに「大変なんだ」というのを感じ,すごくがんばりますから,この子に心配をかけてはいけないなと奮い立つ気持ちでした.でも,たまらなくなると,寝かしつけた後こっそり泣いてました.

真ん中の子を妊娠しているときは「あなたなの?」と語りかけたり,「あの子は生きて産んであげられなかった」と悲しんだり,「この子はちゃんと育ってくれるかしら」と心配になったり,今思えばかなり不安定な妊婦でした.

でも,その子が無事産まれたとき,私たち夫婦にとってようやく「あきひこ」さんは「天からみていてくれる存在」として輝きはじめたように思います.

今でも,産んであげられなかった辛さが消えることはありません.私が「あきひこ」さんにしてあげられたことはほとんどなかったけれど,あのときを振り返ってみてよかったと思うのは実家の母やママ友に妊娠を伝えて喜んでもらっていたこと,「あきひこ」さんが生きてたことを知ってた人がいたことだと思います.まじょこさんのお子様はおなかにいた間に多くの人に祝福されていたのだと思います.そして,まじょこさんは,この掲示板でお子様がおなかの中にいらっしゃったことを教えてくれました.お子様は私たちの心の中にも生き続けてくれます.

誰の命もその長さに関わらず尊いものです.こどもがときに手のかかることがありますが,やはり,「生きててくれてありがとう」という当たり前のことをすぐに思い出させてくれるのは「あきひこ」さんなのです.

私も・・・
ちーず -- 2007年07月 9日 22:18:55

  まじょこさん、はじめまして。
こちらの板には時々書き込みさせていただいてます、3歳の長男を
育てながら看護師をしています、ちーずといいます。

まじょこさんの書き込み、本当にショックで言葉もありませんでした。
「どんなに辛かっただろう」「どんなに悲しかっただろう」、人が言葉で言うのは本当に簡単です。私もこれまでに書き込まれた皆さんと同じように、このような状況で発するべき言葉は生まれません。


実は私も今年の1月と6月に、両方とも5週という初期ではありますが続けて流産しました。
長男も3歳になり、もともと子沢山が理想だった私はずい分前から2人目を望んでいましたが、なかなか出来ず。ようやく出来たと思ったら立て続けにこのようなことになりました。

今回まじょこさんのスレッドに書き込もうと思った理由の一つが、私も二度目の流産翌日に言われた義母の一言が今もまだ心に引っかかって(というより、もう、こびりついて)はなれず、義母はもとよりそのことで旦那との間にも溝が出来てしまったからです。
(私のこの書き込みで、まじょこさんにもお義母さんに関する辛い気持ちを思い出させてしまったらごめんなさい。)
これまでにも嫁姑問題とまでは行かずとも、何があっても絶対に自分の息子を悪く言えず全て私のせいにしたがる義母に腹の立つことはありましたが、一応お義母さんだし旦那の母だし…と波風立たないようにしていましたが、今回のことでもう何もかもどうでもよくなりました。

何だか自分のことばかり書き込んで申し訳ないのですが、残念な事に世の中にはこう言った何よりもデリケートな問題をはらんだ状況にあっても実にデリカシーのない言動をとる人が少なくないんだ…と、まじょこさんの書き込みを読んで「私だけじゃないのか…」と悲しい現実を知りました。
でも同時に、それでもまじょこさんのようにこの状況下でもこうして皆さんに配慮のある書き込みをする人がいるんだなぁと、少し前に向かって背中を押された気分になったんです。

ごちゃごちゃと勢いで書いてしまいましたが、まじょこさんの書き込みとそれに対する皆さんの温かいレスに、同じような喪失体験をした私も本当に癒されました。


私は自分の流産を2回とも同じ赤ちゃんだったのかなぁと勝手に思っていて、3度目もまた私のもとへ舞い戻り宿ってくれるかなぁ、今度こそ抱っこしたいなぁと、少しの期待と大きな不安の中今は毎日過ごしている感じです。
ふっと(特にこのての話を見聞きすると)一瞬どうしようもない悲しみがやってきますが、それでもこれは神様が与えてくれた何か意味のある試練なのかなぁと思えるようになってきました。

まじょこさんもまだまだお辛いと思います。
月並みですが、今は十分に休んでくださいね。

大変な時期にこのようなスレッドを立ててくださって本当にありがとうございます。
私も前向きに頑張ります。

まじょこさん、こんにちは。
みゃあ -- 2007年07月 9日 16:51:36

  まじょこさん、こんにちは。どうお声をかけて良いのか、なかなか言葉が見つかりませんが、ここに私の拙い気持ちを少し書かせていただければと思います。もし、的はずれなことを書いてしまったら、大変申し訳ございません。

人生には色々な予想外のことがありますね。良かったなぁと思えることも。とてつもなく悲しいことも。

私が最近、しみじみと思うことは、「なんでもないこと」「あたりまえのこと」と思えるようなことが、実は「幸せ」だったりするんですね。それは、「優しい夫がいる」とか、「健康に育っている子供がいる」とか、「働ける場所がある」とか、「戻って休めるおうちがある」とか、はたまた「道ばたの紫陽花の花が綺麗だ」とか。。。

そして、辛い現実、変えられない現実、も、残念ながらありますね。今回の二人目のお子様のこと・・・、義母のこと・・・。

まじょこさんは、飯田史彦氏(福島大学経済学部教授)の『生きがい』シリーズの著作をご存じでしょうか?経営学という研究職の傍ら、ライフワークとして「生きがい」研究に取り組まれている飯田教授は、「愛する人を亡くした時」「虐待する親の元に生まれた時」「障害を持って生まれた時」等、人生の耐え難いような困難さに直面した時、何らかの優しいヒントを授けてくれます。

私事になりますが、私の母親は「気が狂ってるしか思えない」という状態の時があります(昔、書かせていただいた通りです)。そして、我が家の二人の息子のうち一人は、先天的な障害を持って生まれてきました。今、私が静かにそれらの現実と対峙し受容できているのは、それはおそらく、飯田教授からのメッセージを自分なりに受け止め解釈しているからだと思います。そして、「自分が普通の健全な心身で生きていけること」ということが、当たり前のようで、実はどれほど幸せなことなのか、ということを噛みしめています。

飯田教授の著作のうち、『ツインソウル』と『ソウルメイト』の2作は、(研究者向けではなく)一般読者向けで、かなり読みやすい内容となっています(ユニークな内容なので、最初は取っつきにくいと思いますが・・・)。その著作の中で、飯田教授は「あなたの心は決してひとりぼっちではなく、必ずこの世のどこかに理解者がいます」というメッセージを送ってくれています。そう、「何か理由があって私はここに存在し、こういう体験をしてきているのだ。そして、私は理解してくれる人達と繋がっているのだ」ということに、気付かせてくれます。先の「ツインソウル」と「ソウルメイト」という言葉には、教授のその気持ちが込められて付けられた著作名です。

まじょこさん、私はお子様の「お地蔵様のように安らかな顔だった」という言葉に、非常に心を打たれました。お子様が実際に体を持ってご家族と一緒に過ごせた時間はとても短かったけれど、お子様はまじょこさんご家族の元へ来て、とても幸せだったのだと思います。飯田教授は、「死ぬということは、体から離れて生きること」とも仰っています。まじょこさんのお子様の魂は、きっとこれからもずっとおそばで、ご家族と共に歩んでいくのでしょう。さようならの直前まで、ご本の読み聞かせをしてくれたり、ぬいぐるみを飾ってくれたり・・・、きっと、お子様はまじょこさんのご家族にとても感謝していることと思います。「こんなにも気にかけてくれて、ありがとう」って。

もし、「生まれ変わり」があるのならば、いつの日か、どこかで、別の姿を借りて会えるのかもしれません。・・・いや、実は若かりし頃の私も「生まれ変わり」なんて信じていませんでしたが、ある時、ある女性に「あなたのご長男は、あなたのことが好きで好きで、天界から追いかけてこの世に生まれてきたのですよ」と言われました。あれから5年、確かにそうなのかもしれません(と、長男を見つめながらそのように思うことがあります)。

まじょこさん、まずはゆっくり休んで下さい。

陰ながら、ご家族の今後のご多幸をお祈り申し上げます。

永遠の命
MAHALO -- 2007年07月 9日 00:37:49

  まじょこさん、こんばんは。
こんな風に言うのは不謹慎かもしれませんが
2人目の赤ちゃんのお誕生おめでとうございます。
その赤ちゃんはまじょこさんご家族やこれを読んだ人達のなかで
永遠の命を授かったのだと思います。

「子供をつくる」「子供をうむ」‥当たり前のようにいわれていることが
本当は奇跡なんだということ、私も実感しています。

まじょこさんのお話を伺って、あらためて、見える命と見えない命の両方の
尊さをかみしめました。

私にも抱きしめられない赤ちゃんがいます。
だからこそ切ないし、愛しい。
抱きしめることができる子も切ないほど愛しい。

まじょこさんの流す涙の意味は、その赤ちゃんが一番理解してくれている。
穏やかにママを見守ってくれていることでしょうね。
たぶん、ごめんね。なんて言ってほしくはないんですよ。
だから、どうかご自分を責めないでください。
その赤ちゃんを想う気持ちは、ちゃんと伝わっているはずです。

私もその小さい命のこと忘れません
noko -- 2007年07月 8日 14:54:35

  私も1年半前、同じように子供を亡くしました。
15週でした。浮腫があったわけでもなく、何が原因だったかもよくわからないままです。12週からあまり大きくならなくて、心配して心配して、たくさん病院に行って、ある日、心臓が動いていないことを告げられたのです。

まじょこさんの気持ち、私には少し分かるかもしれません。

先天性で仕方ないことだったという話も、自分の子に起きてしまったこととして受け入れることなんて、なかなかできないと思います。

私は8週間の休みを6週間に縮めて職場復帰しました。周囲の悲しいものを見るような視線を撥ね退けるためになんか必死で仕事してきました。

育児のない産後休暇。これでも産後休暇っていうんですよね。
死亡診断書をもらい、火葬許可証をもらい、夫と2人、火葬場で小さなお葬式をしました。
それまで忙しかった仕事から開放され、ただただ何もすることのない時間が流れる。1年ちかくは毎日泣いていました。

でも、まじょこさんの5歳のお子さんはしっかりと、お母さんを支えてくれているんですね。きっと、命のありがたさ、生きていくことの大切さを感じて、今までよりもずっと優しく強く成長されるのではないでしょうか。たぶん、まじょこさんご自身も、この経験から得るものはたくさんあるんじゃないでしょうか。

私は今2度目の妊娠中です。生まれてくる子供には、死んでしまったもう1人の子のこと、そしてまじょこさんのお子さん、6ヶ月で死産を経験した私の親友の子のこと、伝えていきたいと考えています。

またまじょこさんと、まじょこさんご家族に幸せな時が流れる日を私も影ながら待ち望んでおります。ゆっくりと体を休めてください。

皆様、本当にありがとうございます 3
まじょこ -- 2007年07月 7日 14:22:47

  【ゆうかさん】
お気持ちありがとうございました。
>子供の心は複雑なのでフォローを続けてあげてくださいね
本当にそうですね。
あれから息子はほぼ毎日はりきって保育園に向かい、帰ってくるとその日の出来事をこれまで以上に一生懸命私に教えてくれます。もうすぐこの地方で毎年行われる祭りに、自分たちで企画・製作したお神輿を担いで参加するため、頭の中は園生活最後のおみこし作りでいっぱいのようです。出来るだけ普段どおりの生活をさせたいと夫婦で話し、もうすぐ発表会があるピアノ教室にもいつもどおり通っているのですが、家でも驚くほど熱心に練習に励んでいます。
しかし一方で、夜はいつもの就寝時間のはるか前にネジが切れたように眠ってしまう日も多く、やはり小さな心と身体が相当疲れている様子が見られます。
また、きょうだいの死について、私に「もう赤ちゃんはちゃんとお空に帰れたんだから、お母さんもう悲しまなくていいんだよ。」とあっさりと言っている一方で、まだ戻りきらない私の少し膨らんだおなかに頬ずりしながら、「まだ赤ちゃんいるよね?」と必死に訴えてきたりもします。
入院中は病室に来て異常にはしゃいだり、うれしそうに新生児室に行って赤ちゃんをずっと眺めていたのですが、私には「ボクの赤ちゃんは今どこにいるの?」(つまり必死で探しに行っていたのですね)とか、「赤ちゃんに会いたい。会わせて」と何度も何度も訴えていました。とても冷蔵庫の中にいるとは言えませんでしたし、会わせてあげる事は親としてどうしても出来ませんでした。飼い犬や祖父母の死に出会う前に、自分の小さなきょうだいを見送らなければならなかった息子の心を思うと、今でも胸が張り裂けそうな気持ちになります。
無理をせず、ゆっくりと回復の時を刻みつつ、出来る限り彼の心の声を聞き、しっかりと息子を守っていこうと思っています。
ありがとうございました。


【パフェママさん】
お空に帰った私たちの子どもに向けたメッセージをいただき、本当にありがとうございました。そのことが何よりも今の私にとってうれしくて、ありがたいことです。
いつも力いっぱい生きていらっしゃるパフェママさんにこそ、私はいつも頭の下がる思いでいます。
と同時に、どうかパフェママさんの心と身体に少しでも多くの安らかな時がありますようにと、遠くから勝手にお祈りしています。


皆様、お忙しい日々の中私のスレを読んで頂き、そのお心に波を立たせてしまったことを、深く深くお詫びいたします。
そしてこの子が生きたことを知っていただき、覚えているよと言っていただき、また私たち家族のことをまで思っていただき、温かいメッセージをいただいたことに、心から感謝しています。
本当に本当にありがとうございました。

あの子を産んでちょうど一週間となった昨日、私の子宮が涙を流すように急に多量の出血を起こし、病院に駆け込みました。幸い大事には至らず、もうしばらくの安静と休息をと言われて帰宅しましたが、まだ1週間もう1週間経つのかとあらためて心の底から寂しさを感じました。時々取り乱すことはあっても、恐ろしいほど冷静に事を受け止め、周囲に気を使い、様々な段取りをして出産に臨み、泣き叫ぶこともなく静かに産んだ動かない子どもに会い、自ら見送ったこの1週間の私の一連の行動は、どこか感情のスイッチをオフにしていたからこそ出来たことだったのかもしれません。そしてその最中に、義母に息の根を止められるようなことを言われ、恐怖と怒りの感情に支配され、亡くなった我が子の死を悼む時間すら奪われてしまったことも影響していると思います。
今になってその反動がやって来て、おぞましい怒りと醜い感情と喪失感がごちゃ混ぜになって混乱しています。
「悲しみよりありがとうの気持ち」が完全に逆になってしまっているのです。
もうすぐあの子の体がお空に帰ってしまった時間を迎えます。
あの子からもらった宝物と大切な家族の愛、そして皆様からいただいた温かい言葉を胸に繰り返しながら、悲しみと感謝の両方にちゃんと向き合っていこうと思います。
私はひとりじゃないって思えるのが、何より心強いことですね。
ありがとうございました。

皆様、本当にありがとうございます 2
まじょこ -- 2007年07月 5日 14:42:07

  【りお☆さん】
はじめまして、高齢出産voiceでいつもお見かけしています。まだ高齢とはいえない私はひたすらロム専ですが、いつもいろいろなことを学ばせていただいています。様々な思いを携えて前向きに生きようとなさるお姿を、これまで何度も読ませていただきました。
りお☆さん、私は決して素晴らしい方ではありません。実は以前、出血が続いたりして悪い心配ばかりしていたころに、偶然スレッドにも書いたHPに出会い、このような経験をされた方の思いやその兄弟の気持ちなどに少しだけふれさせていただいたことがあったのです。多分私から出たとっさの言葉というのは、そのどこかで小さなお子さんに事態を懸命に説明しようとなさっていたお母様の言葉をとっさに思い出したということにすぎないのだと思います。無力な母親ですが、小さな身体と心で精一杯事態を受け止め、受け入れようとしている息子には、ただただ親としてというよりは人として私に出来る限りの誠意をもって向き合いながら、共に生きていくしかないと思っています。
私たちの幸せを祈っていただけること、本当にありがとうございます。

【ばくれつさん】
何度も悲しいお別れもをされたんですね。本当におつらかったことでしょうね。
どんなに小さくても、大切な大切なわが子ですものね。
それなのに会わせてもらえないことの方が多いようですね。私達の場合は先生をはじめ病院側が心ある対応をしてくださったことと、経過が順調であればお産をお願いする予定だった助産婦さんが今回の一部始終に立ち会ってくださり、私達の意を酌んで奔走してくださったおかげで、会うこともお骨を残すことも出来たという次第です。
これらの方々には本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいですし、このような場面に立ち会う医療従事者の方がすべて私達が受けたような心あるケアをしてくださることを、私は切に望みます。
それから会えなかったり、自ら見送ることができなかった赤ちゃんも、必ずきちんと供養をしてくださると説明されました。ばくれつさんの大切なチビちゃんたちにもきっとお母様の思いは届いていて、今頃お空で仲良く遊んでおられることでしょうね。
ありがとうございました。

【プチ子さん】
一緒に泣いてくださって、
赤ちゃんのことを思ってくださって、
覚えているといってくださって、
ほんとにほんとにありがとうございます。
このことを悲しんではいるけども、決して人の死として悼むわけではなく、その存在すら認めたくないという態度で、一日も早く忘れた方がいいと言う身内になんともいえない無力感を覚えていました。それは、生まれ出ることの出来なかった命に対する、極めて古い日本的な感覚であるのだとしても、やはりせめてこの子の存在を愛して欲しいと願ってしまうのです。
だから、なによりもそのお気持ちが心にしみます。悲しみが癒されます。
心から感謝しています。

【 姫さん】
お若いころにつらい経験をされたのですね。
私が言うのも生意気ですが、そんなにお若かったのによく受け止めて生きてこられましたね。
姫さんの息子さんはきっときっといいお顔をしていたと思いますよ。
だから今、姫さんはたくさんの笑顔に囲まれて懸命に生きていらっしゃるのではありませんか?
きっと今も見守ってくれていますよ。
温かいお言葉をありがとうございました。

皆様、本当にありがとうございます 1
まじょこ -- 2007年07月 5日 12:23:48

  【にゃごさん】
心で感じていただけたこと、泣いていただけたことを、何よりもありがたく思っています。
温かいお言葉に、心から感謝いたします。

【 ふぅじこさん】
以前にも励ましのレスをいただきましたね。
本当にありがとうございます。
強い決意で、幸せに向かって前向きに歩んでおられるのですね。
どうか新しいご家族が、やわらかな風とあたたかい光につつまれますように、心からお祈りさせていただきます。

【カミユさん】
あたたかいお気持ちと、心強いお言葉をいただき、ありがとうございました。
つらい経験をなさったのですね。
初産で、医者からひどい仕打ちをされたうえに何も解らないままに死産だなんて、どんなにおつらかったことでしょうね。あなたは必死で赤ちゃんを守ろうとなさったのに・・・
私も、皮膚も髪の毛もまだない赤ちゃんが可愛くて可愛くて、この手で抱っこすることは出来なかったけど、箱の上からずっと抱きしめていました。
「残された者は一生懸命いきるしかない」本当にそうですよね。立ち直るとか乗り越えるのではなくて、この悲しみとこの子からもらった宝物をずっとずっと抱いたまま、生きていこうと今は思っています。
カミユさんのところには、また来てくれたんですね。よかったですね。かわいいでしょうね。
「まだ若いから、次もあるから元気出して」という周囲の言葉は今は受け入れられない私にも、いつかそんな日が来るといいなと思います。

【suiさん】
いつも誠実で一生懸命なご様子がこのvoiceでの発言をを通じて感じられるsuiさん、レスをありがとうございます。
企業人としての誠意、息子さんに対する深い愛情、本当にがんばっておられること、私もいつも感じていますよ。どうかがんばりすぎないでくださいね。
いつか二人目が欲しいとおっしゃっていましたよね。
望みが叶い、ご家族のもとに、一層の幸せが訪れますよう、お祈りさせてください。

【美優さん】
お優しい言葉をいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
普通に子どもを産むということがどんなに難しい事なのか、私も今までここまで考えたことはありませんでした。私の母も同じことを言ってくれました。
人は無力で、どうしようもないことがこの世の中には沢山あるのだいうことを受け入れざるを得ないと同時に、こんな悲しい思いは、もう誰一人としてして欲しくない、すべての子どもを望む人のところへ、命ある赤ちゃんがやってきますようにと、心から願います。
悲しみとしっかり向き合って、でもそこだけにひきずりこまれてしまわないように、少しずつ前を向いて歩いていきます。
本当にありがとうございました。

言葉が見つかりません
パフェママ -- 2007年07月 5日 11:29:21

  正直スレッドを読んだ時なんとコメントしてよいのかわかりませんでした。
「絶句」という言葉がまさにぴったりの状態でした。
また、お辛いのに今の状態をスレッドたててくださったまじょこさんには頭の下がる想いです。
今は心も体もしっかり休めてください。

天国にいるまじょこさんの天使ちゃんへ
あなたは今でもやさしいママとパパ・お兄ちゃんからいっぱいの愛情を受けていますね。
これからもお空の上からママとパパ・お兄ちゃんを応援してあげてください。

お体をお大事に…
ゆうか -- 2007年07月 5日 10:43:55

  辛い体験をされましたね。
生命が宿り月満ちて無事に産まれるということがどんなに有難いことなのか…本当にそう思います。
実は、先日知人も同じ経験をしています。
小1の息子にその話をしたところ、しばらく絶句していました。
まじょこさんのご心痛も深いでしょうに、とっさにお子さんへ話された内容が素敵でした。お子さんはこの経験をきちんと受け止めることが出来たようですね。でも、子供の心は複雑なのでフォローを続けてあげてくださいね(言わずもがなですが)。
赤ちゃんが元気になって戻ってくるようにお祈りしています。

ゆっくり休んでください・・・
姫 -- 2007年07月 4日 23:07:06

  とても辛かったですね。

16年前に私も5ヶ月で同じ経験をしました。
今でも悔やみきれないことは、その子を一目も見なかった事です。

当時20歳になったばかりの私は、怖くて箱を開けることが出来ませんでした。
死亡診断書には男の子と書いてありました。

<本当にほんとうに優しい、お地蔵さんのような安らかな顔をしたいい子でした

私の息子はどんな顔していただろう・・・

まじょこさんに見守られてお空に行って、きっとまた戻ってきてくれるでしょう。

いつまでも忘れられない日ですが、傷はやがて癒えてゆきます。

今は、体を大事にしてしてくださいね。

短い間でもたくさん愛されて赤ちゃんは幸せだったと思いますよ・・・

一緒に泣かせてください
プチ子 -- 2007年07月 4日 19:16:54

  まじょこさん・・・・・・なんてお声をかけたらいいのでしょう。
何度となく、わたしのくだらない悩みにお返事をいただいたのに、
なんのことばも思いつかない自分がもどかしくてなりません。

一緒に泣かせていただいても、いいですか。
赤ちゃん、きれいなお花と、おもちゃと、お母さん・お父さん・おにいちゃんの優しい気持ちに包まれて、お空で幸せに過ごしていますように。
あなたのことを覚えている人が、ここにももう1人、いるからね。

どうぞ、ご自身のおからだも十分に休めて、大切になさってくださいね。

涙が止まりません
ばくれつ -- 2007年07月 4日 17:52:49

  >ショックを受けるから、後に思いが残るから会わない方がよいと言われましたが、たとえどんな状態であっても我が子に会いたくない親なんていないでしょう?

ここで、それまでこらえていた涙が溢れました。
ワタシは4度の初期流産をしています。
二度の稽留流産と二度の自然流産。
手術の後、チビちゃんはどこへ行くのか、気になりました。
自然流産の時は、必死でその姿を探しました。
最後に会えたこと、うらやましいです。

ショックも癒えない状態であろうに、とても整然とした美しい文章を書かれていて、まじょこさんがとてもステキな方だということがわかります。
どうか、心身共にご自愛下さい。

まじょこさんへ
りお☆ -- 2007年07月 4日 17:48:24

  まじょこさんは、本当に素晴らしい方ですね。
宣告を受けたとき、息子さんに話されたお話、そんなお話がとっさにできる貴方に心から感服しています。
どうぞ4人のお幸せを祈らせてください。
きっと赤ちゃん戻ってきますよ!!
しばらくゆっくり休んでくださいね

ご冥福をお祈りいたします。
美優 -- 2007年07月 4日 17:42:44

  大変に辛い、悲しい思いをされたのですね。言葉が見つかりません。

普通に子供を産むという事が、どんなに難しい事なのか、よく判りました。血のにじむ痕が見えるような、そんな悲しい、そして生まれてきた赤ちゃんや息子さん、そればかりか多くの子供たちに対する深い想いに溢れた文章でした。ご主人のお悲しみもどんなにかと思います。

まだまだこれから悲しみと向き合わなければならない日々もあるでしょう。まじょこさん、どうぞ、心と体を十分に休めてください。

ご冥福をお祈りいたします。
sui -- 2007年07月 4日 16:37:33

  まじょこさん。こんにちは。

未熟な私にはどのような言葉をおかけすればいいのかもわかりません。
ただ、読みながら気がつくと涙が頬をつたっていました。

当たりまえのように存在する自分の息子を前に忙しさに負けて日々イライラしたりしていました。
自分のもとに生まれてきてくれたときの気持ちも忘れて。

息子が

>月が満ちて生きて産まれてくることが出来た奇跡のような存在である

本当にそう思います。

辛いお話を聞かせていただいてありがとうございました。

お子様のご冥福を心からお祈りいたします。

チビちゃん、ゆっくり眠ってね。
カミユ -- 2007年07月 4日 16:00:55

   初めましてまじょこさん。先ずは小さなチビちゃんのご冥福を
お祈り申し上げます。まだまだ心が痛い事でしょうが、体は大丈夫
ですか?ゆっくり休養して下さい。

 私も数年前に、4ヶ月過ぎで死産となりました。その時は公私共
にひどい状況で、シューッと体から音を立てて気が抜けていく様で
した。出血がひどかったりしたので、毎日病院へ診てくれと行きま
したが、何でもないと何の処置も無く、2日位おいて再度病院へ行
ったときはもう心音がありませんでした。 先生は、原因が分から
ないにもかかわらず、私のせいだと罵る始末で、何の訳も解からな
いまま初出産が死産という事になりました。 幸い出て来たチビちゃんは本当に気持ち良さそうに寝ている様で、可愛くて可愛くて家
に連れて帰りたいと思った程でした。

 しばらくは亡くした子に焦がれて焦がれて過ごしました。しかし
残された者は一生懸命生きるしか無いんですよね。
 
 それから数年経ち、再び妊娠。もう同じ思いは嫌だと思い、この
子には諦めてもらおうと思っていた矢先、体の治療をしてくれてい
た気功の先生が、パッとお腹を触って、「こないだの子ね!」と言
ったのです!フッと我に返った感じで産む事を決意しました。
 現在2歳になります。私には勿体無い位の可愛い子です。

 その気功の先生は、「自分で親を選んで、普通分娩ならその誕生
の日の持つ運命を受け入れて来るんだよ」と言うお話をしていました。少々魂の世界を知っている様です。本当に前の子かどうかは、
私には解かりませんが、また来てくれたと信じています。

 息子さんも大変な経験をなさいましたね。一層家族の絆が深まっ
た事と思います。その繋がりをその子も強く感じてくれたら、きっ
とまた来てくれると思います。 その時の為に、充分体を休めて
体を整えて下さい。

ご冥福を祈ります
ふぅじこ -- 2007年07月 4日 14:51:42

  まじょこさん、はじめまして
会社でこれを読んで、涙を隠すのに必死でした

まじょこさん、おつらかったでしょう
悲しかったでしょう
お兄ちゃんも。。パパも。。
でもまじょこさんの文面からは涙だけでなく、沢山の愛情が感じ取れます
亡くなってしまった赤ちゃんもきっと今はお空で皆さんを見守っていることと思います

私は今年5歳になる息子と二人で暮らしています
今お付き合いしている人が居て、再婚予定、今体外受精にチャレンジ中です
実は昨日撃沈したばかりで、ますます妊娠って奇跡的なことだと感じていたところです
決して他人事とは思えず、再度命の大切さ、妊娠して出産することの奇跡を感じました
まだまだチャレンジは続きますがいつもそういったことを心に留めて進んで行きたいと思っています

まじょこさん、まだ体おつらいですね
ゆっくりと休養なさって
可愛いお兄ちゃんと優しい旦那さんとお空に居る赤ちゃんと
仲良く暮らしてください


心からご冥福をお祈りします

わたしには泣くことしかできませんが。
にゃご -- 2007年07月 4日 14:46:46

  読ませてくださってありがとうございました。

おこさまのご冥福と、みなさまのご健康を心からお祈り申し上げます。

 
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